土地を活かす知恵 人を活かす情熱

2018/06/05

『土地を活かす知恵 人を活かす情熱』 前書きと目次

444_tochiwoikasuweb


土地を活かす知恵 人を活かす情熱
~エム・ケーの土地活用革命II~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-444-0
初版発行:2018年6月20日




はじめに

「あれ、以前通ったときと景色がすっかり変わったなあ」

取材などで全国を飛びまわる日々を送る私だが、最近、新幹線やクルマの窓から見える景色が以前とは大きく変わったことに気がついて、驚くことがしばしばある。ふと目をやると、以前は茫漠とした空き地が広がっていたところに、工場や倉庫、あるいは配送センターといった、壮大な規模の建物が建っているのだ。

土地は無機的なものだと考えられがちだが、そこに建物が建ち、活用され始めると、土地は急に生き生きとした表情を取り戻す。その結果、一帯の景色までもが活気を帯びてきて、それを遠望する者にまで元気を与えてくれる。土地は、なんらかの目的で使われてこそ命を持つということを、身に沁みて実感する瞬間だ。

バブル経済の崩壊やリーマンショック、さらには歯止めの利かない少子化も重なり、日本の不動産事情は、以前とはまったく異なった様相を呈するようになっている。

かつては「土地信仰」という言葉もあったほど、土地は絶対的な資産であった。だが現在では、都市中心部のごく一部を除けば、ただ持っているだけの土地は「お荷物」と化しつつある。所有していれば税金を納めなければならず、相続のときにはもめごとの種になることもあるうえ、相続税も重くのしかかる。

だからといって売ろうと思っても、最近では、地方ばかりか、首都圏でも中心部から少し離れると、買い手がつかないというケースも珍しくないご時世だ。少子化により住宅需要は頭打ちになり、地方は言うまでもなく、都市部でも空き家が目立つようになってきている。

加えて、「失われた20年」とも称される長引く不況を体験した企業は、設備投資に二の足を踏んでいるところも少なくない。減反政策や後継者不足などにより、代々受け継がれてきた農地もいまでは耕作放棄地となり、荒れ地のまま放置されて雑草が生い茂り、なかには不法投棄のごみの山になってしまったところさえある。

かつては想像することのなかった「土地余り」の時代を迎え、いまや不動産は“負”動産とすら呼ばれるようになっている。

だが、そんな不動産市場に新たな価値観を導入し、使い道がないと考えられていた土地に息を吹き込み、有効活用の道を生み出している企業がある。それが本書で紹介するエム・ケー株式会社(本社・東京都日野市)であり、同社を率いる代表取締役の小林勁氏である。

エム・ケーの創業は1988年11月1日である。まさにバブル経済沸騰期の真っただ中であり、創業からおよそ1年後の1989年12月29日の大納会では、日経平均株価は3万8957円と史上最高値をつけた。

当時、株価以上に高騰していたのは地価である。そうした時期に創業した不動産会社と聞けば、不動産価格を吊りあげながら不動産を買っては売り、売っては買いを繰り返して大きく儲ける、そんなビジネスを展開してきたのではないかと考えるのが普通だろう。だが、小林氏は、不動産バブル最盛期の当時から、土地を有効活用することで安定的に収益を確保することを重視し、その収益を積みあげて会社の基礎体力にするという、堅実そのもののビジネススタイルにこだわっていた。

「人間の活動は、すべて土地の上で行われます。しかし、使える土地の広さには限界があります。だからこそ、土地をいかに利用するか、どう活用するかという知恵が重要なのです。活用方法しだいで、土地の価値を限りなく拡大し、発展させることができるはずです」

こうした独自の視点を持つ小林氏は、土地などの不動産に新たな生命を吹き込み、長期的に収益を生み出すものへと変革させていかなければならないと考えた。具体的に言えば、単に不動産を右から左へと売り買いするのではなく、その土地に長期的に価値を持つ上物を建て、その上物をリースして収益を生み出す「ヘッドリース事業」という独自のビジネスモデルを生み出したのである。

やがて、エム・ケーの土地活用技術はさらに進化していき、その技術で小林氏は、本来、開発ができないとされている「市街化調整区域」を開発するという新たなビジネスに乗り出し、エム・ケーを大きな成功へと導いていった。

多くの自治体にとって、「市街化調整区域」の存在は、頭の痛い問題だった。手つかずのまま放置されている広大な土地には雑草が生い茂り、不法投棄の場になっているところも少なくなかったが、その開発にはいくつもの困難があった。

「市街化調整区域」の活性化計画には、自治体などの許諾が必要であるうえ、相当数にのぼる土地オーナーの了解を取りつけるという困難を極める作業もともなう。そのため、膨大な時間と手間がかかるのが普通である。

ところが、小林氏が率いるエム・ケーは、それを驚くほどの短期間でやり遂げてしまうのだ。冒頭に書いた景色の変化は、小林氏が手掛けた「市街化調整区域」の開発プロジェクトにより、土地が新たな生命を得たことによる変化だったのである。

こうした「市街化調整区域」の開発により、それまで過疎化に悩んでいた地方に新たな雇用が生まれ、自治体としても新たな税収が期待できるようになる。これは、国が掲げている「地方創生」という課題に対する、これ以上ない解答にもなっている。それを証明するように、現在、エム・ケーには全国の自治体から次々と開発依頼が殺到しており、その応対だけで時間がなくなってしまうと、小林氏はうれしい悲鳴をあげている。

「不動産は、所有することに価値があるのではありません。不動産を活用し、長期的に収益を得られるものに変えていかなければならないのです。その実践を推進することが、不動産事業に求められる本来の社会的役割であるはずです」

と言う小林氏の発想は、不動産の価値観におけるコペルニクス的転回と言っても過言ではない。

この革新的発想がいかに時宜を得たものであるかは、エム・ケーの30年の軌跡が証明している。その間には、バブル経済の崩壊と、その後の長期的不況、さらにはリーマンショックなどもあり、不動産市場のみならず、日本経済そのものがたどった道は、平坦とはほど遠かった。だが、そうした時代背景のなかでもエム・ケーは、創業以来、おおむね右肩上がりの勾配を描いて着実に成長路線を歩んできた。

35平方メートルの狭い事務所に、小林のほかは女子社員が2人いるだけでスタートした小さな会社が、いまや年商200億円を超えるまでになり、時代の先端を走って日本の不動産活用の質的転換を力強く牽引する、堂々たる企業へと成長を遂げているのだ。

「不動産事業は、私の天性の職業だったのかもしれません」

と、謙虚な口調で語るこの言葉以上に、小林氏の正鵠を射るものはないだろう。

エム・ケーは、2017年11月に創業30年を迎えた。企業の寿命は30年という説があるが、それを踏まえるならば、2018年はエム・ケーにとって、新しい世紀の扉を開き、この先、さらに一段、また一段と新たなステージを駆けのぼっていく、まさに新たな出立の年だと言えよう。

本書では、小林氏とエム・ケーの30年の歩みをたどりつつ、その歩みを牽引する小林氏の不動産活用の理念と実績を、つぶさに紹介していく。

「生涯、仕事人でありたい」

これも、小林氏が掲げる理念のひとつだ。76歳(2018年時点)である小林氏のこの考え方は、いまや4人に1人は高齢者という日本を活性化させる、もうひとつの価値ある提唱と言えるだろう。

そうした意味からも、小林氏という傑出した人間像を描き出し、その足跡を紹介することは、現在の日本が抱える幾多の課題に対する答えを示唆し、その先への光明を示す、貴重な1冊となるものと自負している。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2018年5月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 “負”動産から“活”動産へ
―エム・ケーと小林勁が仕掛ける不動産革命―

エム・ケーの新たな一歩・創業30年パーティー
パーティーに集まった多様な顔ぶれとエム・ケー
安定的な経営基盤なくして企業の成長はありえない
「市街化調整区域」とはなにか
市街化調整区域開発のオンリーワン企業「エム・ケー」
エム・ケーが行った市街化調整区域開発事例
 事例Ⅰ 市街化調整区域開発プロジェクト「イオンモールつくば」
 事例Ⅱ 市街化調整区域開発プロジェクト「ネクストコア清久」
 事例Ⅲ 市街化調整区域開発プロジェクト「ネクストコアあきる野」
 事例Ⅳ 市街化調整区域開発プロジェクト「ネクストコア五霞」
 事例Ⅴ 市街化調整区域開発プロジェクト「ネクストコア海老名」
 事例Ⅵ 市街化調整区域開発プロジェクト「ネクストコア三島三ツ谷工業団地」
 事例Ⅶ 市街化調整区域開発プロジェクト「ネクストコア千葉誉田」


第2章 不動産価値革命の先駆者
―建築設計士から不動産業への転身―

土地に生命を吹き込むことを天職として
土地を愛するDNAを受け継いで
農地改革で土地を失う
建築の道を志す
生涯働き続けるために
建築は日本の将来像を具体化する仕事だ
超高層ビル時代の幕開け
建築設計家としての一歩を踏み出す
先輩から学んだ設計士としての技術と魂
いまも思い出に残る病院設計
一生の基盤が形成される
ゼネコンから住宅メーカーへ転進
いくつものカルチャーショックから学びを得る
芽生え始めた独立志向


第3章 農耕型不動産ビジネスとヘッドリース事業
―所有から活用へ。不動産の新しい価値を見出す―

エム・ケー株式会社の船出
マンションの一棟売りからスタート
困難な仕事だからこそ挑戦する
「農耕型」という新しい不動産ビジネスの開発へ
確かな収益基盤、それも継続的な収益基盤をつくろう
「ヘッドリース」というビジネスモデル
リスクはエム・ケーが負い、オーナーには迷惑をかけない
ヘッドリース事業第1号案件「北野ビル」
大量雇用時代の社員寮・社宅に着目
社員寮から有料老人ホームへの転用
耳たぶに触れる需要を聞き逃すな
不動産事業を通じて社会に貢献する企業へ
大きなペナルティを支払って学んだこと


第4章 働き方改革を先導する
―徹底した少数精鋭主義と女性の活用―

粒選りの少数精鋭集団
率先して働き方革命を実現していく
次世代型の不動産マンを育てていく
何歳になっても仕事をしてほしい
一騎当千の営業活動を支える女性スタッフ


第5章 100年後も存続する企業へ
―企業遺伝子を培い、それを継承していく―

敢えて成長速度をゆるめる
「安全・確実経営」を確保しているからこそ取れるリスク
数々の受賞が物語る、小林の経営手腕
不動産ビジネスが揺らぐことは永遠にない
変化を鋭く読み取る先見性が勝負を分ける
小林が描く次世代型不動産活用とは
大胆な発想の転換が求められる都市開発
企業遺伝子をつないで100年企業へ


IN通信社の本 セミオフィシャルサイトへ行く




その他のカテゴリー

**たかのゆり | **山野正義 | **松村博史 | **鶴蒔靖夫 | *人材ビジネス・アウトソーシング | *冠婚葬祭・保険 | *医療・医薬・健康 | *建築・建設・不動産 | *情報・通信 | *投資・金融 | *教育・学校・塾 | *流通・サービス | *環境・電力 | *社会 | *福祉・介護・高齢者 | *美容・理容 | *製造・メーカー | 21世紀は「音楽と福祉」の時代 | 24歳で起業した社長“快進撃の裏側” | WASHハウスの挑戦 | “匠”のアウトソーシング | “本気”になったら「大原」 | “真の医薬分業”へのあくなき挑戦 | 「最優」へのあくなき挑戦 | 「美しさ」が「感動」に変わる瞬間(とき) | いま、ふたたび維新に挑む | お泊りデイサービスは、なぜ必要なのか | お金のない人は知恵を出せ | すべては学生のために | どうする!医療改革 | アビストの挑戦 | エコスタイルの挑戦 | オフィス環境革命 | オーイズミグループの挑戦 | カーシェアリングの時代がやってきた! | クルマを「きれい」にする美学【KeePer】 | クレアスライフの挑戦 | グランヴァンの挑戦 | グローバル・リンクのエネルギー革命 | ハートフル エンジニアリング | バス旅女子が選ぶ 日本でいちばんバス会社らしくないバス会社 | ベストケアの挑戦 | ボランティアの時代 | メモリードグループ 100年企業への挑戦 | 不運は神様からのおくりもの | 二松學舍大学の挑戦 | 人と技術をつなぐ企業 | 保育士がたりない! | 信頼が絆を生む不動産投資 | 光触媒の新時代 | 創発経営 | 医学部受験 富士学院の軌跡と奇跡 | 合人社グループの挑戦 | 喜働って、なに? | 国民は150人の命を救えるか! | 土地を活かす知恵 人を活かす情熱 | 土地活用革命 | 地球サイズの人づくり | 夢を叶える予備校 | 大学からの地方創生 | 大学教育再生への挑戦 | 学歴がなくても、年収6億円を稼ぐ男の人生 | 小さな泡が世界の生活を変える | 建設業の未来を支える人づくり | 心で寄り添う“終の住処” | 情報活用で未来を切り開く | 感動のある人生を。 | 感謝な心 | 技術立国 日本の復活 | 日本の医療現場を考察する | 日本の美容を支える力 | 東北の小さな大企業 | 理想の介護を求めて | 目覚めよ、薬剤師たち! | 経営の条件 | 経営道を究める | 自分らしい人生の卒業を望むあなたへ | 薬剤師新時代の到来 | 薬局新時代 薬樹の決断 | 製造業の未来をつくるアウトソーシング | 記録メディアに人生をかけた男 | 逆境こそわが人生 | 進化するコインパーキング | LED革命

カテゴリー

無料ブログはココログ