“真の医薬分業”へのあくなき挑戦

2017/12/12

『“真の医薬分業”へのあくなき挑戦』 前書きと目次

Iyakubungyouweb


“真の医薬分業”へのあくなき挑戦
~ジェネリック医薬品が日本の医療を変える~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-398-6
初版発行:2014年9月9日




 はじめに


いま、世界の熱く、鋭い視線が日本に向けられている。

人類が初めて迎える超高齢時代。その最先端を走る日本では、国民は原則的に、高い生活水準を保ち、手厚い社会保障制度、医療保険制度によって、高度な医療を等しく受けられる制度も整備されている。

国民の健康を支える国民皆保険制度は、世界の国々の“目標”となっているほどだ。

その日本の医療体制をこの先も持続していくことができるかどうか。現在、険峻な分岐点に立っている。いや、危機に瀕ひんしているといったほうが正しいだろう。

果たして日本はここの危機をどう乗り切っていくのだろうか。それとも、世界の“目標”はあえなく崩壊してしまうのだろうか。

世界が日本の行方を固かた唾ずを?んで見守っている理由はほかでもない、先進国はいずれも同じ問題を抱えているからだ。「明日はわが身」というわけだ。

日本の医療保険制度に赤信号が灯った最大の要因は、人口構成の急激な変化である。平成十七(二〇〇五)年、日本の人口は減少に転じた。日本はすでに人口減少時代に突入し、おそらく、今後も増加することはないだろう。

さらに深刻度を深めているのはその人口構成だ。健康意識の高まりや医療の進歩によって平均寿命はどんどん延び、高齢者が増えつづけている。現在、国民の四人に一人は六十五歳以上の高齢者で、三十年後には三人に一人になるという。

高齢になれば、当然、あちこちに不具合が出てきて医療を受けることが増え、医療費はふくれ上がっていく。平成二十四年度の国民医療費は三八兆四〇〇〇億円。この金額は同じ年の税収の九〇%に相当するというから、絶句するほかはない。

実際、すでに多くの自治体が、このままでは、教育や子育て支援などほかのサービスにお金が回らないと、悲鳴にも近い声を上げている。各種行政サービスも劣化させることはできないし、道路や橋などのインフラ整備もある。それらをなんとかカバーしようとしてきた結果、積もり積もってしまったのが国債発行残高などの、いわゆる国の借金だ。平成二十五年度末時点で、国の借金は過去最大の一〇二四兆九五六八億円、国民一人あたり八〇六万円に達している。

なんとしてでもこの状況をどうにかしなければならないが、その最大の眼目とされているのが医療費の削減なのである。

「増えつづける医療費によって日本の社会保障制度が崩壊しかけている。医療費を抑制するためには医療関係者、国民の意識向上を強力に推し進めなければいけない」

こうした思いを強く抱き、特に医療・医薬の面からさまざまな医療改革に率先して取り組んでいるのが日本調剤株式会社(本社:東京都千代田区)である。

同社の創業社長である三津原博氏は三十五年ほど前、医薬品メーカーのMR(医療情報担当者)として医療現場に身を置いていた。そのとき、薬害に悩む患者に接して大きなショックを受けたという。

薬害訴訟に踏みきっても、患者側が勝訴することはほとんどない。専門知識にすぐれた医師のガードを打ち崩すのは困難で、医薬品メーカーも医師サイドに立つか、あるいは沈黙を守る。疑義を唱えたい薬剤師がいたとしても、発言の場が与えられることはほとんどなかった。

これでは、日本の医療は信頼性を失い、患者は行き場を失ってしまう。義憤にかられた三津原氏は、医師と薬剤師がそれぞれの専門領域から患者を支える医薬分業を確立しなければならないと決意する。そして「医薬分業」を旗印に、昭和五十五年、調剤薬局を展開する日本調剤株式会社を立ち上げたのである。

現在でこそ、院外で薬を受け取る調剤薬局の存在は広く浸透しているが、当時は「薬は医者から受け取る」のがあたり前だった。また、薬価差益は病院の収入源でもある。当然、医薬分業を推進するうえで、さまざまな抵抗があった。

三津原氏はそれらの困難を一つずつクリアしていき、日本調剤を店舗数五〇〇(平成二十六年八月一日現在)を誇る日本最大級の調剤薬局チェーンに成長させてきた。そのネットワークは北海道から沖縄まで、全国をくまなく網羅している。

とはいえ、日本の医薬分業率は処方箋ベースで六七%(平成二十五年度)。完全な医薬分業の達成にはまだ距離があるが、ここまで分業率を高めてきた陰に、抵抗勢力からの有形無形の圧力と闘いながら、信念を貫いてきた三津原氏が果たした貢献は極めて大きいものがある。

次に三津原氏は、医療費の削減という国家的な課題に向かっていく。十数年前から医療費問題の将来に赤信号が点滅しはじめ、その解決策の一つとして、ジェネリック医薬品の積極的な採用が叫ばれるようになった。

ジェネリック医薬品の価格は新薬のおよそ二分の一以下。つまり、ジェネリック医薬品の使用が進めば、医薬品の使用量を減らさずに、医療費を縮小できる。

三津原氏は早くから、ジェネリック医薬品の大きなメリットに着目し、ジェネリック医薬品の普及・浸透に全力で挑んできた。いまでこそ、ジェネリック医薬品に対する国民の認知度は九〇%以上に高まっているが、当初はジェネリック医薬品という言葉も知られていなければ、知っているとしても、誤ったイメージを持っている人が大半で、普及を進めるにはいくつもの障壁があった。

ここ数年、ようやく国も、医療改革において大きな役割を果たすジェネリック医薬品の普及を進めるために、積極的な施策を打つようになってきた。

さらに、国はジェネリック医薬品の使用率を「平成三十年までに六〇%まで引き上げる」と目標を掲げた。だが、日本調剤では、ジェネリック医薬品使用率はすでに七〇・〇%(数量ベース、平成二十六年七月末現在)にまで高めている。国の目標を四年も前倒しして実現してしまっており、まさに快挙というにふさわしい実績だ。

三津原氏は、国全体、社会全体の先行きを見通して、これは絶対に成し遂げなければならないと思うことは、国に先がけて、果敢に実行してしまうのだ。

本文で詳述するが、ジェネリック医薬品の使用率引き上げに果たした調剤薬局、ことに三津原氏が率いる日本調剤の功績は大きいものがある。真の医薬分業の確立、そしてジェネリック医薬品の普及は、日本の医療改革を実現するうえで、表裏一体の課題といえるものなのだ。

医薬分業の進展にともなって調剤薬局の医療における存在感が大きくなり、それにつれて、薬剤師に求められる役割も変化してきている。

薬剤師は本来、医師とともに医療を支える薬の専門職であるべきだが、かつては医師の指示のもとで働くというケースがほとんどだった。

それでは健全な医療は実現できないと、三津原氏は、薬剤師を真の医療人、薬のプロフェッショナルとして活動できるポジションに押し上げるべく取り組んできた。それにはもちろん、薬剤師の意識向上も求められる。

少子高齢化の進展にともない、国の高齢者施策の方向は、施設ケアから在宅ケアへと舵かじを切っている。医療費削減という目的もあるが、それ以上に、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)、さらにはQOD(クオリティ・オブ・デス=死の質)を高めていこうとする施策でもある。そうしたなかでの在宅医療、終末期医療ではチーム医療体制の整備が急がれるが、ここでも薬剤師が果たす機能は大きく、薬剤師に対する期待は高まる一方だ。日本調剤ではいち早くこうした役割を担うことができるスキルと意識の高い、プロフェッショナルな薬剤師の育成を進めてきた。こうした取り組みは現在も変わることなく続けられている。

このように、常に日本の医療の健全化、クオリティアップを目標に活動を続けてきた三津原氏だが、日本調剤における調剤薬局の展開に加え、高品質のジェネリック医薬品を提供すべく日本ジェネリック株式会社を設立し、ジェネリック医薬品の製造・販売に進出。ほかにも、医療職に特化した人材サービスを行う株式会社メディカルリソース、日本調剤の薬局に集まる膨大な処方箋データを生かして医療関係企業などに情報提供やコンサルティングを行う株式会社日本医薬総合研究所を設立するなど、いまや日本調剤は調剤薬局企業から脱し、医療に関する豊富な経営資源を共有した独自の企業集団へと進化を遂げている。

グループ全体の連結売上も一六五三億円(平成二十六年三月期実績)という堂々たるものである。

この企業集団の活動を貫くキーワードは「Low Cost High Quality」。質の高い医療を高いコストをかけずに提供することだ。

医薬分業、ジェネリック医薬品の普及、さらには薬剤師を含めて各分野の医療人がそれぞれの専門性をいかんなく発揮することができる医療体制の確立をめざして進む三津原氏の視線の先には、超高齢社会が抱える諸問題の答えが見えているようだ。その答えこそ、日本はもちろん、先進諸国が求めてやまないものといっても過言ではないだろう。

創業から三十余年、三津原氏の行動の底には、常に国のため、社会のため、患者のため、人のため……という強い正義感、使命感があふれている。三津原氏と接していると、そうした使命感にかける熱い思いがひしひしと伝わってくる。

本書では、日本調剤が切り開いてきた医薬分業確立への道、ジェネリック医薬品の普及・浸透にかける情熱、薬剤師の専門性向上に向けた活動などを一つひとつ紹介していきたいと思っている。

医療を切り口とした、危機感あふれる日本の起死回生の書と読んでいただいてもよし、企業経営のサクセス書と読んでいただくこともできると思う。さらには、常に、「世の中をよくするためには、こうあらねばならない」と信じたことを断固実行していく、三津原氏の理念と行動哲学も読み取っていただきたい。そして、自分はいま、社会のために何ができるか、何をすべきか、深く考える時間を持っていただければ、と願うばかりだ。

一人ひとりが社会的な視座に立って行動するようになっていけば、医療のみならず、日本が抱える多くの問題は必ず解決に向かって動き出すはずだ。そのために、本書がいささかなりとも役立つことができれば、これ以上の喜びはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十六年八月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 日本の医療健全化のカギ・ジェネリック医薬品

風前の灯、医療保険制度
薬好きな日本人
切り札はジェネリック医薬品
ジェネリック医薬品は人類の共通財産だ
こんなにある、ジェネリック医薬品のメリット
どのくらい「安く」なるか
日本のジェネリック医薬品使用率はアメリカの半分以下
すでに使用率七〇%を達成した日本調剤
ジェネリック医薬品使用率を引き上げるためには
医師の六〇%がジェネリック医薬品に不安を感じている
日本のジェネリック医薬品は世界有数の高品質
インフォームド・チョイスの時代に求められる「相談できる薬局・薬剤師」
コミュニケーションしだいで高められる使用率
薬のことは薬のプロ・薬剤師が主役になる
「薬価差益」を手放そうとしない医療機関
ジェネリック医薬品の在庫を増やす


第2章 医療のあるべき姿・医薬分業を推進する

アメリカの病院では薬をもらえない
医薬分業のメリット
薬屋のいろいろ
医薬分業の起源は「毒殺防止」
大きく遅れた日本の医薬分業
医薬分業が本格的にスタートしたのは昭和四十九年
薬づけ医療が社会的問題に
相次いだ薬害事件
医療弱者の患者を救う決め手は医薬分業
日本調剤の創業
苦汁をなめた創業時代
マン・ツー・マン出店方式での船出
日本初のメディカルセンターを企画
他社に先駆けて多様な医療モールを展開
大型病院前の門前薬局戦略にシフト
点分業と面分業
全国出店を達成。目標は一〇〇〇店舗
医療分業率はやっと六〇%レベルに
真の医薬分業の実現に向けて
調剤ミスゼロに挑戦する「JP調剤システム」
独自のネット通販「アポセレクト」
保険相談ができる店舗


第3章 薬剤師を真の医療人へ

子どもになってほしい職業は薬剤師
変わる薬剤師の仕事
薬剤師が「医療の担い手」になったのはわずか二十二年前
薬学系大学が六年制に
ファーマシューティカル・ケアを先取りして実践
医療人としての薬剤師を育成する、日本調剤の教育制度
完成度の高い日本調剤の教育制度
患者に寄り添う薬剤師になるためのコミュニケーションスキルを磨く
疑義照会は薬剤師の義務
医師と積極的にコミュニケーションをとる薬剤師に
服薬アドヒアランスと調剤薬局の薬剤師の役割
電子版お薬手帳の導入
ヒモがついていない薬局


第4章 在宅医療時代を迎え、大きく変わる薬剤師のあり方

高齢者の医療は「病院から在宅へ」
変わる薬局薬剤師の仕事
訪問薬剤師としての活動
日本調剤の在宅医療の取り組み
介護施設医療との取り組み
薬剤師の在宅医療への期待と問題点
薬剤師とフィジカルアセスメント
世界的に見てあまりに低い日本のQOD
「自宅で最期を迎えたい」という声に応えられる体制づくりを
看取りにおいて薬剤師に求められる役割


第5章 調剤薬局企業から総合医療グループへ

日本の医療サービスのリーディングカンパニーに
東京証券取引所第一部に上場
IT専門企業に遜色ない日本調剤のIT力
グループ化の推進による巨大医療グループの実現へ
薬局から生まれた医薬品メーカー・日本ジェネリック株式会社
薬剤師人材サービスを提供するメディカルリソース
医薬コンサルティング事業を展開する日本医薬総合研究所
日本の医療の未来像・待ったなしではじまる大淘汰時代
生き残れる薬局は現在の半分以下
街の健康ステーションとしての薬局
一〇社程度に絞り込まれるジェネリック医薬品メーカー
日本の医療制度再生の日

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