自分らしい人生の卒業を望むあなたへ

2017/12/12

『自分らしい人生の卒業を望むあなたへ』 前書きと目次

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自分らしい人生の卒業を望むあなたへ
~明るく笑顔でいま準備を~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-384-9
初版発行:2013年7月13日




 はじめに


平成二十三(二〇一一)年に発表された日本人の平均寿命は、女性八十五・九〇歳、男性七十九・四四歳であった。

女性は香港に次いで世界第二位、男性は前年の世界第四位を下回って第八位である。女性は平成二十二年まで二十六年間連続世界一の長寿だったため、第二位に転落したときは、少々物議をかもしたが、日本が長寿を誇る国であることは間違いない。
男性陣も、精いっぱい、がんばっていると思う。

かくいう私は、現在七十五歳となり、少しずつ平均寿命に近づいていることを実感している。七十四歳から七十五歳になったとき、自分の“来るべきとき”の足音が聞こえたように感じたが、それは生きものとしての予兆というべきものだったかもしれない。

この世に生を受けたからには、生きとし生けるものは必ず死を迎えなければならない。それは確率一〇〇%の真理で、ホスピス病棟で多くの患者を看取った看護師が、「死は生まれた瞬間からその人にぴったり張りついているもの」と語ったのを聞いたことがある。あまりに端的な表現だけに、私が抱いていた邪念は消え去り、逆に奮起を覚えるほどだった。

死も大きな目で見れば人生の一部であり、日常の出来事の一つである。国の統計によれば、平成二十四年の死亡者数の推計は一二四万五〇〇〇人(平成二十三年は一二五万三〇六六人と確定)。これで推計すると、一時間に一四二人以上の人が亡くなっている。いまこの瞬間にも、どこかで息を引き取っている人がいるはずだ。にもかかわらず、自分のこととなると、たちまち遠い世界のことのように感じてしまうのが、死を巡る特有の抽象性のせいであろう。

「自分だけは死なないかも」という根拠なき自信で前半生を突っ走ってきた人も、さすがに還暦をすぎてからは、そうはいかないことを自覚するようになってくる。そして、そのころから最期の様子というのは、一人ひとりが違うものであることを思い知らされる。

人生に一つとして同じものがないように、最期のあり方も同じものは二つと存在しない。身近な人の死、思いがけない死などをいくつも経験するうち、「ああ、死ぬこととは生きることと同じ豊かさと教訓を持った、まさにオンリーワンのものなのだ」と腹の底から理解するに至る。それは、多くの故人が教えてくれる貴重な真実なのである。

「死は突然くるものではなく、徐々に背後から忍び寄ってくるもの」

と語ったのは、上智大学名誉教授で死生学の大家でもあるアルフォンス・デーケン神父である。デーケン氏は一九七〇年代から日本での「死への準備教育」に先駆的に取り組んだ人物で、死に向けた心の準備の大事さを発信しつづけている。

「死は誰にでも訪れます。しかし、死をタブー視し遠ざけていては、心の準備のないまま死と向き合わなければなりません。これこそ人生最大の危機ではないでしょうか」

というデーケン氏の提唱を受け、現在は「生と死を考える」活動が全国数十カ所に広まっている。

死への心の準備が、自分の人生の検証を超えて、命の尊厳につながっていることに気づくのは、それほどむずかしいことではない。日常の忙しさに追われるなか、ほんのひとときでも命の有限さを意識するようになれば、本当に大切なものはなんなのかが鮮明に見えてくるはずである。

そうこうするうちに気がつくことは、死への準備とは、実は自分を超えた「人の命」に思いを馳せるということである。「メメント・モリ(死を思え)」というラテン語の意味するものは、まさに死から生を見つめることで生の意義深さを認識せよということだろう。失って初めて大切さがわかる究極のものが命だからかもしれない。

その認識は、自分の命は多くの命から受け継がれた“命の集合体”であることを気づかせることになる。命のリレーで一人でも欠けていたら自分は存在しないという宇宙的事実は、まさに厳粛としかいいようがない。死は終わりではなく、次へのはじまりなのである。

「人生に終わりがくるのは一〇〇%自明のことです。誰一人としてそこから逃げられる人はいない。誰しもが、自分もやがて死を迎えるのは当然のことと思っているはずなのに、そのことに自分からしっかり向き合っている人というのは、実は意外に少ないのです」

そう語るのは、長年弔いの儀式に携わってきた竹内惠司氏である。

竹内氏は現在七十七歳。神奈川県で冠婚葬祭業を行う株式会社サン・ライフの代表取締役会長を務めている。昭和三十八年から約半世紀にわたって葬送の営みに従事してきた竹内氏の、その長い経験から発せられる言葉には実感に裏打ちされた重みが込められている。竹内氏はいくつもの新機軸を業界に打ち出した先駆者として名高い人物でもあるが、幼いころから死を目まのあたりにした体験は、“旅立ち”を送る職務に自分の運命を委ねるほどの深い使命感を与えている。

自分の体験を踏まえながら、竹内氏は生と死の壮絶な関係を自著でこのように述べている。それは胸を打たれる内容だった。

「人は死ぬことによって、その命は、肉体は形がなくなる。だが死んだ人の、最愛のこの世に生きる人に対する強く生きてほしいという願望の魂のエネルギーは、最愛の残る人の人生に永く生き続けると考えるのは間違いだろうか。私たちはその力に守られている。その力をもらっている。死んだ人の、次代への願望は子々孫々にまで受け継がれていくものなのではなかろうか」

そして私にこうも語った。

「人は命が終わっても、そんなふうに思いや願いを継承してきました。そのことに希望を持って、自分の終わりに覚悟を持って向き合ってほしいのです」

この竹内氏の経験と見解を紹介することには意味があると確信するのに、時間はそうかからなかった。東日本大震災により、「生と死」の境界線が紙一重でしかないことを突きつけられた私たちは、自分なりの「メメント・モリ」を創出することを心の内で欲している。

だが、それがなされるには、実績と洞察を持った水先案内人が必要だ。その人の言葉にふれることで、私たちは死に臆せず、希望を持って向かうことが可能になるだろう。竹内氏は導き手としての任を背負うのにふさわしい受容力と洞察力の持ち主である。

これまで私は経営評論家として経営者の奮闘と経営理念に関する多くの本を著してきたが、今回はそれとは異なり“いのち問答”ともいうべき一冊を世に送り出すことになった。

本書の柱は、死への準備の考察と、故人の人生の集大成というべき葬儀のあり方への提言である。

竹内氏との対話を通して、死への準備をすることは、人生最後にして最大の仕事であると確信することになった。

なんの準備もしないままに死と向き合うには、あまりに私たちは弱すぎる。
本書は生と死を見つめる機会を与え、人生に貴重な指針を与える書となることだろう。

なお、本文中の敬称を一部略させていただいたことをあらかじめお断りしておく。

平成二十五年五月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 変わりつづける弔いの光景

新しい死生観の創造の時代に
葬儀の原点と役割
葬祭業界のパイオニア・竹内惠司
葬儀は公のもの――「村八分」が伝える死者の尊厳
命の流れを見つめる場
急増する家族葬、本来の葬儀ではないことを自覚すべき
変わる埋葬法――墓はいらず、自然に還る
その人らしい、自分らしい葬儀を
変化の原動力となった葬儀の「制度疲労」
命の大切さを考えさせた東日本大震災
「死」を取り戻すために


第2章 葬送文化の変容・葬祭業が果たした役割

現代日本の死と葬儀に深くかかわる葬祭業
起源は葬具のレンタル業
職人も活躍
霊柩車と祭壇の普及
地域の“なんでも屋”として
戦後のヒット商品、互助会と金襴祭壇
葬儀の中心が祭壇になった意義
生花祭壇が表す“その人らしさ”
知識の伝承者でもある葬祭業者
弔いのすべてを担う会館葬
葬儀を「暗」から「明」に変えた葬祭ディレクター技能審査制度
故人は命は有限であることを全身全霊で表す
一人ひとりに合った手伝いをするのが葬祭業者の役割
人生最大の行事、葬儀は人を成長させる
気づかされた心を込める大切さ
官が取り組んだ生と死を考える啓発活動


第3章 日本の葬送文化の変遷と死の準備教育

死者とともに暮らす儀式
霊はねんごろに弔うが、遺体は遺棄する
仏教の広がり
檀家制度による仏教葬儀の普及
葬送儀礼は共同体として行われていた
竹内が欧米視察を敢行した理由
アメリカの葬儀のあり方に衝撃を受けて
南北戦争で確立したエンバーミングの技術
エンバーマーの技術は医療的な部分と多く重なる
日本でも本格的になりはじめたエンバーミング
葬祭ディレクター技能審査制度と日本初の葬祭専門学校を開設
子どもたちに行う死の準備教育
日本では子どもたちに死への教育はほとんど行われない
世界中から人々が訪れる葬祭博物館を
大きなビジョンを胸に掲げて


第4章 いま、旅立ちの準備を

国が公表した死に対する意識調査
自身の死を「情報」として公開する
家族が記録した死の段取り
死の準備のための教育を
一五の目標に向かう基礎をつくるもの
覚悟を持つ必要性
意識の転換が必要な時期
旅立ちにあたり綴った別れのあいさつ


第5章 明るい人生の卒業のために

死は次の世界への出発点・葬儀は人生の卒業式
現状はほとんど行われていない準備
「人生を自分らしく卒業するための十の具体的な行動」
大切な費用の事前準備
若い人たちが葬儀に望むものとは
死後の世界は思いたいように思っていい
二十年後の葬儀とは


付録 世界の宗教と葬送の流儀

死後の復活を信じるキリスト教
死は一時的な別れ、イスラム教
火葬をする仏教
輪廻転生を前提としているヒンズー教
社会主義国家、中国の葬送文化
人生最大の行事・台湾の盛大な葬儀

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