*流通・サービス

2018/05/17

『バス旅女子が選ぶ 日本でいちばんバス会社らしくないバス会社』 前書きと目次

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バス旅女子が選ぶ
日本でいちばんバス会社らしくないバス会社
~安心、快適、きれいになるバス旅の秘密~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-443-3
初版発行:2018年5月28日




はじめに

「インバウンド」という言葉がメディアに頻繁に登場するようになり始めたのは、数年前からだ。本来は「外から中に入ってくる」という意味だが、近年は、訪日外国人旅行、あるいは訪日外国人旅行者という意味で用いられることが多い。

日本政府は観光を21世紀における重要な政策の柱として位置づけており、2003年の小泉純一郎内閣のときにビジット・ジャパン(訪日旅行促進)事業をスタートさせている。当時はまだ訪日外国人旅行者数は年間500万人ほどにすぎず、これを年間1000万人にするという目標が掲げられた。国を挙げた訪日旅行誘致の取り組みにより、2007年には訪日外国人旅行者数が800万人を超え、その後はリーマンショックや東日本大震災による一時的な落ち込みはあったものの、2013年に初めて目標の1000万人を突破した。

このころから「インバウンド」という言葉が盛んに使われるようになり、観光業や宿泊業など、訪日外国人旅行者を対象としたビジネスが勢いを増してきた。それを受けてさらに政府は、観光立国の実現に向け、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに訪日外国人旅行者数を年間2000万人にするという目標を掲げた。

ところが、免税制度の改定や、東南アジア諸国向けのビザの緩和、円安などが追い風となり、訪日外国人旅行者数は2017年に早くも約2869万人に達し、年間2000万人という目標を達成。そこで政府は新たに、2020年までに4000万人、2030年までに6000万人にすると、目標数値を引き上げた。

そうした状況下でバス業界は、中国人の爆買いツアーなどのインバウンド需要に支えられて貸切バスが好調だった。しかし、ここにきて、貸切バスによるインバウンドツアーに陰りが見え始めてきている。日本を訪れる外国人旅行者の旅行のしかたが、リピーターが増えるにつれ、ツアーではなくFIT(海外個人自由旅行)へとシフトしたことが大きな要因として考えられる。

代わって今後、外国人旅行者向けの需要が期待されるのが、LCC(格安航空会社)などと連携させた高速バスの分野だ。

高速バスは、多くは深夜もしくは早朝の発着で、新幹線や飛行機に比べて格段に安い料金で利用できるとあって、就職活動中の学生をはじめ若い世代を中心に人気が高く、いまでは格安の国内長距離移動手段として、日本人のあいだではすっかり定着した感がある。しかし、新幹線などに比べると、外国人旅行者のあいだでの認知度は、それほど高いとは言えないだろう。

ひと口に「高速バス」と言っても、以前は、大手電鉄系バス会社を中心とした高速乗合バスと、旅行業者が貸切バス事業者に運行を委託し、旅行業法に基づく募集型企画旅行のかたちで提供される高速ツアーバスの、2種類に分かれていた。後発の高速ツアーバスは、格安な料金設定で高速乗合バスとの差別化を図ろうとし、高速バス業界では熾烈な顧客獲得競争が繰り広げられた。

そんななかで2012年4月に、関越自動車道で高速ツアーバスの事故が発生。乗客7名が死亡し、乗客乗員39名が重軽傷を負う大惨事となった。

高速ツアーバスの運行が急増するなかで事故が起きたことを重く見た国土交通省は、安全性の確保などを目的に、高速乗合バスと高速ツアーバスを一本化した、新高速乗合バスのしくみをつくることにした。

こうして2013年7月末までに、高速ツアーバスは新高速乗合バスへと移行されたのだが、その再編された新高速乗合バス業界のなかで、独立系事業者として確固たる地歩を築いているのが、本書で紹介する株式会社平成エンタープライズ(本社:埼玉県富士見市、代表取締役:田倉貴弥氏)である。

平成エンタープライズの創業は、1992年に遡る。代表取締役の田倉貴弥氏が自ら購入した中古バス1台を元手に、台湾や香港から日本に来る観光客を空港や観光地に送迎することからスタートした。まさに日本におけるインバウンド・ツーリズムの先駆けと言っていいだろう。

「私がバス事業を始めた25年前には、外国人旅行者数は、まだ300万人を多少上まわる程度で、インバウンドという言葉を使う人はほとんどいませんでした。それがいまでは3000万人にも達しようという勢いですが、これほどまでにインバウンド需要が大きく伸びてきたのは、インターネットの普及が大きな要因でしょう」

と、田倉氏は創業当時を振り返りながら述べる。

インバウンド対象の貸切バス事業からスタートした平成エンタープライズは、2007年には東京~大阪間の高速バス「VIPライナー」の運行を開始し、高速バス事業に本格的に参入している。

バス事業者と旅行事業者の双方の免許を取得している平成エンタープライズは、いち早く自社の直販サイトを起ち上げ、集客から運行まで一括して自社で行うことで、めざましい成長を遂げてきた。

さらに、貸切観光バスや高速バス事業だけにとどまらず、2001年からは市町村が運営する路線バスや特別支援学校の送迎バスなどの、公共バス事業にも参入。幅広いバス事業を手がけるばかりか、旅行業との接点を活かした独自性の高い事業も展開している。

「私たちは、バス会社という枠を超え、お客様が必要とするさまざまな要望に応じて多種多様なサービスを提供できる、身近な存在をめざしています」

と、田倉氏は語る。

田倉氏は、社員の誰もが認めるアイデアマンで、これまでも顧客の視線に立って「こんなサービスがあったらいいな」と思うサービスを次々と生み出してきた。「周囲に男性客がいると安心して眠れない」という女性客の声に応えて、高速バスに女性専用車両を導入したのも、平成エンタープライズが初めてだ。

また、2010年7月には、東京の新宿駅のそばに、女性にとってうれしいパウダールーム完備の待合室「VIPラウンジ」を開設している。「VIPラウンジ」はその後、京都、大阪、東京、名古屋、なんばの各駅のそばにも開設しているが、パウダールームに高級コスメ200種類を揃えるなど、サービスの中身はいちだんと進化しているようだ。

実は私は、旧態依然としたバス業界に風穴を開けるべく斬新なアイデアを次々と打ち出し「バス業界の革命児」とも称されていた田倉氏の、そのビジネス哲学に迫ろうと、『バス会社社長の脱常識論』(IN通信社)を2010年12月に上梓している。当時も田倉氏の、常識にとらわれない柔軟な発想や、思いついたら即実行に移す決断力と行動力には、目を見張るものがあった。

「なにかおもしろいものはないかと、日々考えています」

と語る田倉氏は、何事に対しても興味と関心が強く、対象を分析し洞察する能力に長けている。田倉氏が生み出すさまざまなアイデアの根底にあるのは、「いかに利用者に喜んでもらえるか」であり、常に顧客の要望を満たすことを考えている。とりわけ「女性客を喜ばせたい」という気持ちが強いように見受けられる。

夜行高速バスの利用者というと、かつては男性客のイメージが強かったが、平成エンタープライズが運行する「VIPライナー」の場合、快適な眠りを追求した車内環境や、乗る前と降りたあとにまで配慮した「VIPラウンジ」のサービスなどにより、女性客から高い支持を集めている。「VIPライナー」の年間利用者数は約50万人にのぼるが、そのうち7割が女性で占められるという。

前著を上梓してから7年のあいだには、東日本大震災があり、新高速乗合バスへの移行もあり、高速バス事業を取り巻く環境は大きく変化したが、平成エンタープライズは、田倉氏が次々に打ち出す独自のアイデアと旺盛なチャレンジ精神で、順調に事業を拡大してきた。女性専用車両など、当時の高速バス業界では「脱常識」だと思われた先駆的な試みも、いつのまにか他社が追随し、いまでは常識となってしまった感がある。

田倉氏はいまも、常に他社の一歩も二歩も先を行き、うしろを振り返ることなく、先頭を走り続ける存在であることに変わりはない。

平成エンタープライズは、この7年のあいだに、バス保有台数、売上ともに、およそ2倍に増え、いまではグループ全体で450台のバスを保有し(2018年3月時点)、年商79億円を売り上げるまでに成長している(2017年3月期)

特筆すべきは、取締役副社長の葛紅氏を筆頭に、女性の管理職が多いことだ。平成エンタープライズには、女性が持てる能力を存分に発揮できる環境が整っていると見ていいだろう。

事業領域も幅広く、高速バス、路線バス、特定バス、日帰りバスツアーなどのバス事業にとどまらず、宿泊事業、ラウンジ事業、ネイルサロンやストレッチ&ボディケア専門店の運営や、8言語対応の総合観光ポータルサイトの運営など旅行系IT事業にも力を注ぎ、いまや「バス会社」のイメージを完全に超えている。

「高速バスや観光バス関連では日本一多くのサービスを提供できる会社にしたいのです。『あそこは、バス会社なのに、おもしろいことをやってるね。いったいどういう会社なんだろう』とお客様に興味を持ってもらい、バスという垣根を超えた新たな関係をお客様と築いていければと思っています」

と、田倉氏は抱負を語る。

目下、平成エンタープライズが重点的に力を注いでいるのが、インバウンドへの積極対応と、自社主催の日帰りバスツアーの拡充である。

日本を訪れる外国人旅行者は今後もさらに増え続け、年間6000万人時代の到来も、そう遠いことではないかもしれない。

ただ、外国からの旅行者は、高級ホテルに泊まるような富裕層ばかりとは限らない。むしろ、これから増えるのはバックパッカーのような、価値ある旅をリーズナブルに楽しみたいという人たちではないかと田倉氏は見ており、そうしたニーズに応えるべく、高速バスでの移動や宿泊、着地型旅行商品などをパッケージ化して、海外の人たちに積極的に提案していきたいと考えている。

また、外国人旅行者を対象としたエンタテインメント系のビジネスも、視野に入れているようだ。

本書は、今後ますますインバウンド需要が期待される高速バス業界にあって、独自性に富むサービスを打ち出し、バス会社の枠を超えた幅広い事業展開で快進撃を続ける平成エンタープライズの、強さの秘密を検証するとともに、創業社長である田倉貴弥氏のビジネス哲学に肉薄するものである。

わが国が観光立国をめざすうえで大切なことはなにか。バス事業の関係者のみならず、観光業や宿泊業など、さまざまなサービス分野に携わる人にとって、常に顧客目線のサービスを追求する田倉氏および平成エンタープライズの姿勢から学び取れることは多いはずだ。サービスを提供する側と、そのサービスを利用する側の双方にとって、本当に価値のあるサービスとはなにかを考えるうえで、本書がなんらかの指針となれば幸いである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2018年4月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 インバウンドの増加で需要増が期待される高速バス

高速バス新時代の幕開け
規制緩和で貸切バス事業者が高速バス事業に参入
高速乗合バスと高速ツアーバスの一本化
既存の停留所の発着枠を新規事業者に配分
新制度のもとで新高速乗合バスの人気は定着
付加価値の高いサービスを提供できるかが鍵
インバウンド需要は貸切バスから高速バスへ


第2章 バス業界の常識を変える平成エンタープライズ

バス事業を軸に関連分野へ事業を多角化
快適な眠りを追求する高速バス「VIPライナー」
タイプで選べる「VIPライナー」の豊富なラインナップ
サイト内の人気者「ネコ社長」がチャットボットにも
大好評だった「ワンコインシート」キャンペーンを復活
乗車前と乗車後まで考えたサービス「VIPラウンジ」
アナログとデジタルを融合させたサービス
路線バス、送迎バスや「あそびバス」で地域社会に貢献
バス事業者としての交通安全への取り組み
バス会社の枠を超えた顧客目線のサービスを


第3章 「あったらいいな」をかたちにした多彩なサービス

一般の利用客にも開放された「VIPラウンジ」
多目的ラウンジとしてサービスをグレードアップ
「VIPラウンジ」にネイルサロン「ルピナス」も併設
就職活動中の学生を応援
「手ぶら観光」が好評の手荷物一時預かりサービス
利用者の心をつかむには、きめ細かい対応が必要
格安の簡易宿泊施設「ホステルわさび」を展開
バス事業と宿泊事業の相乗効果を高める


第4章 バス会社ならではのオリジナルツアーを企画・販売

アイデアで勝負する日帰りバスツアー
お笑い芸人をスペシャル添乗員に起用
訪日外国人のFIT化に対応して海外営業を強化
海外営業で夜行高速バスの利点をアピール
インバウンド向け着地型日帰りバスツアーに注力
格安な旅をパッケージとして提案できる強み


第5章 「ネコ社長」田倉貴弥の経営理念と人生哲学

「人を喜ばせたい」という熱い想いで事業を展開
いくつもの事業を営む父親の姿を間近に見て育つ
大好きなクルマの運転を仕事に
中古バス1台を元手にバス事業を起ち上げる
公共バス入札の価格破壊で注目を浴びる
不祥事をなくさないかぎり会社に明日はない
人の命を預かる仕事の重みを常に意識
福利厚生の一環として起ち上げた介護&ストレッチ事業
ブルキナファソに学校設立資金を提供
楽しくて人が集まる会社が大きくなる会社


第6章 バス会社の枠を超え、世界を舞台に総合観光企業へ

インバウンドの増加を踏まえた数々の新企画
ハワイ、バンコク、台湾に現地法人を設立
比較されないマーケットを創出
東京の上野にインバウンド向けのリアル店舗を出店
名古屋にインターネットカフェをオープン
個人旅行者を対象とした便利なサービスが続々登場
バス会社として公共バス事業の拡大にも意欲
バス業界に特化したドライバー求人サイト「ドラプロ」
株式上場も視野に新たなステージへ


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2018/04/19

『クルマを「きれい」にする美学【KeePer】』 前書きと目次

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クルマを「きれい」にする美学【KeePer】
~日本人特有の国民性が生んだ高性能カーコーティング~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-441-9
初版発行:2018年4月18日




はじめに


「自動車産業は20世紀の産業中の産業であり、19世紀初頭におけるランカシャーの綿紡工場に相当する」

これは、経営学者であるピーター・F・ドラッカーが1946年に著した書籍『企業とは何か』の中の一文(抄訳)であるが、21世紀となったいまも、自動車産業が世界経済に大きな影響を与えているという事実は変わっていない。1769年に初めて蒸気で走る自動車がフランスで登場して以来、クルマは進化を続け、自動車産業の裾野も広がり続けている。

一般社団法人 日本自動車工業会の推計によれば、わが国の自動車関連就業人口は約534万人で、これは日本の全就業人口の8.3%にあたる。また、自動車の製造品出荷額は53兆3101億円(2014年)で、全製造業の製造品出荷額等に占める割合は17.5%、輸出額は15兆1200億円(2016年)で、わが国の主要商品の輸出額のうちの21・6%を占めている。

こうしたデータを見れば、日本においても自動車産業は基幹産業であると言っても過言ではない。

クルマは、「文明の利器」であると同時に「文化の尺度」でもある。

戦後復興を終え経済成長が始まった昭和30年代の日本では、自家用車は庶民の憧れであった。やがて、週末のドライブや休日の自動車旅行は「近代的な生活の象徴」としてとらえられるようになり、一般家庭の自動車保有台数は、年を追って増え始めた。

1970年代になると、自動車は「一家に1台」があたりまえとなり、特に都市近郊や地方の農村部では「クルマがなくては生活できない」という状態になった。それは日本における「クルマ社会」の現出であり、「クルマ文化」の定着でもあった。

さらに1974年から1978年にかけて巻き起こった、いわゆる「スーパーカーブーム」は、大きな社会現象となった。小学生らが「スーパーカー消しゴム」を夢中になって集めたり、スーパーカーの展示会などではカメラを抱えたファンが長蛇の列をつくったりした。

その後、スーパーカーブームはいったん沈静化するが、1980年代後半になると、バブル経済の恩恵を受けた層が、ポルシェやフェラーリといった億を超える超高価格帯のクルマにこぞって手を出すようになり、第二のスーパーカーブームといった様相を呈するようになった。

しかし、どんな事象も時とともに移り変わる。これはクルマとて例外ではない。

バブル経済が崩壊するとともに、スーパーカーの人気はいっきに冷えこんだ。そして、いまでは「若者のクルマ離れ」が取り沙汰されるようになっている。トヨタ自動車が2010年にまとめた「『若者のクルマ離れ』について」でも、「エントリー世代(大学生)のクルマ意識の変化」として、「20代男性でクルマを趣味とする人は減り、お金をかけないものへと変化」「興味と所有欲もここ数年で大幅に低下」と指摘している。

このように、販売面では陰りが懸念される自動車市場ではあるが、変わらないものもある。それは「クルマ好きの人が持つ意識」である。

オークネット総合研究所がクルマの所有経験のあるユーザーを対象に実施した「クルマへの愛着に関する意識調査」では、20代の90%以上が自分のクルマに対して愛着を有し、そのうちの48%はクルマを「モノ」ではなく「家族」のような存在として、特別な感情を抱いていることがわかった。その愛着を感じるタイミングについては「運転しているとき」が34・4%と最も高く、次いで「洗車しているとき」が18.8%となっている。

このような感情は、「クルマを大切に扱い、長くつきあう」という意識に根ざしていると言えるだろう。

実際、日本人の「クルマを美しく保とう」とする姿勢は、国民性の表れだと言ってもいいだろう。こうした美意識は、世界でも類を見ない、一種独特な文化であると言えそうだ。だから、日本を訪れた外国人は、日本人の持つクルマのメンテナンスへの意識の高さに一様に驚くことになる。

フランス人男性と結婚した私の知人は、初めて伴侶を伴って日本に帰国した際に、渋滞する日本の道路を見た夫から、「日本では新車しか道路を走ってはいけないという法律でもあるの?」と聞かれたことがあるという。たしかに海外では、サビだらけのクルマや、へこみや傷の目立つクルマが走っていることも珍しくはない。そう考えれば、彼のような疑問を抱く外国人は、けっして少なくはないのだろう。

また、2017年10月には、中国のメディアが「日本のバスの運転手は、自身のクルマでもないのにタイヤのホイールまで雑巾できれいに磨きあげている」という記事を写真つきで掲載し、多くの中国人ネットユーザーから驚きの声が寄せられた。海外の人々からすると、汚れて当然のタイヤやホイールまでこまめに掃除する日本人の感覚は、驚嘆に値するようだ。

おそらく日本人は、世界的に見ても「クルマの美しさを保つこと」に熱心な国民なのだろう。だからこそ、ガソリンスタンドではサービスの一環としてスタッフが窓を拭いてくれるし、洗車機も世界中のどの国よりも発達している。

「私はいろいろな国で洗車機を見てきましたが、これほど精巧に動き、高いクオリティと付加価値をともなった仕上がりを実現できるのは、日本の洗車機だけですね」
こう語るのは、本書で紹介するKeePer技研株式会社(本社:愛知県大府市)の代表取締役社長である谷好通氏だ。

また、谷氏は「クルマを美しく保つためには、ごしごしと磨くのではなく、きちんとクリーンアップし、きれいにお化粧をすることが、なによりも大切です」とも語っている。

車体の美しさを保つ方法としては、最近では洗車とカーコーティングを併用する方法が最も一般的である。クルマに付いた埃や汚れを水で洗い落としたあと、ワックスやポリマーコーティング剤、あるいはガラスコーティング剤などで車体を保護して、美観を保つのだ。

しかし実は、この方法ではクルマの美しさを完璧に保つことは難しい。というのも、洗車には水が欠かせないが、水道水や井戸水にはカルシウムやマグネシウム、ナトリウムなどのミネラルが含まれているため、洗ったあとに鉱物のこびりつきが生じるおそれがあるからだ。さらに、コーティング剤として普及しているワックスの耐久性には限界があり、ポリマーは傷に弱いという難点もある。

こうした一般的な洗車とカーコーティングに付随する種々の問題を解決してくれるのが、KeePer技研の社名にもなっている「キーパーコーティング」という技術である。これは、洗車には水道水ではなく逆浸透膜でつくった純水を使用し、丁寧に手洗いを施したうえで「クリスタルキーパー」もしくは「ダイヤモンドキーパー」という独自のコーティング処理を行うというものだ。

この2種類のコーティング処理には、いずれも従来のガラスコーティング剤とは異なるケミカル製品を使っているため、経年車であっても塗装面を研磨することなく艶やかに仕上げることができる。

これらの技術について谷氏は、

「ドイツの大手化学メーカーと共同で開発した技術と、当社が独自に開発した技術が活かされています。これらの技術では、いくつも特許を取得しています」

と、胸を張る。

KeePer技研の設立は1993年。谷氏が当時経営していたガソリンスタンドで洗車とカーコーティングを担っていたスーパーポリマー事業部を分離し、洗車とカーコーティングの施工や、カーコーティングに使うケミカル製品や道具の販売、さらに施工技術の研修や伝承を目的に、KeePer技研の前身であるアイ・タック技研を起ち上げたのが発端である。

実は当初、谷氏は2軒目のガソリンスタンドを経営しようと考えていたのだが、ガソリン販売には総量規制があったため、やむをえず、2軒目のガソリンスタンドをつくる予定だった場所で洗車とカーコーティングの事業を始めたのだという。その「やむをえず」始めた事業が順調に業績を伸ばし、いまでは洗車&カーコーティングの専門店「キーパーLABO」として全国各地に展開するようになった。

KeePer技研の洗車&カーコーティング技術は顧客から高評価を得ており、リピート率もすこぶる高い。

「少しでも喜んでいただこうと工夫したことの多くがお客様に受け入れられ、それがリピーターの増加につながったのだと思います」

と、谷氏は言う。

KeePer技研の評判は、しだいにクルマ関連の業界に広く知れ渡るようになり、多くの注目を集めるようになった。そしてついには、大手石油元売会社が、傘下のガソリンスタンドに対して、KeePer技研の研修を受けることを推奨するまでになった。

そこで、KeePer技研では、同社が実施する研修を受け、カーコーティングの技術検定で1級の資格を取得した社員を擁するガソリンスタンドを、技術認定店「キーパープロショップ」とする事業を開始した。現在では、「キーパープロショップ」は5656店舗(2018年2月8日時点)にまで拡大している。

また、KeePer技研が運営する洗車&カーコーティングの専門店「キーパーLABO」は、フランチャイズ店を含めると全国に74店舗となっている(2018年1月末時点)。洗車&カーコーティング専門店として、ここまでの規模で事業展開しているところは、ほかにはない。

本書は、他に先駆けて画期的な洗車とカーコーティングの技術を開発し、日本の「クルマ文化」に新たな潮流をつくりだしている、KeePer技研の事業活動を紹介するとともに、創業社長・谷好通氏の経営理念と人生哲学に迫るものである。これは、クルマをこよなく愛する人々にとって、日本のクルマ文化を考えるうえでの貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2018年3月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 きれい好きな国民性に根ざした日本のクルマ文化

日本経済を牽引してきた自動車産業
減少傾向にある自動車販売台数
「若者のクルマ離れ」は本当か
「家族」や「友人」のようにクルマに愛着を感じる日本人
きれい好きな国民性が洗車やカーコーティングにも反映
クルマの「きれい」は「安全」に直結している
海外ではおなじみの「洗車屋さん」が日本には存在しない理由
洗車とカーコーティングに特化したKeePer技研


第2章 日本の新しい洗車文化を創造するKeePer技研

KeePer技研が提唱する「新しい洗車文化」とは
KeePer技研の技術を正しく伝えていく営業部隊
顧客のリピート率は85%!「キーパーLABO」
カーコーティングと洗車用のケミカル製品の開発、製造、販売
カーコーティング技術認定店「キーパープロショップ」を展開
組織変更で東証一部上場後の気の緩みを一掃
SUPER GT最終戦にてシリーズチャンピオンを獲得


第3章 クルマの美しさを追求する「キーパーコーティング」の実力

顧客の期待を上まわる「きれい」を実現
売れ筋ナンバーワンの「クリスタルキーパー」
圧倒的な艶と存在感を出す「ダイヤモンドキーパー」
「キーパーコーティング」の原点である「ピュアキーパー」
美しさを保つメンテナンスの基本は「洗車」
プロのこだわりが詰まったオリジナルの洗車グッズ
顧客のクルマと作業する人を守る、その想いが特許に結実


第4章 技術の向上への飽くなき探究―全国各地で活躍するKeePer技研の技術者たち―

全国13カ所にトレーニングセンターを開設
ガソリンスタンド経営者がカーコーティングに着目する理由
コーティング技術の認定制度と「キーパープロショップ」
「キーパープロショップ」の技術レベルをいかにして維持するか
全国チャンピオンをめざして競う技術コンテスト
日々「キーパーコーティング」の技を磨く技術者たち
モチベーションの源は「ありがとう」という言葉


第5章 創業社長・谷好通の経営理念と人生哲学

労苦でしかなかった「晴れた日の洗車」
32歳で起業し、ガソリンスタンドを開設
2軒目として洗車とカーコーティングの専門店をオープン
「キーパーコーティング」の原型となる「Qシステム」の誕生
ドイツの化学メーカーと共同開発したコーティング剤
ビジネスの基本は「与えるが勝ち」
妻の不調が教えてくれた「大切なこと」
第1号店の開始時から続ける徹底した情報公開
谷好通の仕事のこだわり


第6章 KeePer技研が描く未来展望

「キーパーLABO」100店舗体制の達成に向けて
事業発展に不可欠な人材の採用に注力
画期的な新人研修と早期キャリアアップ
女性向けの新商品「艶パック」で新たな市場を切り開く
米中への進出、アプローチで思い知った洗車文化の違い
次世代に託す「キーパープロショップ」の海外展開
堅実経営の先に見えてきた大きな夢「キーパーLABO500店」
まだまだ伸びしろのある国内市場

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2018/03/09

『オーイズミグループの挑戦』 前書きと目次


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オーイズミグループの挑戦
~驚きと感動のホスピタリティ産業を追求~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-375-7
初版発行:2012年9月3日




 はじめに

 長引くデフレはいつの間にか完全に社会に浸透した観がある。国内外のさまざまな要因が重なり、景気の先行きには一向に明るい兆しが見えず、人々の節約志向もすっかり定着した。そうしたなかで生まれたのが、食事や娯楽などを家の中で完結させる「巣ごもり消費」と呼ばれるトレンドだ。その影響をもっとも受けているのが外食産業で、加えて食の安心・安全に対する懸念、中食ビジネスの成長、さらには弁当を自作する弁当男子ブームなど、逆風が吹いている。

 さらに追い打ちをかけたのが東日本大震災だ。震災直後の過度な自粛ムードはほどなくして落ち着いたものの、不要不急の消費は手控えるという傾向は依然として続いている。

 昨年来からの「節電キャンペーン」も、大量生産・大量消費が前提だった従来の生活を改めて見直すきっかけとなった。

 その結果、誰もが「自分にとって本当に必要なものは何か」を考えるようになり、「自分にとっての幸せ、心地よさ」に対しては相応の対価を支払うが、そうでないものに対しては、いかに低価格であろうと価値を見いださない傾向が鮮明になってきた。

 外食産業においては、その傾向はいっそう顕著だ。いまや外食産業は、こうした社会の変化を敏感に読み取り、消費者の多様化する価値観に対応していかなくては生き残れない時代に突入しているのだ。実際、若者の酒離れに対応するため、食事に比重を置く居酒屋、一人客(おひとりさま)や女性(女子会ブーム)に喜ばれるメニューやシステムを導入した店が業績を伸ばしている。

 デフレの環境下でも人は自分が本当にいいと思ったものやサービスにはお金を使う。そうした意味では、顧客一人ひとりの志向を先取りする真のホスピタリティが求められる時代がはじまっているといえる。

 そうしたなか、ひときわ個性的な魅力を放っているのが、本書で紹介する「オーイズミグループ」だ。同グループでは、「遊」「食」「動」「明」を事業テーマに掲げ、「遊」のアミューズメント事業を中心に展開している株式会社オーイズミ(本社:神奈川県厚木市、代表取締役社長:大泉政治氏)と、「食」を担う飲食事業を展開している株式会社オーイズミフーズ(本社:神奈川県厚木市、代表取締役社長:大泉賢治氏)などでグループを構成している。

 平成二十四年三月期のオーイズミグループ全体の売上高は約三三〇億円、経常利益は三五億六〇〇〇万円となる。その中核を担うオーイズミは、平成十六年に東証一部上場を果たし、その実績と技術は高く評価されている。一方、オーイズミフーズは、居酒屋「くいもの屋 わん」を中心に全国でおよそ一六〇店舗を展開している。

 「わん」は現在およそ一三〇店舗を展開し、その洗練された料理や内装、さらにはきめ細やかなおもてなしのサービスといったワンランク上の店づくりで、顧客から高い支持を集めている。

 同社は「かかわるすべての人々をHappyに」をモットーとしており、発展の原動力となったのが、高付加価値路線の店づくりによって生み出される高い収益性だ。世の中はデフレであっても、手が届く範囲内でなら少しだけリッチな気分を味わいたいという顧客は確実に存在する。そうした顧客のニーズを読んだ的確な時代感覚、そして、顧客の嗜好にマッチした店をつくりあげ運営するオペレーションの巧みさが成功をもたらしたといえる。

 出店スタイルも特徴的だ。同社では、本社を置く神奈川県を中心に、居酒屋の競合が比較的少ない中小ターミナルなど、これまで業界が注目してこなかったエリアへ積極的に出店。地域住民のニーズをとらえた地域密着型の店舗展開は、画一的な店舗運営でローコストオペレーションを実現する同業他社とは一線を画す。こうした出店戦略は、地代などのコスト削減効果も生んでいる。

 また、すぐれたサービスを提供するためには、優秀な人材が必要不可欠となる。顧客へのきめ細やかなサービスはマニュアルだけに頼っていてはできない。地域密着型の店舗も本部からの指示だけでは現実不可能だ。

 そこで同社では、人事評価制度の刷新、モチベーションアップのためさまざまな取り組み、労務環境の改善などを積極的に行うことで、自ら考え自立的に仕事に取り組んでいける考える集団燃える集団づくりに注力している。

 「景気の低迷が続き、東日本大震災以降、消費者の財布の紐も固くなり、外食産業を取り巻く環境は依然として厳しい状況が続いていますが、どんな状況においても、常に創造的な仕事を行い、仕事を通じて多くの人に愛される企業でありたいと願っています」

 こう語るのは、オーイズミ代表取締役社長・大泉政治氏である。

 大泉氏は父親から町工場を継ぎ、昭和四十三(一九六八)年に神奈川県秦野市で大泉製作所を設立。当時、大泉氏は二十五歳、仕事は大手電気メーカーの下請けとしてのプレス板金加工が中心だったが、第一次オイルショックにより、下請けとして生き残ることに限界を感じた大泉氏は、トレンドや他人のアイデアにとらわれない、逆転の発想で自社製品の開発に着手した。それが「硬貨計算機」だ。

 パチンコ店にとってはパチンコ台に大量に投入された硬貨を手作業で数えていた手間が省け、経営の効率化をはかることが可能となった。試行錯誤の末、硬貨計算機の開発に成功したのは昭和五十三年ころである。大泉氏が開発した硬貨計算機は発売直後から評判を呼び、日本電信電話公社(現・NTT)、日本国有鉄道(現・JR)、日本道路公団に次々と導入されていった。

 翌年には、その高い先見性と技術力が評価され、「全日本中小企業総合見本市」において内閣総理大臣賞を受賞。硬貨計算機のメーカーとして、世間に広く認知されることとなった。次いで「紙幣計算機」、「紙幣識別機用金庫」の開発に成功し、昭和五十七年には再び、内閣総理大臣賞を受賞している。

 「昭和五十七年に五〇〇円硬貨が誕生し、当社は大きく成長しました。なぜ私が硬貨計算機の開発を考えたのかといいますと、オイルショックが起きたとき、物価が上昇して一時的なインフレになりました。近い将来、デノミネーションあるいは五〇〇円玉が誕生するのではないかと直感したのです。自分の勘だけを頼りに実行に移すのには勇気がいります。内閣総理大臣賞を受賞したことが後々自信につながりました」

 続いて、大泉氏が着手したのは、製造業とはまったく結びつかない異業種の飲食業への参入だ。

 それまでの製造業とはまったく違う業種として最初に手がけたのはスーパーマーケットの経営である。

 「以前、日用品や食品を取り扱うミニスーパーの経営をしていました」

 ミニスーパーの経営は思いのほか順調に推移し、店舗数も拡大。このとき、大泉氏は消費者との直接取引である「BtoC」ビジネスの可能性に気づき、「BtoC」ビジネスの本格的な参入を決意する。ミニスーパーを運営する会社を基盤として、平成二年一月に居酒屋「うまいもの屋湘南いちば」を神奈川県厚木市に開店。さらに平成十二年一月に神奈川県伊勢原市に「くいもの屋 わん」を開店する。

 「最初は一年に二、三店舗のペースで開店させていました。当時、居酒屋業界は競争が激しく、戦略を考えるのに必死でした」

 大泉氏は、飲食業に参入した当初から、他者の真似はせず、独自の店舗運営に徹底的にこだわってきた。それが居酒屋「くいもの屋 わん」のワンランク上の顧客満足を提供する現在の店舗スタイルにつながっている。

 大泉氏の異業種へのチャレンジはまだ続き、その後、「動」の不動産業、「明」の介護予防分野への進出も果たしている。この二つの要素は、大泉氏の人生哲学である「楽しく仕事をして、楽しく遊び、おいしいものを食べて、素敵な家に住み、明るい暮らしをする」を実現させるためには不可欠だからだ。オーイズミグループの四つのテーマ「遊」「食」「動」「明」とは、大泉氏が追い求める人生でありチャレンジの歴史そのものを表している。

 本書は、究極のホスピタリティ産業を追求するオーイズミグループの飲食事業を中心に、グループ全体の事業概要を紹介しつつ、同グループを率いる大泉政治氏の経営理念、人生哲学に迫るものである。

 これは単に飲食事業に携わっている人のみならず、真の価値を求めるすべての一般読者にとっても貴重な指針の書となるであろう。長引く不況で社会全体に閉塞感が広がっている。チャレンジすることに対してあきらめてしまっている日本人の背中を押し、再び目標に向かって努力し、邁進することの偉大さを呼び起こすきっかけとなれば、これほどうれしいことはない。

 なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十四年七月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 多様化する顧客の価値観に対応せよ

長引くデフレがもたらした「巣ごもり消費」
逆風吹き荒れる外食産業
激化する外食サバイバル
激しい価格競争の渦に巻き込まれる
大打撃を与えた食の安全
ホスピタリティが求められる時代
外食産業に名乗りをあげるオーイズミ


第2章 かかわるすべての人に幸せを届ける

ナンバーワンをめざして――「くいもの屋 わん」誕生
オーイズミフーズに見る独自の経営路線
独自路線を築くもう一つの飲食事業の柱「オーイズミダイニング」
一品ずつ手づくり料理でおもてなし
答えは現場にある
中小ターミナルを中心にした出店戦略
かかわるすべての人にHappyを届ける


第3章 「遊」「食」「動」「明」をテーマに成長するオーイズミグループ

素晴らしい人生を送るための「遊」「食」「動」「明」
パチンコ業界の変遷
脱下請けで町工場から開発企業に
独創的なアイデアで内閣総理大臣賞を二度受賞
パチンコ業界に新規参入
パチスロ機の開発をスタート
堅実経営をめざす「不動産ビジネス」


第4章 一人ひとりが自ら考えて動ける集団に

オーイズミ流人材育成術
新機種を次々と考案する頭脳集団
仲間やお客の笑顔に支えられ
モチベーションを高める人材マネジメント
従業員の人生に寄りそう
感動するお店をめざして
従業員のチャレンジで業界に風穴をあける


第5章 広がりつづける挑戦の志

創業者・大泉政治の「不撓不屈」の精神
急成長を支えた「サシスセソ」戦略
強いリーダーシップをめざす
受け継がれる「挑戦」の志
グローバル化を視野に入れる


第6章 「遊」「食」「動」「明」の集大成へ

グループの集大成「介護事業」に進出
介護保険制度のあらまし
最新のスポーツ科学を取り入れた「早稲田アクティブ」
その人らしく明るくいきいきと暮らせるために
メガソーラー事業に参入
逆風が吹いても時代の潮流に乗る
チャレンジ精神を若い世代に


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2018/02/01

『日本の医療現場を考察する』 前書きと目次

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日本の医療現場を考察する
~「改革」のために、いま、何をすべきか~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-379-5
初版発行:2012年11月1日




 はじめに

「なんとなく具合が悪い。ちょっと医者に診てもらおうか」

体調が思うにまかせないと何げなくそう思う。そして、実際にごく気軽に、病院や診療所に出かけていく。だが、こんなふうに医療との距離感が近く、ハードルが低いのは、先進諸国でも日本くらいのものなのだ。

そのうえ、日本の医療技術は、ほぼすべての診療領域で世界の最先端を行く高水準にある。医師の多くは医療に純粋な情熱を抱いており、われわれは自分の体、いや、自分の人生を預けるのに躊躇は感じない。

こんなに医療に恵まれた国はないのだが、それを日々享受していると、われわれ国民は、しだいにあたり前のことに感じられ、この“ありがたさ”は「当然のもの」、そして、「この後もいつまでも持続するものだ」と思い込んでしまう。

ところが現在、日本の医療制度は極めて“重篤な状態”に陥っているのが実情なのだ。少子高齢化などからくる健康保険財政の悪化、そこに長引く景気低迷が襲いかかり、日本が誇ってきた国民皆保険制度は赤字が常態化。しかもさまざまな手を打っても赤字はふくらみつづけ、いまやにっちもさっちもいかなくなり、存続の危機に立つ健康保険組合も多い。

医療の質に対する評価が行われていないことから、結果的には患者満足に対し積極的な努力をしない病院のほうが経営はラクというおかしなことにもなっており、患者にとって必要な良心的な医療を行う病院ほど赤字になるという矛盾も抱えている。

赤字体制をなんとかしようと、小泉内閣以来、医療費の抑制政策が取られてきたが、医療現場はさらに苦境に追いやられてしまった。最近、医療給付金はわずかにアップされたが、焼け石に水同然で、医療機関の大多数は赤字。赤字が許されない民間病院では、医師を筆頭に看護師をはじめ、コメディカルスタッフの待遇を抑えざるを得ず、それでも彼らは医療への情熱から、厳しい勤務条件のなかで熱心に医療に取り組んでいる。だが、それもいつかは限界に達しよう。

弱り目にたたり目とでもういうべきか、そこに深刻な医師不足や看護師不足が重なっている。とりわけ地方の中堅病院では、医師不足から診療科の閉鎖に追い込まれたところも出てきているありさまだ。

「現場の医師は数時間から十数時間、立ちっぱなしで、神経を極限まで集中して手術を行い、それが終わるとほとんど休む間もなく次の手術に向かう。満足に休日も取れず、個人の時間はほとんどない。しかも、勤務医はそれほど高い報酬を得ているわけではない。そうした医師たちの自己犠牲のうえに成り立っているのが現在の日本の医療なのです」

こう語るのは、株式会社メディカ・ライン(本社:東京都文京区)の代表取締役社長・佐藤望氏だ。

メディカ・ラインは医療の現場に山積する諸問題を改善していこうという思いの下、医療機関をサポートするさまざまな事業を展開している企業である。

佐藤氏は以前、医療機器メーカーの社員として主に脳神経外科医に最先端の医療機器を紹介する仕事をしていたが、その仕事を通して医師たちのハードすぎる日々を間近でみつめることになった。医療の高度化にともない、医療機器のなかには相当高額なものも増えてきて、その購入やメンテナンスが医療機関の大きな負担になっていることにも気づく。たとえば、最近では多くの医療機関に配置されているMRI(核磁気共鳴画像装置)だが、その維持費だけで、数年後には新品が購入できてしまうほどの金額に達するという。

ところが、この高額な医療機器の選択や購入に関して、詳細な情報を持っているのは医師ではなく、もっぱら医療機器メーカー側なのだ。そのため、メーカー主導の導入が行われることが多く、その結果、必ずしも適正機種、適正価格で導入されるとは限らないことも目につく。はっきりいえば、必要以上に高度な機器を購入することになったり、適正な価格とはいえない価格で購入していることも少なくないのが実情なのだ。

こうした現実を見ているうちに、佐藤氏のなかにある決意が浮かんだ。「自分の知っている医療機器情報を、医療機関側に立って提供しよう。そうすることによって、苦しい医療機関の現状を少しでも改善することに貢献していきたい」

こうして創設したのがメディカ・ラインである。当初は主に、脳神経医療を中心とした最先端医療機器のコーディネートや医師の開業支援を行っていた。医療機関側に立って、それぞれの医療機関にもっとも適した機器をコンサルティングし、コーディネートするという業態は、医療機器流通業界では初めてで、医療機関を開業しようとする医師や運営する医師にとっては何よりもありがたい存在となっていった。

佐藤氏は医師にも負けない医療への熱い情熱と医師へのリスペクトを持っている。医療への純粋な気持ちは多くの医師にも受け入れられ、脳神経外科でいえば、日本を代表するトップ中のトップの医師たちと緊密な人間関係を築いている。

その豊富な人脈から、メディカ・ラインは開業支援、さらには病院経営のコンサルティングも行うようになり、現在では経営サポート、医師の紹介、薬局の経営などと業容を拡大していき、年商七五億円とコンサルティング企業としては堂々の規模に成長させている。

今回の取材を通じて痛感したのが、医師たちが佐藤氏をいかに信頼し、頼りにしているかということだった。日本を代表する高名な医師たちが、口々に「佐藤さんのおかげ」「メディカ・ラインに助けられている」と言葉を尽くして佐藤氏への、そしてメディカ・ラインへの感謝を表するのだ。

佐藤氏と話せば、多くの医師への尊敬の念が伝わってくる。医師と佐藤氏の間には、双方向の尊敬と信頼の関係が確立していることに気づく。その関係を築いてきたことを想像すると、佐藤氏の努力に、私は驚嘆するばかりである。

佐藤氏は、たとえば医療機器の販売一つをとっても、「古い慣行から脱却し、医師および患者視点の流通の透明化を実現させたい」と熱望している。そのためには、メディカ・ラインのスタッフは日本の医療制度や医療技術の進化などについてしっかりした知識と、常にいちばん新しい情報を身につけていなければならないと、医療に関する各種勉強会に積極的に参加させるなど、積極的な人材育成にも力を入れている。

佐藤氏がめざすのは、医療機器のコーディネートや経営改善のコンサルティング活動を展開することを通じて、医療機関をサポートすることにとどまらない。究極の目標は「日本の医療に貢献し、人の和と心で医療の世界を結ぶ架け橋になる」という壮大にして高遠なものなのだ。

その第一歩は確実に踏み出されており、近い将来、中国をはじめとするアジアの医療との連携を考え、すでに平成二十三(二〇一一)年に上海に国際貢献事業を目的とした会社を、脳神経外科医師らとともに立ち上げている。

本書は、日本の医療の現状についての理解を進めていただこうと、まず苦境に立つ医療の現実をさまざまな角度から検証し、次いで山積する課題の解決策について、佐藤氏や私が構想するいくつかの提案を述べていく。

解決策は、行政、医療機関、そして患者の三方向から、現実に即し、実行可能な具体策でなければならない。それほど、医療問題の改善は喫緊の課題なのだ。

読者もぜひ、自身の問題としてその解決の道をともに考え、自分にできることから実行に移していただきたいと強く願う。

また、医療の現場にあり、日々、現実と直対している医療機関の長にも話をうかがい、忌憚のない現場の声をコラムにまとめた。すぐれた医師が医療・病院経営に腐心される様子には頭が下がるが、同時に、現場の意識を改革すれば、医療経営はここまで改善できるという事実もわかり、希望が湧いてくる。

合わせてメディカ・ラインの取り組みについても紹介し、改めて、メディカ・ラインが取り組もうとしている医療改善への貢献もクローズアップしたいと思っている。

本書が、日本の医療の将来を考えるうえでの貴重な指針となることを願ってやまない。

なお、本文中の敬称は略させていただくことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十四年九月   鶴蒔靖夫




 はじめに


第1章 存続の危機に立つ日本の国民皆保険制度

「ありがたい」健康保険制度
世界トップクラスの健康達成度
世界有数の健康保険制度
先進諸国の医療保険制度はどうなっているか
日本の健康保険は慢性的な赤字構造に
健康保険制度を追い詰める少子高齢化
無保険者
社会保障、税の一体改革は功を奏するか


第2章 知らなかったではすまない、日本の医療の現状

日本の実質的な医療費は先進国中最低水準
そのしわ寄せは医療機関に
深刻な医師不足が起こっている
外科医や小児科医、産科医の深刻な不足
医師の偏在を加速した新臨床研修制度
疲れ切っている勤務医
決して多くない勤務医の生涯年収
病院から医師がいなくなる
看護師も足りない
大病院の赤字経営と診療所の経営難
他業界への転出を考える医師たち


第3章 崩壊しつつある日本の医療を建て直すには

その1・医療機関・医師が取り組む改善策
 医療財政改善の決定打――医療機器コストの見直し
 医療機器導入の見直しで黒字化を達成したある病院
 医療機器導入、メンテナンスコストなどのサポートで経営に光明を
 医師でなくても医療に貢献できることはないか
 OECD平均の四倍近いCTスキャン、MRIの保有率
 医療機関側に立って、メーカーにいた強みを惜しみなく発揮
 開業時にすべてを新品でそろえる必要なし
 医師に代わって、開業準備を滞りなく進める
 経営不振は医療の質低下に直結する

《病院にも求められる経営感覚。その結果、よりよい医療を実現できる》
《現場発の改善が奏功、高い患者満足度を実現した》
《「いつでも誰でもなんでも」をモットーに》
《経営のことはおろかお金のことは考えたこともなく医療に没頭してきたが……》
《TQMの徹底でいまや国立医療機関は黒字転換》

その2・行政が取り組む改善策
 しっかりしろ! 日本の政治
 病診の棲み分けを行う
 かかりつけ医→大病院→在宅医療
 スムーズな医療連携を広げていく
 ジェネリック医薬品の使用を拡大する
 ジェネリック医薬品の使用拡大を阻む理由
 薬局、患者の意識は向上している
 診療報酬のシステムを見直す
 混合診療を認める
 医療補助スタッフを新たに設ける
 一患者一カルテ制度の積極的検討

《医療機関の情報開示・連携を積極的に》
《絶対的に不足している脳神経外科医の存在感を高め、積極的な養成を》

その3・患者の意識改革も必要だ
 医療制度崩壊の一因は患者にもある
 コンビニ診療を自粛する
 現代の社会環境もコンビニ受診の増大の一因
 患者も病院を使い分ける
 土日・祝日診療を行う診療所
 モンスターペイシェントの増加
 「賢い患者」になる
 増加の一途をたどる医療訴訟
 救急車はタクシー代わりか?
 QOD・死の質を高める

《国民皆保険に甘やかされてきた国民。医療機関にも責任。どちらも問題》


第4章 いま求められる医療の産業化

新成長戦略の目玉・医療産業
メディカルツーリズム
 医療のグローバル化とメディカルツーリズム
 メディカルツーリズム大国はタイ
 周回遅れの日本のメディカルツーリズム
 オンリーワン技術とホスピタリティを訴求する
病院をまるごと輸出する
 海外に日本の病院をつくるという構想
 一〇件近いプロジェクトが進行中
医療機器の海外競争力を強化する
 輸出の主役であってよい医療機器だが……
 世界的に高い成長性が予想される医療機器市場
 医療機器メーカーの世界地図
 許認可期間の短縮が急務
 海外競争力を高め、ひいては国内シェアを取り戻す
 中古医療機器の活用


第5章 医療の架け橋、佐藤望とメディカ・ライン

離島医療と医療への尊敬
医者じゃなくても、医療に貢献できる
脳神経外科と運命的な出会い
医療機器のプロフェッショナルをめざそう
レーザーメス開発を間近で見守る
世界三大医療機器メーカーの一つ、フィリップス社で腕を磨く
医療機器導入コンサルティングで医師をサポートする
メディカ・ラインの創設
「神の指先」医師の開業もサポート
大きな経費節減効果
医療領域で人と人とをつないでいく
医療への貢献に情熱を持つ後継スタッフを育成する
十年後には三〇〇億円企業へ


終 章 開けいく医療の未来

世界の医療貢献へと歩を踏み出す
日本のプレゼンスを復活させる
日本をいま一度、洗濯する
お互いの感謝の思いが日本の活力を再生する


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2017/12/25

『記録メディアに人生をかけた男』 前書きと目次

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記録メディアに人生をかけた男
~秋葉原で世界に挑む磁気研究所の挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-440-2
初版発行:2017年12月30日




はじめに

電子メール、写真、映像、音楽、SNSへの書きこみ、それにさまざまなニュースや各種のリストなど、地球上には現在、どれくらいの量の情報(データ)が流通しているのだろうか。

世界最大のコンピュータネットワーク機器開発会社であるシスコシステムズの調査によると、地球上で1年間に流通するデジタルデータの量(トラフィック)は、2011年には3994億3196万GBだったという。それが2020年には、2兆4996億7097万GBに達すると予測されている。2015年から2020年にかけてのデータトラフィックの量は、年平均22%ずつ増加(5年間で約2.7倍)していくと予想され、特に携帯端末によるモバイルデータのトラフィックは年平均53%(5年間で約7.8倍)の成長が予想されている(総務省「平成29年版 情報通信白書」)。

この大量のデータを記録し保管するためのツールが、記録メディアと呼ばれるものである。いまでは行政、企業、個人にとって欠かせぬ必需品となっている記録メディアは、パンチカードから始まり、磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク、そしてフラッシュメモリと、コンピュータの進化および情報社会の拡大と歩調を合わせて、めまぐるしい変容を遂げてきた。その技術革新の推移は、より大量のデータを、より速く処理し、より長く安全に保管することを追い求めた人類の、叡智の結晶である。

この記録メディア一筋に、40年近くにわたってビジネスを続けている会社がある。それが東京の秋葉原に本社をおく、記録メディアの専門商社である株式会社磁気研究所だ。

創業者で代表取締役の齋藤邦之氏は、記録メディアに関しては生き字引のような人物だ。それもそのはずで、大学卒業後に就職した専門商社でたまたま記録メディアの仕事に就いたときから、これを一生の仕事にしようと決めて、脇目も振らずに続けてきたのだ。齋藤氏がこの仕事に関わり始めたのは、1970年代なかばの、8インチのフロッピーディスクがようやく日本に上陸する直前の時期のことである。

磁気研究所を設立して起業したのは1979年、齋藤氏が29歳のときだった。爾来38年間、記録メディアとともに奮戦し続け、さまざまな記録メディアの興亡を目のあたりにしてきたその足跡からは、パソコン市場の激動や、社会がIT化していく変遷などを見ることができる。

「記録メディア専門」という、他に類を見ないユニークな会社である磁気研究所の特徴をいくつか、ここで簡単に書き出してみよう。

◎あらゆる記録媒体を安く提供。他店では取り扱わなくなったレガシーメディア(古い規格の記録メディア)も豊富に販売。
◎データの復旧、変換、複製など、データに関するサービスを幅広く提供。
◎海外6カ所に拠点を持ち、国際的なフィールドで事業展開。
◎メーカーとして自社ブランドの販売にも取り組む。

その他の詳しいことについては本文で紹介する。

ところで、記録メディアとは、そもそもなんなのであろうか。私のこの、まったく初歩的な質問に対して齋藤氏は、

「いわば、コンピュータの頭の中がデータでいっぱいになったときに、あふれる分を別の入れ物に移しておくようなものです。このときに移したデータを記録し、保管しておく『入れ物』が、記録メディアという商品です」

と、本質的なことをわかりやすく教えてくれた。

現在、世界中からさまざまな情報が発信されているが、こうして発信された情報は、どこかで受信処理され、かつ記録として保管されることで、初めて「社会的生き物」になると齋藤氏は言う。

「記録メディアがあるからこそ、データは保管され、再現されるのです。ニッチで地味な商品ですが、情報化社会にはなくてはならない役割を果たしています」

と齋藤氏が語る、その地味な商品に、これまでにどれほどの熱意と技術が注ぎこまれて今日のかたちになったのかは、磁気研究所が運営している「MAG-LAB」(マグラボ)という店を一度でも覗けば実感できるだろう。新旧取り混ぜ、ありとあらゆる記録メディアが山積みになった光景からは、「記録すること」への根源的な欲求すら伝わってくる。

「記録メディアとは、化学、メカニック、科学、電子の集合体です。人間の叡智の結晶だと言っていいと思います」

と語る齋藤氏の話は、この小さなツールが日本の経済にどれだけ大きな影響を与え、今日の情報化社会を支えてきたかについて、その一端を知るうえで、おおいに役立つものとなるはずだ。

加えて、「齋藤邦之」という人物が、実に大きなスケールを持った傑物であることも、本書を通して多くの方にお伝えすることができれば幸いである。宮城県・気仙沼の貧しい家に生まれ、親の愛と持ち前の反骨心を土台に這いあがっていく齋藤氏の姿は、「原日本人」のイメージを彷彿とさせる。本文では、「努力必達」という言葉を胸に掲げて無一文から会社を起こし、やがて秋葉原の老舗になるまでのプロセスを十分に記したので、堪能してもらいたい。

「かっこいいことはひとつもない」と自分を語る泥臭い人物が、先端技術のシンボルでもある記録メディアと深い縁を持ったのも、情報化社会の妙味のひとつと言えるかもしれない。現在の目標は、年商100億円の達成と、業界世界一の実績をあげることであると齋藤氏は言う。

本書は、記録メディア流通のリーディングカンパニーである磁気研究所の事業内容を紹介するとともに、創業者である齋藤邦之氏の人生哲学と経営理念に迫るものである。現代社会はコンピュータなくしては成り立たなくなっているだけに、コンピュータ関連の仕事に携わっている人のみならず、現代に生きるすべての人々にとっても、非常に興味深いものとなるはずだ。また、齋藤氏の生き方を通して、ひとりでも多くの読者が、自ら「これ!」と決めた仕事に情熱を注ぐ意味を少しでもつかみ、自分のものとして感じてくださったなら、望外の喜びである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2017年11月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 パラダイムシフトを起こすコンピュータ社会

計算機からライフラインを握る存在に
補助記憶装置=記録メディアの開発に多くの情熱が注ぎこまれた
世界で唯一の記録メディア専門商社
軍事用計算機から情報機器へ
日本のコンピュータ史
記憶装置の歴史と種類
フラッシュメモリの生みの親は日本人
記録に込められる人間の業と願い
記憶と記録は補完しあうことで時空を超える
記録メディアの最大の課題は寿命


第2章 記録メディアで社会に貢献する専門商社「磁気研究所」

日本最大の記録メディアの専門商社
磁気研究所の事業における3本の柱
グローバルな事業展開
市場に食いこむ自社ブランド「HIDISC」
海外のメーカーから最高のディストリビュータとして高い評価
レガシーメディアの需要
レガシーメディアがふたたび活躍する社会とは
リアル店舗の「MAG-LAB」とネット店舗の「フラッシュストア」
自社運営の物流センターで多様なニーズに対応
記録メディアサービス部門のユニークな活動
メイドインジャパンの象徴である太陽誘電の技術を継承


第3章 日本で初めてフロッピーディスクを売った男

規格外の人間性と経歴を持つ男
豊かな自然に囲まれた幸せな少年時代
貧乏な生活が自分の芯を鍛えてくれた
努力必達―生きる真髄を教えてくれた先生
母親の深い愛情に見送られて東京の大学へ
大学時代はほとんど労働者
記録メディアの部署に配属されたのは、いちばん出来が悪いから
最初からこれを一生の仕事にと
ダブリンで見た驚きのコーティング製造
復活する磁気テープ
師匠を求めて退社


第4章 「努力必達」で走りぬいた創業時

日本の記録メディアの元祖である津積譲二のもとで
仕事の厳しさも社会人としてのたしなみも教えられ
他人の金、他人の机、他人の電話で始めた自分の会社
配達はリヤカー、仕事着は白衣
努力必達で苦難を乗り越え
従業員との喧嘩も辞さず
会社の前の公園が商品の集積場に
3.5インチのフロッピーディスク製作秘話
吹き溜まりから聖地に、常に時代の先端を受け入れるのが秋葉原の魅力


第5章 世界の商人たちと渡りあう

飛びこみで台湾と中国の企業に営業
ドバイ進出を促したアラブ商人への憧れ
パキスタン人から教わった商売の原則
「金じゃない、一緒に仕事をする人間が欲しい」と言ったユダヤ人
イギリスでの取り引きでは3億円が回収不能に
出会った人とは親密になるよう努力する
1000万円単位で買ってくれたペルシャ商人の末裔
ストレートに、ダイレクトに
少年時代の憧れが現実に
旅もひとつの修行なり


第6章 磁気研究所が拓く未来

毎日の戦いのなかから生まれた企業理念
人を育てる、自分自身の問題点を洗い出す
営業という仕事とは
100億円企業になるまでは肩書きなし
いつも危機感を持ち、コツコツとやり続ける
切羽詰まったところで見つけるアイデアは窮余の一策となる
息子から見た齋藤
コンピュータ社会の闇の部分
運を自分でつくる才能
人との出会いも「努力必達」
かけがえのない事業パートナーとの出会い
社会貢献、途上国に学校建設


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2017/12/11

『技術立国 日本の復活』 前書きと目次

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技術立国 日本の復活


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-385-6
初版発行:2013年6月21日




 はじめに

平成二十四(二〇一二)年十二月、日本中が歓喜に湧いた。

京都大学教授・山中伸弥氏にノーベル生理学・医学賞が授与されたのだ(英・ケンブリッジ大学名誉教授・ジョン・ガードン氏と共同受賞)。受賞理由は、世界で初めてマウスの皮膚細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくり出したことによるものだ。

iPS細胞の登場により、生命科学はこれまでとはまったく異なる次元に足を踏み入れていくことになった。いまや世界中の研究所、大学、医療ベンチャーや医薬品メーカーがiPS細胞の実用化に向けた研究に取り組んでおり、かつてない熾し烈れつな競争が繰り広げられている。

ものづくりから知財立国へ。日本はいま、歴史的な転換点に立っているといえるだろう。たしかにiPS細胞をつくり出したのは日本だが、今後は世界レベルでの研究・開発(R&D)競争に打ち勝っていけるだろうか。

その行方が案じられてならない最大の理由は、日本のR&D環境が欧米諸国と比べ、いや、最近では中国、シンガポール、インドなどの新興国と比べてもかなり見劣りすることが国際競争力の足を引っ張っていることにある。

日本の国際競争力は一九九〇年代には世界のトップクラスを誇っていた。しかし、その後急落し、二〇一二年では世界第二七位となっている。ちなみに第一位は香港、第二位は米国、第三位はスイスで、近隣の競争国である韓国は第二二位、中国は第二三位と日本の上位にランキングされている。

日本の競争力低下が、すべてR&D環境の立ち遅れに起因すると断じるのは行き過ぎだろう。だが、人間は環境の動物だといわれている。恵まれない環境にあれば研究の効率が下がり、研究者のモチベーションも高まるわけはない。

三十五年前、日本の劣悪なR&D環境をなんとかしなければと立ち上がった男がいる。本書で紹介するオリエンタル技研工業株式会社(本社:東京千代田区)の代表取締役社長・林進氏である。

「私は日本の研究環境やインフラがあまりにひどいことに怒りさえ感じ、なんとかしなければという思いから起業に踏み切ったのです」

と語る林氏は、理化学系の機器メーカーの仕事を通じて大学の実験室や研究所に出入りするうちに、3K(暗い・汚い・臭い)とまでいわれていたR&D環境をなんとかしなければ優秀な研究者が育たない、それどころか研究者志望の若者も減ってしまうという危機感を抱き、安定した職を捨てて起業を決意する。

創業当初は、よりよいR&D環境の実現をサポートするというビジネスモデルを理解してもらえず、苦しい時期もあったというが、現在では研究施設の設計・施工から装置や機器の開発導入、メンテナンス、リフォームまでをワンストップで手がけ、使う人(研究者)の立場になってもっとも使いやすく、居心地もよく、最先端の進化形R&D環境を実現する、ラボづくりの専門企業として際立った存在感を放つ企業になっている。

大学の研究室や実験室、創薬メーカーなどの研究室、実験動物室、バイオ実験室など、全国各地の重要かつ主要な研究施設への納入実績からも、オリエンタル技研工業が各研究施設からどれほど信頼されているかがうかがえるだろう。

林氏にとって、オリエンタル技研工業の成長・拡大以上にうれしいのは、最近では日本でもR&D環境に対する認識が高まり、まだ限定的ではあるが、質の高いR&D環境を備えた研究室が出現してきていることだという。

だが、大半のラボはいまなお決して満足すべき水準に達しているとはいえず、林氏の実感では、日本の研究施設は欧米、特に米国から十年以上は遅れているという。
こうした事情を踏まえ、現在、林氏の視点は二つの方向に向けられている。

一つは、R&Dの最先端方向だ。世界のトップ研究施設はすでに次世代型のグリーンラボラトリーとスマートラボラトリーをめざす方向に向かっている。グリーンラボとは地球環境を意識し、省エネ発想を貫いたラボのことをいう。一方、スマートラボは最新のICT技術(Information and Communication Technology=情報通信技術)に対応し、より自由で快適なデータ活用が可能になるラボをいう。

さらに進んで、グリーンラボとスマートラボを融合することにより、研究拠点全体のエネルギー効率が改善され、省エネ・省コスト化が大幅に促進される次世代、いや近未来型の研究施設も視野に入っている。

そうしたなかにあって、オリエンタル技研工業は研究施設を取り巻くすべての環境においてグリーン化を推進し、スマートラボの進化にも積極的に貢献していく決意を固め、研究施設づくりで世界の最先端を走ろうとしている。その一方で、研究者のモチベーションを高めるために、居心地のよさに最大限配慮したラボづくりにも全力を注いでいる。

もう一つの視線は、最先端ラボのキャッチアップを実現するために、ラボに新しいテーマや新技術に即応するリノベーションを積極的に進め、R&D環境を引き上げることだ。R&D環境を改善することは必ず、研究成果の結実に結びついていくと確信しているからである。

「ひらめきの出るラボをいかにしてつくるかがわれわれの使命」という言葉には、国内外のR&D環境を長年見つめてきた林氏の深い思いがこもっている。

資源少国で技術立国の道しかない日本にとって、R&Dには未来がかかっているといっても過言ではない。オリエンタル技研工業は、技術の生命線を握るR&Dの舞台になる研究施設、ラボ設備の専業企業として、今後の日本をしっかりと支えていく重要な使命を担っているのである。

さらに二十一世紀に入ったころからは、日本で唯一のラボプランナーである設計事務所「PLANUS(プラナス)」と共同で多くの研究施設を手がけるようになり、それまで以上にデザイン性あふれるR&D環境の実現に力を発揮している。また、ラボデザインの世界的権威であるケネス・A・コーンバーグ氏と固い絆で結ばれていることも、オリエンタル技研工業の大きなアドバンテージになっている。

本書では、日本の再生のためにも、日本のR&D環境の現状と世界との大きな距離に焦点をあてながら、R&D環境を充実させることの重要性についての再認識をうながし、さらには研究者をリスペクトし、研究者志望者を増やしていくためのいくつかの提言も試みていきたいと考えている。

同時にR&D環境の向上と進化に取り組んできたオリエンタル技研工業のこれまでの実績にもふれながら、さらには今後への大きな期待と可能性に筆を伸ばす。

オリエンタル技研工業創業者・林進氏の企業人としての足跡にもふれていきたい。三十五年前、誰も考えたこともない独自のビジネスモデルを発案し、今日まで育成してきた林氏の先見性、強い意志と実行力、さらに将来を予見する力などは、どの領域で生きていく場合にも力となる多くの示唆、教えを含むものだろう。読者にとっても貴重な指針となる一冊として愛読していただければ、これ以上の喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただくことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十五年四月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 ノーベル賞受賞から見えてきた日本の研究開発のいま ――iPS細胞に見る、世界の激烈なR&D競争――

日本の大きな夢と希望
生命科学、医療の未来が革新的に変わる新技術
日本チームの受賞
マラソンで研究費集め
マウスまでは圧倒的にリード
間一髪の差だったノーベル賞
米国から帰国後うつになった山中
日本の研究環境は“後進国”だ
利根川博士も日本のR&D環境の立ち遅れを指摘
異常なカーブを描く日本の研究論文数
国の総力と見識が問われる時代へ
明日の研究者が出てくるか


第2章 研究開発からはじまる技術創造立国 ――モノづくり大国から知財大国への転換ははかれるか――

低下する一方の日本の国際的プレゼンス
経常収支の赤字続きは国の経済の危険信号
科学技術創造立国宣言
科学技術創造立国構想
第四期科学技術基本計画の概要
主要国の研究開発費の推移
トップ研究者に集中投資
主要国の研究者数とその中身
止まらない頭脳流出
人材のグローバル化を進める各国
研究の「場」の充実が急務
研究環境の改善をミッションとする企業
国も本腰を入れる研究環境の改善
知財産業の中核を担う創薬・医療産業
二〇一六年には一兆二〇〇〇億ドル市場になる世界の医薬品市場
日本の医薬品市場は世界第二位。だがメーカーの力は……
「二〇一〇年問題」のその先に


第3章 ノーベル賞が生まれるラボをつくる ――世界のラボを知り日本のラボを牽引してきたオリエンタル技研工業――

進化しつづける欧米の研究施設
研究施設の聖地・コールドスプリングハーバー研究所
地域一帯が“研究村”を形成
ファームリサーチキャンパスと呼ばれるハワード・ヒューズ医学研究所
この研究環境から米国の科学の奥深さが生まれる
連携スペースをどうつくっていくか
留学後、研究者が直面する日本のラボラトリーの現実
これまでの研究施設づくりではもう通用しない
研究環境づくりの歩を加速させた貴重な出会い
ラボデザインの世界的オーソリティ・ケン・コーンバーグ
ケン・コーンバーグと林の出会い
研究者が心地よく、研究成果も上がる最先端ラボのあり方とは
「インサイドアウト」という新たな発想方法
徹底的な聞き込みからはじめる
研究者の動きや思いを知り尽くしたオリエンタル技研工業のプロダクツ
人を中心に据えた研究環境をつくる
ケン・コーンバーグの新たな傑作・沖縄科学技術大学院大学
設計・デザインはケン・コーンバーグが担当
山中が率いる京都大学iPS細胞研究所
米国仕込みのオープンラボを実現
ノーベル賞受賞者が生まれるラボをつくる


第4章 ラボの進化とともに成長するオリエンタル技研工業 ――ラボ機器メーカーからラボ環境全体を構築するラボ総合企業へ――

3K研究室への怒りから起業
常識を塗り替える実験機器を開発
いまも主力製品の中核を占めるドラフトチャンバー
常にオリジナリティに富んだ製品で勝負
念願の自社工場を建設
大阪営業所の開設
全国に広がる営業拠点
グローバルネットワークの構築
品質のたしかさを実証するラボラトリーデザインセンター
実際にふれて試せるショールーム
常に世界基準を意識した製品づくりを推進
世界の厳しい製品テストをクリアした安心・信頼のモノづくり
ラボ文化の発信者として
軌道に乗ってきた人材育成


第5章 次世代R&Dで世界に貢献する ――グリーンラボ・スマートラボ時代を牽引――

R&D競争と日本の危機
理想の研究環境を追いつづけてきた
《グリーンラボラトリー》省エネを“見える化”したオリエンタル技研工業のグリーンラボ
《スマートラボラトリー》研究環境のすべてを二十四時間マネジメントするスマートラボ
《ラボ・リノベーション》最先端リノベーション技術で研究施設をアップグレード
高い評価を得ているオリエンタル技研工業の付加価値
世界でただ一つのビジネスモデルを確立したオンリーワン企業
アジアのラボづくりのリーディングカンパニーに

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2017/06/22

『薬局新時代 薬樹の決断』 前書きと目次

Yakujuweb


薬局新時代 薬樹の決断
 ~「まちの皆さま」の健康を支えるために~


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著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-409-9
初版発行:2015年6月22日
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 はじめに

医師の処方せんを扱う調剤薬局が一般的になり、医薬分業率が七〇%近くに達している現在。

最近は「医薬分業は国民のためになっているか」という再点検の声が、医療関係者だけでなく行政サイドからも起こり、メディアでもとりあげられるようになってきた。

先日、テレビ東京の経済情報番組「ワールドビジネスサテライト」(WBS)でも、「医薬分業は誰のため~患者負担をどう軽減するか」というタイトルで、医薬分業に関する特集が放映された(平成二十七年三月十七日)。患者目線で医薬分業をもう一度考えてみるべきという提言が盛り込まれた内容で、院内処方に戻した医療関係者や患者が主な発言者となっていた。調剤薬局には厳しい印象があったが、そのなかで薬局の新しい役割を打ち出す実例として紹介されたのが、「訪問薬樹薬局瀬谷」の薬剤師の活動である。

訪問の薬剤師は、在宅治療の患者をケアするチーム医療のメンバーの一員である。在宅治療のがん患者の家にあがり、「お薬はうまく飲めていますか?」と同じ目線で確認。上あごを切断したという女性患者が「大丈夫」という表情でうなずくと、症状を見ながら一つひとつの薬の説明に入る。患者の家族は「月に一回訪問される薬剤師さんには、いろいろ勉強させてもらってありがたい」と、安心した様子で語っていた。

番組のコメンテーターである大和総研チーフエコノミスト・熊谷亮丸氏は、調剤室から飛び出した新しい薬局の手ごたえを感じたのだろう。「やる気のある、ああいう薬局が伸びていくような、そんな世の中にしなければいけないですね。付加価値のあることが必要だと思います」と感想を述べた。

本書でとりあげるのは、この訪問薬局を運営する「薬樹株式会社」。新しい理念と提案を掲げ、地域社会と共に歩む二十一世紀型の薬局である。

薬樹の代表取締役社長・小森雄太氏は、

「薬を売ることより健康を守ることが、本来、薬局の果たす役割です。実績を積み上げて、頼りになる存在として地域に根ざしていく必要があると思います」

とコメントした。

小森氏は本書の中心人物で、医療人としての自覚を強く持ち、かつ経営者としても次世代を見すえた発想力と行動力を堅持。薬局のあるべき姿を追求し、成長力ある事業を次々と展開している人物である。

番組のテーマは、医薬分業における患者の自己負担の実態に関してであったが、在宅医療の現実と支援の様子が強く印象に残るものとなった。

薬樹株式会社は、首都圏を中心に一都五県に調剤薬局を約一五〇店舗展開している企業である。

調剤薬局は現在、全国に約五万五〇〇〇店ほどもあり、その数はコンビニエンスストアを上回っている。全国展開している企業もあり、調剤市場は六兆円超えという一大マーケットとなっている。

そのあまたある薬局のなかでも異彩を放っているのが「薬樹株式会社」であることは、ずいぶん前から意識していた。

昭和三十九年生まれ、経営者としては若い五〇歳の小森氏は、創業者である父親の侃氏から受け継いだ薬樹株式会社に独創性と近代性による改革を遂行し、新しい薬局をめざして挑戦を続けている渦中にある。

ダイナミックな動きのなかで、現在のスタンスを最も簡潔に表していると思われるメッセージはこれである。

「薬樹は、あえて全国展開はせず『地域に根ざした薬局』をめざしています。単に処方せんに従ってお薬を提供するだけでなく、一歩進んで地域の皆さまの健康なライフスタイルの実現をサポートしていきます」

ここには、これからの超高齢社会にとって重要な、三つのコンセプトが提示されている。①地域密着、②処方せんがなくても気軽に入れる薬局、③地域のヘルスケアの中心的役割、の三点だ。

そのコンセプトを具現化すべく打ち出したのが、薬局であることの原点とも言える「健康ナビゲーター」宣言(健ナビ宣言)である。

平成二十一年から出店を開始した「健ナビ薬局」の特色は、管理栄養士が店の顔となり、食生活や生活習慣の改善の指導にあたること。薬剤師と管理栄養士の連携によって、一人ひとりに合った健康プランを提供し、地域の健康度アップに貢献しようというものである。六年目を迎えた現在は「健ナビ薬樹薬局」として各地域に定着し、管理栄養士のアドバイスを受けるため、わざわざ電車に乗って訪れる客も少なくないという。「かかりつけ薬局」として地域の予防・未病の拠点に育っていこうとしている。

健康ナビゲーターの役割でもうひとつの柱となっているのが、テレビ番組でも扱った在宅医療である。薬剤師による在宅医療は、始まって間もない分野と言ってよく、手がけている薬局はまだ少数である。薬樹は平成二十二年から訪問健ナビ薬局として先陣を切るかたちでスタートし、現在「訪問薬樹薬局」として首都圏に三店舗を展開している。

注目すべきは、ターミナルケアを中心に居宅をまわるという業態である。残された日々を自宅で過ごす患者と向き合い、「最後の薬剤師」として触れ合う体験は、医療人としても人間としても大きな影響を受ける。本文中には訪問薬樹薬局の立ち上げからかかわってきた薬剤師の証言を掲載したが、生と死の最前線で訪問医師や家族、患者の間で交わされるやりとりは、重たい感動を伝えるものである。

つながりを持った人々の一生を丸ごと看ようという小森氏の思いは、地域に根ざした医療人の覚悟と言えよう。

薬樹の理念(薬樹では「〝進〟理念」と言う)は、

「まちの皆さまと共に、健康な毎日をつくり笑顔とありがとうの輪を広げる」

である。小森氏の魅力は、こうした「深さ」と同時に「広さ」をいかんなく発揮しているところにある。

健康へのこだわりは、突き詰めると個人の健康だけにとどまらないとして、小森氏が生み出したのは「健康な人、健康な社会、健康な地球」のすべてを包括した「健康さんじゅうまる」という概念であった。

「地域社会や自然環境という広がりのなかでとらえ、これらすべてが満たされていることが真に健康な状態」と小森氏は提言する。

「健康な社会」「健康な地球」をめざして、薬樹グループではそれぞれ特色のある取り組みが行われているが、代表的なものは、地域の障がい者が働く「特例子会社・薬樹ウィル株式会社」であろう。そこで働く障がい者たちの存在を通して社員たちがやさしさを取り戻していくという話は、現代社会に貴重な示唆を与えると思う。

また、「健康な地球」をめざして立ち上げたNPO法人「Liko‐net」と「スロースタイル薬樹薬局Liko」は、商品を購入することで地域や地球への貢献ができるという新しいライフスタイルを提唱している。東京の麻布十番にある「スロースタイル薬樹薬局Liko」では、地球にやさしい商品の販売と共にエコ関連のイベントも頻繁に行われ、地域の人たちにとって自然との共生を再考する大事な場所になっているという。

そうした「深さ」と「広さ」に加え、「新しさへの挑戦」も忘れてはならない要素である。

三菱商事との業務・資本提携を皮切りに推し進められている、異業種・異業態とのアライアンス。サプライチェーンの全体最適化をめざして開発・導入した業務サポートシステム「PRESUS(プレサス)」は、日本初の薬局版POSシステムとして話題を呼んだ。システム導入にいたる経緯はまことにドラマチックであるが、小森氏もスタッフも、よくこれほどの困難に合いながらも撤退しなかったものだと感心させられる。変わることへの恐怖に立ち向かい、それを乗り越える様子は、ぜひ本文を読んでもらいたい。

小森氏の話を聞きながら幾度も浮かんできたのは、「まちの小さな薬局から、新しい風が吹いている」という印象であった。地域医療に携わる薬局は、社会インフラの一環を担っているという強い自覚。薬局の職域として、日本の社会保障制度を守る責務があるという深い認識。

外に向かって挑戦を続ける薬樹は、新しい薬局のかたちを見せると同時に、新しい社会に向けた啓発と連帯の種を振りまいていることを実感する。

本書は、薬樹株式会社の事業活動を紹介すると同時に、小森氏の理念、足跡に関しても詳しく語っている。親子二代にわたる型破りな人間ドラマを存分に味わってもらいたい。

同時に、医薬品関連の事業に携わっている人のみならず、過渡期を迎える医薬分業を窓口にして超高齢社会のあり方を考えていく、貴重な指南の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

  平成二十七年五月  鶴蒔 靖夫


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はじめに


第1章 超高齢社会に求められる薬局・薬剤師の役割

社会保障にとって最大のヤマ場「二〇二五年問題」
地域かかりつけ推進改定と受けとめる 
医薬分業、日本の歴史はまだ四〇年 
薬局の店舗数はコンビニエンスストアよりも多い 
医療提供施設のひとつとして位置づけられる 
調剤医療費の増加と批判 
医薬分業のそもそもの目的とは 
門前薬局型ビジネスモデルの終焉 
六年制の薬剤師の時代に 
地域包括ケアシステムにおける薬剤師の役割 
薬局にしかできないことを追究 


第2章 地域のかかりつけ薬局に ~次世代型薬局・健康ナビゲーター

まちの健康ナビゲーター、健ナビ薬樹薬局 
管理栄養士常駐の画期的スタイル 
「クスリ屋」から「健康支援」へ 
産みの苦しみを経て誕生した「健康ナビゲーター」 
五年間は学びの時期、毎年二割の成長
手本も何もないところから始まって 
『健康ごはん』出版、管理栄養士の奮闘は続く 
地域の健康をサポート、薬不要になるのを喜ぶ薬局 
調剤業務に特化した薬樹薬局、健ナビ薬局との連携 
在宅医療に薬剤師が加わりはじめた 
最も困難なターミナルケアから始めよう 
二四時間、三六五日態勢の在宅医療 
チーム医療に携わる一員として、命と向き合う薬剤師 
その人らしい逝き方を支える使命 ― 訪問薬剤師第一号・永瀬航の話 
訪問栄養士の役割とユニークな見守り 
東日本大震災の試練を通して薬剤師と管理栄養士が認め合う 
原点回帰 ― 地域のかかりつけ薬局として 


第3章 薬樹の理念 ~さんじゅうまる・エコ活動・オハナ

全一四七店舗のリニューアル、新生薬樹に込められたもの 
「健康さんじゅうまる」とは 
「健康さんじゅうまる」のもとで取り組むさまざまな事業 
すべての人と家族であり仲間である「オハナ」 
「クレド」に掲げられていること 


第4章 革新的システム実現による次世代型薬局の姿

国民を驚かせた「くすりの福太郎」事件 
オペレーションシステム「PRESUS」の効果と特徴 
在庫確認と発注作業は職人技の世界だった 
早い時期から取り組んできた業務効率化、PRESUSに変えることに全員が反対 
混乱を乗り越え、もう元には戻れない 
PRESUS導入後のメリット 
PRESUSを広めるのは私企業の利益を超えた社会正義ゆえ 


第5章 小森父子、二つの異なる個性が飛翔の力を生んだ

薬剤師のいない薬局、誕生 
ドクターと連携、新しい調剤薬局スタート 
社名は「薬樹」に決定、命名者へのお礼はクロスの万年筆 
「八・九・一〇」の符号 
ケンカあり家出あり、自立心が生んだ反抗の少年時代 
推薦で日大薬学科へ 
大学院では死に直面し、MR時代は人間の普遍的欲望を知る 
三〇歳を機に武田薬品を退職し薬樹へ 
異様で不思議な会社だった薬樹 
貸し剥がしにあい、綱渡りの日々 
「やらない」と決めたこと 
放浪の日々、今日はどこへ行こうかと 
二度目の「八・九・一〇」 
広さと深さ 


最終章 人を育て地域を守り健やかな社会をつくる薬樹

日本の医療問題を解決するキーパーソンとして 
未病・予防への働きかけ 
異業種との連携 
変えるべきことと守るべきこと 
障がい者も地域を構成する一員として迎えて 
志を同じくする人財にきてほしい。チームづくりの第一歩は「共感」 
近未来の薬局はドラスチックに変化する 
まるごと一生お世話をするのが地域の薬局の責務 


◦コラム◦
《顧客の懐深くまでかかわっていく》 神奈川事業部 事業部長 吉田圭吾  
《一人前になるためのお膳立てをするのが自分の役割》 東京事業部 事業部長 町田剛  
《自らのキャリアをデザインし実行できるスペシャリストの育成を》 常務取締役 吉澤靖博  
《元祖・健ナビ、健康さんじゅうまる》 NPO法人Liko‐net理事長 照井敬子  
《PRESUS導入奮闘物語》 情報本部 本部長 兼 営業推進本部 本部長 金指伴哉  


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2017/06/21

『不運は神様からのおくりもの』 前書きと目次

Takanoweb


不運は神様からのおくりもの
 ~美の伝道者「たかの友梨」ができるまで~


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著者:たかの友梨
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-413-6
初版発行:2015年10月6日
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はじめに―「たかの友梨」37年の歩みの集大成として、夢と共に生きて

東京・新大久保のビルの一室に「たかの友梨ビューティクリニック」がオープンしたのは、昭和53(1978)年のことでした。

当時は「エステティックってなに?」と、会う人ごとに聞かれた時代です。

それからの37年間は、「エステ」という未墾の地を肥沃な大地に変えるための、試練の日々でした。

前を歩いて手本を示してくれる人が誰もいないなかで、わたしを支え、勇気を与えてくれたのは、「夢をかなえる」という思いだけでした。

わたしはいつも、視界の先に夢を描き、それに向かって一途に歩みつづけてきました。美容の中心地・青山に店を開く夢、高層ビルに入居する夢、世界中のエステを自分のものにする夢……。

自分を信じ、あきらめず、精魂込めて〝いま〟をクリアすることで、それらの夢は、一つひとつ実現していきました。

人生のいちばん最初の夢は、〝養母〟のようにきれいになること。

養母は男運が悪く、わたしは少女時代、親戚の家を転々とする日々を送りました。そして中学を出ると、養母の勧めで、理容師という、思ってもみない職に就くことになったのです。

働き詰めの日々のなかで、孤独なわたしを支えてくれたのは、「日本一の理容師になる」「いつかきっと成功する」という夢でした。

さまざまな試練は、わたし自身の内に隠れていた可能性を引き出し、わたしはパワーと情熱をもった女性になりました。

もし、わたしに、ほかの人にはない力が備わっているとしたら、それは「夢を見る力」ではないかと思います。

もうひとつ、わたしは厚くて大きい手を、生まれつき授けられました。

わたしのマッサージを受けた人は、手のひらが肌にすいつくような極上の気持ちよさを味わうといいます。「まるでエステティックをするために生まれてきた手」と、いわれたこともあります。

現在、エステティックは、女性にとってたいへん身近なものになりました。「たかの友梨ビューティクリニック」は全国に100店舗以上に広がり、そこで働くエステティシャンは、たくさんの女性に美しさと幸せを与えつづけています。

平成25年には、長年の夢であった美容の総合学校「学校法人たかの友梨美容専門学校」を開設するにいたりました。エステ界でも画期的な出来事と注目を集めたこの学校の設立は、まるで夢のほうからわたしに近づいてきてくれたような、不思議な出会いの賜物でした。

これから、この学校から巣立っていく優秀な美の職人たちが、日本の内外で力強く羽ばたいてくれることを期待しています。

60代半ばを超えたいま、わたしには、まだ大きな夢が残っています。それは「たかの友梨」のブランドを、100年先、200年先も輝く存在にさせることです。

「たかの友梨」という名前が、時代を超えて多くの人に元気と勇気を与えることができたなら、こんなうれしいことはありません。そのために、美容総合学校の開設とともに、「たかの友梨」独自のコスメの開発にも力を入れ、ヒトとモノの両面から、夢の実現に向けて歩を進めていくつもりです。

わたしは、夢と共に生きてきました。

あなたも、どうぞ夢をかなえるために、もてる力を尽くしてください。

あなたの夢をかなえることは、あなたを取り巻く周囲を変え、未来を変えることにつながります。

この本は、60年余の人生を歩んだわたしの集大成として編んだものです。エステのパイオニアとして、女性起業家として、そして出自の不運にめげずに成功を果たしたひとりの女性のライフヒストリーとして、わたしのすべてを投入しました。

エステに関心のある方はもちろん、人生はこれからという若い方、成功を夢見る方、美しさの神髄を探ろうという方……、どんな関心からお読みになってもかまいません。この本のなかから、前向きで自分らしい人生を切り拓くためのヒントが見つかったなら、とてもうれしく思います。

人生もまた起承転結と申します。起こして認められ、転じて結ぶ。わたしはちょうど「転」の時期にあると思っています。いままで育ててきたブランドを基盤に、新しい分野に転じ、輝く結びに向かうとき―。人生は、これからなのですから。

 平成27年8月  たかの友梨


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はじめに―「たかの友梨」37年の歩みの集大成として、夢と共に生きて 


序 章 たかの友梨美容専門学校

トータルビューティを実現できる人材を育てる新時代の学校 
美と癒しの永遠のテーマに取り組む学舎 


第1章 出生のハンディキャップを努力のバネにして

不運だったけれど、不幸とは思わない 
自分ではどうすることもできない定め 
美しい養母はあこがれの人、だが不幸な結婚が運命を狂わせる 
義父の虐待、借金で一家離散に 
踏切をくぐりかけた八千代、弟の死に冷たい言葉をかける実母 
実母から教えてもらった、女神の前髪をつかむコツ 
炊事、洗濯、薪集め、イモ掘り……、祖母の家ではすべての仕事をまかされた 
「働かざる者食うべからず」祖母の金銭哲学には真理があった 
結婚式の花嫁姿にうっとりと 
家ではひとりぼっちの孤独な日々 
衝撃の事実、母だと思っていた女性は養母だった 
進学は許さない、理容師になりなさい 
下働きの日々 
努力は決して自分を裏切らない、日本一になるため東京へ 


第2章 美しさに目覚め、「たかの友梨」誕生へ

人生二毛作、昼は理容店、夜は居酒屋 
ニキビに悩まされた暗い日々 
ビューティアドバイザーになり美に目覚める 
新しい世界の新しい価値観 
すべてのお金をなげうち、パリへ! 
パリで出合った「引き算の美学」 
美しくなることは病んだ心も癒すこと 
自ら開発した美顔器「ヴィッキー」が大ヒット、「たかの友梨」の誕生 
悶々とした気持ちを超えた先に見つけた自分らしさ 
「たかの友梨ビューティクリニック」1号店オープン 
どん底から大繁盛へ 


第3章 新時代のエステティックのための歩み

日本のシャンゼリゼ通り、青山に新店舗オープン 
あなたのやることならお金を出しましょう 
多店舗展開の明と暗 
教育へのこだわり 
成功の証、新宿センタービルに入る 
家庭も完ぺきをめざしたが 
地獄の特訓で自分を知る 
業界に一大インパクトを与えた松田聖子のCM 
エステ・デ・ミロード事件 


第4章 美とエステティックの神髄を求めて

「エステとはなにか」を追究する旅 
厳選された世界のエステを体験できるサロンに 
心と体はつながっていて、小宇宙であることを教えてくれたアーユルヴェーダ 
門外不出、幻のトリートメント「ロミロミ」の感動 
美=健康とリラクゼーション、エステティシャンはカウンセラー 
脱毛からの撤退、心と体を癒すセラピストとして 
代替医療としてのエステティックの可能性 
「たかの友梨ビューティクリニック」から変わるエステの概念 


最終章 永遠の「たかの友梨」ブランド

ISO9001取得、スーパーブランド認定も 
「たかの友梨エステファクト」満を持してのコスメ登場 
美と健康のリゾートホテル「桜庵河口湖ホテル」 
女性にとっていちばん大事なことは「自立」 
自立する女性に必須の技術と経済を提供 
「たかの友梨」のもとに集まる人々とよい関係を 
お金は人のために使うもの、成功した意味を教えてくれる貢献活動 
東日本大震災で実感した女たちの生きる力
他人と過去は変えられない、でも自分と未来は変えられる 
結婚はおまけと考えて 
美しくなりポジティブな人生に向かう「シンデレラコンテスト」 
37年を経て、長年のお客さまと共に 
未来に輝く「たかの友梨」をめざして 
人々に夢を与えつづける「たかの友梨」として 

追記 


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2017/06/20

『いま、ふたたび維新に挑む』 前書きと目次

Ishinweb


いま、ふたたび維新に挑む
 ~日本の心と文化を世界へ~


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著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-423-5
初版発行:2016年8月31日
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 はじめに

日本全国、観光名所に限らず、街中どこでも外国人の姿を数多く目にするようになった。それもそのはず、日本を訪れる外国人観光客の数は年々増加し、2010年には約861万人だったのが、2015年には約1974万人と、わずか5年で2倍以上にふくれあがっているのだ。

政府は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに訪日外国人観光客数を年間2000万人にすることを目標としていたが、前倒しでの目標達成が確実な情勢となったことで、2020年の目標値を4000万人にまで引き上げ、さらに2030年には6000万人を目標にして、観光立国をめざそうとしている。

テレビでも、外国人が「日本大好き」「日本はすばらしい」などと日本を絶賛する類の番組が頻繁に放映されているが、外国人が日本に関心を寄せる背景には、若者に人気のアニメやゲーム、音楽などのポップカルチャーだけでなく、長い歴史のなかで育まれてきた日本の伝統文化に対する憧れもあるようだ。神社仏閣などの建造物、日本画や浮世絵、仏教彫刻などの美術品、熟練の職人技が光る伝統工芸品、歌舞伎や能、狂言などの伝統芸能、和食や和服(着物)など日本古来の生活文化、さらには桜や紅葉をはじめとする四季折々の自然を愛でる精神風土などが、彼らを魅了している。

インターネットの普及により、いまでは日本人より日本文化に詳しい外国人も珍しくない。むしろ日本人のほうが、自国の伝統文化に無関心な人が多いようにも見受けられる。

日本文化の象徴的な存在とも言える「着物」についても例外ではない。ライフスタイルの変化などにより、日本人のあいだで着物離れが叫ばれるようになってひさしいが、そうしたなかでいつのまにか、着物は成人式や卒業式、結婚式といった「ハレの日」の特別な装いとして位置づけられるようになってしまった。

2000年代以降、若い女性を中心に浴衣ブームが起こり、花火大会や夏祭りでの浴衣姿は、すっかり定着した感がある。しかし、日常生活で着物を着る人は、ひとむかし前に比べて少なくなっている。着物の小売市場は、1980年代初頭のピーク時には1兆8000億円に達していたのが、いまでは6分の1にまで規模が縮小し、近年は2900億円前後で推移している。

その着物が、近年、日本文化への関心の高まりとともに、「KIMONO」として、海外で注目を浴びているという。

もっとも、着物の美しさが世界の人々を魅了するのは、いまに始まったことではない。これまでも「女性のエレガントな装い」として、多くの外国人の関心をひきつけてきた。オランダの19世紀後期印象派の画家・ゴッホは、浮世絵の影響を受けて着物姿の花魁を描いているし、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランス印象派の画家・モネも、着物をまとって踊る金髪女性の姿を描いている。

外国人にとって「KIMONO」は、むかしもいまも非常にエキゾチックで魅力的に映るらしく、京都や金沢などでは、古都の風情漂う街並みを着物姿で散策したりするための旅行者向けのレンタル着物が、外国人観光客にも大人気のようだ。真に美しいものは時代や地域を超えて多くの人に支持される、ということではないだろうか。

日本に向けられる、世界からのそうした憧憬の眼差しを、経済、とりわけ内需拡大へつなげようという動きが活発になっている。その代表が、経済産業省が推進する「クールジャパン政策」である。

日本の魅力を付加価値に変えようという、さまざまな取り組みのなかで注目されるのが、「きもので日本の魅力を向上する」をテーマに経済産業省繊維課が設置した「和装振興研究会」の活動だ。有識者、若手経営者、ユーザーから構成されるこの研究会には、芥川賞作家でお笑いタレント、そして着物好きでも知られる又吉直樹氏なども委員に名を連ねていた。

和装振興研究会では、着物市場が衰退するなか、着物産業のビジネスのあり方や、着物を有効に活用して日本や地域の魅力向上につなげていくための方策について、2015年1月より5回にわたって議論・検討を重ね、同年6月にその報告書を発表している。詳しくは本編でふれるが、同報告書では近年、国内において「和モノ」に興味を持つ「和女子」と呼ばれる若い女性が増えつつあリ、着物は日本や地域の魅力を最大限に向上させる可能性を秘めているのではないかと指摘している。そうであれば、着物市場は今後、ふたたび勢いを取り戻し、拡大していくことも期待される。

このように国内外で着物への注目度が高まるなかで、着物の流通改革を旗印に市場の拡大に尽力し、着物の小売市場が衰退するなかで右肩上がりに業績を伸ばしているのが、本書で紹介する株式会社一蔵(埼玉本社:埼玉県さいたま市、東京本社:東京都千代田区、代表取締役社長:河端義彦氏)である。

一蔵の創業は、1991年にさかのぼる。当時の着物業界では「委託取引」が一般的で、小売店は、製造元から複数の問屋を介して商品を仕入れ、売れ残った商品は製造元に返す、という流通のしくみが常識としてまかり通っていた。つまり、在庫リスクと資金負担を製造元だけが負うしくみだ。

「これでは製造元を弱体化させ、商品の価格を不当に高騰させるだけではないだろうか」と危惧する河端氏を突き動かしたのは、「このままでは業界がだめになる、ひいては和文化が廃れてしまう。なんとかしなければ……」という熱い想いだった。そこで、当時、取締役を務めていた着物の大手製造・販売会社を辞め、4人の仲間と新会社を立ち上げたのである。

一蔵という社名は、明治維新の立役者、大久保利通公の青年時代の名前「大久保一蔵」にちなんで名づけられた。

「清廉潔白、私欲はなく、熱き志と類まれなる知性によって近代日本の礎となる改革を次々と行った大久保一蔵のような、『維新の人』であり続けたい。社名には、そんな想いが込められているのです」

と、河端氏は語る。

一蔵を設立した河端氏が真っ先に取り組んだのは、商品仕入れの方法を改革することだった。問屋から「委託」で仕入れるという業界の慣習を打ち破り、自らリスクを負って製造元から商品を「買う」という方法を導入したのだ。製造元との「直接取引」「現金買取・返品なし」という画期的なビジネスモデルを確立させることで、多くの製造元と信頼関係を構築し、リーズナブルな価格での仕入れと販売を実現して、顧客、製造元、一蔵の三者に利益をもたらす「三方よし」のしくみをつくりあげたのである。

現在、一蔵は全国のオフィスビルやショッピングセンターに計64店舗(2016年6月末現在)を展開し、着物の販売・レンタルや、着方教室などの開催をするほか、着物を着て楽しめる多彩なイベントの企画などを行っている。また、成人式用の振袖を購入した顧客には、利便性を追求して、成人式の前撮り写真撮影や、成人式当日の着付け・メイクなどを一括して行う、ワンストップサービスも提供している。

「日本文化をもっと身近にする」「私たちのおもてなしを世界に広げる」「世の中を楽しく変えていく」を企業理念に掲げ、「感動創造企業」を標榜する一蔵では、核となる和装事業に加え、2000年には人生の「ハレの日」を彩るウェディング事業を新たにスタートさせ、もうひとつの事業の柱に据えている。

ウェディング事業では、さいたま市と名古屋市で、ゲストハウスウェディングスタイルの3つの結婚式場を運営。「本物志向の施設(ハードウェア)」「専門的なサービス(ソフトウェア)の内製化」「徹底したおもてなしサービス」により、多様化する顧客のこだわりに応えることで高い評価を得ている。

創業から25年。こうした施策と全社一丸となっての経営が奏功して、事業は順調に拡大。2016年3月期の売上高は140億円、従業員1350名(契約社員等を含む)を擁する企業に成長した。とりわけ売上の約65%を占める和装事業においては、同社が誇る商品力・販売力・企画力を武器に、少子化により成人数が過去25年間で約4割も減少するなか、振袖を中心に売上高は約8倍に拡大し、快進撃を続けている。

2015年12月には念願だった東証2部への上場も果たし、低迷する着物業界にあって、その成長ぶりが際立つ。しかし、河端氏としては、今回の上場は通過点にすぎず、将来的には1部上場を視野に入れているという。そのためには、今後も新規出店、SPA化、ファッションレンタル事業の立ち上げ・強化を推し進めるなどして、振袖市場におけるシェア30%の獲得をめざしたいとしている。

2016年5月には、次なる維新に向けて、本社管理部門および事業本部管理部門の機能の一部を東京・丸の内に移転。2018年には沖縄県名護市に滞在型リゾートウェディング施設を開業し、ホテル事業にも参入する計画で、インバウンド需要の取りこみにもいっそう注力していく考えだ。そして、「和の文化」「和の心」を未来にしっかりとつなげるだけでなく、広く海外にも普及させていきたいとしている。

本書は、経済産業省が推進する「和装振興」の動きを先取りするかのように、和服の流通改革をはじめとする革新的な取り組みで着物業界に新風を巻き起こし、さらには本格的ゲストハウスウェディングのパイオニアとして新たなウェディングスタイルを追求する一蔵の事業活動を紹介するとともに、その企業理念、経営哲学に迫るものである。

本書が、着物業界やウェディング業界関係者、ならびに、新たにこれらの業界をめざそうとする方のみならず、ひとりでも多くの方にとって、日本ならではの文化の魅力にあらためて関心を寄せる一助となれば、これに勝る喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

  2016年7月  鶴蒔靖夫


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はじめに


第1章 海外からも注目される日本文化と着物市場の現状

日本文化の象徴「KIMONO」に海外から熱い視線
一幅の絵のような着物に日本人の美意識が凝縮
日本人の知恵が詰まった究極の衣装
美への飽くなき欲求が着物を進化させた
生活様式の欧米化で日常着としての着物需要が減少
1・8兆円をピークに減少に転じた着物市場
若い女性を中心に高まる着物への潜在需要
潜在市場を成長させる鍵はリーズナブルな価格にある
着物も「所有」から「使用」の時代へ
着物を楽しみたい層へのアプローチ
経済産業省が「きものの日」の導入を検討


第2章 日本文化を未来へつなぐ、感動創造企業「一蔵」

念願の東証2部への上場を果たす
着物業界の「維新」をめざして
「三方よし」の流通改革
創業時から育てた事業が「和装事業」に発展
「商品力」「販売力」「企画力」を武器に業績を伸ばす
本物志向にこだわるウェディング事業
ウェディング事業における専門的サービスの内製化
和装事業とウェディング事業のシナジーも
日本文化を、そして一蔵のおもてなしを未来へ


第3章 進化し続ける一蔵の和装事業

JTSとオンディーヌの2事業本部体制
「物売りではなく、よきアドバイザーたれ」
楽しいから続けられる着方教室
産直着物をリーズナブルな価格で提供する「銀座いち利」
O2O導入の通販サイト「いち利モール」
3つのブランドで展開する成人式用振袖
若年層向けサイト運営により認知度アップをはかる
オンディーヌの参加型商品開発プロジェクト


第4章 最高のおもてなしを追求するウェディング事業

本格的ゲストハウスウェディングの先駆け
18世紀イギリス・ウェールズの「マナーハウス」を再現
社員も惚れこむ本物感のあるハードウェア
名古屋に誕生した19世紀イギリススタイルの「グラストニア」
和魂洋才を極めた白壁の邸宅「百花籠」
ソフトの内製化により顧客のこだわりに迅速に対応
顧客の要望に「NO」と言うなかれ
顧客の感動、満足感が未来の顧客獲得につながる
平日と閑散月の稼働率を上げることが課題
女性が8割を占め、積極的に提案できる環境


第5章 創業社長・河端義彦の経営理念とビジネス哲学

着物の訪問販売で頭角を現す
仕事を通じて実感した着物流通の不合理
わずか4名の仲間で会社をスタート
熱意が通じて製造元との直接取引が実現
初年度に10億円を売り上げる
教育こそが不良在庫を出さない最良の方法
リピーターを増やすことに重点をおく
ヴァリューチェーンの構築で業績を伸ばす
業界の慣習に抗い、社員に課した厳しい掟
成人式用振袖のレンタル事業に進出
写真撮影やヘアメイクのワンストップサービスも
好調な写真撮影をきっかけにウェディング事業に参入
和装事業の店舗展開により女性の力を積極的に活用
望むのは、新しいものへの好奇心旺盛な人


第6章 次なる「維新」でさらなる高みをめざす

顧客ニーズをダイレクトに反映できるSPAモデルを強化
振袖の自社ブランド開発で差別化をはかる
ブランドイメージ構築に向けファッションレンタル事業開始
市場シェア拡大をめざし「京都きもの学院」をM&A
沖縄に滞在型リゾートウェディング施設を計画
日本のおもてなし文化を世界へ
本社機能の一部を東京・丸の内に移し、新たな幕開け


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『メモリードグループ 100年企業への挑戦』 前書きと目次

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メモリードグループ 100年企業への挑戦
 ~冠婚葬祭業からトータルライフサポート企業へ~


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著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-424-2
初版発行:2016年10月3日
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 はじめに

新しい世紀を迎えて以降、変化のスピードは、ますます激しくなっている。10年前には存在すらしていなかった会社が飛ぶ鳥を落とす勢いで人気企業の仲間入りを果たす一方で、強大なブランド力を誇った会社が見る影もなく凋落するというような、想像を超えた出来事が、国内外ともに立て続けに起きている。

多くのエコノミストは、時代の変化にすばやく対応していかなければ、グローバルな競争社会で生き残ることは難しいと、警鐘を打ち鳴らす。

たしかに、優れた経営者は例外なく、時代の変化に敏感であった。

石川島播磨重工業株式会社(現・株式会社IHI)の社長や株式会社東芝の社長を歴任した土光敏夫氏は、半世紀も前に「これから期待される社員像は『変化に挑戦しうる人』である」と断言している。

日本にコンビニエンスストアを根付かせた鈴木敏文氏の座右の銘は「変化対応」であり、「時代とともにあらゆるものが変わるという考え方を社是にすればいい」とまで言いきっている。

「もう変化対応では追いつかない。変化を先取りして創っていかないと間に合わない」と言いきるのは、株式会社ジャパネットたかたの創業者・髙田明氏である。

彼らはいずれも、既成のものを打ち崩し、未来を世の中に見せていくことで、企業を大きく成長させてきた。

あらゆる変化はイノベーションという挑戦によって生まれ、イノベーションを生み出せない企業は、どんなに強固なブランドがあったとしても「過去の会社」として扱われてしまう。そうした危機感を自らに課し、常に変化の先端に立とうという気概を持つことこそ、現代の経営者に求められる条件と言えるだろう。

こうした気概を強く持ち、常に業界に革新の波を起こしてきた人物のひとりが、日本有数の規模を誇る冠婚葬祭互助会を運営する株式会社メモリードの創業者であり、メモリードグループの代表を務めている本書の主人公・吉田茂視氏だ。

吉田氏は、47年前、まったくのゼロから会社を立ち上げると、長崎を本拠地に、瞬く間に九州および関東の1都6県に商圏エリアを開拓した。その「時代を先取りする目」により、これまでにない婚礼式場や葬祭ホールを登場させることになった。

冠婚葬祭という旧態依然とした業界にCS(顧客満足)の視点を取り入れて、「葬儀革命」という起爆剤を放ったのも吉田氏である。不透明さがまかり通っていた業界に、施設・料金・サービスの透明性を打ち出して、公平明快な「メモリード規準」なるものを打ち立てた。

その後も吉田氏の意欲は衰えることなく、経営の多角化に本腰を入れて取り組み、現在は「婚礼事業」「葬祭事業」「ホテル事業」「レストラン事業」「保険事業」の5つがメモリードグループの事業の柱となっている。

互助会運営を主体とする企業で、これほど積極的に多角化に取り組んでいるところは、ほとんど例を見ない。しかも、どの事業にも、次のような斬新な試みが組み込まれている。

《ホテル事業》
日本を代表する建築家・隈研吾氏とのコラボレーションを実現。なかでも「ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート」は、自然との融和に裏打ちされた、際立つ趣向の外観が建築界でも絶賛され、名誉ある「BCS賞」にも輝いた。高いデザイン性とホスピタリティに加え、婚礼、宴会、法要などのニーズに配慮した新しい地域密着型のホテルとして、多くの顧客を集めている。

《レストラン事業》
和食、洋食を問わず、いずれも個性とこだわりを持った店舗を各地でオープン。味、接客、インテリア、どれをとっても一級の品質をそろえ、多くが地元の有名店になっている。
また、長崎の繁華街にオープンしたチョコレート専門店には、多くの人に長崎の魅力を知らせるための仕掛けを組みこんでいる。

《保険事業》
死亡保障に特化した少額短期保険事業が、近年、著しい伸びを見せている。89歳まで加入でき、葬儀の際にすぐに使えるという、互助会業界初の「葬儀保険」は、販売が開始されると、たちまち共感を呼び、現在では4万5000口座を数えるほどに成長している。
今後の目標は、3年後に生命保険事業への移行を果たし、42番目の生命保険会社として全国に口座を広げていくことである。

こうした新事業の数々が、互助会事業本体を支え、グループ全体をさらに強靱にしている。その原動力は、リスクを取っても現状を変えるという、挑戦心の発露である。

「社会の変化、ニーズの変化に対応しなければ、いかに大企業といえど、生き残れません。そして、変わりきったところだけが生き残るのです。そのために経営者は、勇気を持って変えていかなくてはなりません。日々進化することが必要です」

婚姻数の減少と葬儀のコンパクト化という厳しい状況がこれからも続くなか、互助会そのものが危機にさらされるときがこないとはかぎらない。その最大の変化に対応するためにも、常に時代を先取りしていかなければならないのだ。

もうひとつ、現在の事業には、大胆な変革と同時に、守り続けなければならないものがある。

メモリードグループの母体である互助会は、もともとは営利目的ではなく、相互扶助の精神によって世の中に普及し、定着したものだ。互助会が掲げる3つの綱領である「助けあいの精神、日本の古来の慣習の継承、地域への貢献」は、どんなに時代が変わっても、変わらない本質である。

その精神を守り抜き、次世代につなげていくという使命を、メモリードグループは持っている。

時代への挑戦と、伝統の継承。相反するかに見える2つの要素を統合し、発展させるには、どうしたらよいかを、吉田氏は創業以来、考え続けてきた。

その吉田氏にとって、「改革と守り」という両輪を回し続ける要となるのが、「ありがとう」という言葉である。

ふだん何気なく使われている言葉であるが、吉田氏は、このひと言に自らの生き方と会社の理念のすべてを込めている。「ありがとう」の持つ偉大さと奥深さは、本書を支える柱のひとつになっている。

本書は、人口減少のなかで冠婚葬祭業が生き残る道を模索しつつ新規事業にも積極果敢に取り組むメモリードグループの事業活動を紹介するとともに、創業者でもあるグループ代表・吉田茂視氏の経営理念と人生哲学に迫るものである。

これは冠婚葬祭業者のみならず、ホテルや飲食などの事業者、および地域おこしに関わる人々にとっても、貴重な指針となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

  2016年8月  鶴蒔靖夫


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はじめに


第1章 日本人の美点、相互扶助の精神を受け継ぐ「互助会」

自分のことよりも先に、ほかの人のことを考えるのが日本人
欧米は「チャリティ」、日本は「おたがいさま」
労働と儀式を支えあう「結」の伝統
「講」が広げた金融ネットワーク
「結」と「講」を合わせたしくみを持つ「互助会」の誕生
数の減少、伸び率の低さ、取り巻く状況は厳しい
淘汰・再編により、生き残るのは100社に
解約手数料をめぐる裁判騒動
「預かり金」か、「予約金」か
互助会は地方創生の原動力
3・11と互助会
冠婚葬祭互助会のリーディングカンパニー「メモリード」


第2章 顧客本位の葬祭とは何か、末永く寄り添う新たなかたち

「もやい船」で多くの精霊を送るメモリード
数は増えるが規模は大きくならない葬祭業界
葬祭業界への怒りが生んだ「葬儀革命」
女性の力を業界に知らしめた「サービス革命」
ホテルに勝るとも劣らない葬祭ホールの出現「施設革命」
隈との出会いを生んだ「東京メモリードホール」
良質なコストダウンを実践した「料金革命」
料金をめぐる最新事情
増える「家族葬」「直葬」から見える、孤立する社会
葬儀は命のリレーの場
誰でも、どんな相談でも受け入れる「市民葬儀相談センター」
葬儀後のサービスに注力
遺族の心身負担を軽くする「遺品整理」
「祭」を活発にするには、日本の心を取り戻すことが必要

《部門別インタビュー 葬祭部門》
お客様の不安に応え、見えない仕事もこなす質の高い人材を育てる


第3章 保険事業への挑戦・少額短期保険

3つに分けられる葬儀費用のうち、互助会が関与するのは1つだけ
もう香典には頼れないところに登場した画期的な「葬儀保険」
葬儀保険の特徴と商品種類
保険金が大きな助けになった3つの実例
少額短期保険とは
手軽さとスピード感が人気の理由
25年前にオランダで知った葬儀保険
葬儀保険でダントツなのは、真剣に勉強したから
高齢入居者の安心をつくる「アンド・ユー」
日本少額短期保険協会発表の「孤独死の現状レポート」

《部門別インタビュー 保険部門》
保険の原点も助けあいの精神


第4章 慶びの日に最高の輝きを

地域をあげてのイベントだった、かつての婚礼
隈研吾設計の「森の光教会」「シェタカ高崎」は若い男女の憧れの場所に
「ガーデンテラス」シリーズが打ち出す特別な時間と空間
魂に響くセレモニーが行われる建物
婚姻数は減少したが業界の売り上げは伸びている
魅力的な式場が街に輝きを与える
挙式は戦後が生んだ最大の儀式
結婚式の変遷と、メモリードの式場の斬新さ
他の追随を許さぬ衣裳の質と量
地域を元気にする新しい結婚のかたちを試みながら

《部門別インタビュー 婚礼部門》
ここでアルバイトをした学生が、ここを結婚式の式場に選びます


第5章 吉田茂視、「ありがとう」の理念と躍進の軌跡

「ありがとう」の精神が成長の原動力
商売人の祖父と組合委員長の父から受けた深い影響
互助会の重鎮の薫陶を受け、長崎で一から出直す
女性の偉大さを教えてくれた「営業の母」
一世一代の挑戦を受けとめた巨人
草創期を乗り越え、第二ステージに登壇
隈とのマッチングによる唯一無二の建物
「『わたしからあなたへ』一言」が伝える、心を磨く大切さ
「ありがとう」の企業理念に込めたもの


第6章 メモリードグループ、100年企業への道

「冠婚葬祭業」から「トータルライフサポート企業」へ
チョコレート専門店に込められた壮大な夢作戦
長崎を京都や金沢に匹敵する街に
30年間人々を楽しませる「五島コンカナ王国」
「五島ワイナリー」の誕生
拡大するホテル事業
レストラン事業が社内の人材育成と町おこしをうながす
留学生のためのたこ焼き屋
メモリードグループの幅広い事業
おもしろい存在になるのは入社3年後から
小さな店は若手のチャレンジの場
5つの柱を持つ意味は、1つだけの経営では危ないから
42番目の生命保険会社をめざして
感謝とリスペクトの念で地域に寄り添い、100年企業をめざす


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