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2017年12月

2017/12/25

『記録メディアに人生をかけた男』 前書きと目次

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記録メディアに人生をかけた男
~秋葉原で世界に挑む磁気研究所の挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-440-2
初版発行:2017年12月30日




はじめに

電子メール、写真、映像、音楽、SNSへの書きこみ、それにさまざまなニュースや各種のリストなど、地球上には現在、どれくらいの量の情報(データ)が流通しているのだろうか。

世界最大のコンピュータネットワーク機器開発会社であるシスコシステムズの調査によると、地球上で1年間に流通するデジタルデータの量(トラフィック)は、2011年には3994億3196万GBだったという。それが2020年には、2兆4996億7097万GBに達すると予測されている。2015年から2020年にかけてのデータトラフィックの量は、年平均22%ずつ増加(5年間で約2.7倍)していくと予想され、特に携帯端末によるモバイルデータのトラフィックは年平均53%(5年間で約7.8倍)の成長が予想されている(総務省「平成29年版 情報通信白書」)。

この大量のデータを記録し保管するためのツールが、記録メディアと呼ばれるものである。いまでは行政、企業、個人にとって欠かせぬ必需品となっている記録メディアは、パンチカードから始まり、磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク、そしてフラッシュメモリと、コンピュータの進化および情報社会の拡大と歩調を合わせて、めまぐるしい変容を遂げてきた。その技術革新の推移は、より大量のデータを、より速く処理し、より長く安全に保管することを追い求めた人類の、叡智の結晶である。

この記録メディア一筋に、40年近くにわたってビジネスを続けている会社がある。それが東京の秋葉原に本社をおく、記録メディアの専門商社である株式会社磁気研究所だ。

創業者で代表取締役の齋藤邦之氏は、記録メディアに関しては生き字引のような人物だ。それもそのはずで、大学卒業後に就職した専門商社でたまたま記録メディアの仕事に就いたときから、これを一生の仕事にしようと決めて、脇目も振らずに続けてきたのだ。齋藤氏がこの仕事に関わり始めたのは、1970年代なかばの、8インチのフロッピーディスクがようやく日本に上陸する直前の時期のことである。

磁気研究所を設立して起業したのは1979年、齋藤氏が29歳のときだった。爾来38年間、記録メディアとともに奮戦し続け、さまざまな記録メディアの興亡を目のあたりにしてきたその足跡からは、パソコン市場の激動や、社会がIT化していく変遷などを見ることができる。

「記録メディア専門」という、他に類を見ないユニークな会社である磁気研究所の特徴をいくつか、ここで簡単に書き出してみよう。

◎あらゆる記録媒体を安く提供。他店では取り扱わなくなったレガシーメディア(古い規格の記録メディア)も豊富に販売。
◎データの復旧、変換、複製など、データに関するサービスを幅広く提供。
◎海外6カ所に拠点を持ち、国際的なフィールドで事業展開。
◎メーカーとして自社ブランドの販売にも取り組む。

その他の詳しいことについては本文で紹介する。

ところで、記録メディアとは、そもそもなんなのであろうか。私のこの、まったく初歩的な質問に対して齋藤氏は、

「いわば、コンピュータの頭の中がデータでいっぱいになったときに、あふれる分を別の入れ物に移しておくようなものです。このときに移したデータを記録し、保管しておく『入れ物』が、記録メディアという商品です」

と、本質的なことをわかりやすく教えてくれた。

現在、世界中からさまざまな情報が発信されているが、こうして発信された情報は、どこかで受信処理され、かつ記録として保管されることで、初めて「社会的生き物」になると齋藤氏は言う。

「記録メディアがあるからこそ、データは保管され、再現されるのです。ニッチで地味な商品ですが、情報化社会にはなくてはならない役割を果たしています」

と齋藤氏が語る、その地味な商品に、これまでにどれほどの熱意と技術が注ぎこまれて今日のかたちになったのかは、磁気研究所が運営している「MAG-LAB」(マグラボ)という店を一度でも覗けば実感できるだろう。新旧取り混ぜ、ありとあらゆる記録メディアが山積みになった光景からは、「記録すること」への根源的な欲求すら伝わってくる。

「記録メディアとは、化学、メカニック、科学、電子の集合体です。人間の叡智の結晶だと言っていいと思います」

と語る齋藤氏の話は、この小さなツールが日本の経済にどれだけ大きな影響を与え、今日の情報化社会を支えてきたかについて、その一端を知るうえで、おおいに役立つものとなるはずだ。

加えて、「齋藤邦之」という人物が、実に大きなスケールを持った傑物であることも、本書を通して多くの方にお伝えすることができれば幸いである。宮城県・気仙沼の貧しい家に生まれ、親の愛と持ち前の反骨心を土台に這いあがっていく齋藤氏の姿は、「原日本人」のイメージを彷彿とさせる。本文では、「努力必達」という言葉を胸に掲げて無一文から会社を起こし、やがて秋葉原の老舗になるまでのプロセスを十分に記したので、堪能してもらいたい。

「かっこいいことはひとつもない」と自分を語る泥臭い人物が、先端技術のシンボルでもある記録メディアと深い縁を持ったのも、情報化社会の妙味のひとつと言えるかもしれない。現在の目標は、年商100億円の達成と、業界世界一の実績をあげることであると齋藤氏は言う。

本書は、記録メディア流通のリーディングカンパニーである磁気研究所の事業内容を紹介するとともに、創業者である齋藤邦之氏の人生哲学と経営理念に迫るものである。現代社会はコンピュータなくしては成り立たなくなっているだけに、コンピュータ関連の仕事に携わっている人のみならず、現代に生きるすべての人々にとっても、非常に興味深いものとなるはずだ。また、齋藤氏の生き方を通して、ひとりでも多くの読者が、自ら「これ!」と決めた仕事に情熱を注ぐ意味を少しでもつかみ、自分のものとして感じてくださったなら、望外の喜びである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2017年11月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 パラダイムシフトを起こすコンピュータ社会

計算機からライフラインを握る存在に
補助記憶装置=記録メディアの開発に多くの情熱が注ぎこまれた
世界で唯一の記録メディア専門商社
軍事用計算機から情報機器へ
日本のコンピュータ史
記憶装置の歴史と種類
フラッシュメモリの生みの親は日本人
記録に込められる人間の業と願い
記憶と記録は補完しあうことで時空を超える
記録メディアの最大の課題は寿命


第2章 記録メディアで社会に貢献する専門商社「磁気研究所」

日本最大の記録メディアの専門商社
磁気研究所の事業における3本の柱
グローバルな事業展開
市場に食いこむ自社ブランド「HIDISC」
海外のメーカーから最高のディストリビュータとして高い評価
レガシーメディアの需要
レガシーメディアがふたたび活躍する社会とは
リアル店舗の「MAG-LAB」とネット店舗の「フラッシュストア」
自社運営の物流センターで多様なニーズに対応
記録メディアサービス部門のユニークな活動
メイドインジャパンの象徴である太陽誘電の技術を継承


第3章 日本で初めてフロッピーディスクを売った男

規格外の人間性と経歴を持つ男
豊かな自然に囲まれた幸せな少年時代
貧乏な生活が自分の芯を鍛えてくれた
努力必達―生きる真髄を教えてくれた先生
母親の深い愛情に見送られて東京の大学へ
大学時代はほとんど労働者
記録メディアの部署に配属されたのは、いちばん出来が悪いから
最初からこれを一生の仕事にと
ダブリンで見た驚きのコーティング製造
復活する磁気テープ
師匠を求めて退社


第4章 「努力必達」で走りぬいた創業時

日本の記録メディアの元祖である津積譲二のもとで
仕事の厳しさも社会人としてのたしなみも教えられ
他人の金、他人の机、他人の電話で始めた自分の会社
配達はリヤカー、仕事着は白衣
努力必達で苦難を乗り越え
従業員との喧嘩も辞さず
会社の前の公園が商品の集積場に
3.5インチのフロッピーディスク製作秘話
吹き溜まりから聖地に、常に時代の先端を受け入れるのが秋葉原の魅力


第5章 世界の商人たちと渡りあう

飛びこみで台湾と中国の企業に営業
ドバイ進出を促したアラブ商人への憧れ
パキスタン人から教わった商売の原則
「金じゃない、一緒に仕事をする人間が欲しい」と言ったユダヤ人
イギリスでの取り引きでは3億円が回収不能に
出会った人とは親密になるよう努力する
1000万円単位で買ってくれたペルシャ商人の末裔
ストレートに、ダイレクトに
少年時代の憧れが現実に
旅もひとつの修行なり


第6章 磁気研究所が拓く未来

毎日の戦いのなかから生まれた企業理念
人を育てる、自分自身の問題点を洗い出す
営業という仕事とは
100億円企業になるまでは肩書きなし
いつも危機感を持ち、コツコツとやり続ける
切羽詰まったところで見つけるアイデアは窮余の一策となる
息子から見た齋藤
コンピュータ社会の闇の部分
運を自分でつくる才能
人との出会いも「努力必達」
かけがえのない事業パートナーとの出会い
社会貢献、途上国に学校建設


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2017/12/21

『信頼が絆を生む不動産投資』 前書きと目次

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信頼が絆を生む不動産投資

~片手に理想、片手にそろばんを――
 超堅実経営で不動産業界の常識を変えるAZESTグループの知的戦略~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-439-6
初版発行:2017年12月24日




はじめに

日本では毎年、敬老の日に、その年に100歳を迎えた人全員に、総理大臣から銀の杯が贈られていることをご存じだろうか。口径9㎝×高さ3.2㎝のこの杯には、真ん中に「寿」の一文字と、裏面には年月日と「内閣総理大臣」の文字が刻まれている。

銀色に輝く杯を高齢者に贈るこの慣習は、1963年に老人福祉法が制定された際に、100歳を迎える人の長寿を祝い、社会への貢献に感謝する目的で始められた。
しかし、この祝いの杯は、実は純銀製ではない。かつては純度99.9%の純銀製だったのだが、2016年以降は銀メッキ仕様に変更となったのだ。

せっかくの祝い事なのに、なぜだと思われる向きもあるだろう。だが、この変更は、現状を鑑みるかぎり、どうにも避けられないものだと言える。なぜなら、現在では100歳を迎えようという人の数があまりにも多くなったため、銀杯にかける予算が莫大になりすぎてしまったからである。

老人福祉法が制定された1963年には、100歳を超える高齢者の合計数は、わずか153人にすぎなかった。しかし2017年には6万7824人となっている(2017年9月1日現在)。この数は47年連続で増加しており、今後もその傾向は続くと見られている。一説によると、2050年には100歳以上の人口が100万人を突破するとも言われているのだ。ちなみに、2017年度に100歳を迎える人は3万2097人が見込まれている(厚生労働省「H29百歳プレスリリース」)。

祝いの杯を純銀製にした場合、その時点の銀の価格によって多少変わってくるが、桐箱などを含めて、1つあたり約7600円程度の予算が必要だという。これを銀メッキに変更することで、単価を半分程度に抑えることができる。

しかし、対象者がここまで増えてしまうと、1つあたりの単価を抑えたところで、全体として大きな負担になることは否めない。実際、2016年には、この銀杯の予算だけで約2億6000万円を計上している。もはや、この事業そのものがむだ遣いではないのかという声も、噴出しているのだ。

長寿の実現は、人類が長いあいだ希求してきたものであり、本来ならば、百寿、紀寿とも言われる100歳は、おおいに祝うべきもののはずである。しかし、長寿化とともに少子化が極端に進んできた現在では、手放しで祝ってもいられなくなっているのが現実だ。

世界保健機関(WHO)が発表した2016年度版「世界保健統計」によると、日本人女性の平均寿命は86.8歳で世界第1位、男性は80.5歳で世界第6位、男女合わせた平均寿命は83.7歳で前年に続き世界第1位である。

その一方で、厚生労働省による「人口動態統計」では、2016年に日本で生まれた子どもの数は97万6978人であり、1899年に統計をとり始めてから初めて100万人を割りこんだ。1人の女性が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)も1.44人と、前年を下まわっている(厚生労働省「平成28年(2016)人口動態統計(確定数)の概況」)。出産適齢期の女性の減少が、こうした少子化に拍車をかけているという。

このような極端なまでの少子高齢化の結果、本来ならば出生時の人口が最も多く、年齢を重ねるにつれ死亡などにより少なくなるという、ピラミッド状になるはずの人口構成が、わが国の場合には、若年層が少なく、40代~70代の人口のほうが多いという、歪なかたちになっている。それは、近い将来に、国や社会を支える現役世代よりも支えられる高齢者のほうが多くなることを意味する。そして、その影響をまともに受けるのが年金制度なのである。

総務省統計局の「家計調査年報(家計収支編)平成28年(2016年)」によると、2人以上の高齢者無職世帯(世帯主が60歳以上)の毎月の可処分所得は17万9087円なのに対し、消費支出は23万9604円で、毎月6万517円の赤字となっている。この状態が65歳から90歳まで続いたと仮定すると、単純計算で1815万5100円もの不足となってしまう。

年金制度の破綻や老後の蓄えの必要性などにまつわるさまざまなデータは、マスメディアを通じて広く世に知らしめられることとなり、いまや周知の事実となっている。そのため、「老後の生活に必要な資金は現役のときから準備をしなければ、いわゆる『下流老人』になりかねない」という考えが、一般的になりつつある。

「下流老人」とは、2015年に出版された『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(藤田孝典著)によれば、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」のことである。この本が出版された2015年時点で、日本国内には推定600万人~700万人の「下流老人」がいるとされていた。著者の藤田氏は、現役時代に一般的な水準の年収を得ていた者でも、病気や認知症の発症、あるいは、ワーキングプアや引きこもりの子どもたちの存在をきっかけに、「下流老人」へと転落する可能性があると警鐘を鳴らす。

長年まじめに働いたあげくに「下流老人」になってはたまらない、と考えるのは当然だ。そこで、いま、自分の老後を不安視する人のあいだで注目を集めているのが、不動産投資なのだ。

「10年単位の息の長い投資としてとらえるならば、不動産は必ず利益を生み出します」

そう語るのは、投資用のワンルームタイプ(1R、1K)のマンションと賃貸アパートを中心に不動産事業を展開するAZESTグループのCEO兼COOであり、その中核企業であるAZEST株式会社(本社:東京都豊島区)の代表取締役会長兼社長を務める清水嘉夫氏である。

AZESTグループの事業内容は、投資用の単身者向けワンルームマンションとアパートの企画、開発、販売、賃貸仲介、賃貸管理、建物管理と、多岐にわたる。「デベロッパー機能から物件管理までをワンストップでサービスすることができることが当社の強み」と清水氏は語る。

AZESTグループが物件の企画と開発に際して最も重視しているのが「下町戦略」である。

「誰でも、東京の銀座や港区などの、いわゆる一等地に住むことに憧れを抱くものです。しかし、これらのエリアは家賃が高く、実際には、単身者にはなかなか手が出ません。憧れだけで住む場所を決めるのは、現実的とは言えないでしょう」

と、清水氏は言う。たしかに、実際に港区などの一等地に住んでいる人の話を聞いても、「家賃が高い」「スーパーマーケットが少なくて、日用品や生鮮食品などの買い物に困る」といった声が多い。衣食住にいくらでも金をかけられるほど裕福ならば問題ないかもしれないが、一般庶民ともなると、そうもいかない。

そこでAZESTグループでは、「通勤・通学に1時間以内」を目安に、JR山手線の主要駅から分岐する私鉄や地下鉄で10分から30分程度の距離にある駅で、しかも駅から徒歩10分以内という立地にこだわり、「住みたい街」ではなく「住みやすい街」に「住み心地の良い住まい」を開発することに注力している。これこそが、AZESTグループが推進している「下町戦略」なのである。

こうした戦略を展開している理由は、「単身の中間所得層」という最も入居希望需要が多い市場を確実に狙うことにある。この戦略を進めることで入居率を高めることができれば、オーナーも安定的に家賃収入が得られるというわけだ。実際にこの戦略は功を奏し、AZESTのマンションやアパートの入居率は常時98%を超えているという。

インターネットで「各種不動産評価」と「各種地価マップ」の情報を提供する株式会社タスが2017年8月31日に公表した「賃貸住宅市場レポート」によると、東京都の2017年6月期の空室率TVI(TAS空室インデックス:タスが開発した賃貸住宅の空室の指標)は12.73で、前月比でプラス0.13、前年同月比でプラス1.34である。東京23区では12.46で、前月比プラス0.15、前年同月比でプラス1.35、東京市部では15.21で、前月比プラス0.04、前年同月比プラス1.08となっている。都内の賃貸住宅の、特にアパート系(木造、軽量鉄骨)の空室率TVIは2015年の半ばくらいからじりじりと上昇傾向にあり、本来なら最も競争率が高いはずの新築アパートでさえ埋まりにくいのが現状らしい。

こうした状況下にもかかわらず、AZESTグループの賃貸物件が入居率98%以上の高い入居率を誇っていることには当然、理由がある。それは、「住みやすい街」を望む入居者に対し「立地の良い物件」を提供するだけでなく、「住み心地の良さ」をも提供しているからにほかならない。

特にAZESTグループが重視しているのはセキュリティである。AZESTグループが手掛けるマンションやアパートは、すべてが24時間対応のセキュリティシステムを備えており、マンションでは住戸の玄関ドアにダブルロックを標準装備しているという。

また、最近のペットブームにも対応し、一定の大きさのペットの飼育を可能にしている。そのうえ、住戸内にはオゾン消臭 除菌装置を標準装備し、フローリングの床材には表面強度が高く傷がつきにくい素材を採用するなど、物件の資産価値を維持するための配慮も万全だという。

こうした投資家と入居者の双方のニーズを満たす経営戦略によって、業績は創業以来ほぼ一貫して右肩上がりに成長。2017年3月期の売上高は117億円に達するまでになった。

そんなAZESTグループを率いる清水氏が経営施策上で力を注いでいるのが、事業部の分社化だ。

「不動産業界で働く人は、基本的に独立志向が強いのです。しかし、独立しても、その多くは失敗に終わります。そこで、独立への意欲を社内で活かし、優れた経営者に育てるために、事業部ごとに分社化して、意欲と才能のある社員をグループ会社の社長に抜擢しています」

と、清水氏は言う。いまでは、ホールディングス機能を有するAZEST株式会社を中心に、AZEST-PRO、AZEST-RENT、AZ-ONE、AZEST-NEOの4社を擁するAZESTグループを形成し、各々の事業に特化した各社が、たがいに連携しながら着実に成長を続けている。

本書は、投資用不動産市場で躍進を続けるAZESTグループの事業活動を紹介するとともに、同グループの創業者である清水嘉夫氏の経営理念と人生哲学に迫るものである。これは、豊かな老後のために有効かつ安全な投資を考えている人や、便利で快適なマンションやアパートでの暮らしを考えている人々にとって、貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2017年11月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 老後の暮らしは自分で守る時代へ

長寿化がもたらす老後の暮らしへの不安
少子高齢化の進展で危機に瀕する年金制度
定年後も働くという選択肢
貯蓄だけでは資産を守れない時代
投資の対象は金融資産か実物資産か
東京オリンピックを控えて活況を呈する不動産市場
不動産投資に対するイメージも時代とともに変化
安定した家賃収入を得られるのはどんな物件か


第2章 不動産投資のプロフェッショナル集団「AZESTグループ」

不動産のAからZまでを手掛けるAZESTグループ
AZESTグループが訴求する不動産投資の6つのメリット
単身・中間所得層を入居対象とした物件を開発
賃貸管理でもAZESTが選ばれる理由
マンションの価値を高める建物管理
新たなニーズを開拓するアパート供給事業
一棟アパートへの投資は高利回りが魅力
個別相談で無理のない資金計画を提案


第3章 「住みやすい街」の「住み心地の良い住まい」

「住みたい街」より「住みやすい街」に特化
単身者のニーズに合致するエリアの条件
東京に特化する理由
安全と安心を保証するセキュリティ設備
AZESTブランドならではの快適な住空間
ペットとともに住む人にも配慮した住まい
女性でも安心して住めるアパート


第4章 不動産業界に新しい風を

業界では珍しい堅実な社風
フロービジネスとストックビジネスの融合で安定経営を実現
意欲ある社員を社長に任じて分社化を推進
不動産業界では珍しい土日完全週休2日制を導入
プレミアムフライデーが浸透する健全な職場環境
営業なしのアフターフォローセミナーを開催
既存投資家からの紹介・リピートが中心


第5章 創業者・清水嘉夫の経営理念と人生哲学

つくりたかったのは「誰もが『よかった』と思える会社」
幼くして父と死別し、母の苦労を見て育つ
不動産業界に入りトップセールスパーソンに
不動産投資を生涯の生業にしようと決意した理由
実績を買われて複数の会社の社長を歴任
前職の部下とともにAZESTを創立
業界に先駆けてコンプライアンスを重視
「なにがあっても社員は見捨てない」が信条
人との縁を重視したグループの経営理念


第6章 AZESTグループが描く未来展望

長期的な視点を重視した社員の育成
10年後の幹部の育成のために
リフォーム分野など新たな分社化も検討
社員を守るために決断した名古屋進出
台湾・香港にターゲットを絞った海外展開
世代交代をするタイミングでの上場を検討
確かな目標を掲げて一歩一歩前に進む


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2017/12/12

『日本の美容を支える力』 前書きと目次

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日本の美容を支える力
~美容室のベストパートナー・ガモウ~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-397-9
初版発行:2014年7月20日




 はじめに


平成二十五(二〇一三)年十二月十一日、日本を代表するサッカー選手の一人、本田圭佑選手のイタリアセリエA・ACミランへの完全移籍が発表された。このとき、思いがけないかたちで美容業界にも脚光が浴びせられたことを、私は鮮明に記憶している。

本田圭佑選手はACミラン移籍前まではロシア・プレミアリーグのCSKAモスクワで四年間プレーをしていたのだが、その間、三週間に一回、日本からお気に入りの美容師をモスクワに呼んでヘアカットをしていたという事実が明らかにされたのだった。

驚くのはこれからだ。
そのカット代はなんと一年間で約二〇〇〇万円になるというのだ。

イメージどおりのヘアスタイルを保つために、これだけのコストを投じるとは驚きを隠せない。このエピソードはまさに、自分という存在を大切にする人がヘアスタイルにどれだけの思いを注ぐかという、熱い思いを物語ってあまりある。

本田選手のヘアスタイルをつくっているのは東京・代官山の美容室「Ambesten(アムベステン)」オーナーの林勲氏だ。林氏のカット代は本田選手であれ、一般のお客であれ同額だという。ただ、本田選手の場合は、モスクワまでの往復の航空運賃(ビジネスクラス)とホテル代がかかる。

ミランに移籍後もこの“契約”は続けられ、林氏は今後もミラノに三週間に一度出かけ、ヘアカットするという。それにしても、思いどおりのヘアスタイルを保つために年間、これだけの金額を使うとは――。むかしから「髪は女の命」といわれたものだが、いまや、男性にとっても「髪は命」だということのようだ。

この話が示しているように、ヘアカットやヘアスタイルを整えるヘアビューティは極めて優先順位の高いニーズがあり、その結果、理美容を含めて年間およそ二兆三〇〇〇億円という巨大市場を形成している。内訳は理容三対美容七。美容室のみの市場の規模は平成二十四年度で一兆五五七五億円とされている。

本田選手の例からもわかるように、最近は男性や子どもも理容室よりも美容室に向かう傾向が強くなっており、理容と美容の乖かい離りはさらに加速している。

その流れも受けて、全国の美容室は微増ではあるが年々増えつづけ、平成二十五年三月末現在で二三万一一三四軒。コンビニの店舗数が四万七五二八軒というから、実にコンビニの五倍近い美容室が日々、しのぎを削っていることになる。

美容室ではパーマやカラーなど、お客のニーズに合わせて、美容師がパーマ液やカラー剤、シャンプーやトリートメント剤を使って施術してくれる。

ここで、はたと気づくはずだ。美容室は顧客と美容師だけで成り立っているわけではなく、美容剤やコーム、ハサミ、ドライヤーなどの器具、さらにいすやシャンプー台などがなければ成り立たないビジネスだということをだ。

これらの美容商材を、美容室のニーズに合わせて必要なときに届ける存在、それが美容ディーラーだ。

歌舞伎の舞台では役者が芝居をしたり、踊っている最中に必要になる小道具などを持って黒子が音も立てない足さばきで登場することがある。美容ディーラーはまさに美容ビジネスにおける黒子というべき存在で、美容室の活動の表舞台には立たないが、必要な商材を必要なときに必要なだけ届け、美容師の施術がスムーズに運ぶように下支えする。美容ディーラーなしでは美容室は一日として成り立たないことはたしかである。

本書で取り上げる株式会社ガモウ(本社:東京都港区、代表取締役執行役員会長:蒲生茂氏)はその美容ディーラーだ。なんと日本には現在、一〇〇〇社以上もの美容ディーラーがあるというから驚く。もっともその大多数は地元密着の美容ディーラーで、全国、もしくはそれに近い規模で事業展開している美容ディーラーはわずか数社にすぎない。

そうしたなかでガモウは、美容ディーラーとして国内のトップにまで成長している企業である。

創業は昭和二年と聞くと、ガモウは歴史と伝統に支えられた老舗しにせ企業なのだと思うだろうが、実質的には会長・蒲生茂氏を中心に育て上げた企業である。五十年ほど前、創業社長・蒲生清二郎氏の急逝の後を受け、蒲生氏が弱冠十九歳でガモウを継承したときは従業員二名の小さな企業にすぎなかった。そこからスタートし、一代で年商二七〇億円、社員総数六二〇名という一大企業グループに育て上げた蒲生茂氏の経営者としての力量ははかりしれず、敬服のほかはない。

なぜ、そんな奇跡のような発展を成し遂げることができたのだろうか。蒲生氏と同じ時代の美容業界で活躍してきた代表取締役執行役員社長・美濃部徹氏は、蒲生氏の仕事ぶりを、「常に美容室・美容師が活躍するためには、ということを考えているのです」と評している。

美容室の繁栄のために役立つことならなんでもやろうという美容室第一主義こそが、ガモウの今日を築いた力といえるだろう。

美容ディーラーが美容界に果たす役割は想像以上に多岐にわたる。必要な商材を的確に届けることはいうまでもないが、同時に美容室の発展・繁栄のために欠かせない日取り新情報の発信、美容室で働く美容師の育成、つまり美容室の運営、発展のために欠かせないコミュニケーションとエデュケーションをもサポートしている。

美容業界もごく一部の大手とその他大勢の地域密着型の美容室で成り立っている。しかも、過剰すぎるオーバーストア状態だから、美容室は、一方ではよりいっそうの繁栄を、その一方では生き残りの両方を追いかけて、必死で切磋琢磨している。

ガモウはそうした美容室の努力をしっかり支えようと、美容室繁栄の命運を握る技術向上のための研修や新しい美容情報を学べるセミナーを開催し、美容室の質的向上を力強くサポートしている。セミナー回数は平成二十六年の一年間で実に八六三回(予定)におよぶというから驚嘆のほかはない。毎日、どこか二カ所以上で開催されている計算になるわけだ。

試みに、知り合いの女性たちにこの話をし、彼女たちが行きつけの美容室で何げなく「新しい技術はどこで勉強しているの?」などとたずねてもらったところ、ほぼ例外なく「ガモウで」という答えが返ってきたという。ガモウのセミナーはまさに美容室のスタッフ教育に根付いているといっても過言ではないだろう。

ほかにも美容師のモチベーションアップのためのコングレスやフォトコンテストを開くなど、美容業界の明日の繁栄のための活動を精力的に続けている。

「美容室の活性化をうながすとともに、美容師のステータスが高くなり、経済的にも報われる、そんな状況を実現して、美容師を若い人たちの憧れの職業として確立したい」

これがガモウの、そして蒲生茂氏の真しん摯しな願いなのだ。その先は、美容室のさらなる繁栄があり、美容商材メーカーの発展につながっている。

見た目の美しさの提供はいうまでもなく、お客の心まで癒いやす“おもてなし”……。美容は究極のヒューマン産業だということもできるだろう。

本書では、その発展を支えつづけてきた蒲生茂氏の経営理念、人生哲学にふれながら、美容ディーラーのトップ企業・ガモウの多彩な活動を紹介し、さらには美容界の将来ビジョンにも筆を伸ばしたいと期している。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年五月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 美容市場のダイナミクス

文化としての髪の美容
髪=神――独自の価値観が生まれた日本
美人の第一条件は髪が美しく長いこと
美容師の登場
いまや一・五兆円超の規模になった美容市場
市場縮小のなかで増えつづける美容室
安定的な人気がある美容師という仕事
ほとんどの美容室は個人経営
大型化、企業化に成功した美容室
垂直・水平方向へと立体的な伸び代のある世界
美容室の生命線を握る美容ディーラー


第2章 美容ディーラーのポテンシャル

美容ディーラーの存在と役割
業務用化粧品メーカーと美容ディーラーの関係
美容室が美容ディーラーに求める役割
美容室が美容ディーラーに望むこと
美容室が美容ディーラーの営業スタッフに望むこと
こんな美容ディーラーがいてくれたら
進む美容ディーラーの選別化


第3章 美容ディーラーのリーディングカンパニー「ガモウ」

美容ディーラー最大手・ガモウ
ガモウが貫いてきたもの
「必要なモノを、必要なときに、必要なだけ」届ける
フルライン化の水面下で行われた知られざる企業努力
オンリーワン美容ディーラーをめざす理由は「常に美容室発展のために」
ガモウの成長力の源泉・主要取引美容室の成長
ガモウはベストパートナー
美容師の話にとことん耳を傾ける
全国カバーを達成した圧巻のロジスティクス
北海道から九州まで、全国を網羅するガモウのネットワーク
グループ化でさらにネットワークを拡大
ガモウグループ会社・八社
ガモウの新戦略の一歩・アヴェダサービス
オリオセタ、モロッカンオイルなどの新商材の開拓も
業界随一・ガモウのエデュケーション活動
一年に八六三回のセミナーを開催
エデュケーション機能の拠点・スタジオの全国展開
美容技術研修から経営セミナーまで多彩なセミナーを展開
「勉強になった」「また、やってほしい」……参加者からの喜びの声
美容室との絆を深めるガモウツアー
世界の美容の最前線を見学する旅も
美容師の夢と憧れの舞台・TOKYO BEAUTY CONGRESS
美容師なら誰でも読んでいる『GAMO NEWS』
新資格の創設など、美容界のクオリティアップにも貢献


第4章 蒲生茂のフィロソフィー

十九歳の青年に突然、訪れた人生の転機
ガモウの創業者・蒲生清二郎と美容専門卸商
人の暮らしに絶対に欠かせない美容業
「蒲生清二郎商店」の代名詞になったオゾン美顔器の開発
すでに教育の重要性にも着眼していた
絆の復活……戦後の「蒲生清二郎商店」
東京中心の商いへ転進
株式会社「ガモウ」の誕生
オンリーワン美容ディーラーへの道
エデュケーションサポートへの進出
バブル絶頂期に向けて
バブル崩壊後にさらに発展
配送業務をアウトソーシング、全国どこでも、翌日配達体制を整備
リアル店舗「ガモウB‐ZONE」開設
美容界のランドマーク、青山本社完成
美濃部徹が社長に就任し、蒲生は会長に
大同団結の流れ


第5章 ガモウの未来像

美容界の牽引役・美容ディーラーの育成
美容師はあらゆる可能性を満たせる仕事
生活レベルが向上すると増える美容支出
ガモウの一員として働く日々
充実した社内教育・研修制度で「美容界の人材」を育成
ガモウで仕事をしてきて――現場からの生の声
美容界の牽引役・美容ディーラーの育成
人も生き、自分も生きている世界
一業専心
海外に美容ディーラーのノウハウを広めていく構想も
「知行と情は車の両輪、鳥の両翼なり」
尽くす心

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『お金のない人は知恵を出せ』 前書きと目次

Wisdomweb


お金のない人は知恵を出せ
~起業家・新地哲己の電力王への道~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-394-8
初版発行:2014年3月10日




 はじめに


平成二十三(二〇一一)年三月十一日に発生した東日本大震災に続く福島第一原子力発電所の事故以降、私たちのなかで「エネルギー」という言葉の持つ意味や重さが変わってきている。

いま、私たちがエネルギーと発するときは、言外に「これからのエネルギー」というニュアンスが込められている。

石油、天然ガス、原子力によるエネルギー文明が終わりに近づいていることは、専門家に指摘されるまでもなく、一般市民である私たちも気がついていることである。

『平成二十三年版 環境・循環型社会・生物多様性白書』によると、世界の化石燃料の可採年数は、石油が約四十六年、天然ガスは約六十三年、石炭は約百十九年であるという。

国際エネルギー機関(IEA)が報告書のなかで、「二〇〇六年に在来型石油の生産はピークを過ぎ、もう廉価な石油の時代は終わった」と述べたのは二〇一〇年のことだった。

現在の豊かで便利な文明は、あと半世紀もすれば枯渇する資源の上につくられていることを改めて知り、「このままでは……」と思うのは当然のことだろう。

化石燃料はまた、地球環境に深刻な影響を与える要因でもあった。二酸化炭素排出による地球温暖化は、世界が連携して取り組まなければならない課題である。

クリーンなエネルギーとされていた原子力発電も、福島の事故によりその危険性を露呈することとなった。

現在、人類は「第四の革命」のなかに入りつつあるといわれている。

農耕革命、産業革命、IT革命に続き、エネルギー革命が大きなうねりとなって、文明のあり方を変えていこうとしているのである。

二十一世紀はエネルギーの世紀である。エネルギーシフトがどのような理念の下で、どうなされていくのか――身近な暮らしの問題であると同時に、人類の未来に深くかかわる壮大なテーマである。それを一人ひとりが思慮すべき地点にいることはたしかであろう。

こうした状況の下、世界的に注目を集めているのが再生可能エネルギーの活用である。再生可能エネルギーとは、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなど、自然の資源に由来するエネルギー源のことである。

ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では十年以上前から積極的な導入が行われていたが、その間、原子力発電への依存度を高めていた日本では遅々として進んでいなかった。しかし、東日本大震災以降、エネルギーシフトに真剣に取り組み出すことになる。

なかでも太陽光発電は平成二十四年七月にスタートした「再生可能エネルギー固定価格買取制度(全量買取制度)」により、売電市場への参入が急増。メガソーラーの開発計画はブームといわれるほど全国に拡大した。

しかし、大規模太陽光発電事業とは思いのほかむずかしいもので、さまざまな事情により、実際に稼働しているのは認可数の三割程度にすぎず、塩漬けになったままの用地が各地に点在しているのが現状だ。

こうしたなか、メガソーラーのリーディングカンパニーとして破竹の勢いで発電所を開発しつづけているのが、福岡県北九州市に本拠地を置く「芝浦グループ」である。

平成二十四年七月に第一号を完成させて以来、同グループは次々とメガソーラーの建設を続け、平成二十六年一月現在稼働中のメガソーラーは一一カ所。総発電量、安定性ともに日本のトップクラスの実績を誇っている。

その結果、芝浦グループの年間売上高は前年比の七倍規模にまでに急拡大し、再生可能エネルギー事業が市場経済のなかで大きな可能性を持つものであることを証明した。

全国の再生可能エネルギー事業者の関心を集める芝浦グループの陣頭指揮をとっているのが、芝浦グループホールディングス株式会社代表取締役会長兼CEO・新地哲己氏である。九州では「発電王」の異名を持つ経営者だ。

メガソーラー事業を広めるにあたり、新地氏は、メガソーラーの分譲販売、金融商品としての売り出しなど、日本初の販売方法を提示し、いずれも成功を収めている。こうして新地氏は、独占的な世界と受け止められてきた発電事業を、一般の投資家や市民にまで広げる手法を編み出していったのである。

芝浦グループの最大の武器は、グループ内七社の明確な役割分担と緊密な連携により、設計、施工から販売、メンテナンスまで、すべての工程がグループ内で一貫して行われている運営体制にある。

「電力会社との協議をはじめ、太陽光発電に必要な技術のノウハウをトータルで行える企業は、当社以外はほとんどないといってよいでしょう。この体制が質の高さを保証するのです」

このように新地氏は一貫体制のメリットを強調する。

その新地氏の半生は波乱に富んでおり、実に聞き応えのあるものであった。貧しかった少年が必死に知恵を振り絞り、アイデアと実行力で進んでいく姿は、いまの子どもたちにぜひ伝えたい部分である。

二十四歳のときに独立してからは、家電販売店を皮切りに、空調設備会社、不動産業、総合建設業と、時代の流れを読み取りながら事業の転換・拡張を繰り返した。そのたびに新地氏自身も成長を重ね、人を巻き込む力を蓄え、大きな事業に向かうにふさわしい器を有するようになっていった。

もちろん、その過程では手痛い失敗を喫し、一時は死さえも考えたほどであったが、その体験が本当の強さを身につける礎いしずえとなった。新地氏自身、「孤独に耐えきってこそ、真の経営者が育つ」と振り返る。

よいことも悪いことも、すべての体験をプラスに変えて、さらに飛躍をはかろうという新地氏の熱い心に関しては、本書を読んで汲み取っていただきたい。

太陽光発電と出合ったのは空調工事に携わっていたころだが、それ以前から新地氏は地球環境に憂慮の念を持ち、フロンガスの回収に熱心に取り組んでいた。現在の「地球環境を守ろう」という企業目標は、その意味で会社の精神的原点であり、隅々にまで深く浸透しているものである。

当初は住宅用の太陽光発電を手がけていたが、やがて不動産業をはじめると太陽光発電との合体モデルを模索し、平成十七年には全戸に太陽光発電設備を設置した賃貸マンションを日本で初めて完成させた。詳細は本書に譲るが、工事開始までには電力会社との壮絶な攻防があり、まさに命がけの事業であった。そして、この太陽光発電付マンションで培った技術と資本力が、日本有数のメガソーラー企業を生み出すことになるのである。

現在、新地氏は「発電王」から「電力王」に飛躍することを夢見ているが、そのための準備は着々と進んでいる。実現の暁には、再生可能エネルギーの普及拡大に大きな功績を残すことになるだろう。まさに、日本の「これからのエネルギー」を支え、牽引し、私たちのライフスタイルにも少なからぬ影響を与える存在になると思われる。

本書は、メガソーラーのリーディングカンパニー・芝浦グループの先駆的かつ独自性に富む事業活動を紹介するとともに、日本および世界が直面するエネルギー問題、環境問題の現状を検証し、その可能性と解決策を探っていくものである。

これは再生可能エネルギーにかかわっている事業者だけでなく、地球環境の行方や、原発事故とエネルギー問題に関心を寄せる一般読者にとっても貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年一月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 三・一一が突きつけたエネルギー問題の課題と現状

次世代エネルギーのシンボル――みやま合同発電所誕生
崩れ去った原発の安全神話
「地球環境を守ろう」をスローガンにしつづける芝浦グループ
安全志向へと変化した国民の意識
世界中が凝視する日本の歩み
二酸化炭素削減と再生可能エネルギー
再生可能エネルギーの種類と特徴
エネルギー自給率は四%、再生可能エネルギーの発電量は一・四%という低さ
世界のトップを走っていた日本の太陽光発電
スタートした固定価格買取制度
太陽光発電に集中
太陽光発電の弱点、急がれる蓄電池の開発


第2章 メガソーラーのリーディングカンパニー

無謀といわれた「みやま合同発電所」の建設
国内初分譲投資型の販売方式
国内トップのメガソーラー発電所、二年で一一カ所に広がる
稼働率は認定量の三割というメガソーラーの実態
都道府県別再エネ設備導入状況を眺めてみれば
さまざまなステークホルダーの協力にもとづく事業
技術力を支えるグループの一貫体制
メガソーラーの機能性はメンテナンスで決まる
芝浦グループにしかできない技術
メガソーラーの技術者を育成する「メガソーラー学院」
ファーム構想に込めたもの
日本初、市民ファンド型発電所はすぐに完売
リーディングカンパニーを支える見えない力


第3章 地球環境に貢献する芝浦グループの事業展開

芝浦グループの全体像
それぞれが独自の輝きを放つ七つの会社
全国的に見ても例のない自社一貫体制とは
日本初の全戸個別供給型太陽光発電付マンション「ニューガイア」誕生の驚嘆
「新エネ大賞」金メダルを獲得
初期投資負担なし、徹底した消費者目線でたちまち満室に
ニューガイア事業、続々と
数々の表彰に輝く
データの宝庫
儲かるための仕組みづくり――身内商売と固定収入、営業なし
芝浦グループ新規事業1――缶詰バー「mr.kanso」九州上陸
芝浦グループ新規事業2――美と健康のエステティック業「オーバーシーズ」
「お金というのは貯めてはいけない、どんどん使ってこそ生きるもの」
「自分だけ儲けてはいけない、一緒に儲けるもの」
親父でもありライバルでもある


第4章 八万円からはじまった新地哲己の立志の人生

新地の姓は「新しい土地を切り開く」の意
心に残る母親の教え
貧しさのなか、野球の特待生として高校へ
商売のおもしろさに目覚める第一歩
末恐ろしい営業力
最初の月から二八〇万円の売り上げ
二十四歳で独立・芝浦グループの誕生
遺書までしたため
運命の恩人との再会
孤独に耐えきる
空調設備専門業として
粘り勝ちの助成制度
ニューガイア成功の裏に
シャープアメニティシステム社長への命がけの直訴
空調設備から総合建設業へ
メガソーラーの時代がきた
お金のない人は知恵を出せ
女性の知恵が男を救い、大きくさせる
経営者と社長は次元の違うもの
人を信じ、己を信じる


第5章 日本の電力王をめざして

二〇五〇年、再生可能エネルギー予測
小泉発言と二〇五〇年に向けた日本のシナリオ
電気事業法が成立、六十年ぶりの抜本的改正
発送電分離なるか?
ドイツと日本のインフラの違い
この十年で日本がすべきこと
九州の高いポテンシャルと九州ソーラーファーム
二〇一五年には三〇〇メガワット、一〇〇〇億円売り上げを目標に
「発電王」から「電力王」へ向かって
市民参加のファンド型発電所
十年後は大きな山に

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『すべては学生のために』 前書きと目次

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すべては学生のために
~神奈川工科大学51年目からの挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-388-7
初版発行:2013年10月25日




 はじめに


大学改革は待ったなし!

平成二十四(二〇一二)年六月、文部科学省は「社会の変革のエンジンとなる大学づくり」をめざす「大学改革実行プラン」を公表、“大学機能の再構築”と“大学ガバナンスの充実・強化”を打ち出すとともに、ただちに実行することを明言した。そのプランを説明する文章のなかに、同省の本気度を示す言葉が次のように挿入されている。

「現下の日本の状況下においては、大学改革は待ったなしの状況であり、実行が求められています」

急速な社会変化が続くなか、大学教育の意味も役割も大きく変化している。現在、大学に期待されているのは「象ぞう牙げの塔」としての学術教育ではなく、活力ある社会を創造するための教育である。つまり、主体的に考え、行動する能力を培う人材育成にあるといってよいだろう。

その実現のために、何をどのように教え、根幹となる大学運営をどう進めていくべきか――現在、各大学は試行錯誤を続けている渦中にある。

十八歳人口の減少にともない、定員を確保できない私立大学が増加するなか、生き残りの命運を左右するポイントは、学生というマーケットを意識した経営体へと変容することである。教育を最大のサービスとして学生に提供し、総合的な学生支援をするなかで人づくりを行うという事業こそ、イノベーションの創出とともに、国民や社会が大学に期待していることではないか。その推進のためには大学ガバナンスの強化がどうしても必要となる。

いま、大学は戦後最大の転換期を迎えていることは間違いない事実である。

「大学改革」が声高に叫ばれているなか、学生支援体制の構築への取り組み、大学ガバナンスの強化など、先陣を切った改革を続けているのが本書で紹介する「神奈川工科大学」である。

神奈川工科大学は神奈川県厚木市にキャンパスを構え、今年でちょうど創立五十周年の節目を迎える。工学部、創造工学部、情報学部、応用バイオ科学部の四学部一一学科と留学生別科、大学院が設置され、約五〇〇〇人の学生を擁する、多彩な内容を持った理工系大学だ。

キャンパスに足を踏み入れた人は、広々とした開放感のなかに、理工系独特の緊張感があることに気がつくに違いない。また、「KAIT工房」と呼ばれる近未来的なガラス張りの建物のなかで行われている機械加工や木工作業などの情景を目にすると、日本のものづくりの精神はこうしてたくましく継承されているのだということを改めて実感する。

「創造性に富んだ技術者を育て、科学技術立国に寄与する」を建学の精神として謳うたっている神奈川工科大学は、その精神にのっとり、数多くのすぐれた技術者を社会に輩出しつづけてきた。大学の教育方針、学生指導、運営のあり方等々、どれを見てもこの大学にしかない流儀というのが貫かれている同大学は、以前から個人的にも注目していた大学であったが、今回、詳しく話を聞いていくと、新しい大学像の「ロールモデル」となるべき要素をいくつも持っていることがよくわかった。
その特質をあげてみよう。

①徹底した学生本位主義の追究

神奈川工科大学の最大の教育理念は「学生本位主義」の追究にある。学生一人ひとりがいまどのような状態にあり、何を望み、どんな適性を有しているか──それらをすべて検証し、その学生が持っている能力を伸ばすために、あらゆる支援を行うことを基本姿勢としている。またその実現のためには、マンツーマン方式による基礎・基本教育や各種相談システムなど、さまざまな工夫が施されており、学生一人ひとりが自分なりの力を身につけることを可能にしている。これにより学生たちの多くは、早いうちから自らが進むべき方向性を見つけ出している。キャンパス内での教育環境だけではなく、経済的支援、安全確保、食と住など、生活環境の隅々までその配慮が行き届いた体制は見事というほかない。“すべては学生のために”をモットーにした周到さが、彼らに自信と活力をつけ、役割意識を持った社会人に成長させている。

②キャリア教育と高い就職率

神奈川工科大学は、「就職に強い」との評価を受けている。平均九〇%以上の就職率は、全国私立大学でも有数のものであり、かつ、卒業後三年以内の離職率は全国平均の三割以下の約一〇%という数値は注目に値する。これは実社会で役立つ能力の開発に力を注ぎつづけた成果といえる。キャリア教育の充実度の高さは、この大学の“特技”といってもよいだろう。企業と連携するプログラムは多彩にそろえられ、その専門性だけでなく、グローバル化には欠かせないコミュニケーション能力の向上もキャリア教育の一環として取り入れている。学生の個性や特性を見極めながら四年間をかけてじっくり育て上げていくシステムは、長年の蓄積があればこそだ。就職サポート体制も万全のものがあり、最後まであきらめさせない手厚い支援が展開されている。

③継承される人づくりの原点

神奈川工科大学を創設したのは、大洋漁業株式会社(現マルハニチロホールディングス)の社長だった中部謙吉氏である。昭和三十八年、高等教育を望む若者に勉学の場を与えようと私財を投じて同大学の前身である「幾いく徳とく工業高等専門学校」を開校したのだが、大学の創始者が企業人であったことの意味は大きい。以来、同校では「自ら考え、行動する」を根幹に、人づくりの教育が形成されてきた。まさに、いま、第一に求められる人間像である。そのアイデンティティを継承している神奈川工科大学の教育課程は「何を教えるか」より「何を学べたか」に主眼が置かれて構築されている。プログラムは改善のたびに研ぎ澄まされ、今般「ユニットプログラム」という独自の教育プログラムを実践。技術力と人間力を同時に鍛えるという内容で、人間的魅力の発掘と向上が大いに期待されている。

④画期的な大学のガバナンス、強いリーダーシップを持つ理事会

現在の理事長は、創設者・中部謙吉氏の孫にあたる中部謙一郎氏である。

中部氏はまさにイノベーターとして登場し、硬直しかけた大学に「経営」の発想を持ち込み、抜本的な改革を次々と断行していった。強力な経営陣を構築することこそ経営の革新として、教員が主体という理事会の慣習を打ち破り、企業出身者主体へと転換。メンバー一一名中八名が企業出身者という、ほかの大学では類を見ない基盤整備を成し遂げた。その画期的な大学ガバナンスによって、学部学科の編成、カリキュラム、教育環境は魅力ある商品として打ち出され、教育施設も短期間で八割以上が改装・新築し充実をはかった。同時に、コストダウン、人員削減などむずかしい組織的な改革にも時間をかけて取り組み、未来につなげるかたちをつくり上げていったのである。

厳しい環境のなか、先駆的なアイデアが次々と実現されるのは、理事会の強いリーダーシップと徹底した話し合いがあってこそである。

「私は民間企業の経営と思って大学の経営にあたっています」と中部氏は語る。

「知の経営体」としてのそのあり方が、学生本位主義をさらに磨き上げる原動力となっていることを実感する。論理的に考え、果敢に行動する新世紀の骨太の理工系人間がここから生まれ、日本を活気づけていくことだろう。

ほかにも、地域社会との密接な連携、卒業生への支援など、神奈川工科大学ならではの特徴がいくつもあるのだが、詳しくは本書でたしかめてほしい。

二十一世紀の新しい大学像が求められるいま、この神奈川工科大学のありようは、大学改革の一つのモデルとなり得ると確信する。

本書は、神奈川工科大学の教育理念や取り組みを紹介するとともに、大学改革のあり方にも多くの示唆が含まれているものである。これから大学進学を志す若者だけでなく、日本の教育と「ものづくり日本」の将来に関心を寄せる一般読者にとっても貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年九月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 理工系大学が支える科学技術立国日本の未来

ものづくり日本の危機
的中したペリー提督の予言
ものづくり日本を取り戻す決め手は人づくりのための教育
神奈川工科大学が持つ大きな意義
その教育方針と理念
日本の発展を支える人材を輩出した工学部
若手技術者の能力の低下と理科離れの現実
中高校の理科・技術教育改善への取り組み
大学に期待される教育とは


第2章 技術立国を担う人材育成――神奈川工科大学の概要――

明確な教育目的と目標の背後にあるもの
可能性を伸ばす学びの四学部一一学科
社会に出る基礎力を身につける「新教育体系」
「新教育体系」の中核「ユニットプログラム」
自分自身を知り、適職を選択させるキャリア教育
学びの基礎を厚くする産学交流プログラム
留学・国際交流の飛躍に期待
日本の最先端が集結する施設の数々
地域・企業・大学がつながるスマートハウス研究センター
新教育体系のもう一つの柱、教員の質を上げる
私立大学の厳しい状況
成長と理念の浸透の基盤は理事会の体制にあり
学校株式会社で徹底したサービスを
財務面はオープンに
大学の価値とは


第3章 すべては学生のために

大人しく真面目な学生
学力に合った習熟度別授業とマンツーマン方式の補習で学力向上を
高い専門性と自主性を持つ人材を鍛えるスーパーサイエンス特別専攻
万全の就職サポートシステム
もう一つの就職支援が示す学生本位主義の真髄
一人ひとりを磨き上げる研究室
保護者との緊密な連携
さまざまな奨学金制度で学生生活を強くバックアップ
教員採用試験、資格取得を大いに援助
モバイル学生証で出欠確認や安否情報も
安心安全は学生本位を支える影の力
“リケジョ”歓迎、女子専用フロア
充実の食と住
文武両道、スポーツにも力を入れる
チームワークを学ぶ多彩なクラブ活動
活発な地域貢献活動
「KAIT未来塾」と出前講義
開かれた大学、愛される大学に
チャレンジを応援する「夢の実現プロジェクト」


第4章 五十年の歩み

創設者・中部謙吉の思いを込めた学校
謙吉の波乱の人生
日本をつくるのは技術を持った若者たち
国立並みの学費、寄付は取らない
高専から四年制大学に
学者肌の二代目理事長
「神奈川工科大学」へと名称変更
三十周年を記念して
現状を変えなければ明日はない
おじいちゃんの大学をつぶしてなるものか
一大事業、一〇〇億円プロジェクト
二十年におよぶ闘い


第5章 基礎固めから飛翔の時代へ

創立五十周年記念事業その①――第二次キャンパス再開発にふさわしい新施設
創立五十周年記念事業その②――記念の年にふさわしい「学生チャレンジ」を!
創立五十周年記念事業その③――記念シンポジウムを開催
先進技術研究所の建設とロボット産業特区の指定
迫る二〇一八年問題
いまは大学改革の好機
大学としての存在感を高めるために
力を合わせて船を漕ぐ
学びの国際化、五年後の大目標
学生本位主義に徹した改革は先延ばしせず
高いサービス精神、中継ぎ意識
学生たちへのメッセージ
タフな精神、七転び八起き
卒業生が財産、新たな五十年に向けて

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『地球サイズの人づくり』 前書きと目次

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地球サイズの人づくり
~子どもたちの未来を見すえる教育運動~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-402-0
初版発行:2014年11月19日




 はじめに


少子化が進むなか、日本の教育のあり方が改めて問われようとしている。

二十世紀後半、学校教育の現場では受験戦争の激化を背景に知識偏重型の「詰め込み教育」がエスカレートする一方で、いじめや校内暴力、不登校などの問題が浮上。その反省から平成十四(二〇〇二)年度以降、文部科学省の学習指導要領においては「ゆとり教育」が打ち出された。だが、その反動で今度は日本の子どもたちの学力低下が指摘され、「ゆとり教育」は早くも見直しを迫られることになった。

このように、国が指し示す教育の方向性が揺らいでいるうちに、世界ではグローバル化が一段と進み、日本においても「グローバルな人材」の育成がより強く求められるようになってきた。

そうしたなかでいま、必要とされるのは他者とのコミュニケーション能力や自分自身の考えをきちんと伝えられる表現力、さらには困難にも屈しない強い心を持った子どもたちを育成することだ。そこで平成二十三年度以降、小・中・高校で順次導入がはじまった新しい学習指導要領では、「詰め込み教育」でも「ゆとり教育」でもなく、子どもたちの「生きる力」をいっそう育はぐくむことが理念として盛り込まれた。

目まぐるしく変化する、これからの社会を生きていくためには、単に知識や技能を習得するだけでなく、それらを活用して自ら考え、判断し、生活のなかで直面するさまざまな課題を解決していく力が求められる。そうした力とともに、豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力、すなわち知・徳・体のバランスのとれた力が「生きる力」というわけだ。

少子化、グローバル化の進展は、塾をはじめとする民間教育にも変化をもたらしている。親が子どもの将来を考え、できるだけいい教育を受けさせたいという思いは、いつの時代も変わらないだろう。ただ、教育の中身について、学力一辺倒だった保護者の意識に変化が見えはじめ、総合的な人間力を鍛えてやりたいと望む親が増えてきているという。

グローバル社会を生きていくためには、自らの力で困難に立ち向かい、それを乗り越えていく強さが求められる。どんなに厳しい状況に置かれようと、前向きに生きていく力、それを身につけさせることこそが、大人の役割だといえるのではないだろうか。

そうしたなか、昭和五十一(一九七六)年の創業当初から、すでに「生きる力」を育む教育を実践し、卓越した指導力で注目を集めているのが、本書で紹介する株式会社ティエラコム(通称「ティエラ」、本社:兵庫県神戸市、代表取締役社長:増澤空むなし氏)である。

同社は一斉集団型、個別型、映像授業型の教育事業を展開。それらの教育事業を核とし、合宿教育をはじめ多角的な学びの体験を提供するGE(Global Edutainment)事業、塾経営の総合支援システムを提供するASP(Application Service Provider)事業の三つを手がけている。

前身は、株式会社「能力開発センター」(通称「能開」)で、塾名としていまも継続しているが、これは学力アップや志望校合格のみに的が絞られた学習塾(いわゆる進学塾)とはひと味もふた味も違う。

「私は『学習塾』という言葉自体、好きではありません。本来、学習の指導と教育とは異なるものなのに、どうも混同されてしまう節があります。学習指導が教科学習を中心に知識の習得と理解をはかるものだとすれば、そこでは必ずしも人間性は問われないのです。一方、人間的な成長にかかわってくるのが教育です。あいさつをするとか、目上の人に敬意を払う、相手を思いやるといったことは、教科の学習とは直接関係ありません。でも、そうした人間としての基本動作が身についていなければ、どんなに学力レベルが高くても、社会に出て通用しないでしょう。私が提供したいのは『学習の指導』ではなく、あくまでも『教育』なのです」

こう語る増澤氏は、学力の養成にとどまらず、人間の「生き地じ」を鍛える教育の実践こそが同社の使命であると考え、こだわりつづけてきた。

「教えない教育」「魚を与えるな、釣り方を教えよ」「負の体験」などのユニークな指導方針は、単に偏差値が高い子ではなく、「困難にたじろがない ひとりで勉強できる子」を育てることを目的とし、これを教育理念として掲げている。

子どもを鍛え、強くするティエラの教育は、ゼミ・講習会・合宿・オープン模試の四つの柱で実践されるが、なかでも特長的なのが、多彩なコースが設定された合宿だ。いまの子どもたちの多くは、親の庇ひ護ごのもと、何不自由ない生活を送っている。そんな子どもたちも、やがて大きくなって、世間の荒波にもまれるときがくるだろう。生きていくということは決して楽なものではなく、世の中には理不尽なことも多い。それを乗り越える力をつけさせるため、「合宿教育」では、親元を離れ、あえて行動が制限される不自由な空間のなかで、みんなと一緒に生活することを強いてきた。

「子どものいうがままを受け入れて楽をさせてしまうのではなく、大人はその前に立ちはだかる壁、インヒビター(抑制者)とならなければいけないと思うのです。合宿生活を体験することで、子どもたちには困難を乗り越える力、人間関係能力、リーダーシップなどを身につけ、人と人をつなぐ架か橋きょう力りょくを持った人間に育ってほしいですね」

と、教育への熱い思いを語る増澤氏は、創業当初から、既存の塾の概念にとらわれることなく、どこにもない民間教育機関でありつづけようと、ユニークな教育プログラムを次々に開発・実践し、それが多くの子どもや保護者に支持されてきた。そして現在では、生徒数も二万名を擁し、一五〇教室を展開するまでに至った。

創業二十周年となる平成七年に、社名を能力開発センターから、スペイン語で“地球”や“大地”を意味する「ティエラ」に、平成十二年には「ティエラコム」に改称。その名が示すとおり同社では教育事業を核に、国際交流、環境保護活動などへとフィールドを広げ、「地球サイズの人づくり」をめざす。

実は、私は以前に一度、当時、塾業界の風雲児といわれていた増澤氏の思想や生き方に迫ろうと、『ティエラの挑戦』(IN通信社刊/平成八年発行)と題する書を上梓している。

あれから二十年近い歳月が流れ、その間、東進衛星予備校(株式会社ナガセ)のフランチャイジーとして大学受験市場に参入するなど、事業を着実に拡大させながらも、自立心旺盛な人材の育成、地球貢献活動など、増澤氏の教育への思いや経営姿勢にまったくぶれはない。そして、今後も「地球サイズの人づくり」をめざすと意欲を見せる。

本書は、躍進を続ける株式会社ティエラコムの事業活動を各事業部の統括責任者へのインタビューを交えながら紹介するとともに、創業社長・増澤空氏の企業哲学、教育理念ならびに経営理念や人材育成についても改めて検証するものである。教育に携わる方のみならず、未来を担う子どもたちのよりよい成長を願う方々にとって、本書がこれからの民間教育のあり方を考えるうえでの一助となれば、これに勝る喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年十月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 地球の未来、子どもたちの未来

「地球貢献」を企業哲学に
卒業生は語る


第2章 いま日本の教育に求められるもの

教育再生が最重要政策の一つに
システム疲労を起こしつつある義務教育
税金で運営される公教育での指導の限界
大人は子どもの前に立ちはだかる壁であれ
民間教育も含めた教育再生を考える
ゆとり教育はなぜ失敗したか
勉強でもスポーツでも何かに打ち込む姿は美しい
気になる大学入試改革の行方
学力を高める「学習」と人間力を高める「教育」


第3章 人間の「生地」を鍛える「教育運動体」

「困難にたじろがない ひとりで勉強できる子に」
ティエラの原点、「土日ゼミ」の大胆な方法
厳しいけれど愉たのしい「勉強道場」
保護者の「ウォンツ」を掘り起こす
自立学習をうながす「教えない教育」
一斉集団型は全国に五八教室、約八〇〇〇名の会員
個別型にチームコーチングを導入し、会員数二五〇〇名
一人ひとりにベストなプログラムを
子どもたちが明るくがんばる「集中豪雨型学習」
全国レベルで実力を知る「EXオープン模試」
大学以後までも視野に入れた「小中高一貫教育」
躍進するティエラの東進衛星予備校
映像メディアとICT、ライブの三つを融合


第4章 体験を通して「生きる力」を育む合宿教育 ――子どもとともに取り組む環境保護活動――

「合宿」はティエラの教育の原点
コンピテンスを養う「班活動」のドラマ
「食育」にも配慮する合宿中の献立
自然のなかで見せる子どもたちの意外な顔
合宿のフィールドは国内各地から世界へ
国際交流部を発足させ海外進学をサポート
ジュニアサミットキャンプ復活を望む声も
教室で鍛えられた子どもをワンランクアップのための舞台へ
ベトナムに「マングローブ子ども親善大使」を派遣
植林にも寄付される「ティエラがんばりポイント」
クール・ティエラ運動に子どもたちも協力
東日本大震災被災地に「復興の種」をまく


第5章 全スタッフに浸透する増澤イズム ――創業四十周年を迎えるティエラコムの軌跡――

映画漬けだった少年時代
シナリオライターを経て教育の世界へ
わずかな資金を元手に能力開発センターを創業
「城下町と日曜ゼミ」――姫路を皮切りに西日本の「城下町」へ教室拡大
心の師、教育者・斎藤喜博との出会い
大英断によるカリヨンハウス建設
魅せられた二人が語る「教育者&経営者」増澤
社名を地球・大地を意味する「ティエラ」に改称
「過去はすべて善である」
ICT化をいち早く進めたことで息を吹き返す
高校部門を東進衛星予備校に一気に切り替え
「ビットキャンパス」を社外に向けて提供するASP事業
山本塾との合併により地元兵庫の基盤を強化
教務改革を断行し、さらなる飛躍をめざす


第6章 次代を担う人材育成と学習塾のミッション

平成二十六年八月三十一日金沢「担任助手研修」
教育事業の成功は“人材”がすべて
「キオクに残したい二〇一四夏のキロク」
「担任助手」に対する思い
「循環型教育」という構図
学習塾の自立性とは
地球サイズの人づくり 学習塾のミッション

感謝のことば

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『ボランティアの時代』 前書きと目次

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ボランティアの時代
~日本の“パパー・テレサ”石橋勝の描く世界平和への道~

著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-404-4
初版発行:2014年12月28日




 はじめに


私が経済ジャーナリストとして活動をはじめてから、半世紀以上になる。

その間、実に多くの経営者と出会い、その人生行路やフィロソフィなどにふれさせてもらった。

ことに、一代で業界の一角に食い込んだ起業家は、一種の変革者であることを感じる。変革者は、大きな夢を持ち、既成のものと闘いつづける強い信念の持ち主であるというのが私なりの感想だ。

そうした半世紀におよぶ取材経験のなかで、とびきり印象深い人物が本書の主人公の石橋勝氏であった。

石橋氏は、天然系素材の化粧品として知られる「エルセラーン化粧品株式会社」の創業者であり、代表取締役である。市販の化粧品のほとんどが石油系素材だった時代に、一〇〇%天然系素材にこだわった化粧品の開発販売に成功し、業界に新しい流れを創出させた人物である。

それだけでも大きな業績であるのだが、最も注目に値するのはフィロソフィを生み出す信念の核ともいうべき部分である。

石橋氏が会社を立ち上げた理由は、国際ボランティアを行う資金づくりのためという、誰も思いつかないものであった。

「私はボランティアに自分の生涯を捧げようと決めていました。会社で出した利益は世界平和のボランティアのために捧げます」と石橋氏は熱く語る。

読者のなかには、「ああ、そうなのか」と納得する人も少なくないだろう。「エルセラーン化粧品」というと、いまではボランティアに熱心な会社として定評を得ている。

だが、創業してからしばらくの間は、「企業活動を通じて世界の平和に貢献する」という理念に耳を傾ける人は皆無だった。

可能なかぎりを与えようとのボランティア精神と、あくなき利潤の追求に渾身傾ける企業との相反するあり方がどのように融合されるのか。見当もつかないものであったことは想像に難くない。

しかし、不可能と思われたその課題に取り組み、見事に統合を果たした石橋氏は、いまや社会起業家として先駆的なあり方を示す存在になっている。

その波乱にとんだ半生――極貧の少年時代、キリスト教との出会い、マザー・テレサに心酔し、マザーのように生きようと誓った想い――そうしたことを聞きおよぶなか、石橋氏の生きる意義が「世界中の人々が仲よく暮らす世の中をつくることに貢献すること」であることがよく伝わってきた。そして、経営者としての顔は次第に薄くなり、代わって人のためにあろうという求道者的な風貌のほうが、濃く浮かび上がってくるような印象も覚えた。

求道者としての道を選んだ人間が、もともと持っていたパワフルな発想力と行動力を駆使して会社経営という手段に踏み込んだ。そんな雰囲気なのである。

創業以降、「エルセラーン化粧品」は、途上国の子どもたちの里親活動、世界難民救済のためのNGOの設立、国内の障害者のためのドネイション(寄付行為)、緊急災害支援など、幅広い支援に携わってきた。

会社の理念は、①「国際ボランティア活動」、②「Stop the Pollution(公害ストップ)」、③「生涯心を磨く」である。

その理念を現実に落とし込むために、独自のビジネスモデルを構築。一切公害を出さない製品をつくり、自分の利益の一%をボランティア支援のために拠出する「エルセラーン1%クラブ」の創設。

詳しい内容はぜひ本書をひもといてもらいたいが、すべては「最初にボランティアありき」から生まれたものである。そして、彼の理念に共鳴した人々が集まって、ボランティアに人生を注ごうとしている。

その結果、広告活動はあまりしないにもかかわらず、商品のよさと理念の力によって、売り上げは有名企業以上のものを達成している。こうした会社は、前代未聞といってよいだろう。

石橋氏とは何度も言葉を交わしたが、話の内容は世界平和に関することにおよぶのが常であった。

この世はさまざまな矛盾に満ちている。

世界人口の二五%以上が一日一・二五ドル以下の生活を強いられている絶対貧困。

非識字者の三分の二を女性が占め、若いHIV感染者のなかで女性は男性の二倍に達するという女性への不平等。

世界人口の七%の富裕層が二酸化炭素の半分を排出する地球温暖化。

安全な水を手に入れられない世界人口の一一%の人々。

そうした問題を抱えながら、世界は争いを止めることができないままだ。そのなかで、物質豊かな日本は自分だけがよければいいという、内向きで自己中心の考えに凝り固まってしまっている。諸悪の根源は学歴偏重の教育体制にあり、いまのままでは他者のことを考える能力は失われ、平和への道は遠のくばかりであろう。

現在、エルセラーン化粧品が最も力を注いでいるのは、途上国の子どもたちのための学校建設プロジェクトである。五年前から精力的に取り組みはじめ、ネパール、ベトナムなど八カ国にすでに七〇校が開校している。

新しい学校でペンを握る子どもたちの表情は、知る喜びに輝いている。教育こそが貧困をなくし、世界を平和に導く最良の手段である。

「真のボランティアとは世界平和構築活動を奉仕の精神で行うこと」といいきる石橋氏は、世界家族の一員として、この先も夢と信念を持って現実の変革に向かいつづける。

民間の一企業が世界平和の貢献にすべてを捧げ、経営としても成功している企業が日本にあることは、驚きであり、じっくりとした検証に値する。

本書は稀け有うな起業家・石橋勝氏の半世紀におよぶボランティア人生の集大成であり、エルセラーン化粧品の実像を紹介するものである。

本書によって、真のボランティアとは何かを改めて考えてもらえると幸甚である。また、心に豊かさを求める人、平和を願う人、自分に何かできないかと思う人……、自分の人生に何かを残したいと願う人にとって、貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年十一月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 世界を変えたボランティア

二つの大震災が日本人の原体験に
データから見る意識の変化
企業が変わる
すべてが逆転の発想、ボランティアのためにつくられた会社
ボランティアの由来、日本的ボランティア
世界を変える活動は、たった一人の情熱からはじまった
絶望の中で光を与えるのがボランティアの歴史的役割
NPO法人の意義
学校教育とボランティア
「三・一一」海外からの支援が見せたもの
ボランティアは人間だけに与えられた素晴らしい行為


第2章 教育支援で国際貢献を捧げるエルセラーン化粧品

創業以来三十三年間、ボランティアに打ち込む会社
将来は医者か先生と、夢を語る子どもたち
学校建設の構想は五十年前から
基礎は「エルセラーン1%クラブ」
自分の名前が学校に
各国に広がる教育支援プロジェクト
ネットワークに参加する団体
世代を超えて子どもたちを育てていく
心ある民間ボランティアだからこそ、国以上にできることがある
名前のついた学校、最終的には一〇〇〇校を
エデュケーションファースト、平和な未来は学ぶことでつくられる


第3章 石橋勝のボランティア哲学、社会起業家として

エルセラーン化粧品、誕生す
化粧品公害に義憤を覚え
執念の天然系素材の化粧品
女性の口コミの力、ホームパーティ形式
販売してはいけない販売員
「エルセラーン1%クラブ」発足と「エルセラーンボランティア号」の出航
唯一推奨されたエルセラーン化粧品、爆発的な人気
腐敗を遮断する特殊容器の開発
さまざまなところへの地道な支援
NGO設立、十年におよぶ三〇億円の支援
テレビ・ラジオ出演、ボランティアを広める
理念を支えるごまかしのない商品群
石橋の歩みは社会起業家の歩み
日本の社会起業家のパイオニアとして


第4章 唯心を指針に歩むエルセラーン化粧品

イズムの力
普遍的真理は唯物ではなく唯心
どん底の少年時代でも人の温かさは忘れない
暗闇の若き日々に知った唯心の理論
マザー・テレサとの魂の出会い
動機善なりや?
「唯心」の説法
自己中心の広まりと「相手が一番、自分は二番」
教育から世界を変える
「自分だけよければいい」の日本は大変不幸な社会
日本人のボランティア観は本物ではない
いい人だけが残るエルセラーン化粧品の教育の強み
ボランティアを軸にした生き方が導く人間的成長


第5章 エルセラーン化粧品で人生が変わった!――エルセラーンでの活躍で輝く女性たちの声――

家族も親戚もエルセラーン化粧品のファンに ― 西川千夏子(栃木県)
子どもたちの成長が楽しみ
こんな生き方が……、眠れなかった一夜から人生が変わった
家族も親族もみなエルセラーンファンに
マイホーム主義から世界平和への道 ― 城戸啓子(福井県)
夫の死後、初めて前向きになれた
すぐに売り上げトップに
二人の息子たちよりエルセラーン化粧品
唯心の家庭生活の実践
がらっと総入れ替えした人生 ― 清水有美子(兵庫県)
一つのサンプルが人生を変えた――そして石橋社長との出会い
「周りはみんな、師匠」そしてまだ道半ば
見返りのないのがボランティア
めぐり合わせが重なってゼロからのスタート ― 鈴木若花菜(静岡県)
こんな世界があるのかと
店を閉めることとなった不思議な流れ
身が引き締まる思い
エルセラーン化粧品を舞台にして才能を引き出す ― 副社長・糸谷沙恵子
何が一番したいと問われ
社長の通訳として活躍
エルセラーン化粧品の強さは人間教育にあり


第6章 これからも変わらないボランティアへの思い

ミシュランガイドに五年連続掲載された「ホテルエルセラーン大阪」
全館禁煙、化粧品会社がホテルを持った例はほかにない
長年の夢だったホテル
争いの絶えない世界、人間は完全ではない
貧困が存在しない、戦争のない世界
世界の大企業も巻き込んで
第二期黄金時代に向けて、勢いが肝心
十年後のエルセラーン化粧品
人々に気づきを与える

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『自分らしい人生の卒業を望むあなたへ』 前書きと目次

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自分らしい人生の卒業を望むあなたへ
~明るく笑顔でいま準備を~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-384-9
初版発行:2013年7月13日




 はじめに


平成二十三(二〇一一)年に発表された日本人の平均寿命は、女性八十五・九〇歳、男性七十九・四四歳であった。

女性は香港に次いで世界第二位、男性は前年の世界第四位を下回って第八位である。女性は平成二十二年まで二十六年間連続世界一の長寿だったため、第二位に転落したときは、少々物議をかもしたが、日本が長寿を誇る国であることは間違いない。
男性陣も、精いっぱい、がんばっていると思う。

かくいう私は、現在七十五歳となり、少しずつ平均寿命に近づいていることを実感している。七十四歳から七十五歳になったとき、自分の“来るべきとき”の足音が聞こえたように感じたが、それは生きものとしての予兆というべきものだったかもしれない。

この世に生を受けたからには、生きとし生けるものは必ず死を迎えなければならない。それは確率一〇〇%の真理で、ホスピス病棟で多くの患者を看取った看護師が、「死は生まれた瞬間からその人にぴったり張りついているもの」と語ったのを聞いたことがある。あまりに端的な表現だけに、私が抱いていた邪念は消え去り、逆に奮起を覚えるほどだった。

死も大きな目で見れば人生の一部であり、日常の出来事の一つである。国の統計によれば、平成二十四年の死亡者数の推計は一二四万五〇〇〇人(平成二十三年は一二五万三〇六六人と確定)。これで推計すると、一時間に一四二人以上の人が亡くなっている。いまこの瞬間にも、どこかで息を引き取っている人がいるはずだ。にもかかわらず、自分のこととなると、たちまち遠い世界のことのように感じてしまうのが、死を巡る特有の抽象性のせいであろう。

「自分だけは死なないかも」という根拠なき自信で前半生を突っ走ってきた人も、さすがに還暦をすぎてからは、そうはいかないことを自覚するようになってくる。そして、そのころから最期の様子というのは、一人ひとりが違うものであることを思い知らされる。

人生に一つとして同じものがないように、最期のあり方も同じものは二つと存在しない。身近な人の死、思いがけない死などをいくつも経験するうち、「ああ、死ぬこととは生きることと同じ豊かさと教訓を持った、まさにオンリーワンのものなのだ」と腹の底から理解するに至る。それは、多くの故人が教えてくれる貴重な真実なのである。

「死は突然くるものではなく、徐々に背後から忍び寄ってくるもの」

と語ったのは、上智大学名誉教授で死生学の大家でもあるアルフォンス・デーケン神父である。デーケン氏は一九七〇年代から日本での「死への準備教育」に先駆的に取り組んだ人物で、死に向けた心の準備の大事さを発信しつづけている。

「死は誰にでも訪れます。しかし、死をタブー視し遠ざけていては、心の準備のないまま死と向き合わなければなりません。これこそ人生最大の危機ではないでしょうか」

というデーケン氏の提唱を受け、現在は「生と死を考える」活動が全国数十カ所に広まっている。

死への心の準備が、自分の人生の検証を超えて、命の尊厳につながっていることに気づくのは、それほどむずかしいことではない。日常の忙しさに追われるなか、ほんのひとときでも命の有限さを意識するようになれば、本当に大切なものはなんなのかが鮮明に見えてくるはずである。

そうこうするうちに気がつくことは、死への準備とは、実は自分を超えた「人の命」に思いを馳せるということである。「メメント・モリ(死を思え)」というラテン語の意味するものは、まさに死から生を見つめることで生の意義深さを認識せよということだろう。失って初めて大切さがわかる究極のものが命だからかもしれない。

その認識は、自分の命は多くの命から受け継がれた“命の集合体”であることを気づかせることになる。命のリレーで一人でも欠けていたら自分は存在しないという宇宙的事実は、まさに厳粛としかいいようがない。死は終わりではなく、次へのはじまりなのである。

「人生に終わりがくるのは一〇〇%自明のことです。誰一人としてそこから逃げられる人はいない。誰しもが、自分もやがて死を迎えるのは当然のことと思っているはずなのに、そのことに自分からしっかり向き合っている人というのは、実は意外に少ないのです」

そう語るのは、長年弔いの儀式に携わってきた竹内惠司氏である。

竹内氏は現在七十七歳。神奈川県で冠婚葬祭業を行う株式会社サン・ライフの代表取締役会長を務めている。昭和三十八年から約半世紀にわたって葬送の営みに従事してきた竹内氏の、その長い経験から発せられる言葉には実感に裏打ちされた重みが込められている。竹内氏はいくつもの新機軸を業界に打ち出した先駆者として名高い人物でもあるが、幼いころから死を目まのあたりにした体験は、“旅立ち”を送る職務に自分の運命を委ねるほどの深い使命感を与えている。

自分の体験を踏まえながら、竹内氏は生と死の壮絶な関係を自著でこのように述べている。それは胸を打たれる内容だった。

「人は死ぬことによって、その命は、肉体は形がなくなる。だが死んだ人の、最愛のこの世に生きる人に対する強く生きてほしいという願望の魂のエネルギーは、最愛の残る人の人生に永く生き続けると考えるのは間違いだろうか。私たちはその力に守られている。その力をもらっている。死んだ人の、次代への願望は子々孫々にまで受け継がれていくものなのではなかろうか」

そして私にこうも語った。

「人は命が終わっても、そんなふうに思いや願いを継承してきました。そのことに希望を持って、自分の終わりに覚悟を持って向き合ってほしいのです」

この竹内氏の経験と見解を紹介することには意味があると確信するのに、時間はそうかからなかった。東日本大震災により、「生と死」の境界線が紙一重でしかないことを突きつけられた私たちは、自分なりの「メメント・モリ」を創出することを心の内で欲している。

だが、それがなされるには、実績と洞察を持った水先案内人が必要だ。その人の言葉にふれることで、私たちは死に臆せず、希望を持って向かうことが可能になるだろう。竹内氏は導き手としての任を背負うのにふさわしい受容力と洞察力の持ち主である。

これまで私は経営評論家として経営者の奮闘と経営理念に関する多くの本を著してきたが、今回はそれとは異なり“いのち問答”ともいうべき一冊を世に送り出すことになった。

本書の柱は、死への準備の考察と、故人の人生の集大成というべき葬儀のあり方への提言である。

竹内氏との対話を通して、死への準備をすることは、人生最後にして最大の仕事であると確信することになった。

なんの準備もしないままに死と向き合うには、あまりに私たちは弱すぎる。
本書は生と死を見つめる機会を与え、人生に貴重な指針を与える書となることだろう。

なお、本文中の敬称を一部略させていただいたことをあらかじめお断りしておく。

平成二十五年五月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 変わりつづける弔いの光景

新しい死生観の創造の時代に
葬儀の原点と役割
葬祭業界のパイオニア・竹内惠司
葬儀は公のもの――「村八分」が伝える死者の尊厳
命の流れを見つめる場
急増する家族葬、本来の葬儀ではないことを自覚すべき
変わる埋葬法――墓はいらず、自然に還る
その人らしい、自分らしい葬儀を
変化の原動力となった葬儀の「制度疲労」
命の大切さを考えさせた東日本大震災
「死」を取り戻すために


第2章 葬送文化の変容・葬祭業が果たした役割

現代日本の死と葬儀に深くかかわる葬祭業
起源は葬具のレンタル業
職人も活躍
霊柩車と祭壇の普及
地域の“なんでも屋”として
戦後のヒット商品、互助会と金襴祭壇
葬儀の中心が祭壇になった意義
生花祭壇が表す“その人らしさ”
知識の伝承者でもある葬祭業者
弔いのすべてを担う会館葬
葬儀を「暗」から「明」に変えた葬祭ディレクター技能審査制度
故人は命は有限であることを全身全霊で表す
一人ひとりに合った手伝いをするのが葬祭業者の役割
人生最大の行事、葬儀は人を成長させる
気づかされた心を込める大切さ
官が取り組んだ生と死を考える啓発活動


第3章 日本の葬送文化の変遷と死の準備教育

死者とともに暮らす儀式
霊はねんごろに弔うが、遺体は遺棄する
仏教の広がり
檀家制度による仏教葬儀の普及
葬送儀礼は共同体として行われていた
竹内が欧米視察を敢行した理由
アメリカの葬儀のあり方に衝撃を受けて
南北戦争で確立したエンバーミングの技術
エンバーマーの技術は医療的な部分と多く重なる
日本でも本格的になりはじめたエンバーミング
葬祭ディレクター技能審査制度と日本初の葬祭専門学校を開設
子どもたちに行う死の準備教育
日本では子どもたちに死への教育はほとんど行われない
世界中から人々が訪れる葬祭博物館を
大きなビジョンを胸に掲げて


第4章 いま、旅立ちの準備を

国が公表した死に対する意識調査
自身の死を「情報」として公開する
家族が記録した死の段取り
死の準備のための教育を
一五の目標に向かう基礎をつくるもの
覚悟を持つ必要性
意識の転換が必要な時期
旅立ちにあたり綴った別れのあいさつ


第5章 明るい人生の卒業のために

死は次の世界への出発点・葬儀は人生の卒業式
現状はほとんど行われていない準備
「人生を自分らしく卒業するための十の具体的な行動」
大切な費用の事前準備
若い人たちが葬儀に望むものとは
死後の世界は思いたいように思っていい
二十年後の葬儀とは


付録 世界の宗教と葬送の流儀

死後の復活を信じるキリスト教
死は一時的な別れ、イスラム教
火葬をする仏教
輪廻転生を前提としているヒンズー教
社会主義国家、中国の葬送文化
人生最大の行事・台湾の盛大な葬儀

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『経営の条件』 前書きと目次

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経営の条件
~会社存亡の危機から脱したときに得たもの~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-387-0
初版発行:2013年8月23日




 はじめに


「無縁社会」という言葉がある。

平成二十二(二〇一〇)年、NHKが制作した番組タイトルにつけられた造語であるが、ひとたびテレビで流されると、まさに時代の核心をついたものとして人々に強いインパクトを与え、多くの雑誌、新聞などでも紹介された。番組はその年の菊池寛賞を受賞した。

現代に生きる人々が抱える不安感の背後にあるものをずばりと突いていたからだろう。

日本では旧来、親族・地域社会・会社などで比較的濃密な人間関係が形成されてきた。こうした関係は地縁・血縁・社縁と呼ばれ、しがらみとなる一方で暮らしに欠かせぬ相互扶助の基盤となっていた。「縁」という目に見えない結びつきが、人々に安心と安全を与えていたのである。

だが近年、核家族化、高齢化、都市化の進展という急激な社会構造の変化にともない、社会や家族から孤立する人が増えていった。地域社会が持っていた支え合いのシステムが、次第に機能不全を起こしはじめたのである。

その結果、誰にも看取られることなく孤独死する人は年間で三万人を超えるという驚くべき現実が明らかとなり、この先、なんとかしなければとの試行錯誤がはじめられた矢先に起こったのが、東日本大震災である。

東日本大震災から二年以上が経過し、多大な犠牲を払って教えてくれたものは、人と人のつながりの貴重さではなかったろうかと改めて考える。

いま、私たちは無縁社会と呼ばれる澱おりのようなものから脱却する時期に来ているのではないだろうか。

日本人は他者を慮おもんぱかるというデリケートさを持っている人々である。そして「ふれあう」という心の交流を大事にする習慣も持っている。工夫と知恵を絞ることで、支え合いの精神を取り戻すことは不可能ではないはずだ。

とはいっても、過去に回帰するというのではない。新しいタイプの「縁」をつくることが求められている。

役所の画一的な手法を待っているだけでは、無縁社会の広がりは止められない。人とつながり支え合うことに希望の持てる社会を実現するためには、いま、自分ができること、やるべきことを見つけ、それがどんなに小さなことであろうと淡々と行っていくことがもっともたしかで効果的な方法だと思うのである。

本書で紹介する「セルモグループ」は、九州地区、関東地区、広島地区で冠婚葬祭互助会を展開し、新しいかたちの地域貢献と、共に支え合う互助のあり方を追求している企業である。

私がセルモグループに注目したのは、まず安田征史氏というリーダーが持つ独自の信念と、人間的な魅力、大きさであった。

時代を読み取るセンスと機敏さ、ひらめきから実践へと移す鮮やかなスピード感、周囲の人に夢と希望を与える熱い心……、どれをとっても一級であり、加えて清濁併せ呑む人間観の幅広さと、居丈高なところは微塵もない謙虚さの持ち主である。また、その交際範囲は驚くほど広い。

取材を重ねるなか、安田氏は「見えないところでコツコツと誰かのために努力すること」の大事さを何度も言葉を換えながら訴えつづけた。それが世の中を変えるエネルギーの源泉になるであろうことは、十分、想像できるものであった。

こうした安田氏の人間性に引かれ、セルモグループを調べていくと、それはやはり業界でも特異な存在であることが明らかになっていった。

創業したのは昭和四十三年。当時は父親の謙次氏との二人三脚による小さな婚礼センターにすぎなかった。それが冠婚葬祭を扱う互助会のかたちをとってからは、破竹の勢いで地域に浸透し、九州でも老舗しにせの互助会として大きな影響力を持つまでに成長を遂げる。その間、破は綻たん寸前の修羅場も体験するのだが、安田氏は捨て身で向かっていき、見事に危機をチャンスに変えて会社を再生させていった。

創業四十五周年を迎えた現在のセルモグループの輪郭は、関東および広島で事業を展開する「株式会社サンセルモ」(本社:東京都港区、代表取締役社長:安田幸史氏)と、西日本を拠点とする「株式会社セルモ」(本社:熊本県熊本市、代表取締役社長:岩上梨可氏)の二社を柱とし、結婚式場一〇カ所、葬祭場「玉泉院」五三カ所、法事会館一一カ所を擁する規模にまでなっている。

そのセルモグループが現在もっとも力を入れているのが、大切な人との最後のひとときを安らかに迎える葬儀の演出である。同社では、欧米で一般的になっているエンバーミング(遺体衛生保全)をいち早く取り入れ、故人と心ゆくまでお別れができる「ふれ愛葬」を提唱する。エンバーミングとは、遺体に消毒・防腐処置を施し、故人の姿の修復と復元を行う科学的技法である。生前の元気な表情を取り戻し、お気に入りの服を着て横たわる様子は、まるで眠っているかのような姿だという。家族も友人も故人の顔や手にふれながら最後の言葉をかける光景は、これまでの葬儀とは違い、温かで、厳粛で、かつ深い癒いやしが生まれてくる。

「大切な人とのお別れを温かく愛に包まれたものにしていただきたいと、私たちは“ふれ愛葬”でお送りするのです」

と安田氏は祭壇中心のこれまでの葬儀から故人中心に移行する、新たな葬儀の意義について語っている。

エンバーマー養成施設の設立も日本で初めて敢行し、いまやセルモグループのエンバーミングは質量ともに日本でもトップクラスの実績を誇っている。

とにかく、ひらめきとこだわりの強い人である。それは婚礼分野でも発揮され、九州地区では初の中世ヨーロッパ風の結婚式場や本格的チャペルを次々竣工。「エルセルモ」の名を冠した結婚式場は老舗の風格と豪華さで、九州地方を代表する結婚式場として広く知られている。

さらに平成二十四年には東京・代官山にいままでとはまったく違うテイストの結婚式場「鳳鳴館」をオープン。ブライダル業界に驚きと感嘆を与えることになった。大正ロマンをテーマにした洋館は、ノスタルジックとモダンさを融合した、まったく新しいコンセプトの結婚式場として、若いカップルのあこがれの的になっている。

セルモグループならではのサービスとしては、挙式の数時間後には結婚式の様子をウェブで閲覧できる「ウェディング・レポート」があげられる。まだ「YouTube」も広まっていなかった時期、安田氏のひらめきによって、超高速動画配信システムを独自に開発した成果である。

このように安田氏は、画期的な試みを数々実現し、発展させつづけてきた。

だが、その志や願望はさらに遠くを見据えていた。

それが、地域社会の活性化への取り組みである。無縁社会を乗り越えるのは人と人の結びつきしかないと考える安田氏は、地域全体の“縁”の掘り起こしというべきものにチャレンジしようとしている。一人暮らしの高齢者、老々介護、子育て支援……、そうした多くの人の手助けが必要な分野には、どんどんサービスの手を差し伸べていこうと動きはじめている。

それも互助会という枠を超え、地域密着で活動する人たちとタッグを組みながら、地域全体を対象にするという大きな取り組みである。これはまさに新しいつながりの提唱であり、地域社会の絆の復権につながる試みといえるだろう。

もちろん、現実に行われることは地道で、小さなことの積み重ねである。「小を積んで大を成す」は安田氏の座右の銘であるが、その言葉どおり、無縁社会を変えていくには一人ひとりの事情とニーズに合わせ、できることからやっていくしかない。

新しい支え合い、新しい互助とはどんなかたちか。それを追求しつづける、セルモグループは多くの人の一生を支援する存在になることをめざしている。

ささやかな縁を大事にする社会へ。支え合いと助け合いの気持ちを育はぐくむことが、本当の意味での社会貢献であり「人生産業」の創造といえるだろう。それが広がり、やさしい社会づくりの動きが高まることは、単なる夢想ではない。

本書は、安田氏の理念やこれまでの歩みを中心に構成されている。安田氏の生き方や言葉には、人生の指南書的な要素が含まれ示唆に富んでいる。企業の経営者はもとより、地域社会の活動に取り組む企業や団体、そして一般の人々にも、今後の歩みを考えるうえで、貴重な指針の書となるはずだ。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年六月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 人の縁に支えられた四十五年 ―経営者・安田征史の経営理念と人生哲学―

強いインパクトの人間観・人生観を持った人物
人生の原体験は旧満州からの引き揚げ体験
父の帰還と母の死
質屋が貸衣裳屋になって、大あたり
剣道で培った人の道
互助会として新たなスタート、しかし……
坂田親子との交流
互助会の誕生と発展の経緯
初めての納棺体験
割賦販売法の施行で互助会に社会性が与えられる
すべてを投げ打ち危機を回避
崖っぷちからの反転
鹿児島に自社施設第一号
大事なことはみんな鹿児島の体験から教わった
クロード・チアリとともに建てた傑作「くまもと玉姫殿」
ばってん荒川も参加
広島進出
安田を支える人との縁
行動規範「率先垂範」
上杉鷹山を自らの規範として
小を積んで大を成す
スピード、感性、情熱でマイナーのなかのメジャーに
めざすはマイナーのなかのトップ


第2章 人の縁に支えられた四十五年

「ふれ愛葬」で送られた上田馬之助
エンバーミング導入のきっかけとなった衝撃の事件
エンバーミングの第一の効果は感染症の予防
エンバーミングの起源
新しい送り方の創出
平成十二年に一万件を超える
安らかに眠っている姿で美しく
愛のふれあいを広げていったエンバーミング
お気に入りの衣裳を身につけて
“ふれ愛葬”を語る集合写真、ふれ愛の場
新しい死生観創出の時代に向けて
「ふれ愛葬」は葬儀革命
副社長・岡崎猛の葬儀と残したもの


第3章 二人の人生を支える感動を ―個性あふれるセルモグループのウェディング―

代官山に誕生した大正ロマンの空間「鳳鳴館」
いままでにはないものを!
失敗から反転、大入り満員へ
オリジナルの婚礼料理と二人のためのスイーツ
ネット配信で全世界をめぐる「ウェディング・レポート」
若者の心をつかむのが決め手
ユニークできめ細かいセルモグループならではのサービス
チャペルウェディングブームの先駆けからメッカとして
人生を豊かにしてくれる見えないサービス
風格の西日本、個性的な関東の式場
儀式から決意表明の場に


第4章 互助会の原点を見つめて

互助会の抱える問題
安田の理念1――敵はニーズ、最後の答えを持っているのはお客さま
安田の理念2――原点に返る、互助会は地域の人との共生
安田の理念3――コツコツ型でお客さまから入りたいといわれる互助会に
安定経営で顧客の利益を最優先
流れに乗るということ
地域貢献を超えた共生産業へ
地域と共に生きる
世代から世代へつなぐ会社に――保険事業が意味するもの


第5章 次代へ受け継がれるセルモのDNA

新しい世代の幕開け、新体制で発展を
現場を大事にして感動を生み出す
女性にしかできないこと、女性だからこそできることを大切に
安田会長に惚れて入社し……
小さいエリアで一番を重ね、ライフサポート全般を
あこがれの会社セルモに就職、現在は東京だけで一〇〇億円を目標に
時代を先取りした経営方針。事業部門制


第6章 人を育て、未来を育む

褒めてこそ人は育つもの
伸びるのは素直で向上心のある人
スポーツへの熱い想いとさまざまな支援
極上のひとときを満喫――「夢しずく」と別邸「蘇庵」
セルモグループの夢

〈安田語録〉

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『「最優」へのあくなき挑戦』 前書きと目次

Saiyuuweb


「最優」へのあくなき挑戦
~ほけんの窓口グループ・第二の創業元年~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-396-2
初版発行:2014年5月24日




 はじめに


わが国で初めて近代的な生命保険制度を紹介したのは、福沢諭吉とされている。

諭吉は『西洋旅案内』という本の付録で生命保険のことを「人の生涯を請け合う仕事」と記している。

以来、百五十年余、明治維新から戦前・戦後、そして現在という激動の近代史のなかで、歴史とともに変遷を重ね、保険は一大産業へと成長を遂げてきた。

現在、日本は急速な少子高齢化の進行により、国のあり方から一人ひとりのライフスタイルに至るまで大きく様変わりしつつある。人の暮らしを支える安心と安全の保障がこれほど意識される時代はかつてなかったかもしれない。

保険が果たす役割も、広く多様になっている。消費者の保険に対する意識も高く、生命保険の加入率が男女とも八割に近いというのは世界のトップクラスである。また、社団法人生命保険協会によると、現在支払われている保険金・給付金・年金は年間二三兆円、一日あたり約六三〇億円におよんでいるというから、保険はいまや社会生活を支えるインフラの一部といっても過言ではない。

今後は、公的保障を補完する存在として、ますます重要な役割を果たすことになるだろう。勢い国民の保険に対する期待も高まり、新しいニーズも出現してくる。

この消費者意識の向上と、業界の変革に大きな影響を与えたのが、複数の保険会社の商品を取り扱う乗合代理店が展開する来店型保険ショップの台頭であろう。十数年前に登場したときは、戸惑いと奇異の目で見られたものだったが、複数の商品を組み合わせて加入者に最適な保険を提供する提案型の販売形態は消費者の支持を得て保険の流通革命を起こし、いまでは多くの国民の生活保障と豊かな暮らしの実現に寄与するまでになっている。

そうした来店型保険ショップを中心に展開する乗合代理店のパイオニアにして最大手の会社が、本書で紹介するほけんの窓口グループ株式会社(本社:東京都渋谷区、代表取締役会長兼社長:窪田泰彦氏)である。

いま、そのビジネスモデルは全国に広く普及し、多くの説明をする必要はないが、主な特長として、① 複数の保険会社の商品を「本人の意向」で選ぶことができる、② 相談は何度でも無料、③ 相談しても加入の義務はない、の三つがあげられる。

ほけんの窓口グループがそのビジネスモデルを携えて来店型保険ショップをオープンしたのは平成十二(二〇〇〇)年のことだが、現在ではフランチャイズチェーン(FC)を合わせて全国各地に四八〇余店(平成二十六年三月十日現在)を配するまでになっている。

その十数年間は自由化・国際化の大波にもまれながら、保険業界の競争が激化する時期でもあった。それと同時に消費者の意識行動も大きく変わり、積極的に自らのニーズをオーダーするスタイルが増えていった。

「流通と消費者の関係は劇的に変わったと考えています」

こう語るのは、平成二十五年四月、ほけんの窓口グループの代表取締役会長兼社長に就任した窪田泰彦氏である。

窪田氏は、昭和四十六年に大東京火災海上保険株式会社に入社後、平成十四年にあいおい損害保険株式会社代表取締役副社長、平成十九年にはあいおい生命保険株式会社代表取締役社長と、損保と生保の会社経営に携わったという異色の経歴の持ち主である。

その窪田氏が“あえて”代理店という世界に飛び込んだのは、顧客マーケットと最も接近するなかで、本当の意味の顧客満足を追求したいとの思いからであったという。

窪田氏は会長兼社長に就任するや、ほけんの窓口グループの「第二の創業元年」を提唱し、最大最強ではなく「最さい優ゆう」の会社づくりへ向けた数々の取り組みを宣言する。

「最優」とは「自分にとって損か得かではなくお客さまにとって正しいか否かをすべての物差しとする」ことを基軸とした窪田流経営哲学の背骨を貫くコンセプトである。それはまた、主人公は常にお客であり、お客の声こそが経営の原点、お客の満足と幸せの次に社員の幸せがある……、という徹底した顧客満足主義が反映されたものである。

その「最優企業」を実現するための指針として、① 顧客に向き合う、② 完璧な募集態勢の確立、③ CS(顧客満足度)の達成、という三つの経営方針を打ち出した。

ことに「お客さまのご意向を承る」を筆頭とする「お客さまと向き合うための七カ条」は、「最優」のエッセンスが込められたものとして、すべての社員の日常の命題となっている。

お客とのつながりを深めることによって、窪田氏がめざしているのは、マーケットインの変革を保険業界にもたらすことだ。それにより、長く続く保険会社・代理店・マーケットという硬直した三層構造に地殻変動が起こり、マーケットの側からメーカーを動かしていく真の流通革命が保険業界でも起こる可能性が生まれてくる。

「いまは自由化・国際化に相当する大きな変化が起こっています。それは業界の構造そのものが変わる変化で、インパクトはこちらのほうが甚大でしょう」

このうねりに対応すべく同社が最も力を入れているのは教育事業で、会社資源の多くを社員研修に投入している。四泊五日の合宿にはじまり、二カ月におよぶ初期導入研修は、保険の知識と最優精神を叩き込むことに費やされ、セールスの研修は一切行わないのが特徴である。保険会社から転職した者にとっては、いままで自分が受けた研修はなんだったのだろうという驚きを体験し、やがてそれは仕事観、人間観の転換へとつながっていく。

「お客さまに喜ばれることがどれほどうれしいことか一度でも体験したライフパートナーは、一気に成長していきます。人は変われるのです」

とは、自分自身がその体験によってよみがえった、ライフパートナーの弁である。

さらに窪田氏は、保険流通のさらなる多角化をはかるため、銀行アライアンス事業を積極的に展開。現在一四行の地方銀行と業務提携を結び、銀行窓販(窓口販売)による保険販売を地域の人々に普及させた。アライアンス事業により、お客と長期にわたる友好な関係を構築することの狙いは、「ライフプランをコアにしたリテール金融の新しいビジネスモデル」の実現である。

「金融のワンストップショップ化」「リテール金融のコングロマリット化」という窪田氏の遠大な構想が、現実のものとなりつつある様を目まのあたりにするのは、いままさに変革の現場に足を踏み入れているかのような印象を覚える。

「ほけんの窓口グループは業界のリーディングカンパニーですから、行く手に手本も教科書もありません。自分で変革を起こして進むのが宿命です」

この時期に、窪田氏がほけんの窓口グループのトップとして保険業界の流通を牽引することになったのは、単なる偶然ではないと感じざるを得ない。

本書は独自の理念と戦略によって保険の流通市場に革命を起こし、来店型保険ショップの最大手企業となった「ほけんの窓口グループ」の事業活動を紹介するとともに、同社会長兼社長・窪田泰彦氏の経営理念とビジネス哲学に迫るものである。

自分の生活は自分で守るものとなったいま、保険は確実に誰もが必要とする社会インフラになってきた。それだけに、本書はビジネスとして保険に携わる人のみならず、将来のライフスタイルを考え、安心できる暮らしを願う多くの一般読者にとっても貴重な指南の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年三月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 高まる自己防衛意識

揺らぐ公的社会保険制度と民間保険の役割
クローズアップされる民間保険と来店型保険ショップの歴史的役割
保険大国日本
高まる不安意識と自助努力
震災以降、独身男女が保険に目覚める
東日本大震災における保険会社の奮闘
契約者の利益を優先させた、百年ぶりの保険法改正
福沢諭吉一門によってはじまった生命保険事業
自由化から競争の時代へ
多様化する販売チャネル
賢い保険選びで大切なこと

 〈社会保険と民間保険の違い〉


第2章 来店型保険ショップのパイオニア ―第二の創業元年を宣言した「ほけんの窓口グループ」―

定着した来店型保険ショップ
急成長と広がりを示す数字
ほけんの窓口の強みとは
消えた“保険のおばちゃん”が意味するもの
「第二の創業元年」を宣言
お客は命を吹き込み、ライフパートナーは魂を吹き込む
お客にとって「最優」の会社に
お客と向き合うための「七カ条」
意向把握と情報公開による完璧な募集態勢の構築
困ったときはお客に聞け――顧客の声が経営の原点
「なでしこジャパン」が最優のモデル
お客にとってなくてはならない会社に
お客さまの声を集め、全員に共有させる最優のシンボル

 〈好評を博した新聞広告〉
 〈第一の創業〉
 〈来店型店舗第一号〉


第3章 人的装置産業としての教育 ―すべては教育からはじまる―

保険における「人」の役割
経営資源の最大限を人に注ぐ
経営資源を注ぐ研修の内容と期間
セールス技術の研修は一切しない
三年以内の資格取得が条件
知識から知恵になる設計を
長い時間をかける相談、個人情報に対する配慮
驚異の数字、九六%
一人ひとりのモラルを高めること
信頼される人間になる努力を絶え間なく
 ◆気づきが多い濃密な五日間
 ◆体験を共有する文化、人の変革を待つ文化
 ◆結果を生むのは、営業力ではなく人間力
すべては教育からはじまる――教育のビジネスモデル確立へ


第4章 「ほけんの窓口」の多角化戦略とは

多角化する「ほけんの窓口」
「ほけんの窓口@△△銀行」の誕生と進展
宝の持ち腐れ状態だった巨大代理店・銀行窓販
年収益三億円の銀行も
企業価値を高めるメリット
銀行にとっての成果
人が変わる、銀行が変わる
銀行との業務提携でリテール金融の新しいビジネスモデルを実現
フランチャイズチェーンへの完全なサポート態勢
「ザー」と「ジー」のシビアな関係
共に成長するパートナーとして
地域の大事なインフラに
十年間変わらない、お客さまへの思い


第5章 窪田泰彦の経営理念とビジネス哲学 ―経営とは変化の本質を見抜き的確に対応すること―

特異な経歴を持った保険マン
二十四時間ロードサービス付き自動車保険の生みの親
捨て身の覚悟で
大きな試練を乗り越えて
現場主義を確信した原点――トップの本籍は現場にあり
JR福知山線脱線事故現場に急行
お客のことだけ考えて、ケンカも辞さず
小異を残して大同(道)をつくれ
損保から生保へ――自分を一度ゼロにして
経営とは何か、“師”から学ぶ
窪田流「哲学」と「最優」の深いつながり
水戸黄門が将軍になった
プロダクトアウトからマーケットインへ――①
プロダクトアウトからマーケットインへ――②

 〈ほけんの窓口の社会貢献活動――「あしながおじさん奨学金制度」〉


第6章 ほけんの窓口グループが描く未来展望

経営理念の変革
膨大な借金を抱えている国の現状
自己責任と自助努力を民間が支えていく
保険会社と代理店の位置づけを同等にする意図とは
官から民へ移すための整備づくり
成熟期と成長期の同時併存、二正面作戦の展開
サムスンから学ぶマーケットイン戦略
踊り場の重要性とグローカル戦略
損保を活用し生涯顧客化を
ほけんの窓口は地域に必要な町医者に――マーケットインの基盤として
未来に向け、過去はすべて捨てる
上場をめざす
十年後、安心の輪は全国津々浦々に

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『感動のある人生を。』 前書きと目次

Kandoweb


感動のある人生を。
~こころネットグループのあくなき挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-401-3
初版発行:2014年11月1日




 はじめに


六八〇万人とも七〇〇万人ともいわれる人数の団塊の世代(昭和二十二〈一九四七〉~二十四年生まれ)が六十五歳を過ぎ、高齢者の仲間入りをした。

この世代は層の厚みがあるから、是非はともかく、戦後の高度経済成長時代を謳おう歌かし、新しいタイプの消費者像を描いてきた。何しろ、未曽有の人口だから、いつの時代も消費の王様だった。

大多数が動けば、そこには世論が形成され、文化が生まれる。

この世代が老境に入り、活況を呈しているのが、終活市場であり、葬儀業界である。介護を含め、高齢者市場もまた同様だ。

近年、「直葬」や「ゼロ葬」が盛んにメディアに登場しているのは、案内のとおりだ。葬祭場から墓地へ直行するどころか、遺灰も処分してもらい、まったくのゼロに戻る。その選択は個人の裁量によるところが大きいだろうが、日本人が従来より伝統としてきた葬祭にも新しい動きが起こりつつあるのも事実である。

だが、人生の最後を飾る葬儀を、簡略化してしまうのには、いささかの抵抗がつきまとう。送る側、送られる側双方の「心」模様が表れる葬儀を、「時代の流れ」でかたづけてしまっていいのだろうか。そんな疑問に一筋の光を見いだしてくれるような企業がある。

本書で紹介する「こころネット株式会社」(代表取締役会長:菅野松一氏、本社:福島県福島市)は傘下に冠婚葬祭事業を主軸に石材事業、互助会事業、介護事業を展開するグループ企業七社で構成されている持株会社である。

従業員数はグループ全体で五七〇人(平成二十六年三月三十一日現在)、年商一二〇億円(平成二十六年三月期連結)規模で四期連続増収増益、平成二十七年三月期は連結で一三〇億円を射程内とする優良企業だ。グループ企業の事業内訳は以下のとおりである。

◎葬祭事業――株式会社たまのや
◎石材、生花、葬具卸売事業――カンノ・トレーディング株式会社
◎石塔、石工事、霊園事業――石のカンノ株式会社
◎婚礼、宴会事業――株式会社With Wedding
◎互助会事業――株式会社ハートライン、株式会社互助システムサークル
◎介護事業――こころガーデン株式会社

こころネットグループの事業内容を俯ふ瞰かんすれば、冠婚葬祭事業を中心に“揺りかごから墓場まで”、人の人生の節目、節目にかかわるすべてを網羅しているのがわかる。“トータルライフサポート”、これがこころネットグループである。

一つのグループ内で、冠婚葬祭から石材事業、さらには介護事業までを運営しているのは全国でも稀まれだろう。だが、これにより、情報の共有化、仕入れ・物流の一体化、広告宣伝の連携と相互協力によって多大なシナジー効果が発揮されるのである。

創業八十二年のカンノ・グループ(石のカンノ)と創業一二二年のアイトゥアイ・グループ(たまのや)がM&Aで経営統合、石材業と冠婚葬祭業が手を組み、ここに新たに婚礼事業を展開する川島グループ(旧郡山グランドホテル)が加わり、冠婚葬祭事業の企業集積体が形成された。

そして平成二十五年四月には介護事業に参入。平成二十六年一月にサービス付き高齢者向け住宅「こころガーデン八島田」を開設し、事業を本格的にスタートさせた。介護事業は同グループにとって次なる発展のための基盤の一つとして期待されている。その一方で海外事業の拡大にも力を入れていく予定だ。もともと石材の輸入に関連して中国との取引は盛んであったが、その実績を踏まえて新たな事業の可能性を探っている。

本書は、「人々の“こころ”に満足と安らぎをもたらすサービスを提供する」を理念に掲げ、福島県を中心に冠婚葬祭事業、石材事業、介護事業を展開するこころネットグループの事業活動を紹介する。超高齢社会に突入した日本では、冠婚葬祭、介護は誰にとっても身近な問題といえる。それだけにこれは、冠婚葬祭および介護事業にかかわる人のみならず、多くの一般読者にとっても貴重な指針となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年十月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 多様化する葬儀・墓への意識

民族大移動から見える人の心のよりどころ
一転して人口減少に転ずる近未来
葬儀市場は一・七兆円とされるが
葬儀も墓も“自分らしさ”を演出
共同体行事から個人的儀礼へ移行
多様化する葬儀・墓への意識
鎮魂の儀式・葬儀への原点回帰


第2章 人生の節目に寄り添うメモリアル創出業

大同団結で冠婚葬祭事業を拡充
ライフステージを包括的に支援
「人を思う心」で深い地域密着
国もライフエンディングを研究
再編・再構築されるライフ産業
葬祭・お墓ディレクターの役割
エンディングを統括するために
ライフステージに寄り添う仕事


第3章 安心の葬儀と安らぎの墓づくりをトータルサポート

M&Aの効力をフルに活用する
心に残る墓づくりで感謝される
決め手は顧客の心を察すること
人柄が偲ばれ、投影される葬儀
時代は移っても基本姿勢が大事
墓石スタイルは和型から洋型へ
葬儀の流れをわかりやすく差配
下請けを脱して川上へと上昇志向
着々と地歩を固める企業の構図


第4章 顧客の想いを充足する冠婚葬祭の提案

葬祭業「たまのや」の革新
次代のマネジメントメッセージ
互助会の有効活用を提案・訴求
互助会の会員増による波及効果
With Weddingの“with”の思い
感動を設計する“人”が不可欠
要望には“一〇〇%プラスアルファ”で応える
県内ナンバーワンに躍り出た使命と責務
文化メッセージ産業として機能
高齢者事業にも進出


第5章 挑戦しつづける菅野松一の人生哲学

機械導入で開眼、展望した前途
常に大事にした“人との出会い”と行動力
一気に駆け抜けた基礎固めの二十代・三十代
実学で得る果実は座学より実入りがいい
“ノコギリ商売”でムダを省く
経営の要は、いつも現場対応力にある
霊園開発の頓挫で上場を見送り
経営統合と“悲願”の上場達成
水と油でドレッシングのうまみ
信頼関係で結びつくのがM&A
固有の文化を継承するのが役割
常に感謝の気持ちを忘れないで人に接する


第6章 すべての人に“感動のある”人生を

東証一部上場、一〇〇〇億円企業へ
行動して学び、体験を糧にする
墓所・霊園事業の今後を展望
充実が求められる派生サービス
中国展開は多様化・大化けする
本音は“カッコいい会社”をつくりたかった
革新的な企業のDNAを継承・継続

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『目覚めよ、薬剤師たち!』 前書きと目次

Yakuzaishiweb


目覚めよ、薬剤師たち!
~地域医療を支える薬剤師の使命~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-389-4
初版発行:2013年11月16日




 はじめに


現代人の生活は、多かれ少なかれ「薬」と無縁ではいられなくなっている。たとえば、病気になって医者にかかれば、たいていは薬が処方されるし、病院に行かないまでも体調不良と感じれば、薬局やドラッグストアで一般用医薬品(OTC薬)を購入するなど、なんらかのかたちで薬に頼ろうとする。

わが国では、その薬を取り巻く環境が、ここ半世紀あまりの間に随分様変わりしてきた。かつての薬局は“町の科学者”などと称され、地域の人たちにとっては健康に関する「よろず相談所」のような位置づけで、非常に頼りにされ、尊敬もされていた。

やれ子どもが熱を出しただの、ヤケドをしただの、何か困ったことが起きたら、まずは薬局に駆けつけたものだ。

しかし、ドラッグストアの台頭により、むかしながらの“クスリ屋さん”は徐々に姿を消し、代わって一九九〇年代後半以降、医薬分業により急成長を遂げてきたのが医師の処方せんを扱う調剤薬局だ。

さらに、ここにきて薬の販売方法にも新たな動きが見られる。安倍政権は成長戦略の一環として、インターネットによる一般用医薬品の販売を解禁する方針を打ち出したのである。いまではさまざまな取引がネット上で行われるようになったとはいえ、われわれアナログ世代からしてみれば、医薬品までネットで購入できる時代になったのかという驚きを隠せない。

日本医師会や日本薬剤師会などの業界団体は、安全性が確保できず、国民の健康を危険にさらしかねないとの理由から、ネット販売にはあくまでも慎重な構えだ。
では対面販売なら本当に安全といいきれるのだろうか。実際、薬局やドラッグストアでOTC薬を購入する場面を思い浮かべてみると、われわれがかつて体験した古きよき時代の薬局と違って、はなはだ心もとない気もする。

本来ならOTC薬についても、薬の専門家である薬剤師が患者からの相談に応じ、適切なアドバイスのもとに販売されるべきだろうが、そうしたシーンはほとんど見受けられない。購入する側も薬剤師の存在すら意識していないのではないだろうか。

残念ながら世間一般が薬剤師に抱いているイメージは、「調剤室に閉じこもって調剤作業をしている人」というものだ。医薬分業が進み、調剤薬局が増えるにつれ、そうしたイメージがすっかり定着してしまった感がある。

薬剤師自身も、調剤作業が自分たちの仕事と思い込んでいる人が少なくないだろう。処方せんどおりに正確かつ速やかに薬剤をピッキングして、できるだけ待たせないよう患者に手渡す。しかし、それだけでは薬剤師としての専門性は発揮されず、患者に対し存在価値を示すことができないわけだ。

すでに調剤の現場では、さまざまな作業が機械化されているという。薬剤師がいつまでも調剤作業にばかりとらわれていたのでは、この先、機械化がさらに進めば、薬剤師不要論さえ起こりかねない。

薬剤師の本来の役割は調剤作業ではなく、患者にOTC薬も含めた服薬を指導して効果をたしかめるとともに、副作用の有無をチェックすることにあるはずだ。

行政が医薬分業を強力に推進してきたのも、もともとは医師と薬剤師がそれぞれの専門分野で業務を分担することで、効果的な薬物療法を実現し、国民医療の質的向上をはかろうとの意図があったからだ。加えて、それまでの薬漬け医療を是正することで、増大しつづける医療費を抑制しようとの思惑もあった。

その結果、わが国の医薬分業は、いまでは六五%を超えるまでに至っている。病院や診療所の門前はもとより、町のあちこちに調剤薬局の看板が見られ、その数はコンビニエンスストアの数を上回るほどだ。薬局はすでにオーバーストアの様相を呈しはじめ、薬局業界はドラッグストアも交えての再編・淘とう汰たの時代に突入している。

さらに最近では、「医薬分業は果たして国民のためになっているのだろうか」と疑問視する声が医療関係者だけでなく、分業を誘導してきた行政サイドからも湧き起こり、メディアでも頻繁に取り上げられるようになった。

単に院内処方から院外処方に切り替えるだけでは、患者にとっては二度手間となり迷惑にほかならない。技術料などの費用負担も増しているわりに、その効果が実感できないというのが多くの国民の本音だろう。

こうした指摘は、当事者である薬局業界からもあがっており、本書で紹介する株式会社ファーマシィ(本社:広島県福山市)の代表取締役社長・武田宏ひろむ氏もその一人だ。

同社の創業は昭和五十一(一九七六)年。武田氏は東京薬科大学を卒業後、いったんは大手製薬会社に入社している。当時は薬剤師の免許を持っていても、保険調剤は医師に独占されてほとんど扱えず、薬局の薬剤師はOTC薬や物品販売に力を傾けざるを得ない状況だった。そのため武田氏にとって薬剤師は職業的な魅力がまったく感じられず、日本の医療分野における薬剤師と薬局の立場の弱さには、正直なところ失望していたという。

そんな武田氏がアメリカに渡り、目まのあたりにしたのが、医療人として医師と対等の立場で活躍する薬剤師だった。その姿に触発された武田氏は、日本でも確固たる薬剤師の職能を築き上げたいという信念のもと、医薬分業元年といわれた昭和四十九年の二年後に、国立福山病院(現国立病院機構福山医療センター)前に、最初の調剤薬局を開設。まさに医薬分業の先駆け的存在だった。

「当時の厚生省が医薬分業を明確に打ち出したことから、その将来性に賭ける気持ちだったのです」

しかし、武田氏自身が「無鉄砲な開業だった」と振り返るように、当初は国の舵かじ取りもむなしく、日本の医薬分業は遅々として進まなかった。そのため、国は医療機関が院外処方に切り替えると優遇措置を与えたり、院外処方の技術料を高く設定するなどの策を講じて、医薬分業を全面的にバックアップ。分業率は次第に高まり、一九九〇年代後半以降は目に見えて進捗したため、調剤薬局業界は著しい成長ぶりを見せてきたのである。

ファーマシィもいまでは中国・四国、関西圏、首都圏に七四の薬局を展開しているが、大手調剤薬局チェーンのM&Aなどによる拡大路線とは一線を画す。

「薬剤師の業務の質が問われようとしているいま、優先させるべきは規模の拡大よりも、中身の徹底した充実です。むしろ規模が小さくても、どうすれば生き残れるかを考えたほうがいい。私が薬局経営に乗り出したのは、いい薬剤師を育て、地域に根ざした信頼される薬局をめざしたいというのが原点でした。その思いは創業以来、一貫して変わっていません」

それだけに、薬剤師が単に調剤作業だけで満足していてはいけないのだと、武田氏はことあるごとにいいつづけてきた。「薬剤師は地域住民にとって健康相談のできる、いちばん身近な存在であるべき」というのが武田氏の持論だ。そのためにも、薬剤師は調剤室を飛び出し、地域に根ざした活動に積極的に取り組んでいかなければならないという。

超高齢社会を迎え、医療ニーズ、医薬品ニーズは今後もいっそう高まると思われるが、それを支える財源が逼ひっ迫ぱくしていることは周知のとおりだ。今後は医療、介護、日常生活を地域のなかで支援する地域包括ケアシステムへの移行が課題となっている。その中核となるのが在宅医療・在宅介護である。

同社では、薬剤師として本来の職能を発揮すべく、地域医療チームの一員としての在宅ケアにも力を注ぐ。そのため、無菌調剤室の設置や在宅専門薬剤師を配置して二十四時間三六五日対応の体制を整備するなど、患者本位の施策を次々に実施している。それでも武田氏にとっては、「まだ本来の薬局をつくれていない」との思いがある。

平成十八年から薬学教育が六年制に移行し、薬剤師の専門的職能への期待はますます大きくなっているはずだ。地域包括ケアシステムへの参画はもとより、地域におけるプライマリ・ケアの実践、セルフメディケーション支援など、薬剤師の活躍できるフィールドは今後、さらに拡大していくと武田氏は見ている。

その期待に応えられる「いい薬剤師」をつくるために、同社では教育研修を充実させるとともに、薬剤師の意識改革を進めている。

本書は、医薬分業の先駆けとして、「見える薬局・薬剤師」の実践をテーマに理想の薬剤師像を追求しつづけてきたファーマシィの事業活動、ならびに創業社長・武田宏氏の経営理念と哲学に迫るとともに、これからの地域医療における薬局、薬剤師のあり方について検証するものである。

本書をご一読いただき、薬剤師として医療に携わる人はもとより、これから薬剤師をめざそうとする人も含め、一人でも多くの方々が、薬局・薬剤師の本来の役割を見つめ直し、地域医療の未来のために大きく羽ばたく一助となれば、これに勝る喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年九月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 過渡期を迎えつつある「医薬分業」

行政主導ではじまった日本の医薬分業
分業率はそろそろ限界に近づきつつある?
処方せん調剤だけで患者満足が得られているか
専門性が発揮できなければ薬剤師の存在価値がない!
“経済分業”と揶揄される処方せんビジネス
医薬分業の費用対効果を疑問視する声も
調剤医療費不正請求の実態が明るみに
処方せん調剤のみの薬局は過去の薬局?
薬剤師は患者とのコミュニケーションが不足
薬学教育は創薬中心から薬剤師養成へ
薬剤師過剰時代がやってくる?


第2章 これからの薬局・薬剤師の役割とは?

チーム医療を支えるべく動き出した病院薬剤師
医師の薬剤師を見る目が変わった
病院の新機能として登場した薬剤師外来
在宅医療は薬局薬剤師の存在感を示す格好の場
薬剤師の使命感を持って在宅ケアに取り組む
本気度が問われる「訪問薬剤管理指導」の中身
薬剤師の視点で行うフィジカルアセスメント
在宅医療におけるCDTM(共同薬物治療管理)
病院と薬局の病薬連携を密にする
薬剤師が患者から引き出す情報は宝の山
「かかりつけ薬局」として薬の一元管理を担う
OTC薬を中心にセルフメディケーション支援


第3章 医薬分業の先駆け「ファーマシィ」の実力

経営理念は「地域に根ざした信頼される薬局の創造」
時代の要請に応え在宅支援薬局を立ち上げる
在宅では二十四時間三六五日体制の構築がカギ
薬剤師がかかわることで、安全・安心の薬物療法を実現
在宅医療ネットワーク「福山在宅どうしよう会」を発足
厚生労働省のチーム医療実証事業への参加
出雲地区でも地域の在宅医療チームに参画
行政と一体となって地域の在宅支援体制構築へ
地域住民の健康相談窓口として健康生活をサポート
薬局のさまざまな可能性をかたちにした次世代型薬局


第4章 患者に信頼される薬剤師を育成

社会人としての基本を身につける新入社員研修
ポジションに応じた研修プログラムと各種勉強会
現場での実践を重視した在宅医療研修
日ごろの研鑽や研究の成果を社内外で積極的に発表
大勢の前で講演することは薬剤師の自信にもつながる
薬剤師の職能を広げるNPhA主催の在宅医療研修
薬剤師は生涯学習を続けなければならない


第5章 創業社長・武田宏の経営理念と医療哲学

東京薬科大学を卒業後、大手製薬会社へ
人生を出直そうと決意し、アメリカに渡る
医薬分業の可能性を信じて調剤専門薬局を開局
日本でも確固たる薬剤師の職能を築き上げたい
医師への積極的なアプローチで医薬分業の道筋を
信用を担保に開局を支援してくれた恩人との出会い
地域の拠点として規模の大きい薬局づくりへ
自主運営の薬局をつくり薬剤師の士気を高める
全国の薬剤師向けの情報誌『ターンアップ』を発行


第6章 ファーマシィが提案する保険薬局の新しいかたち

調剤作業におけるテクニシャン導入の是非
“箱出し調剤”により薬剤師を調剤作業から解放
薬剤師のスキルが問われるリフィル処方せんの導入
プライマリ・ケアを担う身近な存在に
価値ある薬局をつくれば市場はまだいくらでもある?
生き残る薬局、消えゆく薬局
門前立地は終焉に向かい面展開へ
業務提携で一〇〇〇億円規模のグループ形成へ

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『“真の医薬分業”へのあくなき挑戦』 前書きと目次

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“真の医薬分業”へのあくなき挑戦
~ジェネリック医薬品が日本の医療を変える~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-398-6
初版発行:2014年9月9日




 はじめに


いま、世界の熱く、鋭い視線が日本に向けられている。

人類が初めて迎える超高齢時代。その最先端を走る日本では、国民は原則的に、高い生活水準を保ち、手厚い社会保障制度、医療保険制度によって、高度な医療を等しく受けられる制度も整備されている。

国民の健康を支える国民皆保険制度は、世界の国々の“目標”となっているほどだ。

その日本の医療体制をこの先も持続していくことができるかどうか。現在、険峻な分岐点に立っている。いや、危機に瀕ひんしているといったほうが正しいだろう。

果たして日本はここの危機をどう乗り切っていくのだろうか。それとも、世界の“目標”はあえなく崩壊してしまうのだろうか。

世界が日本の行方を固かた唾ずを?んで見守っている理由はほかでもない、先進国はいずれも同じ問題を抱えているからだ。「明日はわが身」というわけだ。

日本の医療保険制度に赤信号が灯った最大の要因は、人口構成の急激な変化である。平成十七(二〇〇五)年、日本の人口は減少に転じた。日本はすでに人口減少時代に突入し、おそらく、今後も増加することはないだろう。

さらに深刻度を深めているのはその人口構成だ。健康意識の高まりや医療の進歩によって平均寿命はどんどん延び、高齢者が増えつづけている。現在、国民の四人に一人は六十五歳以上の高齢者で、三十年後には三人に一人になるという。

高齢になれば、当然、あちこちに不具合が出てきて医療を受けることが増え、医療費はふくれ上がっていく。平成二十四年度の国民医療費は三八兆四〇〇〇億円。この金額は同じ年の税収の九〇%に相当するというから、絶句するほかはない。

実際、すでに多くの自治体が、このままでは、教育や子育て支援などほかのサービスにお金が回らないと、悲鳴にも近い声を上げている。各種行政サービスも劣化させることはできないし、道路や橋などのインフラ整備もある。それらをなんとかカバーしようとしてきた結果、積もり積もってしまったのが国債発行残高などの、いわゆる国の借金だ。平成二十五年度末時点で、国の借金は過去最大の一〇二四兆九五六八億円、国民一人あたり八〇六万円に達している。

なんとしてでもこの状況をどうにかしなければならないが、その最大の眼目とされているのが医療費の削減なのである。

「増えつづける医療費によって日本の社会保障制度が崩壊しかけている。医療費を抑制するためには医療関係者、国民の意識向上を強力に推し進めなければいけない」

こうした思いを強く抱き、特に医療・医薬の面からさまざまな医療改革に率先して取り組んでいるのが日本調剤株式会社(本社:東京都千代田区)である。

同社の創業社長である三津原博氏は三十五年ほど前、医薬品メーカーのMR(医療情報担当者)として医療現場に身を置いていた。そのとき、薬害に悩む患者に接して大きなショックを受けたという。

薬害訴訟に踏みきっても、患者側が勝訴することはほとんどない。専門知識にすぐれた医師のガードを打ち崩すのは困難で、医薬品メーカーも医師サイドに立つか、あるいは沈黙を守る。疑義を唱えたい薬剤師がいたとしても、発言の場が与えられることはほとんどなかった。

これでは、日本の医療は信頼性を失い、患者は行き場を失ってしまう。義憤にかられた三津原氏は、医師と薬剤師がそれぞれの専門領域から患者を支える医薬分業を確立しなければならないと決意する。そして「医薬分業」を旗印に、昭和五十五年、調剤薬局を展開する日本調剤株式会社を立ち上げたのである。

現在でこそ、院外で薬を受け取る調剤薬局の存在は広く浸透しているが、当時は「薬は医者から受け取る」のがあたり前だった。また、薬価差益は病院の収入源でもある。当然、医薬分業を推進するうえで、さまざまな抵抗があった。

三津原氏はそれらの困難を一つずつクリアしていき、日本調剤を店舗数五〇〇(平成二十六年八月一日現在)を誇る日本最大級の調剤薬局チェーンに成長させてきた。そのネットワークは北海道から沖縄まで、全国をくまなく網羅している。

とはいえ、日本の医薬分業率は処方箋ベースで六七%(平成二十五年度)。完全な医薬分業の達成にはまだ距離があるが、ここまで分業率を高めてきた陰に、抵抗勢力からの有形無形の圧力と闘いながら、信念を貫いてきた三津原氏が果たした貢献は極めて大きいものがある。

次に三津原氏は、医療費の削減という国家的な課題に向かっていく。十数年前から医療費問題の将来に赤信号が点滅しはじめ、その解決策の一つとして、ジェネリック医薬品の積極的な採用が叫ばれるようになった。

ジェネリック医薬品の価格は新薬のおよそ二分の一以下。つまり、ジェネリック医薬品の使用が進めば、医薬品の使用量を減らさずに、医療費を縮小できる。

三津原氏は早くから、ジェネリック医薬品の大きなメリットに着目し、ジェネリック医薬品の普及・浸透に全力で挑んできた。いまでこそ、ジェネリック医薬品に対する国民の認知度は九〇%以上に高まっているが、当初はジェネリック医薬品という言葉も知られていなければ、知っているとしても、誤ったイメージを持っている人が大半で、普及を進めるにはいくつもの障壁があった。

ここ数年、ようやく国も、医療改革において大きな役割を果たすジェネリック医薬品の普及を進めるために、積極的な施策を打つようになってきた。

さらに、国はジェネリック医薬品の使用率を「平成三十年までに六〇%まで引き上げる」と目標を掲げた。だが、日本調剤では、ジェネリック医薬品使用率はすでに七〇・〇%(数量ベース、平成二十六年七月末現在)にまで高めている。国の目標を四年も前倒しして実現してしまっており、まさに快挙というにふさわしい実績だ。

三津原氏は、国全体、社会全体の先行きを見通して、これは絶対に成し遂げなければならないと思うことは、国に先がけて、果敢に実行してしまうのだ。

本文で詳述するが、ジェネリック医薬品の使用率引き上げに果たした調剤薬局、ことに三津原氏が率いる日本調剤の功績は大きいものがある。真の医薬分業の確立、そしてジェネリック医薬品の普及は、日本の医療改革を実現するうえで、表裏一体の課題といえるものなのだ。

医薬分業の進展にともなって調剤薬局の医療における存在感が大きくなり、それにつれて、薬剤師に求められる役割も変化してきている。

薬剤師は本来、医師とともに医療を支える薬の専門職であるべきだが、かつては医師の指示のもとで働くというケースがほとんどだった。

それでは健全な医療は実現できないと、三津原氏は、薬剤師を真の医療人、薬のプロフェッショナルとして活動できるポジションに押し上げるべく取り組んできた。それにはもちろん、薬剤師の意識向上も求められる。

少子高齢化の進展にともない、国の高齢者施策の方向は、施設ケアから在宅ケアへと舵かじを切っている。医療費削減という目的もあるが、それ以上に、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)、さらにはQOD(クオリティ・オブ・デス=死の質)を高めていこうとする施策でもある。そうしたなかでの在宅医療、終末期医療ではチーム医療体制の整備が急がれるが、ここでも薬剤師が果たす機能は大きく、薬剤師に対する期待は高まる一方だ。日本調剤ではいち早くこうした役割を担うことができるスキルと意識の高い、プロフェッショナルな薬剤師の育成を進めてきた。こうした取り組みは現在も変わることなく続けられている。

このように、常に日本の医療の健全化、クオリティアップを目標に活動を続けてきた三津原氏だが、日本調剤における調剤薬局の展開に加え、高品質のジェネリック医薬品を提供すべく日本ジェネリック株式会社を設立し、ジェネリック医薬品の製造・販売に進出。ほかにも、医療職に特化した人材サービスを行う株式会社メディカルリソース、日本調剤の薬局に集まる膨大な処方箋データを生かして医療関係企業などに情報提供やコンサルティングを行う株式会社日本医薬総合研究所を設立するなど、いまや日本調剤は調剤薬局企業から脱し、医療に関する豊富な経営資源を共有した独自の企業集団へと進化を遂げている。

グループ全体の連結売上も一六五三億円(平成二十六年三月期実績)という堂々たるものである。

この企業集団の活動を貫くキーワードは「Low Cost High Quality」。質の高い医療を高いコストをかけずに提供することだ。

医薬分業、ジェネリック医薬品の普及、さらには薬剤師を含めて各分野の医療人がそれぞれの専門性をいかんなく発揮することができる医療体制の確立をめざして進む三津原氏の視線の先には、超高齢社会が抱える諸問題の答えが見えているようだ。その答えこそ、日本はもちろん、先進諸国が求めてやまないものといっても過言ではないだろう。

創業から三十余年、三津原氏の行動の底には、常に国のため、社会のため、患者のため、人のため……という強い正義感、使命感があふれている。三津原氏と接していると、そうした使命感にかける熱い思いがひしひしと伝わってくる。

本書では、日本調剤が切り開いてきた医薬分業確立への道、ジェネリック医薬品の普及・浸透にかける情熱、薬剤師の専門性向上に向けた活動などを一つひとつ紹介していきたいと思っている。

医療を切り口とした、危機感あふれる日本の起死回生の書と読んでいただいてもよし、企業経営のサクセス書と読んでいただくこともできると思う。さらには、常に、「世の中をよくするためには、こうあらねばならない」と信じたことを断固実行していく、三津原氏の理念と行動哲学も読み取っていただきたい。そして、自分はいま、社会のために何ができるか、何をすべきか、深く考える時間を持っていただければ、と願うばかりだ。

一人ひとりが社会的な視座に立って行動するようになっていけば、医療のみならず、日本が抱える多くの問題は必ず解決に向かって動き出すはずだ。そのために、本書がいささかなりとも役立つことができれば、これ以上の喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年八月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 日本の医療健全化のカギ・ジェネリック医薬品

風前の灯、医療保険制度
薬好きな日本人
切り札はジェネリック医薬品
ジェネリック医薬品は人類の共通財産だ
こんなにある、ジェネリック医薬品のメリット
どのくらい「安く」なるか
日本のジェネリック医薬品使用率はアメリカの半分以下
すでに使用率七〇%を達成した日本調剤
ジェネリック医薬品使用率を引き上げるためには
医師の六〇%がジェネリック医薬品に不安を感じている
日本のジェネリック医薬品は世界有数の高品質
インフォームド・チョイスの時代に求められる「相談できる薬局・薬剤師」
コミュニケーションしだいで高められる使用率
薬のことは薬のプロ・薬剤師が主役になる
「薬価差益」を手放そうとしない医療機関
ジェネリック医薬品の在庫を増やす


第2章 医療のあるべき姿・医薬分業を推進する

アメリカの病院では薬をもらえない
医薬分業のメリット
薬屋のいろいろ
医薬分業の起源は「毒殺防止」
大きく遅れた日本の医薬分業
医薬分業が本格的にスタートしたのは昭和四十九年
薬づけ医療が社会的問題に
相次いだ薬害事件
医療弱者の患者を救う決め手は医薬分業
日本調剤の創業
苦汁をなめた創業時代
マン・ツー・マン出店方式での船出
日本初のメディカルセンターを企画
他社に先駆けて多様な医療モールを展開
大型病院前の門前薬局戦略にシフト
点分業と面分業
全国出店を達成。目標は一〇〇〇店舗
医療分業率はやっと六〇%レベルに
真の医薬分業の実現に向けて
調剤ミスゼロに挑戦する「JP調剤システム」
独自のネット通販「アポセレクト」
保険相談ができる店舗


第3章 薬剤師を真の医療人へ

子どもになってほしい職業は薬剤師
変わる薬剤師の仕事
薬剤師が「医療の担い手」になったのはわずか二十二年前
薬学系大学が六年制に
ファーマシューティカル・ケアを先取りして実践
医療人としての薬剤師を育成する、日本調剤の教育制度
完成度の高い日本調剤の教育制度
患者に寄り添う薬剤師になるためのコミュニケーションスキルを磨く
疑義照会は薬剤師の義務
医師と積極的にコミュニケーションをとる薬剤師に
服薬アドヒアランスと調剤薬局の薬剤師の役割
電子版お薬手帳の導入
ヒモがついていない薬局


第4章 在宅医療時代を迎え、大きく変わる薬剤師のあり方

高齢者の医療は「病院から在宅へ」
変わる薬局薬剤師の仕事
訪問薬剤師としての活動
日本調剤の在宅医療の取り組み
介護施設医療との取り組み
薬剤師の在宅医療への期待と問題点
薬剤師とフィジカルアセスメント
世界的に見てあまりに低い日本のQOD
「自宅で最期を迎えたい」という声に応えられる体制づくりを
看取りにおいて薬剤師に求められる役割


第5章 調剤薬局企業から総合医療グループへ

日本の医療サービスのリーディングカンパニーに
東京証券取引所第一部に上場
IT専門企業に遜色ない日本調剤のIT力
グループ化の推進による巨大医療グループの実現へ
薬局から生まれた医薬品メーカー・日本ジェネリック株式会社
薬剤師人材サービスを提供するメディカルリソース
医薬コンサルティング事業を展開する日本医薬総合研究所
日本の医療の未来像・待ったなしではじまる大淘汰時代
生き残れる薬局は現在の半分以下
街の健康ステーションとしての薬局
一〇社程度に絞り込まれるジェネリック医薬品メーカー
日本の医療制度再生の日

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2017/12/11

『理想の介護を求めて』 前書きと目次

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理想の介護を求めて
~地域と介護を結ぶエフビー介護サービスの挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-393-1
初版発行:2014年2月28日




 はじめに


認知症の介護問題をいち早く取り上げた、有吉佐和子氏の長編小説『恍惚の人』(新潮社)が出版されたのは、昭和四十七(一九七二)年のこと。まだ痴ち呆ほう症と呼ばれていたころだが、社会的にも大きな反響を呼び、当時一四〇万部を売り上げる大ベストセラーとなり、翌昭和四十八年には森繁久彌氏が主演で映画化(監督:豊田四郎氏)もされている。

嫁を中心に自宅で介護に忙殺される家族の姿が描かれているが、多くの人が当時はまだどこか他人事で、介護問題が自分の身に降りかかってくるとは思わず、まして自分が介護される側になるなどとは思っていなかったのではないだろうか。

あれから四十年。当時は若手だった二十代、三十代も続々と高齢者の仲間入りをし、総務省の発表によると、六十五歳以上の高齢者人口は、平成二十四年には過去最高の三〇七九万人に達している。これは総人口の二四・一%にのぼり、国民の四人に一人が高齢者という超高齢社会を迎えているのである。

しかも六十五歳以上の高齢者のうち、認知症の人は推計で一五%いるといわれており、平成二十四年時点で約四六二万人にのぼることが厚生労働省研究班の調査で明らかになった。認知症は生活習慣病などと違って予防がむずかしく、誰もがなりうる病気であり、これといった特効薬も開発されていない。それだけに認知症介護はもはや他人事ではなく、国民の誰もが無関心ではいられない重要なテーマとなっているのである。

こうした超高齢社会や大介護時代を見据え、社会全体で高齢者の暮らしを支えようと、わが国では平成十二年に介護保険制度がスタートした。それにともない、さまざまな業種から多くの企業が介護分野に参入し、全国各地に有料老人ホームをはじめとする高齢者介護施設が次々に建てられてきた。認知症高齢者らが、少人数で共同生活をするグループホームという形態もその一つで、認知症の増加とともに急速に増えている。

平成二十五年十一月に全国公開された映画『ペコロスの母に会いに行く』(監督:森﨑東氏、出演:岩松了氏、赤木春恵氏ほか)は、長崎在住の漫画家、ペコロスこと岡野雄一氏のコミックエッセイを映画化したもので、グループホームで暮らす認知症の母と、その母に会いに行く息子の日常が愛情を込めて描かれている。

『恍惚の人』の時代に比べると、認知症に対する世間の人々の認識も随分変わってきており、介護保険制度により、いまではさまざまな介護サービスを利用できるようになった。

とはいえ、増えつづける高齢者や認知症患者に対し、介護施設の数も介護を担う人材もまだまだ不足しており、社会の仕組みとして決して十分な介護体制が整備されているとはいえないのが実情だ。

認知症も含め、要支援・要介護に認定されている六十五歳以上の高齢者は、平成二十四年四月現在で五三三万人(厚生労働省「介護保険事業状況報告」)にものぼる。政府は高齢者ができるだけ住み慣れた地域で暮らせるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援サービスを一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築を推進しており、平成二十四年四月施行の介護保険法改正もその実現を念頭に置いた内容となっている。

たとえば、在宅介護を支える二十四時間対応の定期巡回・随時対応サービスや複合型サービスの創設などがあげられる。国の介護政策は医療政策と同様、いまや病院や施設中心の介護から自宅を中心とした住み慣れた地域での在宅介護へとシフトしつつあるようだ。

こうした状況下、長寿日本一の長野県を中心に、群馬、栃木、新潟、埼玉の五県において、介護サービス事業と福祉用具事業を二本柱に、多岐にわたる介護関連事業を展開し、着実に業績を伸ばしているのが、本書で紹介するエフビー介護サービス株式会社(本社:長野県佐久市、代表取締役社長:栁澤秀樹氏)である。

創業社長である栁澤秀樹氏がそれまで勤務していたフランスベッド販売株式会社を退職し、フランスベッドの販売代理店として、前身のエフビー信州を設立したのは昭和六十二年、三十八歳のときだった。事業は順調に拡大したが、母親の認知症介護にかかわったことがきっかけで、介護保険が施行された平成十二年に介護事業に参入している。

当初は前職での経験を生かした福祉用具レンタル事業を基盤に、居宅介護支援事業、訪問介護事業からスタート。平成十四年にエフビー介護サービスに商号を変更し、介護サービス事業を本格化させる一方で、グループ法人として社会福祉法人佐久平福祉会を設立し、栁澤氏は理事長に就任している。

エフビー介護サービスでは、その後、介護タクシー、介護付き有料老人ホーム、住宅型有料老人ホーム、グループホーム、デイサービス、ショートステイ、小規模多機能型居宅介護など、地域のニーズに応えるかたちで積極的に事業領域を拡大。平成二十五年八月からは訪問看護にも乗り出し、訪問リハビリにも対応できる体制を整えている。

佐久平福祉会としては介護老人保健施設、グループホーム、特別養護老人ホームの運営などを手がけ、営利法人と社会福祉法人を合わせたグループの事業所は六〇カ所を超え、利用者数は約二万名に達している。

経営理念の柱に「地域密着、二十四時間三六五日、すぐやる、必ずやる、できるまでやる、すべては利用者様のために」を掲げる同グループは、介護に関する多種多様なサービスを提供。訪問入浴介護以外はそろっているといっても過言ではない。こうした介護サービスをトータルで提供できることが同グループの強みであり、地元・長野県においては、在宅介護と施設介護を有機的に結合させることで切れ目のない支援を行えるよう、ワンストップサービスの確立をめざす。

「われわれが常に心がけているのは、利用者様目線のサービスの提供です。どうすれば利用者様に喜んでいただけるか。自分の親だったらどうしてほしいかといったことも、一つの判断の目安になるでしょう。そして、利用者様はもとより、職員、事業にかかわるすべての人たちの満足を追求すべく、新しいサービスの提供を通じて介護改革を実践していきたいと考えます」(栁澤氏)。

そのためにも理念教育を徹底しているが、栁澤氏は職員に対し、何も特別なことを求めているわけではない。あたり前のことをあたり前にやる。これが同グループのサービスの原点なのだという。

同グループでは介護の基本方針として、個別ケア、認知症ケア、看取りケア、地域ケアの四つを大切にしているが、これからは病院ではなく、自宅や施設など住まいでの看取りが増えていくことが確実視されているだけに、看取りケアの充実には特に力を注ぐ。

超高齢社会を迎え、介護事業でもう一つの重要なポイントが、先にもふれた認知症対応だ。自分の親が認知症になったとき、施設に入れることに後ろめたさを覚える人も少なくないだろう。しかし、グループホームをはじめ、プロの手にケアを委ねることで、認知症になっても楽しく和やかに生活していくことができるのなら、本人にとっても家族にとってもいいことではないだろうか。

また、高齢者が住み慣れた地域で安心して最期まで暮らせるよう、在宅介護を前提とした見守りと支援の仕組みを構築することが重要との考えから、地域包括ケアの中核の一つに位置づけられている小規模多機能型居宅介護事業も強化していく考えだ。

昨今は家族の介護のために仕事を辞めざるをえない“介護離職者”が増えているというが、「通い」「宿泊」「訪問」の三つの機能を備えた小規模多機能型居宅介護事業所は、介護する家族にとっても仕事との両立をサポートする存在となっているようだ。

介護保険制度の施行とともに介護事業に携わって十四年。エフビー介護サービスの利用者第一の経営姿勢と地域密着型のさまざまな取り組みは地元を中心に高く評価され、各施設は常に定員を満たしている状況で、これまで閉鎖に追い込まれた事業所は一カ所もない。利用者満足をとことん追求すれば、利益はあとからついてくるとしながらも、いまでは年間売上高約五〇億円、職員数約一〇〇〇名を数える法人グループに成長している。

今後も介護難民を少しでも減らし、一人でも多くの笑顔にふれるため、介護施設を増やし、訪問介護、訪問看護など在宅ケアのさらなる充実をめざすと同時に、介護職員の雇用を増やすことで社会に貢献していきたいとしている。

栁澤氏は常々「介護スタッフは利用者様を守り、われわれ経営陣には職員を守る責務がある」といっているが、職員を大事にする姿勢は業界他社に比べ、離職者が少ないことにも表れている。

本書は、利用者本位の介護保険サービスを提供することで急成長を遂げてきたエフビー介護サービスグループの事業活動、ならびに創業社長・栁澤秀樹氏の経営理念と介護哲学に迫るものである。

老いは誰にも必ず訪れる。そして、いずれは介護が必要となるかもしれない。人生の最後まで自分らしく生きるためにも、自分はどんな介護を受けたいか。

大介護時代にあっては、国民一人ひとりが真剣に考えておく必要があるのかもしれない。

本書をご一読いただき、介護を必要とする高齢者やそのご家族、あるいは介護業界に携わる方々が、理想の介護サービスのあり方を考えるうえでの一助となれば、これに勝る喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年十二月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 超高齢社会と大介護時代に突入した日本

世界に類を見ない速さで進む日本の高齢化
利用者本位のサービスを謳った介護保険制度
厳しい局面に立たされている介護保険財政
地域包括ケアの推進で見直される「互助」の役割
看取りも含め、高齢者介護は在宅中心に
入りたくてもなかなか入れない特別養護老人ホーム
終の住処を施設に求める高齢者も
在宅重視を反映したサービス付き高齢者住宅
介護業界にとって最大の課題は人材不足
東南アジアからの助っ人が頼みの綱?
介護は日本の成長産業になりうるか?


第2章 地域密着のトータル介護サービスを提供 ――エフビー介護サービスグループの事業概要――

長寿日本一の長野県で地域密着型の事業を展開
介護サービス事業と福祉用具事業を二本柱に
地域でのワンストップサービスの確立を
二十四時間三六五日、一貫専任制対応の福祉用具事業
地域に開かれた施設運営をめざす
介護事業では認知症対応と看取りがポイント
地域包括ケアの中核の一つと位置づけられている小規模多機能型居宅介護
介護職の教育訓練・人材養成事業にも着手


第3章 高齢者の自立した生活を支える在宅介護

在宅介護サービスがすべての事業のベースに
一人でどんな状況にも的確な判断力をもって対応
ヘルパーに求められる「気づきの介護」
長く勤めるメンバーの存在こそが何よりの財産
在宅での看取りでは訪問看護と連携
一人ひとりの気持ちに寄り添いながらケアプランを作成
頼りにされていると実感できたときの喜びはひとしお
社内外の多職種との緊密な連携体制を構築
在宅での生活を支援する各種介護サービス
社長の英断で開始した小規模多機能型居宅介護
利用者の生活圏内にある地域密着型サービス
日常生活の自立を助ける福祉用具事業
終わりの見えない介護に相談員としてどうかかわれるか


第4章 高齢者の安心・安全な暮らしを支える入居型施設

安心とやすらぎの介護付き有料老人ホーム
低料金を実現した住宅型有料老人ホーム
地域特性を考慮した施設づくり
入居者一人ひとりに寄り添いながら看取りまで
認知症の方の生活を支援するグループホーム
自宅にいるのと変わらない生活空間に
楽しい日々を演出する多彩なアクティビティ
行事は利用者と職員が一緒になって楽しむ
特別養護老人ホームに対する従来のイメージを払拭
安らかな旅立ちを迎えられるよう多職種と連携
スタッフ全員に理念の浸透をはかる


第5章 創業社長・栁澤秀樹の経営理念と介護哲学

農業後継者となる道を断念し営業職へ
フランスベッド時代に培われたマネジメント力
全員がゼロから手探りでのスタート
「すべては利用者様のために」
接遇こそがサービス業の原点
介護では人間性が何より重視される
理想のリーダーに求められる徳や人間性
中間管理職の人心把握がマネジメントの要
「一つ叱って三つ褒める」を実践
東日本大震災では職員を復興ボランティアに派遣
介護事業は一にも二にも人材がすべて


第6章 エフビー介護サービスが描く未来像

海外事業を経営の「第三の柱」に
中国の富裕層が日式介護に熱い視線
海外進出により介護人材の逆輸入も
フードサービス事業などの新領域を開拓
介護改革でさらなる社会貢献を
一人でも多くの笑顔に出会うために

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『ベストケアの挑戦』 前書きと目次

Bestcareweb


ベストケアの挑戦
~利用者の真の欲求をかなえるリハビリ型介護サービス~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-403-7
初版発行:2014年12月5日




 はじめに


幼子が日に日に成長する姿というものは、親でなくとも目を細めたくなるものだ。昨日まで歩けなかった赤ん坊が、今日はよちよちと歩き出し、ついこの間まで自分で着替えることができなかった子どもが、いまでは一人できちんと着替えることができるようになる。日ごとにできることが多くなり、理解できることが増えていくのが子どもの成長というものだ。

そんな幼子とは対照的に、人は老いていくと、いままであたり前のようにできていたことが、次第にできなくなっていく。若いころは、何キロ歩いても平気だった足腰の丈夫な人でも、老いれば足もとがおぼつかなくなる。記憶力に自信のあった人でさえ、物忘れが増えていく。それが“老い”というものの現実だ。どんなに憂いても、生きていくかぎり、われわれは“老い”を避けることはできない。それは、かつて存分に青春を謳おう歌かしてきた団塊の世代も例外ではない。彼らのもとにも“老い”は着実に忍び寄っているのだ。

だが、われわれには“老い”を回避することはできないが、その歩みを遅らせることはできる。そのカギを握るのが「リハビリ」である。リハビリというと、ケガによる骨折や脊せき髄ずい損傷、あるいは脳卒中などの疾患により生じた機能障害を回復させるためのものを思い浮かべる場合が多いだろう。

しかし、それだけではない。老化にともなう諸機能の低下においても、リハビリは大きな効果を期待できるのだ。若いころと同じとはいかないまでも、正しいリハビリは、心身の老いのスピードを遅らせてくれる。高齢者の暮らしの質を維持するうえで、とても有効な手段なのだ。

たとえば、「背中を掻く」という、若いころなら難なくこなせた行為でも、高齢者の多くは腕が回らなくなり、自分ではできなくなってくる。考えてみていただきたい。背中がかゆくなっても、自分で掻くことができないという現実が生む、はかりしれないストレスの大きさを。かゆみを覚えるたびに、人の手を借りなければならないとなれば、それは日常的に介護する側にも、大きな負担を強いることにもなってしまう。そんな状態は、本人にとってもつらいはずだ。

しかし、リハビリによって、孫の手を使い、自分で背中を掻くことができるようになれば、介護をされる側もする側も、ずっと楽になるだろう。

背中を自分で掻く──。些さ細さいなことではあるが、それが可能になるだけで、暮らしの質は大きく向上できる。そういった意味で、介護におけるリハビリの重要性を、私たちはもっと認識する必要があるはずだ。

総務省の発表によると、わが国の高齢者人口は過去最高の三一八六万人に達した(平成二十五〈二〇一三〉年九月十五日現在推計)。これは総人口の二五・〇%にあたり、国民の四人に一人が高齢者ということになる。すでに四七都道府県すべてにおいて六十五歳以上の老年人口が〇~十四歳の年少人口を上回っている。まさに日本は、世界でも類を見ない、超高齢社会となったのである。

人はいくつになっても、健康で自立した生活を送りたいと願うものだ。しかし、年齢を重ねるにつれ、有病率は高まり、身体機能も衰えてくる。実際、七十五歳以上の後期高齢者になると、介護を必要とする割合はぐんと高まる。人の手を借りずに生活を送ることが、次第にむずかしくなるのは、どうあがいても否めない。つまり、超高齢社会がますます進む今後の日本社会では、介護におけるリハビリの重要性が、いっそう高まるのは間違いないということだ。

現在のような超高齢社会の到来を見据え、平成十二年に介護保険制度がスタートし、早十四年が経つ。その間に、高齢化は想定を上回るスピードで進み、要支援・要介護認定者は当初の二・五倍以上にあたる五六四万人(平成二十五年四月末現在)に増加し、介護費用も三・六兆円から九・四兆円にまでふくれ上がった。

加えて、団塊の世代が七十五歳を迎える「二〇二五年問題」だ。現在の後期高齢者の割合は、国民の九人に一人近くであるが、団塊の世代が後期高齢者の仲間入りをすれば、一気にその割合は増え、なんと国民の五人に一人近くになるといわれている。そうなれば、当然、介護費用の増加も懸念され、その額は二〇兆円に達すると見込まれているのだ。このまま費用がふくらみつづけたら、公的介護保険制度は社会情勢にそぐわない、死に体の制度となってしまいかねない。

そこで政府は、介護保険制度の抜本改革に着手する方針を打ち出した。平成二十七年四月には、利用者の負担増や要支援者向けサービスの市町村事業への移管など、これまでにない、大幅な改正が行われる見通しとなっている。

このように、介護を取り巻く環境が大きく変化しつつあるなかで、リハビリ型デイサービスを中心に、独自の高齢者自立支援システムを構築し、着実に業績を伸ばしているのが、本書で紹介するベストケア株式会社(本社:愛媛県松山市、代表取締役社長:山田哲氏)である。理学療法士である同社代表取締役社長・山田哲氏は、病院勤務を経て、介護保険制度が導入されたのを機に、リハビリの考え方を取り入れた、介護サービス事業を手がけるべく、平成十一年七月、三十五歳の若さで独立・起業を果たした人物である。

設立から十五年、デイサービス、ホームヘルプサービス、ショートステイ、福祉用具レンタル、居宅介護支援、シニア向け娯楽施設の運営など、在宅介護支援の深耕に徹しつつ、事業分野と事業エリアを拡大し、ベストケアは現在、八都県に介護サービス事業所を三〇カ所、従業員六五〇名を擁する企業へと成長している。

同社がモットーとするのは「心を大切にする介護」である。ここでいう「心」とは、幸せを求める気持ちだ。この根底にあるのは、利用者が本当に望む幸せのかたちは、それぞれ違うものなのではないか、という考えである。つまり、「介護する側が幸せになりたいと願う利用者の立場に立って考え、一人ひとりのためにそれぞれの幸せを提供できなければ、真の介護サービスは実現できない」という信念が、「心を大切にする介護」という一文に込められているのである。

そして、利用者が幸せになるためには、介護にあたるスタッフも幸せであるべきだとの山田氏の考えから、「利用者を幸せに、職員も幸せに!」を経営理念の第一に掲げている。山田氏は、「介護は単なる作業の提案ではなく、高齢者に感動体験を与え、新しいかたちの価値を提供することである」とも語っている。その思いを具現化したのが、デイサービスにおける「ベストケア・リハビリメソッド(BRM)」と称する、独自の支援プログラムだ。

前述のように、従来はリハビリといえば機能訓練中心の“医療リハビリ”が主体だったが、このメソッドでは、利用者一人ひとりの「こんな生活を送れるようになりたい」という真の欲求を引き出し、それをかなえるための動作練習に重きを置いた“介護リハビリ”という、新しいカテゴリーを構築した。個々の利用者の自立を目標とする、オーダーメイドのリハビリを行うことで、一人ひとり、幸せが実感できる生活へと導いていくというものである。

競合ひしめく介護業界にあって、同社が急成長を遂げてきた要因としては、こうしたリハビリを取り入れた独自のビジネスモデルで、他社との差別化をはかってきたことがあげられるだろう。特に最近では、要介護度を上げないようにするための予防を視野に入れた機能訓練の重要性が認知されてきたため、リハビリに特化した介護サービスというものが、時宜にかなったようだ。

加えて、山田氏は人材採用へのこだわりを強調する。介護事業は介護をする人、される人の人間関係がベースになっていることはいうまでもない。そこで、採用にあたっては、設立当初から一貫して「人に好かれるタイプかどうか」を最も重視してきた。そのこだわりの積み重ねが、明るく、笑顔にあふれた社風を育はぐくみ、ベストケアの大きな強みとして現場に生きているのだという。

今後は、高齢者人口の急増が見込まれる首都圏での展開を加速させていく同社がめざすのは、日本一のサービスを提供することだ。そして、ハイレベルなベストケアのサービスが、日本の介護のスタンダードになることをめざし、高いクオリティの追求と、絶対的な信頼を得ることに尽力していきたいと、山田氏は抱負を語っている。

本書は、利用者の真の欲求をかなえる“介護リハビリ”を中心とした、ベストケアの事業活動を紹介するとともに、同社社長・山田哲氏の経営理念、介護事業にかける熱い思いに迫るものである。

人生の最後まで自分らしく生きるという、ささやかな、しかし実現するのは決して容易ではない願いをかなえるためには、避けることのできない“老い”に正面から向き合わなくてはならない。そして、人生の最終章において、どのような生活を望んでいるのか、私たち一人ひとりが自分自身の胸によく聞いておくべきだろう。そのうえで、理想的な人生のラストステージを実現するのに欠かせない“介護リハビリ”というものに関して、いま一度、真剣に考えておかなくてはならないのではないだろうか。

これは、介護事業に携わる人のみならず、これからの超高齢社会を生きるすべての人にとって、貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年十月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 超高齢社会の進展と、介護サービスの現状

国民の四人に一人が高齢者という超高齢社会に突入
高齢化の急激な進展に追い打ちをかける「二〇二五年問題」
大幅な改正が行われる介護保険制度
介護現場における最大の課題は人材不足
「老老介護」や「介護離職」に見る厳しい現実
高齢者の自立を支援する各種在宅介護サービス
生活の質の向上を目的としたリハビリの重要性


第2章 「心を大切にする介護」を提供するベストケア

在宅介護支援の深耕に徹した六つの事業領域
八都県で三〇カ所の介護サービス事業所を展開
高齢者の自立支援を第一に考えた経営を実践
リハビリに重きを置いた独自のビジネスモデルを構築
介護サービスを通じて高齢者に感動を与える価値を提供
みんながより幸せになれるサービスのあり方を追求
圧倒的なまでに高いクオリティと絶対的な信頼を


第3章 一人ひとりの欲求を満たす「BRM」

継続的な在宅介護に不可欠なレスパイトケア
機能訓練中心の医療リハビリからの脱却
介護リハビリという新カテゴリーへのチャレンジ
マズローの欲求五段階説に着目したリハビリメソッド
BRMの基本的な概念を全社員で共有する
三つのステップと五つのステージで意欲を引き出す
「こんな生活を送りたい」という自己実現をサポート
アフタヌーンサービスでワクワクするような時間を


第4章 利用者との心の絆こそがベストケアの宝物

ベストケアの精神を伝えるショートムービー
張り切りすぎてしまった運動会
第一回BRMコンテスト優勝――「夢は叶う」デイサービスセンター安佐南
「あなたがいるから、ここに来たくなる」という言葉が励みに
歩けるようになりたいという思いを込めた詩に感動
まだまだある、心温まる「ちょっといい話」


第5章 山田哲の経営理念と介護哲学

理学療法士として病院勤務を経て三十五歳で起業
苦境を乗り切らせた事業への熱意
「利用者を幸せに、職員も幸せに!」を経営理念に掲げる
人物重視の採用へのこだわり
人事管理体制の整備とガバナンスの強化を徹底
My CompanyからOur Companyヘ
座右の銘は「濃度の“こい”人生を送る」
独立していくスタッフに贈る「社長の心得」


第6章 ベストケアが描く介護事業の未来像

東京本部を設置し、首都圏での展開を加速
事業規模ではなくサービスの中身で日本一をめざす
団塊の世代の多様な価値観に対応した新サービスを
要介護になる前の介護予防サービスに注力
理想の介護の実現を後進に託す
地域包括ケアの中心的な役割を担う存在として
利用者の人生にかかわることの喜びと責任を胸に

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『創発経営』 前書きと目次

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創発経営
~アイルの常識は業界の非常識~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-399-3
初版発行:2014年9月15日




 はじめに


IT革命という言葉が「新語・流行語大賞」を受賞したのは平成十二(二〇〇〇)年のことだった。それから十数年、われわれはいまも革命のなかにいる。

IT専門調査会社IDC Japanによると、平成二十六年の日本国内IT市場規模は、約一四兆円を予測しているという。

その内訳はITサービス市場、前年比一・八%増の約六兆円。パッケージソフトウェア市場は四・九%増の約二兆七〇〇〇億円とプラス成長は見込まれるものの、ハードウェア市場は三・二%減の約六兆円ということだ。

成長率は横ばいであるが、「第三のプラットフォーム」と呼ばれるクラウドやモビリティ、ソーシャル技術などで構成される領域が今後急速に伸びていくことが期待されている。

だが、世界レベルで見るとわが国の歩みは決してスピーディとはいえない。

総務省『情報通信白書』によると、わが国の情報通信の進展度は、平均すると一九九〇年代前半のアメリカと同程度であるという。

経済産業省がまとめた国際IT競争力では、日本は第一六位。企業のIT化の遅れが競争力にダメージを与えていることを示している。それを最も端的に表しているデータが「労働生産性の国際比較」で、アメリカの生産性を一〇〇とした場合、日本は半分程度というのである(日本生産性本部、二〇一〇年版)。

なかでも課題になっているのが中小企業の生産性で、平成二年以降、横ばい状態が続いている。日本の企業の九九%以上は中小企業で、その生産性を上げることは日本の活力の向上に直結する。経済産業省管轄の情報処理推進機構は、中小企業のITサービスの整備は国レベルの施策として必要であることを謳うたっている。

そうしたなか、独自のスタイルで中小企業にITサービスを提供し、企業競争力をつけるサポートをしているのが、本書で取り上げる「株式会社アイル」である。

アイルの中核になっているのは、中小企業向けの販売・在庫管理システムの提供で、その基幹システム「アラジンオフィス」は高機能性、柔軟性により、中小企業から絶大な支持を受けている。とりわけ、ファッション・食品・医療・鉄鋼・ねじ業界の五つの業界に特化したシステムパッケージは、利用する企業の業務を大きく改革。新しいIT化のモデルを提示することになった。

システムの導入実績は五五〇〇社以上。売り上げはこの数年二ケタ伸長で、平成二十五年七月期には、売上高約五六億円で前期比二二%増という急成長を達成した。その勢いのよさに、市場からの注目が集まっている。

アイルの最大の特長は、システム戦略・ウェブ戦略・人材戦略を三本柱とした「クロスオーバーシナジー」を基本戦略とした、リアルとウェブの両面からの商品サービス開発・提案を行う独自のビジネスモデルにある。

「現在、システム開発の会社は数多くありますが、リアルとウェブの両方を一社で提供できる会社はアイルくらいなものです」と胸を張るのは、同社の創業者でかつ代表取締役社長を務める岩本哲夫氏である。さらに「リアルとウェブのそれぞれの商品を、クロスオーバーで有機的に結合し提案することで、効率化から販促まで顧客の多様なニーズに応えています」と続ける。

実は、ウェブ技術と在庫管理のシステム開発は異なる分野のものである。岩本氏がリアルとウェブの融合に取り組みはじめたのは約二十年前。長い模索の末に開発された完成形には、五五〇〇社以上の中小企業の要望や声が込められている。

現在、ネット上の店舗と実際の店舗のポイント・顧客一元管理ソフト「クロスポイント」の導入が中小企業間では急速に進み、複数のネット店舗の在庫を一元管理できる「クロスモール」も、多くの企業が活用している。

こうした「攻めのIT化」によって中小企業に力がつけば、大企業に負けない事業展開も夢ではないと岩本氏は、力を込めて語る。

その岩本氏の営業理念は、顧客とはフィフティ・フィフティの関係であるということ。正しいことは正しい、間違いは間違いと、是々非々を前提にした関係を結ぶことによって、顧客に最も適切な環境を提案するというものである。それが厚い信頼を生み、契約更新率は九七%以上という驚異的な数字を達成している。

そもそもアイルは中小企業の役に立ちたい、という思いが起爆剤となって誕生した会社なのである。

大塚商会のトップセールスマンとして抜群の実績を叩き出していた岩本氏が、「アフターケアもコンサルタントもすべて含んだトータルのサービス会社」をめざして独立したのは、平成三年。大阪のワンルームマンションの一室に集まった仲間四人と、町工場のドアを一軒一軒叩いたのがアイルの歴史のはじまりである。

起業に至る波乱万丈のストーリーは本書をひもといてもらいたいが、全体を通して最もインパクトがあるのは、岩本氏の人間的な魅力であろう。その発想力、行動力、説得力はもとより、独創的なものの見方、緻密な分析力と繊細な感性、縛られやすい人の心をときほぐす柔軟性とユーモアのセンス。そして愛嬌あふれるキャラクターというあらゆる側面を活力とともに発している。その人間観察は他者の心の機微をすくい取り、弱さも失敗も大事なことを伝える素材として受け入れ、イノベーションを発揮する人材へと成長させる。

そのための仕組みづくりとは――それが本書の読みどころの一つである。「企業=人」ととらえる岩本氏が新入社員にまず発する言葉は、「君たちはアイルのカラーに染まらなくてよい、みんなの色が混ざり合うことで色の深みが増す会社だ」と。情報をガラス張りにした企業姿勢は、自由でオープンな社風をつくり上げた。社員は全員プレーヤーとして、自ら課題に取り組み、自分の言葉で発信している。営業は専門領域の知識を深く持ち、その場で自分の裁量で判断をする。情報の共有は、新人にも大きな仕事を達成させる。何より彼らは伸び伸びと、努力をすることを楽しんでいる。

それを導いているのが「月報会議」「手書きの日誌」「メッセージメール」「アイル語」等々、岩本氏の創意工夫と地道な修練によって編み出された人材育成の手法の数々である。それらは決してテクニカルなものではなく、ある意味青臭い、しかし成長したいという心に直接熱を与えるものである。

そして、岩本氏は企業ポリシーに「FREE,LOVE&DREAM」を掲げ、あたり前のことをあたり前にするスタイルと、心の力を養う大切さを打ち出している。

アイルは異なる個性を認め合い、共に高みをめざしていこうという共生の精神で動くヒューマンカンパニーだと私は感じた。人を育てるアイルの環境、アイルの文化は私たちがいま大事にしなければならないことを改めて教えてくれるであろう。

本書では独創的な取り組みでIT関連ソリューション事業に新風を吹き込んだアイルの全貌と、岩本哲夫氏の経営理念や人生哲学を紹介していく。IT企業関係者への提言を多く含むと同時に、現代社会で働く一般読者、未来を思う若者にとっても得るものは多いと思う。人生の貴重な指南の書となるだろう。

本書の出版にあたり、岩本氏の学生時代からの友人である株式会社大広関西の顧問を務める倉田育尚氏から感想が届いたので、最後に紹介させていただいた。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年七月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 「CROSS‐OVER シナジー戦略」を掲げるアイルの時代

“G”のクラッシュから四十数年、人々の日常をIT革命
注目のアイル、市場のルールをつくり出そう
インターネットにより実店舗とネット店舗を自由に行き来する消費者
スマートフォンの影響力
リアルとウェブの融合「CROSS‐OVER シナジー」
自社パッケージ開発からサポートまで一貫体制
新サービス「CROSS POINT」の高機能性
基幹業務システム「アラジンオフィス」
クロスオーバー実現への道──①「@ばる」のスタート
クロスオーバー実現への道──②ウェブ事業に本格参入と周囲の認知
クロスオーバー実現への道──③二十年の蓄積の賜物
「CROSS‐OVER シナジー」の基幹理論、生態系と有機的結合戦略
市場の変化、主役は消費者、情報革命の本質とは
グーグル、ヤフー、楽天からも受賞、パートナー認定


第2章 中小企業をトータルでサポート

日本の会社の九九%以上を占める中小企業
中小企業の役に立ちたい、ITによって大企業との差を縮める
ニッチへの追求──地域を絞る
ニッチへの追求──業種特化型基幹システム「アラジンオフィス」
業種に特化した営業マンの活躍
手厚いサポート体制が長く深いつきあいを生む
フィフティ・フィフティの関係
われわれは師匠でなければならない
役に立てる企業と真のパートナーシップを結ぶ
販促、攻めのIT戦略
「中小企業IT経営力大賞二〇一一」で特別賞受賞
福利厚生サービス「アイルクラブ」を中小企業に向けて提供
アイルの根幹は、決して逃げないという気概です ― 常務取締役 システム営業統括本部 尾崎幸司
アイルの発展とともに人間的にも成長 ― 常務取締役 システムサポート本部 土井正志


第3章 岩本哲夫の経営理念と人生哲学

多面性と揺るぎのなさを持った人間
お坊ちゃんから貧しさへ、偏見からの解放
ファッションの流れを自らつくる
アルバイトから学ぶ人間模様
坂本龍馬と『信念の魔術』
はずみで受かった大塚商会
猛勉強の末、システムを理解する営業マンに
感情を動かし奇跡を起こす男
ラクして儲ける異端のスタイル
天からのメッセージで会社設立
破格の条件を蹴りつづけ
困窮のスタートから一転、ダントツの売り上げを誇るディーラーに
自社オリジナルソフト開発
アイルを伸ばした五〇人の新卒採用とジャスダック上場
危機からの脱出
多くの陰の功労者
「FREE,LOVE&DREAM」に込められたもの


第4章 「企業=人」のアイル文化

人は尊敬の念によって動く
月報会議、ガラス張りの経営、全社員の情報と思いを共有
手書きの日誌がうながす人間的成長
人を育てる厳しさを込めるコメント
自分を縛っているものから解放する瞬間
徹底した訓練で豊かな表現力を身につける
正しいことは正しいといえる会社──社員の進言と社長の反省
人を育てる真髄──「創発人材」と「快の追求」
苦しさを乗り切った人に与えられる天からのプレゼント
セミナーの熱気、ホワイト企業ナンバーワン
アイル人間とは与える人
アイル語
枠を超えた発想を生む「無意識のなかの意識」──顕在意識と潜在意識
矛盾こそが発展の原動力──止揚


第5章 アイルが描く未来予想図

O2O利用の急伸はアイルに追い風
大企業にはできないニッチ市場での活躍
時代を見る目の鋭さ
飛躍の起爆剤は素人目線、できない理由を見つけるのはむずかしい
本当のワンマンと共生の精神
アイルの常識は業界の非常識
一〇〇億円企業をめざし、アクセルとブレーキを巧みに操る
アイル文化を世の中に広め、人々を活性化させる


導入事例集

導入事例① クマガイ特殊鋼株式会社
導入事例② 株式会社サンワ
導入事例③ 株式会社マルサヤ
導入事例④ 株式会社ピー・ビー・アイ
導入事例⑤ 株式会社ソラオブトウキョウ

ガンテツに捧ぐ

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『情報活用で未来を切り開く』 前書きと目次

Jouhoukatsuyouweb


情報活用で未来を切り開く
~中小企業は、情報化で無限大に強くなる
 その秘密は、協立情報通信にあり~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-405-1
初版発行:2014年3月13日




 はじめに


日本のICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)インフラは、いまや世界トップクラスの水準にある。政府もICT化・情報化を国の成長戦略の一つと位置づけ、ICTを日本経済の成長の切り札として活用するとともに、ICTの国際競争力強化の戦略を打ち出している。ただ、日本の企業のICT投資はアメリカをはじめとするほかの先進国に比べて低水準にとどまり、ICT分野における国際競争力という点では、大きく後おくれを取っているのが現状だ。

その理由の一つとして、中小企業におけるICT利活用の遅れが指摘されている。実際、数で見れば日本の企業の九九%以上が中小企業で占められている。すなわち、日本の経済は、こうした圧倒的大多数の中小企業によって支えられており、中小企業の活性化こそが、日本の経済成長のカギを握っているといっても過言ではない。また、現在の企業活動において、ICTおよび情報が不可欠なものであることは言を俟またない。

だからこそ、重要になってくるのはICTおよび情報を利活用する能力である。「企業の経営革新は情報化から」との持論を展開し、その実現は「人的要素に負うところが大きい」と語るのが、本書で紹介する協立情報通信株式会社(本社:東京都港区)の創業社長・佐々木茂則氏である。

平成二十六(二〇一四)年、創業五十周年を迎え、まだ「パソコン」という言葉すら誕生していない時代から今日まで、「情報のために通信がある」「社会と企業における情報と通信の無限性」を信念に、情報通信の未来を見つめて、中堅・中小企業のICT利活用に向け独自の取り組みを進めてきた同社は、平成二十五年二月にはJASDAQ市場への株式上場を果たしている。

日本の情報通信の発展と歩調を合わせるかのように、事業領域を進化・拡大させ、現在は情報活用能力が企業経営を左右するとの考えから、中堅・中小企業のICT化・情報化を全面的にバックアップする、ソリューションサービスを事業の柱としている。

経営理念に「知と情報の新結合」を掲げ、社是にも「知」を盛り込む佐々木氏は、アメリカの統計学者・デミングが提唱したマネジメント手法である「PDCAサイクル」(計画→実行→評価→改善)の前に、「Study(新しい学び)」と「Knowledge(新しい知識)」を加えた独自の「SKPDCA論」を考案。その考え方は、社内外かかわらず、人材とその育成に重きを置く同社の事業活動のバックボーンとなっている。佐々木氏自身も七十歳を過ぎてから、自ら編み出した理論の科学的裏づけなどのため多摩大学大学院で学び、経営情報学修士号(MBA)を取得するなど、学びへの意欲はいささかも衰えない。同社では今後も、独自の理論や思想にもとづき、ICT化・情報化を促進し、中小企業の無限大の未来を切り開くための情報利活用を全力でサポートしていくことで、日本経済の活性化をめざしたいとしている。

本書は、創業五十周年を迎えた協立情報通信の今日までの歩みを振り返りつつ、長年にわたって同社が築き上げてきた経営情報ソリューションや、中小企業の情報利活用を活性化させる事業活動、独創的なビジネスモデルを紹介していく。また、その強さの源泉に迫ることで、中小企業に対する協立情報通信の並々ならぬ思いを感じ取っていただけるだろう。

本書をご一読いただき、中小企業経営者の方々が高度情報社会において価値ある情報の利活用を考えるうえでの一助となれば、これに勝る喜びはない。

なお、本書の執筆にあたり、協立情報通信社長・佐々木茂則氏および秘書の鈴木潤子氏には多大なご協力をいただいた。この場を借りて感謝の意を申し上げたい。

また、本文中の敬称や各パートナー企業の社名表記は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十七年一月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 日本の中小企業におけるICT利活用の現状

世界中に広がるICT化のうねり
企業の経営革新は情報化から
中小企業のICT化を阻む要因
ICTスキルの格差は情報格差に直結する
中小企業におけるICT経営とは?
経済産業省による「中小企業IT経営力大賞」
重視される経営課題とICTの活用
クラウドでICT導入への不安を軽減
経営への活用範囲が広がるモバイル
情報活用サポートをアウトソーシング


第2章 情報化のすべてをサポートする「協立情報通信」

JASDAQ上場、創業五十周年の節目を迎えて
創業のきっかけとなった陸上自衛隊での「通信」との出合い
情報通信サービス事業を本格化
各種ソリューションを融合させたサービスを提供
単なる「組み合わせ」ではない「新結合」という考え方
顧客の情報活用を継続的にトータルサポート
モバイルソリューションからも情報化を促進
企業の情報化を進める人材育成の場「情報創造コミュニティー」
運用保守サービス契約へのこだわり
パートナーとの関係を重視した共同展開のソリューション


第3章 経営情報ソリューションで顧客の企業価値創造に貢献 ――協立情報通信のソリューション事業――

会計・活動・外部の三つに分類した「経営情報」がベースに
企業の経営基盤を強化する会計情報ソリューション
カスタマイズの領域を広げるクラウドソリューション
お客さまのベストを追求する情報通信システムソリューション
部門間の垣根を越えた連携が不可欠
情報ツールは所有から利用の時代へ
メンテナンスから新たなソリューション提案へ
オーダーメイドの「オフィス情報9サービス」


第4章 情報活用能力の育成をサポート

情報化とは創造型社員を育成すること
情報活用サポートの必要性にいち早く着目
教育の場としての「情報創造コミュニティー」
パートナーとのコラボで運営する五つのスクール
情報活用能力の向上を継続的にサポート
十分なサービスを提供するために


第5章 協立情報通信の強さはどこからくるのか

「知」と「情報」の新結合を掲げた経営理念
「知」に込めた社是への思い
「知」に目覚め、自ら率先して“学び”を実践
信義誠実を以てパートナーとの信頼関係を構築
情報活用能力育成のベースとなる「SKPDCA論」
経営に関する情報を「会計」「活動」「外部」の三つに分類して活用
情報の利活用の実践は社内スタッフから
学び、工夫して、常に進歩を求める姿勢


第6章 協立情報通信と情報化社会のこれから

パートナーとの連携をいっそう強化
情報にかかわるすべてに果敢に挑戦
プラクティカルからPVCの領域へと進化
組織力で提案型のビジネスをより深化させる
情報化社会は信頼社会でもある
新入社員に望むのは「大志」を持つこと
ビジネスモデルを次世代に引き継ぐ


導入事例集

導入事例①
導入事例②
導入事例③
導入事例④

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『人と技術をつなぐ企業』 前書きと目次

Humantechweb


人と技術をつなぐ企業
~知と情熱で世界に挑むA&D~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-390-0
初版発行:2013年11月28日




 はじめに


「ものづくり日本」

高い技術力、たゆまぬ創意工夫に裏づけられた「メイド・イン・ジャパン」のすぐれた品質は、世界市場で絶大な信頼を得た。だが、近年では台湾や韓国、中国をはじめとした新興国メーカーの台頭により、苦戦を強いられている。その大きな要因となっているのが、長引くデフレと行きすぎた円高である。

こうした状況を打破し、デフレと円高からの脱却、名目GDP三%の経済成長の達成を実現するため、自民党・安倍首相は大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の三つの基本方針、いわゆる「三本の矢」を打ち出した。

これにより、昨年末からは、日本のメーカーを苦しめてきた円高傾向にようやく歯止めがかかり、家電や自動車をはじめ各種産業用製品、日用品業界なども次第に活気づいてきた。

「ものづくり日本」の特徴は、伝統技術と先端技術を巧みに融合させることにある。こうした日本のものづくりの精神と高い技術力、独自の経営戦略によって、創業以来、堅実に成長している企業がある。それが本書で紹介する株式会社エー・アンド・デイ(略称:A&D、本社:東京都豊島区、代表取締役社長:古川陽ひかる氏)である。

同社の設立は昭和五十二(一九七七)年五月。以来、同社は電子計測器の開発、製造、販売を行う計測・計量機器のメーカーとして、一貫して「計る」「測る」「量る」にこだわってきた。

「アナログ技術とデジタル技術の融合をはかり、そのうえで低価格を実現することを経営戦略にしています」と同社社長・古川陽氏はいう。

同社では、アナログとデジタルの変換技術を原点に、計測・制御技術を駆使したツールの提供によって、顧客による新しい価値の創出を支援し、産業の発展と健康な生活に貢献することを使命とすると経営理念に掲げている。

この経営理念にあるように、同社の基幹技術はアナログ・デジタル変換技術である。社名の「A&D」は、まさしくこのアナログ・デジタルに由来しており、「高精度・超高速のアナログ・デジタル変換技術」をコア技術として多種多様な電子計測・計量機器の開発・販売を手がけてきた。

売上高のおよそ一〇%を研究開発費として計上している研究開発型企業である同社では、「“本物”にこだわり、自ら設けた課題に挑み、あきらめずにやり抜くこと」を信条としている。

同社の事業は大きく分けて、①計測・制御・シミュレーションシステム、②電子銃A/D・D/A変換器、③計測機器、④計量機器、⑤医療・健康機器の五つの分野から成り立っている。特に、計量機器のなかで「電子天てん秤びん」では国内市場の六〇%を占めるトップ企業で、デジタル血圧計でも世界第二位と確固たる実績をあげている。

現在、もっとも力を注いでいるのは自動車産業向けの試験・計測システムである。「世界市場での巻き返しをはかる自動車メーカーは、開発スピードを速めるとともに開発コストの削減、さらには環境問題への対応なども迫られています。当社は、自動車メーカーが求める新しいアプローチを製品のかたちで提供しています」と古川氏はその意図を語る。

創業以来、独自技術の研究・開発に邁進してきたA&Dは、取引先はもとより各方面から高い評価を得て、当初一四人の社員ではじめた会社が、いまでは三〇〇〇人を超す規模に成長。売上高もバブル崩壊後に一時低迷したものの、その後は長引く不況にもかかわらず堅実に推移している。「今後も自動車産業をはじめとした各ユーザーと協力しながら、最適なソリューションを追求し、産業界の発展に貢献したい」と古川氏は抱負を述べる。

リーダー不在とされる昨今、古川氏の経営者としての姿勢は、かくあるべき経営者像としてむしろ新鮮に映る。まだまだ日本も捨てたものではない――そう思わせてくれる経営者に出会えたことをうれしく感じる。

本書は、伝統の技術と最先端の技術を独自の思想で融合し、他社の追随を許さない技術の確立によって、日本の、さらには世界の計測・計量市場をリードするA&Dの事業活動を紹介するとともに、創業社長・古川陽氏の経営理念とビジネス哲学に迫るものである。現在、製造業に身を置き、研究・開発に身を置く技術者のみならず、「ものづくり日本」の将来に思いを馳せる多くの一般読者にとっても貴重な指針となるであろう。

なお、本文中の敬称を略させていただいたことをあらかじめお断りしておく。

平成二十五年九月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 “ものづくり日本”の復活に向けて

生活はすべて“はかる”にもとづく
ものづくりの基本“はかる”技術
新興国の躍進で停滞する日本経済
技術とマネジメントの両立が必須
欧米をモデルにした戦後の製造業
“技術立国・日本”の光と影
技術力を生かした新分野開拓の道
“ものづくり日本”復活で活路


第2章 多角的に“はかる”を追求する企業

活性化に必須“はかる”技術力
「計る」「測る」「量る」をガイド
時代を超えて成長する伸び代
創業以来“はかる”にこだわる
基幹技術はA/D相互変換の技
職人技とデジタルの融合で低価格を実現
電子天秤市場でシェア六〇%
研究開発型のグローバル企業
電子応用測定器の頂点をめざす


第3章 開発・生産システムの工程を合理化

合理的“ロジック”で組織固め
基盤技術の確立で広がる事業領域
多角化とシナジー効果追求の差
製品企画の原点とは何かを追求
ロケットスタートだった創業期
変換器と電子天秤で基礎を固める
開発・生産システムの合理化
商戦を戦い抜くための力を蓄積
競争ではなく共闘で業界に貢献


第4章 計測システム需要とメディカル分野の伸び代

すべてを関連づけて思索する社風
重要な技術を外に出さずに蓄積
ロードセルへの参入で業容拡大
最初から積極的だった海外進出
国内外の市場の違いと需要喚起
エンジニアリングの眼力と思考
開発の目、営業の目は表裏一体
汎用性でボリュームゾーン変化
伸び代に期待できるメディカルとヘルスケア分野
苦闘、ルビコン川を渡れ?


第5章 創業社長・古川陽の経営理念とビジネス哲学

“犬棒マーケット”論
“運のよさ”の背景にあるもの
逃げない、ぶれない、あきらめない
弱者・強者の戦略の違い明確に
勝負強さ株式上場の“時の運”
“人の和”を尊重しつつ先読み
ロジカルでいて浪花節的な心情
組織はトップ以上にはならない
A&Dがこだわる“本物”とは何か
産業論・技術文化論からの展望


第6章 DSP技術が新しい沃野開拓のツール

技術者の衰退による技術の消滅
トヨタからの打診でDSP事業が本格化
自動車業界向け計測システムDSP
新しい沃野を開拓するDSP
海外企業に飲み込まれない
幹を太らせ枝葉を繁らせる戦略
ホーム・ヘルスケア分野で大手と協業する新戦略
夢は果てしなく――地球と宇宙探査へ
後継者を育成し次代へ継承する――企業風土としての“はっちゃき”精神
近い将来に一〇〇〇億円をめざす?

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『光触媒の新時代』 前書きと目次

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光触媒の新時代
~フジコーの受け継がれるモノづくり精神~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-400-6
初版発行:2014年10月26日




 はじめに

近年、都市の生活環境を脅かす問題が顕在化している。

中国で流行の兆しを見せている鳥インフルエンザは、鳥から人へ、さらに人から人へと感染し、日本での流行も懸念されている。PM2・5に代表される大気中の浮遊粒子(粉塵)も、呼吸器系に沈着し、健康に影響をおよぼす原因になっている。

病院や高齢者施設、学校などにおけるノロウイルスやインフルエンザウイルスの感染も心配の種だ。人が集まる場所であるだけに、集団感染は毎年のように起こる。

一般の住宅も「安全地帯」とはいえない。建材に含まれるホルムアルデヒドなどの化学物質を原因とする「シックハウス症候群」、ダニやカビ、タバコの煙などが原因のぜんそくやアレルギー性疾患もある。

こうした生活環境を脅かす各種ウイルス、細菌、有害化学物質を除去するのに有効な作用をする物質がある。それが「光触媒」だ。

光触媒とは、紫外線や可視光線を浴びることで触媒作用を発揮し、ウイルスや細菌、化学物質、臭いなどを二酸化炭素と水に酸化分解する物質である。この光触媒をタイルや壁などの建材、空気消臭殺菌装置に活用して注目を集めているのは、本書で紹介する株式会社フジコー(本社:福岡県北九州市、代表取締役社長:山本厚生氏)である。

「光触媒は五十年ほど前に日本で開発された画期的な素材であり、技術ですが、すぐれた応用技術がなく、ほとんど活用されていませんでした」

このようにフジコーの代表取締役社長・山本厚生氏はいう。

世間の耳目を集め、「潜在市場一兆円」といわれながらも、実用化するための技術や技法が確立されなかった。これを解決したのがフジコーの高機能ハイブリッド光触媒「MaSSC(マスク)」である。

同社の本業は鉄鋼業である。創業者の山本秀祐氏(故人)が、昭和二十七(一九五二)年、フジコーの前身である富士工業所を創業。当時、鉄鋼業界では絶対に不可能といわれていた鋳型の修理に成功、「鋳型修理の富士工業所」とその名をとどろかせたのである。その後、不屈の精神で、次々と技術を開発していった。

詳しくは本文に譲るが、フジコーの技術開発は、「技術立社」を標榜するだけに“業界初”といわれる技術をいくつも要している。なかでも、溶射を応用することによってフジコー独自の技術「MaSSC」が誕生したのである。

「光触媒を床のタイルや壁面に使えば、建物全体が清浄作用を有することになります。すでに北九州市のモノレール駅構内のトイレのタイルに使用して効果を上げています」

このように山本氏は語る。

権威ある研究機関の試験においても、抗菌・抗ウイルス性能にすぐれていることが実証されているのである。

また、平成二十四年四月に開設した複合型介護施設「都みやこの杜もり」では、居室、共有スペース、風呂、トイレ、厨房などにMaSSC製品を全面に導入している。

それにしても、鉄鋼会社がなぜ介護施設の運営なのか。詳しくは本文に譲るが、光触媒の事業化を契機に、事業内容を「鉄鋼事業」「環境事業(光触媒)」「介護事業」の三本柱としてさらなる飛躍を期しているのである。

本書は、溶射を応用して独自に開発した光触媒の事業化によって、鉄鋼市場はもとより、民生市場でも新たな地平を開いたフジコーの事業活動を紹介するとともに、同社社長・山本厚生氏の経営理念と独自のビジネス戦略に迫るものである。

これは環境関連業界や鉄鋼業界に携わる人たちはもとより、病院、介護施設をはじめとする生活環境の浄化・改善に関心を寄せる多くの一般読者にとっても貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年九月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 私たちの生活環境を脅かす数々の要因――増加する高免疫性ウイルスや有害物質――

日々の暮らしのなかで環境を見直す
健康と安全性を脅かすさまざまな要因
有史以来の未知の領域に突入か
脅威が増す新型インフルエンザ
怖い患者・医療従事者の院内感染
“命を衛(まも)る”のが衛生
健康へ悪影響 PM2・5の浮遊微粒子
ウイルスや有害物質の無害化


第2章 環境悪化を是正、浄化する素材・技術「光触媒」

「シックハウス症候群」の顕現
生活空間を清浄化する光触媒
実用化を阻んだ問題
高速フレーム低温溶射とハイブリッド光触媒で画期的なMaSSC誕生
驚異の殺菌性能を表すMaSSC
光触媒新時代の幕を開けろ
民生&産業用空気消臭殺菌装置
効果を一般に広めるために
「ものづくり日本大賞」を二度も受賞した確かな技術力


第3章 受け継がれる“モノづくり精神”

三味線と踊りはうまいけれど……
モノづくり精神を継続するために
日本の宝・隠れた名企業の技術
技術力とビジネスパワーの均衡
技術立社を支える技術開発センター
売り上げの四%を開発費として計上
光触媒の拠点、環境配慮型工場


第4章 常に変革・再構築で挑戦する社風――伝統の鉄鋼事業と人材の介護事業――

鋳型修理という未知に挑む精神
不屈の精神で確立した技術
基幹技術に見る独創性への執着
保全分野への進出により協働体制を構築
“苦渋の選択”から学んだ信念
苦境を脱した新生フジコーの快進撃
鉄鋼事業と環境は不可分の関係
“鉄は熱いうちに打て”の実践
フジコーらしい地域貢献を実現
高齢者の自立をうながし尊厳を重視


第5章 人生意気に感ずべし――受け継がれるフジコーの思いと技術――

“長いものに巻かれない”強い意志
「人は石垣 人は城」の武田節
フジコー精神の土台
受け継がれたDNA
“体験”してもらうのが大前提
誇りが持てる会社にするために
もともとはベンチャーだった
技術を伝承するマイスター制度
実証の裏づけで価値が出る技術
どこまでも可能性を求める姿勢


第6章 “技術立社”のフジコーが描く近未来の展望――クライアントと協働で海外進出――

“百年企業”フジコーへ向けて
企業は止まったら終わりだ
企業のコアの確保と周辺技術で海外展開を
“突発のフジコー”は信頼の証
介護にも使えるロボットスーツ
光触媒の市場を開く
文字にしてデータ化する介護技術
世界一の鉄鋼メーカーをめざす
組織の基本は人づくりに尽きる
遊び心は価値の高い仕事に通ず

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『技術立国 日本の復活』 前書きと目次

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技術立国 日本の復活


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-385-6
初版発行:2013年6月21日




 はじめに

平成二十四(二〇一二)年十二月、日本中が歓喜に湧いた。

京都大学教授・山中伸弥氏にノーベル生理学・医学賞が授与されたのだ(英・ケンブリッジ大学名誉教授・ジョン・ガードン氏と共同受賞)。受賞理由は、世界で初めてマウスの皮膚細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくり出したことによるものだ。

iPS細胞の登場により、生命科学はこれまでとはまったく異なる次元に足を踏み入れていくことになった。いまや世界中の研究所、大学、医療ベンチャーや医薬品メーカーがiPS細胞の実用化に向けた研究に取り組んでおり、かつてない熾し烈れつな競争が繰り広げられている。

ものづくりから知財立国へ。日本はいま、歴史的な転換点に立っているといえるだろう。たしかにiPS細胞をつくり出したのは日本だが、今後は世界レベルでの研究・開発(R&D)競争に打ち勝っていけるだろうか。

その行方が案じられてならない最大の理由は、日本のR&D環境が欧米諸国と比べ、いや、最近では中国、シンガポール、インドなどの新興国と比べてもかなり見劣りすることが国際競争力の足を引っ張っていることにある。

日本の国際競争力は一九九〇年代には世界のトップクラスを誇っていた。しかし、その後急落し、二〇一二年では世界第二七位となっている。ちなみに第一位は香港、第二位は米国、第三位はスイスで、近隣の競争国である韓国は第二二位、中国は第二三位と日本の上位にランキングされている。

日本の競争力低下が、すべてR&D環境の立ち遅れに起因すると断じるのは行き過ぎだろう。だが、人間は環境の動物だといわれている。恵まれない環境にあれば研究の効率が下がり、研究者のモチベーションも高まるわけはない。

三十五年前、日本の劣悪なR&D環境をなんとかしなければと立ち上がった男がいる。本書で紹介するオリエンタル技研工業株式会社(本社:東京千代田区)の代表取締役社長・林進氏である。

「私は日本の研究環境やインフラがあまりにひどいことに怒りさえ感じ、なんとかしなければという思いから起業に踏み切ったのです」

と語る林氏は、理化学系の機器メーカーの仕事を通じて大学の実験室や研究所に出入りするうちに、3K(暗い・汚い・臭い)とまでいわれていたR&D環境をなんとかしなければ優秀な研究者が育たない、それどころか研究者志望の若者も減ってしまうという危機感を抱き、安定した職を捨てて起業を決意する。

創業当初は、よりよいR&D環境の実現をサポートするというビジネスモデルを理解してもらえず、苦しい時期もあったというが、現在では研究施設の設計・施工から装置や機器の開発導入、メンテナンス、リフォームまでをワンストップで手がけ、使う人(研究者)の立場になってもっとも使いやすく、居心地もよく、最先端の進化形R&D環境を実現する、ラボづくりの専門企業として際立った存在感を放つ企業になっている。

大学の研究室や実験室、創薬メーカーなどの研究室、実験動物室、バイオ実験室など、全国各地の重要かつ主要な研究施設への納入実績からも、オリエンタル技研工業が各研究施設からどれほど信頼されているかがうかがえるだろう。

林氏にとって、オリエンタル技研工業の成長・拡大以上にうれしいのは、最近では日本でもR&D環境に対する認識が高まり、まだ限定的ではあるが、質の高いR&D環境を備えた研究室が出現してきていることだという。

だが、大半のラボはいまなお決して満足すべき水準に達しているとはいえず、林氏の実感では、日本の研究施設は欧米、特に米国から十年以上は遅れているという。
こうした事情を踏まえ、現在、林氏の視点は二つの方向に向けられている。

一つは、R&Dの最先端方向だ。世界のトップ研究施設はすでに次世代型のグリーンラボラトリーとスマートラボラトリーをめざす方向に向かっている。グリーンラボとは地球環境を意識し、省エネ発想を貫いたラボのことをいう。一方、スマートラボは最新のICT技術(Information and Communication Technology=情報通信技術)に対応し、より自由で快適なデータ活用が可能になるラボをいう。

さらに進んで、グリーンラボとスマートラボを融合することにより、研究拠点全体のエネルギー効率が改善され、省エネ・省コスト化が大幅に促進される次世代、いや近未来型の研究施設も視野に入っている。

そうしたなかにあって、オリエンタル技研工業は研究施設を取り巻くすべての環境においてグリーン化を推進し、スマートラボの進化にも積極的に貢献していく決意を固め、研究施設づくりで世界の最先端を走ろうとしている。その一方で、研究者のモチベーションを高めるために、居心地のよさに最大限配慮したラボづくりにも全力を注いでいる。

もう一つの視線は、最先端ラボのキャッチアップを実現するために、ラボに新しいテーマや新技術に即応するリノベーションを積極的に進め、R&D環境を引き上げることだ。R&D環境を改善することは必ず、研究成果の結実に結びついていくと確信しているからである。

「ひらめきの出るラボをいかにしてつくるかがわれわれの使命」という言葉には、国内外のR&D環境を長年見つめてきた林氏の深い思いがこもっている。

資源少国で技術立国の道しかない日本にとって、R&Dには未来がかかっているといっても過言ではない。オリエンタル技研工業は、技術の生命線を握るR&Dの舞台になる研究施設、ラボ設備の専業企業として、今後の日本をしっかりと支えていく重要な使命を担っているのである。

さらに二十一世紀に入ったころからは、日本で唯一のラボプランナーである設計事務所「PLANUS(プラナス)」と共同で多くの研究施設を手がけるようになり、それまで以上にデザイン性あふれるR&D環境の実現に力を発揮している。また、ラボデザインの世界的権威であるケネス・A・コーンバーグ氏と固い絆で結ばれていることも、オリエンタル技研工業の大きなアドバンテージになっている。

本書では、日本の再生のためにも、日本のR&D環境の現状と世界との大きな距離に焦点をあてながら、R&D環境を充実させることの重要性についての再認識をうながし、さらには研究者をリスペクトし、研究者志望者を増やしていくためのいくつかの提言も試みていきたいと考えている。

同時にR&D環境の向上と進化に取り組んできたオリエンタル技研工業のこれまでの実績にもふれながら、さらには今後への大きな期待と可能性に筆を伸ばす。

オリエンタル技研工業創業者・林進氏の企業人としての足跡にもふれていきたい。三十五年前、誰も考えたこともない独自のビジネスモデルを発案し、今日まで育成してきた林氏の先見性、強い意志と実行力、さらに将来を予見する力などは、どの領域で生きていく場合にも力となる多くの示唆、教えを含むものだろう。読者にとっても貴重な指針となる一冊として愛読していただければ、これ以上の喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただくことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年四月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 ノーベル賞受賞から見えてきた日本の研究開発のいま ――iPS細胞に見る、世界の激烈なR&D競争――

日本の大きな夢と希望
生命科学、医療の未来が革新的に変わる新技術
日本チームの受賞
マラソンで研究費集め
マウスまでは圧倒的にリード
間一髪の差だったノーベル賞
米国から帰国後うつになった山中
日本の研究環境は“後進国”だ
利根川博士も日本のR&D環境の立ち遅れを指摘
異常なカーブを描く日本の研究論文数
国の総力と見識が問われる時代へ
明日の研究者が出てくるか


第2章 研究開発からはじまる技術創造立国 ――モノづくり大国から知財大国への転換ははかれるか――

低下する一方の日本の国際的プレゼンス
経常収支の赤字続きは国の経済の危険信号
科学技術創造立国宣言
科学技術創造立国構想
第四期科学技術基本計画の概要
主要国の研究開発費の推移
トップ研究者に集中投資
主要国の研究者数とその中身
止まらない頭脳流出
人材のグローバル化を進める各国
研究の「場」の充実が急務
研究環境の改善をミッションとする企業
国も本腰を入れる研究環境の改善
知財産業の中核を担う創薬・医療産業
二〇一六年には一兆二〇〇〇億ドル市場になる世界の医薬品市場
日本の医薬品市場は世界第二位。だがメーカーの力は……
「二〇一〇年問題」のその先に


第3章 ノーベル賞が生まれるラボをつくる ――世界のラボを知り日本のラボを牽引してきたオリエンタル技研工業――

進化しつづける欧米の研究施設
研究施設の聖地・コールドスプリングハーバー研究所
地域一帯が“研究村”を形成
ファームリサーチキャンパスと呼ばれるハワード・ヒューズ医学研究所
この研究環境から米国の科学の奥深さが生まれる
連携スペースをどうつくっていくか
留学後、研究者が直面する日本のラボラトリーの現実
これまでの研究施設づくりではもう通用しない
研究環境づくりの歩を加速させた貴重な出会い
ラボデザインの世界的オーソリティ・ケン・コーンバーグ
ケン・コーンバーグと林の出会い
研究者が心地よく、研究成果も上がる最先端ラボのあり方とは
「インサイドアウト」という新たな発想方法
徹底的な聞き込みからはじめる
研究者の動きや思いを知り尽くしたオリエンタル技研工業のプロダクツ
人を中心に据えた研究環境をつくる
ケン・コーンバーグの新たな傑作・沖縄科学技術大学院大学
設計・デザインはケン・コーンバーグが担当
山中が率いる京都大学iPS細胞研究所
米国仕込みのオープンラボを実現
ノーベル賞受賞者が生まれるラボをつくる


第4章 ラボの進化とともに成長するオリエンタル技研工業 ――ラボ機器メーカーからラボ環境全体を構築するラボ総合企業へ――

3K研究室への怒りから起業
常識を塗り替える実験機器を開発
いまも主力製品の中核を占めるドラフトチャンバー
常にオリジナリティに富んだ製品で勝負
念願の自社工場を建設
大阪営業所の開設
全国に広がる営業拠点
グローバルネットワークの構築
品質のたしかさを実証するラボラトリーデザインセンター
実際にふれて試せるショールーム
常に世界基準を意識した製品づくりを推進
世界の厳しい製品テストをクリアした安心・信頼のモノづくり
ラボ文化の発信者として
軌道に乗ってきた人材育成


第5章 次世代R&Dで世界に貢献する ――グリーンラボ・スマートラボ時代を牽引――

R&D競争と日本の危機
理想の研究環境を追いつづけてきた
《グリーンラボラトリー》省エネを“見える化”したオリエンタル技研工業のグリーンラボ
《スマートラボラトリー》研究環境のすべてを二十四時間マネジメントするスマートラボ
《ラボ・リノベーション》最先端リノベーション技術で研究施設をアップグレード
高い評価を得ているオリエンタル技研工業の付加価値
世界でただ一つのビジネスモデルを確立したオンリーワン企業
アジアのラボづくりのリーディングカンパニーに

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『経営道を究める』 前書きと目次

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経営道を究める
~プラント塗装業界のパイオニア・カシワバラコーポレーションの挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-392-4
初版発行:2014年2月16日




 はじめに


欧米の家庭では、簡単なリフォームならあたり前のように自分たちでやってしまう。その代表例が、外壁や室内壁の塗り替えだ。映画やテレビドラマでおなじみのシーンである。

ローラーを使い、ペンキ塗りをするのを苦とせず、むしろ日曜大工のレベルで楽しむ。それが彼らの流儀なのだ。

戦後、米軍基地の近くに住んでいたことがある人はわかるだろうが、基地の内外に建てられた米軍住宅の壁や屋根はカラフルで、日本家屋に比べると随分華やかだった。山口県の米軍岩国基地の周辺でも、休日になると、屋根や壁を思い思いの色に塗っていた。

当時、日本の住宅の屋根には、防錆のためにコールタールを塗っていたから、黒い色があたり前だった。しかし、米軍住宅の屋根は赤や青など、色とりどりなのだ。そんな時代に、仕事で岩国基地に出入りしていた一人の男が、やがて日本もそうなるのではないかと天の啓示のようにひらめいた。

そこで一念発起し、独立開業して「柏原塗装店」を興した。その男こそが、本書で紹介する「株式会社カシワバラ・コーポレーション」(本社:山口県岩国市、代表取締役社長:柏原伸二氏)の創業者、柏原久雄氏(故人)だ。

個人経営の柏原塗装店は後に法人化され、柏原塗研工業株式会社と名称変更し、さらに現在のカシワバラコーポレーションとなる。現社長の柏原伸二氏は、二代目である。

山口県岩国市は、日本における石油コンビナート発祥の地として知られる。また、波静かな内海である瀬戸内海は、造船業が盛んとなる。こうしてみると、岩国は戦後の経済復興の最先端に位置していたともいえそうだ。

コンビナートのプラント塗装、あるいは船舶塗装と、こうした需要は天の配剤のように創業者に幸いした。やがてプラント塗装で柏原塗研工業は日本一となり、その名は、業界に鳴り響く。もちろんそれは、今日もなお揺るがない。

ところが、社業はこれからというときに久雄氏は病に倒れる。そこで陣頭指揮に立ったのが現社長の柏原伸二氏である。紆余曲折は本文に譲るが、大学を卒業し、そのまま柏原塗研工業の現場に入った柏原氏は、親譲りの気概の経営で、社業の発展に尽力した。

カシワバラコーポレーションは現在、年商約三一六億円(平成二十五〈二〇一三〉年一月期)、従業員数も六〇八名(平成二十五年五月現在)と六〇〇名を超える規模に成長した。創業以来、いまだかつて赤字を知らない超優良企業である。

現在は、主力であるプラント塗装に加えて、ビルやマンションの大規模修繕工事、戸建リフォームにも進出。さらに平成二十四年にはインドネシアにジャカルタオフィスを開設。次いで平成二十五年には台湾に合弁会社を設け、几帳面、真面目、丁寧な日本人のDNAに裏づけられた“日本品質”を訴求し、海外市場にも打って出た。

ともすると、塗料・塗装は配色やカラーリングといった側面ばかりが着目されがちだが、実際は塗膜による防錆、防汚、防食などにより資産を守り、結果的にランニングコストの低減がはかれるという効果がある。

建造物のもっとも重要なパートが塗装という仕上げにある。したがって、塗装業は「究極の仕上げ業」というのが、同社のスタンスである。

同社はまた、成果主義が一般化している今日、日本型経営の年功序列、終身雇用制を守り、安心して働ける家族主義的な経営を実践し、人材教育にはことのほか注力している。

こうした経営方針、人材育成術は、いまの時代にこそ求められているものだ。そして経営の王道は人材教育にあることを、柏原氏は究極の「経営道」として示している。この点もまた、本書でしっかり検証したい部分だ。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年十二月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 社会インフラの維持・保全に不可欠な塗装 ――塗装の実体は品質保護の皮膜――

笹子トンネル事故は“劣化”警告
「国土強靱化」政策で現状を検証
老朽化が進む道路、橋、港湾施設
東北復興と社会インフラ二本立て
災害対策に適す基本に忠実な構造
“丈夫な皮膚”こそ健康の第一歩
一ミリにも満たない塗膜が腐食を防ぐ
塗膜性能のさまざまな効果・効能
美粧効果や機能性の付与にも注目
国民の生命・資産を守る仕上げ業


第2章 プラント塗装のパイオニアが究める仕上げ技

プラント塗装のフロントランナー
プラント塗装は“天の配剤”だった
関東モンが笑った“ノリ刷毛”
防錆か美観か企業基盤の別れ道
プラント塗装なら“カシワバラ”
高所の塗装に足場づくりは必須
コスト圧縮の利器「総合足場」
安全な足場が守るのは命と高品質な仕事
塗装の基本は下地づくりにある
ブラストマシンで現場に革命を


第3章 人の暮らしと社会を支える「kashiwabara」の技術力 ――“サービス業”の視点――

几帳面・真面目・丁寧な仕事魂
「kashiwabara」ブランドのDNA
世の中はリフォーム時代に転換
大規模修繕工事はサービス業
リピート性が強いリフォーム業
サービス業としてのプラスアルファ要素を訴求する
かゆいところに手が届いているか――緻密な居住者とのコミュニケーション
秩序ある現場をつくるのが前提
戸建リフォームの分野は狙い目
“人間力”と“現場力”の相関


第4章 プロフェッショナル集団「kashiwabara」を支える人間力

疲弊するシステム最優先の現代
システムよりプロ魂を涵養する
ビジネスで勤勉に勝る王道なし
主体的、能動的に動いているか
人材(財)を生かしきる経営術
3Kから5Kへ発想を転換する
一カ月間のホテル合同研修で絆
気(心)づかいは他人のためならず
一方通行は不可、双方向で理解を
若者の転職・離職志向を検証

第5章 親子二代にわたる気概の経営 ――柏原伸二の経営理念と人生哲学――

創業者と二代目の位置
伝わる勤勉の血と慧眼・判断力
禍福はあざなへる縄の如し
理不尽な要求には体を張ってわたり合う生一本の男魂
海外で学べたけれど死にかけた
かわいい子には旅をさせよ……
従業員満足度を優先させる理由
恩恵を受けた地元・社会に還元
自立した人が充実の人生を送る
“後顧の憂いなく”いまを生きる


第6章 グローバル・リノベーション企業への道 ――「kashiwabara」が描く近未来図――

働くことの幸せについて考える
近未来のツールを駆使して展開
業界全体の品質を高めるために
インドネシアと台湾に海外進出
長期的な展望で海外市場を深耕
パートナーシップでの海外事業
リピーターが新しい市場を創出
しこたま失敗をして肥やしにした
生涯を賭して究めたい「経営道」
エッフェル塔を塗り替えたい

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『喜働って、なに?』 前書きと目次

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喜働って、なに?
~「社員を活かす喜働環境とは」~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-395-5
初版発行:2014年4月8日




 はじめに

平成二十三(二〇一一)年三月十一日に発生した東日本大震災の本格的な復興、原発事故の処理問題、平成二十六年四月の消費税増税以降の社会動向、さらに突発的ともいえる東京都知事の辞任とそれにともなう選挙……、めまぐるしくも問題山積の現況である。とはいえ、“アベノミクス”効果、二〇二〇年の東京オリンピック開催の決定で、ムードとしてはいい流れだ。あくまでムードではあるが、こうした“氣”は結構、じんわりと時代を変えていくものだ。ここはかすかな光明に導かれ、“新生日本”の船出としたいものである。

実際、被災地の復興、公共事業の復活、老朽化インフラの再整備、東京オリンピックにともなうインフラ整備など、建設業界は一気に活性化する気配を見せている。

その一方で、急激に膨張した需要のため、以前から指摘されていた人手不足が深刻な問題となっている。

こうした建設業界において独自の存在感を示しているのが、本書で紹介する「株式会社スギモトホールディングス」(本社:東京足立区、代表取締役社長:杉本義幸氏)を中心とするスギモトグループだ。

同グループは、① オフィスビル、商業ビル、マンションから戸建て、商店、幼稚園などの設計・施工、建設を手がける総合建設業、② コンクリートの再生・再利用、鉄・非鉄金属の再資源化を手がけるリサイクル事業、③ JRの橋脚耐震鋼板や土木、建設工事の鋼構造物製造・販売を手がける鉄工業、④ 分譲マンションや戸建て住宅の開発および販売を手がける開発事業を展開。グループ年商は平成二十六年七月期予想で一六〇億円、従業員数はグループ合計で約二〇〇人規模を誇る、建設業としては中堅クラス、リサイクル事業としてはトップクラスの企業グループだ。

創業は昭和二十九(一九五四)年、平成二十六年九月に創業六十年を迎える。創業者はグループの中核「杉本興業」を興した杉本儀一氏(平成二十三年三月没、享年八十二歳)である。

杉本儀一氏は、すでに半世紀も前に、いまでいう“都市鉱山”の先駆けともいうべき「東京鉱山」という言葉を使っていたというから、まさに慧けい眼がんの士といえる。また、何によらず「もったいない」が口グセで、クギ一本もムダにすることを戒めていたというから、これまた“もったいない”ブームの元祖といっていいだろう。

また儀一氏は「八義の精神」――正義、仁義、道義、義?、義理、義勇、徳義、信義をベースにした企業理念「義・恩・情」を掲げた。これは現社長・杉本義幸氏にも着実に受け継がれ、いまなお生かされている。

現在、スギモトグループは“総合資源循環型企業”を標榜し、コンクリートガラひとかたまり、古クギ一本も捨てることなく再資源化し、建設業とリサイクル事業を循環させることにより、資源枯渇、地球環境保全の問題に正面から取り組んでいる。
世の中がリサイクルと声高にいうよりはるか以前から、リサイクル=資源循環に着目し、事業化していた点は注目に値する。

そしてもう一つ、同グループを特徴づけているのが「大家族主義経営」である。

本書のテーマは、先代の残した精神的土壌を引き継ぎながら、近代合理主義に裏づけられた経営を実践する二代目・杉本義幸氏の新・創業がモチーフとなっている。

詳細は本文でじっくり語るが、無機質で殺伐とした今日の企業経営現場に、それは日本人が忘れ去った温もりをもたらすものとして、いまこそ必要とされるものなのかもしれない。これは決して懐古の情ではない。案外、これからの社会を担う若い世代が無意識に求めているものなのではないかと思う。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年一月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 建設業の現状と環境問題の取り組み

変化と不変(普遍)を峻別する目
増加する転職・離職志向の要因
危機意識があるから“安定”訴求
震災復興と東京オリンピックの需給均衡
「国土強靱化基本法」と公共事業
待ったなしの老朽インフラ再整備
全国に拡大する技術者・資材不足
建設業界と不可分の環境保全意識
可能性に満ちたリサイクル事業


第2章 総合資源循環型企業・スギモトグループの果敢な挑戦 ―無資源国の知恵と工夫―

建設事業とリサイクルの一体化
“もったいない”精神の賜物
川上から川下までの流れが循環する――無資源国だからこその知恵と工夫
「八義の精神」で独自の経営観
「六面体経営」で推進する企業
“温故知新”という経営の刷新
“喜働”の社員が一隅を照らす
情報源としての“人”の動かし方
伝統は変えないが味変えはする


第3章 再生砕石技術の確立で躍進 ―グループ発展の基盤となった中核組織・杉本興業―

六十年の節目に新本社ビルを建設
“本丸”は地域の防災対策拠点
再生砕石技術の確立で躍進する
杉本興業とグループ企業の役割
新しい視点で見る総合資源循環型企業
時代に不可欠なリサイクル事業
出発は“なんでも屋”の杉本さん
電柱を再生、木造建築に進出
仕事の芽を見つける社風が定着
抜群の財務体質で判明した陰影


第4章 「八義の精神」で実践する日本的大家族主義経営 ―グループ企業躍進のカギ―

“八義”の意味を理解して実践
見えない部分こそていねいに――現場自主管理で効率アップの杉本鉄工①
移転した年にリーマンショック――はね返すために営業をかけた杉本鉄工②
いつまでもあると思うな親と金
人が選別することで製品の純度を高める――高品質が信頼を得る双葉商事①
需給バランスが崩れているなかでの競争――リピーターを確保する双葉商事②
どのように戦うのか――躍進のポイントは待ったなしの真剣勝負にあり
リサイクルをアピール――見学デッキを設け産業廃棄物再生を訴求する協和興業①
最前線で新しい形態を模索――個人レベルで組織のあり方を探る協和興業②


第5章 受け継がれる想い ―企業理念と経営哲学を踏襲するスギモトグループ六十年の礎―

同心円の経営から自律型組織へ
厳しさはやさしさの裏返しなのだ
父に背いて海外を放浪したころ
働いて、稼いで、ビッグに遊ぶ
正しい“集団行動”を継承する
二代目ではなく“一・五世代”感覚
夢を実現させるために一歩前へ


第6章 「光輝ある創業百周年」に向けて ―スギモトグループが描く未来戦略の絵柄―

信用度ランキング第一位の実力
IT時代で変わる現場の人的交流
広い心と視野で将来を展望する
共存・共栄・共闘する仲間集団であれ――若者を活かす“喜働環境”の創出
創業六十年から“光輝の世代”へ
常にスタンバイで次につなげる
新大家族主義の結束力を固める
総合資源循環型のソーラー事業
爽やかに新世代へバトンタッチ


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『製造業の未来をつくるアウトソーシング』 前書きと目次

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製造業の未来をつくるアウトソーシング
~日本のものづくり復活と雇用再生に挑む~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-386-3
初版発行:2013年7月3日




 はじめに

日本はもはや、経済大国ではない。

OECD(国際経済協力開発機構)が平成二十四(二〇一二)年に発表した二〇六〇年の世界経済展望によると、今後、世界経済は新興国主導のかたちで進む一方で、日本は経済小国に転落する可能性が高いと予測。われわれにとっては耳の痛い、厳しい評価を突きつけられてしまった。

実際、テレビや新聞のニュースを見ても、いまの日本には暗い話題が多い。特に経済に直結する雇用の問題においては、ここ数年、気の重くなる話題ばかりである。就職氷河期、内定取り消し、ポスドク問題、ロストジェネレーション、ネットカフェ難民、派遣切り、追い出し部屋、ワーキングプア、無縁社会……。

「『強い日本』をつくるのは、ほかの誰でもありません。私たち自身です」

安倍総理がいくらそう力説しても、いまの若者たちが“強い日本”を実感するのはむずかしいだろう。

高度経済成長期やバブル景気を体験してきた世代にとって、日本が経済小国になるという未来予想図は、正直、受け入れがたいものがある。しかし、当時のような経済成長はとても望めない、というのが日本の現実なのだ。

経済の低迷の影響もあり、近年、日本の雇用事情は大きく変化した。かつての終身雇用制度ではなく、スタッフを外部組織からの供給に頼る企業が増えているのだ。こうした人材確保の方法を“アウトソーシング”という。

アウトソーシングには大別すると、「派遣」と「請負」の二形態がある。

厚生労働省によれば、労働者派遣とは「労働者が人材派遣会社(派遣元)との間で雇用契約を結んだうえで、派遣元が労働者派遣契約を結んでいる会社(派遣先)に労働者を派遣し、労働者は派遣先の指揮命令を受けて働くというもの」である。労働者派遣法において派遣労働者のための細かいルールが定められているが、近年では「派遣切り」「年越し派遣村」といった芳かんばしくないイメージだけが先行している感がある。そのためか、派遣批判、いわゆる“派遣バッシング”を口にする人が非常に多い。

一方、請負とはプロジェクトの一部またはすべてを請負元が受託する形態のことである。たとえば、大手建設会社が受注した住宅の建築を、町の小さな工務店に依頼するようなものだ。

実は、製造業における派遣は長らく法律で禁止されていた。しかし、グローバル化する市場のもと、自動車メーカーや家電メーカーをはじめとする日本の製造業が海外の企業に対抗し勝ち残っていくには、品質はもとより、価格面においても競争力を持たねばならない。そして、そのためには、雇用の圧縮と海外移管への検討が必須となる。つまり、アウトソーシングなくしては、日本企業が価格競争を勝ち抜くことはむずかしいというのが現状なのだ。

そこで平成十六年に製造派遣が解禁されたが、前述のように、派遣労働者の不安定な身分や生活状態が社会問題となり、労働者派遣法の見直しが迫られるようになった。しかし、平成二十四年三月に成立した改正労働者派遣法は、経済環境や労働実態を正しく反映したものとはいえず、本質的な問題解決にはなっていないと指摘されている。

いずれにしろ、日本の雇用現場では企業と労働者の双方とも、以前とは考え方が大きく異なってきていることはたしかである。

企業側にはグローバルな競争のもとでは、人件費削減の必要から、正規雇用の枠を広げることはできないという事情がある。

一方、労働者側にも自由に就業できる雇用形態を希望する人たちが存在することはまた、事実なのである。

しかし、派遣反対派の人たちは、「派遣という業務形態こそが問題であり、本心から派遣を望むものなどいるはずがない」と主張する。彼らは高度経済成長期に形成された「終身雇用の正規社員こそが就業形態のあるべき姿であり、派遣などの非正規社員は就労における“諸悪の根源”である」と信じてやまないのだ。もしかすると、彼らは日本が経済大国であったころの幻影をいまも追い求めているのかもしれない。

だが現在の日本で、企業側に正規社員化を強要するような規制をつくり、社員を正規社員のみに限定したら、立ち行かなくなる企業は少なくなく、結果的に正規社員の雇用を減らすことにつながりかねない。

また、派遣という就業スタイルがなくなれば、就労機会を失ってしまう人も多くいるのではないだろうか。派遣には、「ライフスタイルに合わせて仕事を選べる」「時間に融通を利かせた働き方が可能」「さまざまな職場を経験することができる」などのメリットがある。子育てや介護など、家庭の事情を抱えている人などのなかには、正規社員よりも派遣のほうが魅力的と感じている人は少なくない。場合によっては、派遣でなくては働けない、というケースさえあるのだ。

そうした労使双方の要望に応えているのが、アウトソーシングという就業・雇用形態なのである。

そのアウトソーシング業界で、生産現場への請負と派遣で業績を伸ばしているのが、本書で紹介する株式会社アウトソーシング(本社:東京都千代田区、代表取締役会長兼社長:土井春彦氏)である。

同社は平成二十五年三月十二日付で、東証二部上場から一年と一日という最短期間で東証一部銘柄に指定されることになった、いまもっとも勢いのあるアウトソーサーである。

平成九年に設立された同社は、創業以来、十五年間、製造現場への請負と製造派遣の両事業で着実に業績を伸ばし、平成二十四年十二月期の連結売上高は四二〇億円、平成二十五年十二月期は五〇〇億円を見込むまでに成長した。

同社の請負・派遣先は実に幅広い。電気・電子機器、輸送機器(自動車)、化学・薬品、食品、金属など、製造業全般にわたっている。それだけに各製造現場で働くスタッフには、高度な生産技術が求められる。

また、このように幅広い業種で事業を展開することで同社は、特定の業種の需要動向に左右されない体制を整えるとともに、高い流動性を確保している。

こうした同社スタッフの高度な技術力と流動性の高さこそ、ほかの生産アウトソーシング企業との差別化をはかる最大の要因なのである。

同社の代表取締役会長兼社長・土井春彦氏はいう。

「各メーカーが求める技術力を養成するため、それぞれのメーカーで定年退職した技術者を採用したり、定年を間近に控えた技術者を転籍というかたちで迎え入れたりするなどして、キャリアアップ・キャリアパス制度の担い手となってもらっています」

そんな同社が掲げる経営理念は、「変革する経済環境に対して英知と創意工夫を結集し、生産の効率向上に寄与することにより、ものづくり日本の発展と明るく豊かな社会の実現に貢献します」というものである。生産性の効率を上げるには技術力の向上が不可欠である。その点では、生産現場に特化し新たな価値を創造しつづけている同社は、ものづくり日本の復活に不可欠の存在といえる。

同社にはもう一つ強みがある。それは日本メーカーの海外工場でのニーズにも迅速かつ的確に応えることができるという点である。

産業空洞化が叫ばれ、日本企業の生産拠点の海外移転が相次ぐ昨今、そうした企業側のニーズに敏感に応えていかなければならないということであろう。

それらの事情を踏まえて、土井氏は将来の展望をこう語っている。

「新興国の台頭や新興市場への進出にともない、各メーカーの生産体制の比重が海外に移っています。当然、当社でもタイやベトナムを中心とした東南アジア諸国での事業によりいっそうの力を注ぎ、近い将来には海外での事業で、国内の売上高の二倍の業績をあげようと考えています」

本書は、日本経済の根幹ともいえる製造業の現状と雇用を取り巻く諸問題に光をあてつつ、生産アウトソーシング事業で快進撃を続ける「アウトソーシング社」の事業活動を紹介するとともに、創業者である土井春彦氏の経営理念、ビジネス哲学に迫るものである。

これは、現在、製造業にかかわる人はもとより、日本のものづくりの将来に思いを巡らせる多くの一般読者にとっても、貴重な指針の書となるに違いない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十五年五月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 日本のものづくりを支えるアウトソーシング

市場のグローバル化で雇用事情が変化
若年失業率の増加と即戦力を求める企業
「派遣=社会悪」という概念は大きな誤解である
実情にそぐわない労働者派遣法の改正
派遣から請負へとシフトする製造業
生産アウトソーシング業界が抱える問題
日本のものづくりを支えるために


第2章 生産アウトソーシングに特化し躍進する「アウトソーシング」

新たな価値を創出し、社会に貢献
製造現場へ特化し、雇用の流動化を実現
二つのサービス体制――① 製造系
二つのサービス体制――② 技術系
M&Aの積極的な推進で多様な技術を保有
東南アジアでの事業展開でメーカーの海外進出に呼応
「生産アウトソーシングNo.1」に邁進


第3章 経営資源の最適化を実現するビジネスモデルを構築

ニーズの変化に即応するソリューションを提供
労働者供給型アウトソーシングの限界
経営資源の融合が相乗効果を発揮する「プロフィット・シェアリング・モデル」
PEOで達成する顧客・スタッフとの「WIN‐WIN‐WIN」
メーカーの管理業務を引き受け、人と企業の架け橋に
メーカーの「固定費削減」と「技術の継承」を実現
アウトソーシング社のビジネスモデルを業界の基本モデルに


第4章 製造業の未来をつくる人づくり

「人」に重点を置いた教育制度
新人研修――マネジメント研修からヒューマン研修まで
リーダーを育成する充実のキャリアアップスキーム
階層別研修で各種検定試験によるスキルアップを応援
有能技術者を転籍させ、座学・実習の指導係として採用
社員のメンタル面もフォローできる体制づくり
真のパートナーとなるために、メーカー以上の努力を続ける


第5章 創業者・土井春彦の経営理念とビジネス哲学

人材サービス一筋に歩んだ半生
人材ビジネスの先駆企業に入社
二十八歳で独立、その後、アウトソーシング社設立へ
コンプライアンスの確立で他社との差別化をはかる
「メーカーが抱える課題にニーズあり」が信念
業界を正義あるものにし、認知度を高めるために
強いものづくり日本の復活に貢献


第6章 人と企業の未来を見つめる「アウトソーシング」の未来戦略

日本市場が縮小していくなか、いかにものづくりを守っていくか
量産部門以外の道筋も探りながら、シェア拡大を狙う
さらなる展開をめざす海外事業
雇用規制や政策にも対応していけるアウトソーシングのかたち
繁閑サイクルの異なる分野に力を傾注
長期雇用を実現するために、期間工の正規社員登用も
積極的な成長戦略で業界No.1へ


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