**鶴蒔靖夫

2020/10/09

『地方発 ローカルベンチャー成功の条件』 前書きと目次

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地方発 ローカルベンチャー成功の条件
~ぶれない信念を糧に株式公開
 成長を続けるメディカル一光グループの軌跡~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-464-8
初版発行:2020年10月14日




はじめに

2020年春、世界の経済や社会は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行(パンデミック)により大きな打撃を受けた。日本においても、その影響の大きさは計り知れず、本書を執筆している現在も、いまだ先行きがまったく見通せない状況だ。

この新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、ビジネスや生活だけでなく、人々の考え方や価値観にも大きな影響を与えた。

これまでの日本は、政治や経済など国の中枢機能のほとんどが東京に集中していることから、人口の東京一極集中が進み、その一方で地方では人口減少による人材不足が深刻化していた。

だが、新型コロナウイルス感染症の大規模な流行を受け、多くの企業がリモートワークを導入した結果、「都心にあるオフィスにまで行かなくても、仕事の多くは自宅でもできる」ということが明らかになってきた。また、人口が多いこともあり感染拡大がなかなか収束しない都会で働くことのリスクを避け、感染者数が少ない地方への転職や移住を検討する若者も増えているという。

新型コロナウイルスの猛威を経験した日本は今後、国家のあり方そのものが「集中」から「分散」へと向かうのではないだろうか。

安倍政権下では、東京への一極集中を是正し、将来にわたって活力ある地域社会を実現するための目玉政策のひとつとして、地方創生の取り組みを進めてきた。その一環として、地方への移住および定着を推進しようと、Uターン、Iターン、Jターンにより地方で起業あるいは就職する人への経済的支援も行っている。だが、政府の思惑どおりにはなかなかいかず、人口の東京一極集中に歯止めがかからない状況がずっと続いていた。

しかし、突如現れた新型コロナウイルス感染症により人々の価値観が変わり、これからは脱・東京集中の流れが加速することも考えられる。

ただ、地方で起業するとなると、生半可な気持ちでは成功はおぼつかない。地方での起業は、都市部での起業に比べると競合が少なく、オフィス賃料や人件費なども低めであるためコストも抑えられるというメリットはある。しかしその一方で、優秀な人材の獲得や情報収集、ネットワークの構築には、都市部よりも苦労することが多いようだ。

日本では、ベンチャー企業の10年生存率は1割にも満たないと言われている。ましてや、地方で起業し、上場企業へと成長した会社となると、ほんの一握りにすぎない。ちなみに、日本にはおよそ3800社余りの上場企業が存在するが、そのうちの約半数が東京都に本社をおいている(「上場企業サーチ」2020年9月2日現在)

そんななか、本書で紹介する株式会社メディカル一光グループ(本社:三重県津市)は、1985年に地方都市の三重県津市にて調剤薬局経営を事業目的として設立され、創業20年目の2004年にJASDAQへの株式上場を果たしている。

メディカル一光グループの歴史は、代表取締役社長である南野利久氏が、出身地である三重県津市で1980年に、医薬品卸を行う近畿商事三重株式会社を起業したことから始まった。南野氏が23歳のときだ。

その後、取引先の小児科医から調剤薬局の出店を要請されたことを機に、医薬分業の黎明期とも言える1985年に株式会社メディカル一光を設立。同年6月に津市内に調剤薬局1号店を開局し、以来、国が推進する医薬分業を背景に事業を拡大してきた。現在は中部・関西地域を中心に、全国に93店舗の調剤薬局を展開している(2020年7月現在)

また、2005年からは、調剤薬局事業に次ぐ第2の柱として、有料老人ホームの運営をはじめとしたヘルスケア事業(介護事業)に乗り出した。調剤薬局市場は成熟期に入り、この先の伸び代は限られているのに対し、超高齢社会となった日本では、2000年に介護保険制度がスタートしたことを機に、介護市場はこれからも伸び続けると考えたからだ。現在は、有料老人ホームやグループホームなどの居住系介護施設28施設のほかに、訪問介護事業所やデイサービス、さらには福祉用具レンタルなど、幅広いサービスを提供している。

2019年9月には商号を株式会社メディカル一光グループに改め、調剤薬局事業を手がける株式会社メディカル一光、ヘルスケア事業を手がける株式会社ハピネライフ一光をはじめとするグループ会社10社(2020年8月現在)を傘下に擁する持株会社体制に移行した。

最初の起業における医薬品卸、そして現在の2本柱である調剤薬局および介護事業に共通するのは、いずれも社会保障制度のもとでの事業という点だ。

「国民が安心して暮らせる制度のもとで事業を展開していけば、安定成長ができるのではないかと思ったのです」

と、南野氏はそれらの分野に着目した理由を語る。

たしかに医療や介護関連の事業は社会で絶対的に必要とされるものであり、景気の動向に大きく左右されることもなく、安定性が望める。しかし新型コロナウイルス感染症の流行により、医療機関や介護施設でも感染を恐れて患者や利用者が激減し、厳しい経営状況に追い込まれるところも出てきている。

調剤薬局も、その影響は免れない。観光業をはじめ、新型コロナウイルスの感染拡大で壊滅的な打撃を受けた業界に比べれば、その影響は比較的少ないとは言えるが、南野氏によると、調剤薬局や介護業界も平均して売上1割減といったところだという。

「この範囲なら、経営の工夫次第で十分、まだ生き延びることができると思います。しかし、今後はこれまで以上にいろいろな努力を強いられることになるでしょう」

と、南野氏は業界の実情を分析する。

企業が創業して30年続く割合は1%にも満たないと言われるが、創業から36年目を迎えるメディカル一光グループは着実に業績を伸ばし、いまではグループ全体で320億円(2020年2月期)を売り上げる企業体にまで成長している。その成功の要因は、南野氏のぶれない経営姿勢と強力なリーダーシップにあると言ってよいだろう。

「人の心や気持ちというものは、ぶれやすいものです。ですから経営者は、自分なりのしっかりとした経営哲学をもって事業を行うことが大切になってきます」

こう語る南野氏は、20代のときに出合った陽明学に感化され、そのなかにある「知行合一」「多逢聖因」といった言葉のほか、「寸善尺魔」などの言葉を経営哲学の柱にしている。これらの言葉が意味するところは本編で、南野氏の考え方と日頃の行動とを照らしあわせながら詳述する。

本書は、メディカル一光グループの今日までの歩みを振り返りつつ、同社を率いる南野利久氏というひとりの起業家にスポットを当て、地方の中小企業が株式上場を成し遂げ、地域の信頼を勝ち得るために、どのような考えのもとでどのような経営努力をし、どのようにして人材を育ててきたのかを紹介するとともに、その根底に息づく哲学やリーダー像に迫るものである。

新型コロナウイルス感染症の大規模な流行を経験したあとの日本では、皮肉にも脱・東京が進み、地方創生の取り組みが活発化し、それぞれの地域でベンチャーを育てようという機運が高まるだろう。そうなれば、地方での起業をめざす人も増えると思われる。そうした人が、起業した会社を大きく成長させ、株式上場をめざすには、南野氏が言うように、確固とした信念と経営哲学をもつことが絶対に欠かせない。

地方での起業を検討している人や、地方から株式上場をめざそうとしている経営者にとって、南野氏の経営姿勢から学び取れることは多いはずだ。経営者に求められる役割とはなにかをあらためて考えるうえで、本書がなんらかの指針となれば幸いである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2020年9月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 起業による雇用創出で地方を元気に

地方における起業を国や地方自治体が支援
地方で起業する最大のメリットは低コスト
地方での起業は人材確保に苦労することも
地方での起業を成功させる業種選び
ベンチャー企業におけるリーダーシップとは
経営者のいちばんの役割は会社を永続させること


第2章 地方ベンチャーから上場企業へ
 ~メディカル一光グループ、成長の軌跡~

ジェネリック医薬品の卸販売で最初の起業
医薬分業の黎明期に津市内に調剤薬局1号店を開局
マンツーマン型の「点分業」が医薬分業の原点
医薬分業の波に乗り、事業を拡大
総合病院前の大型薬局の開発に乗り出す
最高のサービスが地域での信頼につながる
株式上場に向けた準備に着手
金融不安の時期に直接金融で資金を調達
創業から20年目にJASDAQ市場に上場
20年先までの成長性に着目し、ヘルスケア事業に参入
M&Aを推進することで規模の拡大を図る
M&Aにより多様な介護サービスを提供できる体制に
M&Aは理念や哲学を共有できる相手と


第3章 起業家・南野利久の経営理念と哲学

経営者は自らの経営哲学をもつべし
行動の哲学としての「心訓七カ條」と「社員五則」
経営リーダーに求められる力とは
自社で人を育てることの重要性
哲学は言葉で伝えるものではなく行動で見せるもの
厳しい言葉も社員を守るための愛情
中間管理職の役割は組織にとって非常に重要
経営者に求められる「人を引き寄せる力」
人の上に立つ者は、お金にきれいでなければいけない
同じ時間をすごした社員との縁を大切に


第4章 患者満足を追求する調剤薬局事業

医療は「高度な接遇業」
「知識」と「コミュニケーション力」はクルマの両輪
「フラワー薬局」の5つの誓い
調剤過誤を教訓に安全性第一のしくみづくりを実行
患者満足を追求するための社員教育
5年間にわたって行われるフォローアップ研修
キャリアプランに沿って選べる各種研修制度
薬局業務は対物から対人へ
爛熟期へ移行しつつある調剤薬局市場
「患者満足」から一歩進んで「感動の提供」へ


第5章 超高齢社会のニーズに応えるヘルスケア事業

1年半の準備期間を経てヘルスケア事業をスタート
毎日を楽しく、1日でも長く生きてもらうために
各施設が実践する「医・食・住・遊」の中身
患者や家族の満足度は入居率に表れる
施設内に入居者からの意見箱を設置
入居者の立場に立って改善を重ねる
コロナ禍で導入したオンライン面会が好評
居住系介護施設では「看取り」までできる体制に


第6章 メディカル一光グループのさらなる成長戦略

新しいビジネスモデルへの挑戦
薬局づくりから街づくりへ
医療人や介護従事者には「利他の心」が求められる
ウィズコロナ時代の調剤薬局経営とは
成長を続けることが地域への恩返し


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2020/07/08

『創造と革新』 前書きと目次

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創造と革新
~技術力と品質で医薬品の未来に挑む~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-359-7
初版発行:2012年2月8日 初版発行




はじめに

日本はいま、国家として、国民の認識をはるかに超える深刻な事態に瀕している。

現在、国家予算は約九〇兆円。それに対し、税収は約四〇兆円、不足分は国債を発行しつづけ、これまでなんとかしのいできた。しかし、国債はいわば借用証書、つまり借金だ。

その借金は平成二十三(二〇一一)年六月末で九二四兆四三六一億円に達し、地方自治体の借金などを合わせると総額一〇四五兆円に上る。一方、個人の金融資産から負債を除いた個人金融純資産は一一一〇兆円。近く、借金の総額がはじめて蓄えを上回ることは避けられない情勢だ。

なかでも、財政を圧迫している要因の一つが医療費だ。日本の国民医療費は、平成二十二年度推計で三六兆六〇〇〇億円。国民医療費は、患者の窓口負担、保険料負担、事業主負担のほかにも国庫負担と地方自治体負担により支えられ、およそ三分の一にあたる一二兆円が税金でまかなわれている。加えて、介護保険財源の赤字、制度の存続さえ危ぶまれる年金財政。日本人の暮らしや健康を支えてきた社会保障制度はいまや破綻寸前であるという認識を持たねばならない。とりわけ、医療費の削減は、国民全員で取り組まなければならない喫緊の課題といえる。

WHO(世界保健機関)によると、日本の医療制度は世界一と評価されるほど素晴らしいもので、まさに日本の健康保険制度は世界に誇るべき制度といえる。

だが、国の経済力が衰えてきたいま、いつまでも理想モデルを追いかけているわけにはいかなくなっている。とはいえ、国民の安心・安全を支える健康保険制度の崩壊は避けたい。そのためには、いまこそ、行政・医療者・患者が三位一体となって、医療費のスリム化に全力で取り組んでいかなければならない。患者とは国民一人ひとりである。

医療費のスリム化促進にはいくつかの方策が考えられるが、もっとも効果が期待できる施策の一つがジェネリック医薬品への変換を加速することだ。

欧米諸国では、いまやクスリといえばジェネリック医薬品があたり前といえるほど普及しているのに対して、日本のジェネリック医薬品使用率はようやく二三%に届いたところだ。ジェネリック医薬品の使用に対する意識には欧米とまだ相当の開きがある。これを欧米並みに引き上げることができれば、医療費の削減は格段に進むはずだ。

現在、日本人の一年間のクスリ代は約八兆円といわれ、このうち、ジェネリック医薬品に変換可能なものをすべてジェネリック医薬品に切り替え、生活習慣病薬を健康保険から除外するなどの方策を講じると、クスリ代は、およそ六兆円程度にまで圧縮できると見込まれており、ざっと二兆円を削減できることになる。

日本のジェネリック医薬品普及の足を引っ張っているのは、一にも二にも、意識の問題だ。クスリを処方する医師の意識、ジェネリック医薬品に積極的な関心を持とうとしない国民の意識、加えて、ジェネリック医薬品普及をはかるべき厚生労働省など行政側の意識、施策、いずれもなまぬるいのだ。それらを一つひとつ検証し、壁になっているものを取り払い、ジェネリック医薬品を積極的に選ぶ医師、患者を拡大していかなくてはならない。

改めて私がそうした思いに強くかられたきっかけは、日新製薬株式会社(本社:山形県天童市、代表取締役:大石俊樹氏)との出会いであった。

以前からジェネリック医薬品に関心を持ち、これまで関連の著作も数冊まとめ、率先してジェネリック医薬品への理解と普及促進を働きかけてきた私だが、日新製薬はその私のイメージをさらに大きく塗り替える企業だった。

これまで私は、ジェネリック医薬品は、先発医薬品の代替薬であるという認識を大きく踏み出ることはなかった。だが、日新製薬の代表取締役・大石俊樹氏はこういうのだ。

「約七〇億人の人類のうち、新薬の処方を受けられるのは先進国を中心とした一三億人程度で、残る五七億人を救うのはジェネリック医薬品なのです」

大石氏は、ジェネリック医薬品は日本の医療費削減の切り札であるだけでなく、二十一世紀の人類の幸福を左右する非常に大きな存在だととらえている。つまり、ジェネリック医薬品の普及は、人口増加が続く地球上の全人類に医療の恩恵を広めることにもつながると考える。

ジェネリック医薬品メーカーのなかには、新薬メーカーに負けることない研究&開発力を持ち、従来の薬剤に新たな機能を付加した、付加価値の高いジェネリック医薬品を製造しているところも少なくない。さらには、製品の品質を保つ技術、包装・供給体制などで新薬メーカー以上の進化を遂げているメーカーも出てきている。

日新製薬はその先頭を行く企業の一つで、たとえば、ポリエチレンボトル入り注射薬の滅菌過程において、世界最先端の技術「パルス光滅菌」を導入するなど、意気軒昂なところを見せている。

大石氏は、「包装、供給体制もまた品質の一つ」と考え、その信念のもと、業界屈指のハイレベルな製造環境の整備や生産技術を実現し、いまでは五〇社以上の製薬メーカーから医薬品製造を委託されるほどである。この実績は、日新製薬の製剤技術がいかに信頼され、評価されているかを物語っている。

医薬品製造のアウトソーシング、そして、その受け皿になる製造受託メーカーの存在はいまや日本の医薬品産業を支える大きな柱の一つになっているが、日新製薬はこの分野では間違いなくトップランナーだ。いまでは、開発段階から大手メーカーとタッグを組んで共同開発している品目も増えてきており、製造受託事業は総売り上げの半分近くに迫る勢いだという。

日新製薬は、先代社長・大石季氏が昭和二十四(一九四九)年に創業した日新薬品株式会社を母体とし、昭和三十二年、同社の製造部門を独立させるかたちで設立された。その後、山形県天童市に本社と工場を移転。現在では、埼玉県川越市にも工場を擁し、医薬品・医薬部外品・健康食品などの製造・販売を行っている。

疲弊しているのは何も国の財政ばかりではない。地域経済の疲弊もまた、日本を悩ませる大きな課題となっている。そうしたなかにあって、日新製薬は山形県にしっかりと根を下ろし、雇用や経済効果など地域経済への貢献にも積極的である。

現在では、東北地方に本社を構える企業のなかではもっとも就職人気が高い企業として知られ、就職支援サイトでのアクセス数は、東北電力を抜いて東北ナンバーワンを誇っている。しかも、その狭き門を通った精鋭に業界平均の二倍近い時間をかけて徹底的な教育を行っているというから、「日新製薬マン」の評価がズバ抜けて高いのも納得がいく。

年間売上高は平成二十二年度実績で一二一億三四〇〇万円。平成二十三年一月には、全国の中小企業のなかでも経済的・社会的にすぐれた成果をあげた企業に贈られる「グッドカンパニー大賞」のグランプリを受賞。十一月には、県内産業の発展に貢献した個人・団体を顕彰する「山形県産業賞」を受賞するなど、ここにきて、日新製薬に対する内外からの評価は高まる一方だ。

それはひとえに、大石氏の卓越した経営手腕と、透徹した人生哲学の賜物といってよい。

本書では、日本の財政の危機的状況、特に健康保険制度の状況と課題を踏まえながら、ジェネリック医薬品への認識を高めるための諸情報、ジェネリック医薬品のクオリティアップに貢献著しい日新製薬の取り組み、さらには同社を率いる大石俊樹氏の経営理念と人生哲学をあますところなくお伝えしたいと思っている。

現状のままでは、行く手に待っているのは日本の経済破綻、そして再び、貧困の底にあえぐ国に落ちていくという悲しい将来だ。

その将来図を塗り替え、この先も日本が、世界トップクラスの、安心・安全に暮らせる国でありつづけることができるかどうか。そのカギを握っているのは、自分自身であることを、国民一人ひとりが強く自覚してほしい。

なかでも、安心・安全に暮らせる国であることを象徴する健康保険制度を守りつづけていくためにも、ジェネリック医薬品の普及促進をはかることは、火急のこととして進めていかなければならない課題であることを強く認識しなければなるまい。

そのためにも、決して大げさではなく、日本を愛する人すべてに本書を一読していただけたらと、切に願っている。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十三年十二月  鶴蒔靖夫




はじめに


序章 受賞ラッシュの製薬メーカー

受賞の朝
独創的モノづくりが評価される
二〇〇〇年代中ごろから急成長
「あっては困る会社」から「なくては困る会社」へ


第1章 光を放つジェネリック医薬品メーカー・日新製薬

東北のモノづくり精神を受け継いで
先発医薬品とジェネリック医薬品(後発医薬品)
金額シェアでは医薬品市場の一〇%に届かないジェネリック医薬品
錠剤の一粒、注射薬の一本にも社員の思いが込められている
競合より二〇円も高いアムロジピン
世界ではじめて、医薬品製造工程にパルス光滅菌を採用
パルス光滅菌との出合い
パルス光滅菌の効果も独自に検証
業界屈指のポリエチレンボトル製剤メーカーに
革新的なポリエチレンボトル
高水準の製造環境と生産設備
使命は高品質の追求
慶應義塾大学と共同研究
MRには他メーカーの二倍近い研修を義務づける
医薬品メーカーとしての社会的責任をきっちり果たす


第2章 危機に瀕する日本の健康福祉

未曾有の国難を迎えた日本
「出るを制する」覚悟はあるか
急速に進む少子超高齢化
予想されうる日本人の暮らしの将来像
日本の健康保険制度の歩み
五つに分けられる日本の健康保険
日本の健康保険制度の特徴
世界一と定評がある日本の健康保険制度
ありがたい健康保険制度
健康保険制度を持続可能に
日本でも浮上している健康格差
求められるセルフメディケーション
医療費削減の決め手はジェネリック医薬品
急務とされる医療機関の経営安定


第3章 ジェネリック医薬品が日本を救う

製薬のはじめはジェネリック医薬品からだった
こんなにあるジェネリック医薬品のメリット
ジェネリック医薬品の開発と品質管理
ジェネリック医薬品に対する見当違いの誤解
製造から販売までの安全性も厳しく管理
ジェネリック医薬品は古い! も間違い
次々とジェネリック医薬品市場に入ってくる有力な医薬品
先発医薬品プラスアルファのジェネリック医薬品
ジェネリック医薬品はどのくらい安いか
国もジェネリックファーマの育成に注力


第4章 ジェネリック医薬品の普及拡大のために

ジェネリック医薬品の日本の現状
ジェネリック医薬品を使いやすくする対応とは
国のジェネリック医薬品促進支援策・アクションプログラム
医薬分業とジェネリック医薬品
すべての処方でジェネリック医薬品を優先にする
ジェネリック医薬品お願いカードの普及
長期収載品・エスタブリッシュ医薬品問題が浮上
ジェネリック医薬品メーカーには逆風も


第5章 日新製薬が「なくては困る会社」になるまで

商社マンから地方企業の経営者へ転身
社員が草むしりしている会社
競争力を失い、赤字体質に
常に新しい可能性を探る
やるからには正しいことをしよう
明るく輝く社員の表情
日新製薬の夢に融資してほしい!
次代を担う人材の入社
日新製薬のオリジナル開発元年
開発主導の社内体制
外資や超大手レベルの詳細・厳正なデータの集積
先の利の実践
「先の利」戦略でパワーアップ
先発医薬品と同じではなく、先発医薬品よりもよいものを
大手先発医薬品メーカーが感嘆する製剤技術
ジェネリック医薬品最大手も一目置く日新製薬
受託製造という新しい可能性
ジェネリック医薬品だからこそ、より厳しく
積極的な設備投資で急伸
太くなる委受託製造


終章 東北発世界へ――飛躍しつづける日新製薬

一兆円規模になるジェネリック医薬品市場
選ぶのは自立し自力で進む道
一三〇億円を投じて、新工場を設立
粒がそろいはじめたヒト
誇りを持って仕事ができる企業に
最後の決戦がはじまる
「なくては困る会社」へ


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2020/06/26

『独創モータで世界を動かせ』 前書きと目次

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独創モータで世界を動かせ
~不可能を可能にする「シコー」の未来戦略~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-360-3
初版発行:2012年2月20日 初版発行




はじめに

電車のなかで、突然ビクッとしたかと思うと、おもむろにポケットから携帯電話を取り出し、電話やメールの着信を確認する。そんな光景もめずらしくはなくなった。これは、音の代わりに振動で着信を知らせる振動モータの働きによるもので、いまではあたり前の機能となっているが、登場した当初は画期的なものだった。

今日、携帯電話の機能は急速に進化している。電話やメールはいうまでもなく、カメラやテレビはもはや標準機能で、時には音楽やゲームを楽しんだり、クレジットカード代わりの決済機能を備えているものまである。さらに近年は、携帯情報端末(PDA)の機能を併せ持つ、スマートフォンが主流になりつつある。

一方、パソコンも急速に高性能化と小型化が進んだ。かつてはあたり前であったCPU(中央演算処理装置)を冷却するファンモータの音も、いまではほとんど気にならないレベルまで静かになった。

アメリカ・インテル社の創業者の一人であるゴードン・ムーア氏が、自身の経験則から論じた「半導体の集積密度は、十八カ月で倍増する」という「ムーアの法則」そのままに、携帯電話やパソコンの高機能化は、日進月歩どころか秒進分歩で進んだ。しかし、携帯電話やパソコンは、集積回路のみではなく、それに付随する数多くのパーツで成り立っている。つまり、半導体の高機能化がどれほど進もうとも、それらのパーツの小型化が実現できなければ、携帯電話やパソコンの軽量化、小型化は実現できないのである。

逆にいえば、ファンモータや振動モータを小型化する技術力があったからこそ、いまのようにパソコンや携帯電話は小さく、薄くすることができたということだ。

いまでは、携帯電話にあたり前についているオートフォーカスカメラ。これも同様である。小さく薄い部品があってはじめて、持ち運びに便利な小型化が進んだのである。

そして、これら世界各国のメーカーで採用されている超小型の振動モータやファンモータ、オートフォーカスモータを開発したのが、本書で紹介するシコー株式会社(本社:神奈川県大和市、代表取締役社長:白木学氏)である。この会社の製品があったから、いまのパソコンや携帯電話が存在するといっても過言ではないのだ。

シコーの製品は超小型モータである。その用途は、パソコンのファンモータから携帯電話用の振動モータ、小型カメラのオートフォーカスモータ、最近では小型風力発電用モータや電気自動車(EV)用のモータなど多岐にわたる。いずれも、これまでにはない技術を駆使して、小型化・軽量化を実現するための創意工夫が凝らされているのが特徴だ。

同社の最初のヒット製品となったモータは、回転鉄芯のないコアレスコイルを使ったモータで、ソニーのウォークマンに搭載された。通常では、鉄芯のないコイルなど考えられないが、シコーはマグネット磁極を二極から常識破りの四極にしてコアレスを可能にし、鉄芯をなくしたことでモータの超小型化を実現した。

次に、超小型モータを使ってパソコンのCPUを冷却するファンモータを従来の三分の一の薄さにすることに成功した。だが、無名であるがゆえに、国内メーカーには見向きもされなかった。ところが、平成二(一九九〇)年にアメリカ・アップル社、平成六年にはアメリカ・インテル社がシコーのファンモータを採用し、そこからシコーの躍進がはじまったのである。

また、現在ではほぼすべての携帯電話に搭載されている振動モータも、シコーが開発した直径四ミリのリニアモータに着目したのは、アメリカ・モトローラー社であった。以降、世界に名だたる巨大企業が、シコーの製品を名指しで採用している。つまり、一連のシコー製品がなければ、いまのモバイル文化は生まれなかったのである。

ここまで述べれば、シコーがとんでもない技術力を持った会社だというのが理解できるはずだ。

詳しくは本文で紹介するが、シコーの代表取締役社長・白木学氏は、発明家であり、エンジニアだ。本社は、神奈川県大和市下鶴間の工業団地、テクノプラザ大和内にある。

中国・上海に工場を持ち、日本の本社には研究・開発部門のみを置いている。従業員数六八人、売上高(連結ベース)一二〇億円(平成二十三年十二月予定)と飛び抜けて大きな会社ではない。

「町工場」というのはいいすぎだが、規模だけで見れば、まぎれもなく中小企業。だが、シコーは知る人ぞ知る、業界では、“小さな巨人”として世界的なブランドとして広く認知されている。

規模の大小を問わず、中小製造業や町工場であっても独自の技術を深化させれば、世界の競合会社と互角に戦う力を持つことができるのである。

町工場の力なくして日本の大手メーカーは成り立たない――これはよく知られている構図だ。かつてのような右肩上がりの成長を遂げている時代には、この仕組みはうまく機能した。しかし、現在のような先行きの見えない不況下では、そのしわ寄せは真っ先に資金力を持たない町工場へ寄せられる。異常な円高水準に張りついたままの為替レート、途上国の台頭による価格競争の激化など、日本の「モノづくり」を取り巻く環境は、依然として厳しく、これまでどおりのやり方で生き残ることはむずかしい状況にある。他社にはまねのできない、独自の技術を持つシコーであっても、市場を国内に置くかぎり例外ではない。だからこそ、同社は早い段階から、日本の市場よりも世界をマーケットとするビジネスに邁進してきたのである。このあたりの白木の先見性にも注目する必要があるだろう。

「誰もやらない。だからやる」をモットーに、独自技術を深く掘り下げることで、創立以来、今日まで幾多の困難を乗り越えながら業績を伸ばしてきたシコーの足跡は、「製造立国・日本」を支える数多の中小製造業や町工場が進むべき道を示すものとなるはずだ。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十三年十二月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 「モノづくり日本」の復活に向けて

独創性と企画の相関関係――「誰もやらない。だからやる」の明快さ
白木の「自分流」モノづくり発想とは
技術力が世相を変えた好個の事例
世界が同時進行するコンピュータ万能時代の光と影
新興国の躍進と停滞する日本経済
統計数値が示す国内製造業の低迷
厳しい経営環境にある中小製造業
発想の転換と行動する狭間で


第2章 独創的な超小型モータで世界に挑む

世界で評価される独創的な製品
世界規模で様変わりするライフスタイル
ビッグネームからのプロポーズ
認められた超小型ファンモータ
超ドラマはこうしてはじまった
まねからはじまった戦後の製造業
「正しい」グローバルスタンダード
実を取る海外、名前に頼る日本
あたり前に振動しているが……


第3章 常識破りが生む「世界で唯一」の製品

最高の技術が世界の市場から取り残された理由
過保護は競争力を生み出さない
「世界で唯一」という製品のオンパレード
SF映画の世界が現実化した驚異
人間の動きをモータで実現する
モノをつくる工夫の真髄とは
「物質の小型化は哲学」という思想
世界一に反応する負けじ魂
モノづくりの原点は本気と情熱


第4章 「誰もやらない。だからやる」の発想法

地球に国境はないという思考法
モノづくりの発想を支える観察眼
兼業アルバイトで入学金づくり
今日の基礎をセコー技研で学ぶ
カネに目がくらむと志が曇るのだ
命題「会社は誰のものか?」
財布の中身に関する考察
将来を展望した構想と戦略化
人にはじまり人に終わる
国情の違いで苦労する社員教育


第5章 世界で起きているパラダイムシフト

深耕される国際社会の意味
変化に対応すべき人材の育成法
出船・入船により活況を呈す港
密なコミュニケーションをはかる
状況変化に照応する柔軟な対策
日本語の本が世界で売れるのか!?
世界でいま何が起きているのか
日本の技術力で世界を変える!!
新世紀と世界で起きているパラダイムシフト


第6章 地球人・白木学が描くシコーの未来

自然エネルギーへの転換をめざす
エネルギー収支比に関する考察
微風が吹けば曇天でも発電可能
一家に一台、風力発電+太陽光を
この先、中小水力発電が狙い目
無限に再生する自然エネルギー
都会でもできる再生エネルギー
ホイールインモータとは何か?
超小型モータは新時代の心臓


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2020/06/10

『「シャボン玉石けん」の挑戦』(前書きと目次)

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「シャボン玉石けん」の挑戦
~泡の科学でいま、無添加石けんは新たな領域へ~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-362-7
初版発行:2012年3月20日 初版発行




はじめに

環境問題は地球レベルで取り組まなくてはいけない問題であるが、その大きな特徴としては、科学の先端と日常生活がさまざまな部分で密接にリンクしていることがあげられる。

近年、生活環境にも深いかかわりを持つ化学物質の毒性が注目されるようになってきた。

改めて日常の生活を見渡してみると、自分の身の周りには化学物質を原材料にした製品がたくさんあることに気がつくだろう。プラスチック、合成繊維、医薬品、農薬、洗剤、塗料、ハイテク材料……。豊かで便利といわれている生活とは、これほど化学物質によって支えられていたのかと驚くほどだ。なかには、環境や健康に有害な影響を引き起こす可能性のあるものも少なくない。

環境中に出た化学物質のなかには、すぐに分解されず川や海の底に蓄積したり、食物連鎖を通して生物の体内に濃縮されてしまうものがある。そうした化学物質が人間の体内に取り込まれると、アレルギーやがんの発症、生殖機能の異常など、さまざまな問題を引き起こす可能性があるのである。

このように、化学物質などが環境中に排出され、環境のなかの経路を通して人の健康や生態系に有害な影響をおよぼす可能性を「環境リスク」と呼ぶ。この「環境リスク」を全体として低減させていくためには、行政、事業者、市民、NGOがそれぞれの立場から協力し合って、有害な化学物質の排出抑制に取り組んでいかなければならない。

こうした有害性のある化学物質が、どのような発生源からどれくらい排出されたかといったデータを把握するための制度としてPRTR(Pollutant Release and Transfer Register:化学物質排出移動量届出制度)という仕組みがある。平成四年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)で大きく取り上げられ、日本でも導入された。平成十一(一九九九)年には法制化もされている。

このなかで、「難分解性」「高蓄積性」とともに「人または高次捕食動物への長期毒性」を有する物質を「第一種指定化学物質」として、四六二種類の化学物質が指定されている。そこに一〇種類の合成界面活性剤が入っており、なかには一般に流通している洗剤やハミガキ粉などにも使われている物質が含まれているというのである。

「私はとても不思議でなりません。環境問題がこれほど取りざたされているのに、いまだに合成洗剤が堂々と製造・販売され、また、多くのみなさんがなんの疑問も持たずにそれを購入・使用されていることです」

こう語るのは、シャボン玉石けん株式会社代表取締役社長・森田隼人氏である。

シャボン玉石けんは、福岡県北九州市に本社を置く、創業百年を超えた老舗企業だ。そして、この四十年間、無添加石けんひと筋に邁進してきた、無添加石けんのパイオニアでもある。その会社経営の基本には、合成洗剤の有害性に警鐘を鳴らし、「洗う」という行為から環境リスクの低減に貢献しようという啓蒙の理念が込められている。

「石けんは地球の生態系に組み込まれた物質で、人類の長い歴史のなかで、その効果も安全も証明済みの洗浄剤です。私たちは、石けんのなかでも天然素材だけを使った無添加石けんにこだわり、生命あるものすべてが安心・安全にすごせる製品をつくりつづけています」

シャボン玉石けんの最大の特徴は、一切の化学物質および添加物を含まない石けん素地のみでつくられた、「真の無添加石けん」を提供しているということである。製造は「ケン化法」というむかしながらの方式で、一週間以上、釜で炊き込みつくられる。できあがった石けんは、肌と環境の両方にやさしく、しっとりとした品質で消費者からの信頼も高い。同社は現在、年間売上高六二億円までに成長した。

実はシャボン玉石けんの前身は、合成洗剤を販売することで大いに発展してきた洗剤の卸売会社であった。それを改め、合成洗剤とはきっぱりと縁を切り、「無添加」という名前をつけた石けん一本で行くことを決めたのは、森田氏の父親である故・森田光德氏である。

そのきっかけはある出来事を通して、長年悩まされてきた皮膚障害の原因が、当時、自身が使っていた合成洗剤であったと気づいたことによる。合成洗剤の有害性を知った光德氏は、健康に有害なものを売ってはならないとの一心で、昭和四十九年、周囲の猛反対を押し切り石けん製造業へと転身する。しかし、ピーク時の一〇〇分の一にまで落ちる売り上げ、次々と辞めていく社員……。赤字は十七年間にもおよび、その苦闘の歳月は、ある意味、自然の命を守って回復させるという自分の信念を試される日々でもあった。

「化学物質から完全に身を守ることは誰も不可能かもしれない。だが、今日から合成洗剤をやめて、安全な石けんに切り替えることは可能である」といい、まさに「隗より始めよ」と訴えつづけた光德氏の気迫の人生は、経営者としてだけではなく、啓蒙家のそれといえる。

石けん運動が広がりを見せ、環境リスクの低減への取り組みが住民レベルで行われている現在のうねりの背景には、光德氏の捨て身の活動が一つの力となったことは、もっと知られてよい事実であろう。そして今日、シャボン玉石けんの理念である「健康な体ときれいな水を守る」の意義はますます深いものになっている。

そうしたシャボン玉石けんの足跡を伝えるとともに、無添加石けんの可能性がどれほど大きなものかを知らせることも本書の大事な役割である。この数年、シャボン玉石けんは先端科学技術を駆使した新製品の開発を次々と実現させてきた。石けんという大変身近な生活用品を扱いながら、多彩なイノベーションを用いた独特のモノづくりは、ほかに類がないとして各方面から注目を集めている。同社が開発した画期的な製品は以下のとおりだ。

◎従来の一七分の一の水量で鎮火できる石けん系泡消火剤「ミラクルフォーム」
◎世界初の「環境配慮型石けん系林野火災用泡消火剤」
◎ノロウイルスなどにも効果がある無添加石けんハンドソープ「バブルガード」

いずれも産学官、および医工連携という、巨視的なスタンスとチャレンジにより、開発されたものである。結果、泡消火剤は世界的な意味での消火剤革命を起こす可能性を持つといわれ、新型ハンドソープは感染症対策の基礎となる重大な発見につながると目されている。その開発の物語に関してはぜひ本文をひもといてもらいたい。

読み進むうち、こうした大きなプロジェクトも、環境と健康への貢献という石けん一個に込められた信念が勝ち取った成果であることがわかるだろう。真実のもの、本来あるべきものへとひた走ってきた軌跡が、まったく新しい製品を生み出すにいたったのである。

本書は、無添加石けんの普及を推進しつづけるシャボン玉石けんのさまざまな取り組みや理念とともに、開発と啓蒙に人生を懸けた人間ドラマが繰り広げられたものである。そこには、地球環境と人の未来を考えるすべての読者にとって貴重な提言が込められている。本書によって日常の暮らしが地球環境につながっていることに気がつき、いま何をするのが適切なのかを少しでも考えてもらえるきっかけとなれば、望外の喜びである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十四年一月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 合成洗剤と石けんの違いとは

社会的影響力が大きい無添加石けん
石けんと洗剤の定義に関して
無添加石けんのパイオニア「シャボン玉石けん」
四十年前、初めて知った「無添加」という言葉
一週間で湿疹がきれいに!
恐ろしさは目に見えない
死線を越えて、合成洗剤とは縁を切る決意を
汚れを落とす働きをつかさどる界面活性剤
地球の生態系に組み込まれた石けんの歴史
戦争が開発普及を進めた合成洗剤
日本における石けんと合成洗剤
危険への目覚め――ABSからLASへ
人体と環境におよぼす作用
蛍光増白剤への注意
いまだ調査が必要とされる合成洗剤の有害性
理解したうえでの選択を


第2章 真の無添加石けんと商品群

真の無添加を提起する
原料から無添加にこだわるシャボン玉石けん
二つの石けん製造法
モノづくりの精神が込められた「ケン化法」
肌にふれて喜ぶものを――顧問・井関巌(釜炊き職人)
観光としても好評を集める工場見学
肌の弱い人でもペットでも安心して使える
一度使えばよさがわかる、定番「シャボン玉浴用」
独自の製法で溶けやすく洗浄力も強い、洗濯粉石けん「スノール」
主婦湿疹も改善「キッチン用石けん」
キューティクルを守り健康な髪に戻す「シャンプー・リンス」
低刺激へのこだわりが生んだシリーズ「ベビーシリーズ」
食の安全と同じレベルの安心を――せっけんハミガキ
JIS規格より厳しい品質管理


第3章 信念と波乱の歩み

売り上げが一〇〇分の一に
『複合汚染』が与えた衝撃
合成洗剤有害説から合成洗剤追放運動へ
気がつけば社員は五人に
柳沢文生の孤独な闘いと迫害
迷走と低迷のなか、新入社員採用に踏み切る
やる気満々の若手社員
最大の危機――命を賭けて
決定的瞬間、まったく新しい粉石けん「スノール」の誕生
メーカーとして、信念と思想を売る
十八年目にしてついに黒字転換!
坂本龍一もシャボン玉石けんの隠れファンだった
三代目社長就任と光德との別れ
すべてがゼロからの開拓だった――専務取締役・髙橋道夫


第4章 広がりつづける石けんの可能性

世界初「環境配慮型石けん系林野火災用泡消火剤」の実験成功
阪神・淡路大震災からはじまった
石けん系の泡ならば
小水量消火が課題に
困難極まりない条件
学の参入、分子構造レベルからの開発
プロジェクトで博士号取得者が二人も誕生
オール国産・消防車両の開発
公害都市から環境モデル都市になった北九州市の環境への高い意識
産学官の連携で総務大臣賞受賞
世界に向けて、森林火災用の消火剤
研究機関「石けんリサーチセンター」設立
基礎研究に没頭できる環境――上江洲一也
驚愕の殺菌効果、手洗いせっけんバブルガード
「感染症対策研究センター」の設立、医学と工学の連携


第5章 シャボン玉石けんの理念と啓蒙活動

商品が伝える理念
百年の歴史を持つベンチャー企業
消費者自身に考えてもらうユニークな広告活動
伝道師としての営業とオペレーター
講演や「友の会」に見る幅広い啓蒙活動
アンテナショップ「サロン・デ・シャボン」
市民の石けん運動との地道な連携も
環境への取り組み、大きな目標から小さな活動まで
石けんは本当に熱帯の生態系を破壊するのか
地元とともに発展
東日本大震災への取り組み
「経済界大賞」優秀経営者賞受賞
ユニークな社訓「好・信・楽」が掲げる深い人生観


第6章 世界にはばたく無添加石けん
     ――人々の健康を守るため――

林野火災用泡消火剤、アメリカ特許申請
韓国、中国、ロシア……加速する海外進出
「無添加」の意味再び
環境に安全なものは、健康にも安全
無添加と健康の関係を知らしめる責任
次の百年に向けて、産学連携、医工連携をフルに活用
世界一の石けんメーカーをめざして、さまざまな分野に


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2020/05/25

『ファインバブルが地球の未来を救う』(前書きと目次)

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ファインバブルが地球の未来を救う
~サイエンスのSDGs宣言~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-463-1
初版発行:2020年5月24日 初版発行




はじめに

本書の主人公である株式会社サイエンス創業者の青山恭明氏に、私が初めて出会ったのは、いまから約30年前の、青山氏がまだ20代のころだった。当時の青山氏は、人なみはずれた勢いと明るさで周囲を巻き込む若者で、これから世の中に打って出ようとする熱気には、一種のオーラのようなものが感じられた。

以後、青山氏と私は、途中に多少のブランクはあっても、なにか大きな節目を迎える際には再会を重ねてきた。

その青山氏が先日、還暦を迎えたと聞き、私は思わず感慨を覚えた。

仕事柄、私はこれまでに数多くの経営者と出会い、交流を重ねてきた。そのなかには、厳しい競争のなかで打ち負かされ、表舞台から去っていった人も少なくはない。まさに悲喜こもごもの経営者人生を目の当たりにしてきたわけだ。

そうしたなかで、まだ青年だった時代に出会い、その将来を楽しみに感じていた青山氏が、大きな挫折を乗り越えて、さらにその先の世界へと向かっていこうとする姿を見られることが、私にはたいへん心強く感じられ、また、非常にうれしくもある。

サイエンスは、われわれの暮らしに欠かせない「水」に特化したビジネスを展開している企業だ。そのビジネスの最大の特徴は、微細気泡を発生させるファインバブル技術を導入していることにある。

ファインバブル技術を使った商品と言われても、すぐにはピンとこないかもしれない。しかし、太い油性ペンで女性の頬に塗られた黒インクがシャワーの水を当てると落ちていくテレビCMと言えば、「ああ」と思い当たる人も少なくないだろう。このCMで使われているシャワーヘッドが、サイエンスの「ウルトラファインミスト ミラブルplus」なのだ。

「ウルトラファインミスト ミラブルplus」(以下、「ミラブルplus」と略す)は、泡の直径が1マイクロメートル未満の超微細な気泡であるウルトラファインバブルをミスト状の水流に含むことで強い洗浄力と高い水分浸透性を発揮する、話題のシャワーヘッドだ。泡の力で隅々まで汚れを落とすという革命的な製品で、テレビのワイドショーや情報番組などでも紹介され、爆発的なヒット商品となった。

また、湯船でお湯に浸かるだけで汚れが落ちる「マイクロバブルトルネード」も、2009年に発売を開始して以来、好調な売れゆきだ。これは、ファインバブル技術を利用した初めての民生品(一般家庭用製品)として一般社団法人ファインバブル産業会の「ファインバブル製品認証登録制度」第1号に選定された製品である。ファインバブル発生装置を既存の戸建やマンションのバスタブにも設置可能なほど小型化した、それまで誰も考えつかなかったこの製品は、いまでは家庭だけにとどまらず、介護施設や有名ホテルなどでも導入するところが増えている。

サイエンスが創業したのは2007年8月のことだ。創業時のメンバーは、創業者の青山氏と、現・サイエンス代表取締役社長の水上康洋氏、それに現・株式会社ライフデザインホーム代表取締役社長の根郷陽一氏の、わずか3人だけだった。

資金も取引先もなにもないなかで旗揚げしたサイエンスの、当時の取り扱い商品は、家中の水をまるごと浄活水化させる「サイエンス・ウォーターシステム」(セントラル型浄活水装置)のみだった。しかし、創業当初からファインバブル技術に着目していた青山氏は、さまざまな難関を乗り越えて、2009年に「マイクロバブルトルネード」を完成させ、それまでは産業用が中心だったファインバブル技術を民生品として活用する市場の開拓を、いっきに推し進めた。

そうした青山氏の活躍に大きな可能性を感じた私は、青山氏とサイエンスの事業を綿密に取材し、2016年に『小さな泡が世界の生活を変える』(IN通信社)という著書を上梓したところ、多くの反響を得ることができた。

しかしそれは、サイエンスにとってはただの序章にすぎなかった。その本のなかでさわりだけ紹介した、家庭のシャワーヘッドに取り付けるウルトラファインバブル発生装置「ナノシャワー」がさらなる進化を遂げ、ファインバブルを含んだ水流をワンタッチでストレートとミストに切り替えて使える画期的なシャワーヘッドに生まれ変わり、「ミラブル」として2018年に売り出されると、いっきにブレイクした。この「ミラブル」のヒットによりサイエンスは、会社の知名度はもちろん、規模も人材も考え方も、すべてが新たな段階へと踏み出すことになったのである。

無限の潜在能力を有するとも言われるファインバブル技術は、農業、水産業、医療、工業など、幅広い応用分野に活用され、世界の産業界に大きなイノベーションを与えようとしている。実は、その技術の開発および進化の最前線を走っているのは日本だ。いまは、日本発のファインバブル技術を世界の標準規格とするために、官民あげて推進している最中だ。

そうしたなかでサイエンスは、民間企業ならではのフットワークの軽さで分野と分野の垣根を軽々と飛び越え、「ファインバブルアプリケーション開発メーカー」として、ボーダーレスな事業展開へと積極的に向かっている。その自在な動きとサイエンスならではのスピード感で、これからの人々の暮らしを大きく変えていくだろう。

さらにサイエンスは、より快適な暮らしを実現させる「新習慣」を提案し、それによって環境改善に貢献していくというミッションを掲げ、その実現に向けて邁進している。2019年10月には、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の達成に協力する企業として「SDGs宣言」を発表し、環境保全への貢献を会社の指針にすることを内外に打ち出した。ファインバブル技術は、安全な水の確保や、健康と福祉の促進、海洋資源の保護、さらには住みよい街づくりなど、広範な領域に貢献するだろう。

「私はファインバブルに魅せられた男です。ファインバブルで地球の未来を救いたいのです」

と語る青山氏は、孫の顔を見るたびに「負の遺産を残してはいけない」と強く思うという。

私と初めて出会ってからの約30年のあいだに、青山氏はいくつもの試練を乗り越えなければならなかった。仕事での大きな挫折もあったし、父親としての悩みも経験した。だが、困難があるたびに甦り、生きる力を取り戻していく青山氏の歩みには、心を打つものがある。

かつて勢いだけで他を圧倒していた若者は、幾多の試練を乗り越えて、いまは人の痛みを知り、精神的に深く円熟した大人へと成長した。自社で働く社員はもちろんのこと、その社員の家族もまた、みな「自分の家族」と思い、とことんつきあっていこうという青山氏の姿勢は、この時代だからこそ多くの人々に勇気と励ましを与えるのではないか。

本書は、未来に向けたサイエンスの事業活動およびファインバブル技術のさらなる可能性に焦点を当てるとともに、青山恭明氏の人生哲学や経営理念を詳述したものである。ここからは、ファインバブルに関する基礎知識を得たい、人を育てる極意を知りたい、経営者の胸の内を窺いたいなど、読者がもつさまざまな興味や関心に対するヒントを読み取ることができるだろう。

そうしたなかでも、最も心に迫ってくるのは青山氏の「熱い思い」であると思う。その「熱い思い」が読者にとって、生きるうえでのなんらかの指針となれば、著者としては望外の喜びである。

なお、本文中の一部の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


2020年4月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 SDGs達成を担う「小さな泡」

SDGsは未来社会への世界共通の羅針盤
地球環境を救う使命をもったSDGs
サイエンスが打ち出した本気の「SDGs宣言」
自分の孫が50年後も安心して暮らせる社会をつくるため
日本政府のこれまでの取り組みと現状
幅広い分野でSDGsに貢献するファインバブル技術
サイエンスの商品を通して環境に貢献を


第2章 「新習慣」をつくる夢のシャワーヘッドと入浴革命を起こしたバス

微小な泡が生み出す夢の効果が大評判に
優れた使い心地と効能を実現した「ミラブルplus」
臨床研究を90日間実施し、アトピーへの効果を確認
人類初のファインバブルは日本から
マイクロバブルの民生用領域を開拓
ファインバブル技術で入浴革命を実現
三女の「塩素系アトピー」をきっかけに
家中の水すべてをクリーンにする「ウォーターシステム」
日本初の一般向けファインバブル製品「マイクロバブルトルネード」
さらに広がる「マイクロバブルトルネード」の導入先
クリーニング機能を搭載した「ミラバス」
見守り機能のついた「ミラバス・ガーディアン」
待望のキッチン用水栓「ミラブルキッチン」
ECサイトでの販売を禁止した理由
たむらけんじがサイエンスの正規代理店に
自らの会社を譲り、新たにサイエンスの代理店を創業した男


第3章 ファインバブルの可能性と未来

FBIA認証はサイエンスのもつ技術力の高さの証
ファインバブルのもつ効果とメカニズムの解明が進む
ファインバブル規格の国際標準化に向けて
マイクロバブルとウルトラファインバブルの違いとは
ファインバブル実用化の広がり
住宅用ファインバブルシステムをハウスメーカーと共同開発
ファインバブルアプリケーションの開発メーカーとして
ファインバブル技術は地方の中小企業からグローバル展開へ


第4章 感動と喜びを与え続ける

なるべくしてなったサイエンスの急成長
どんな会社も理念からはずれると潰れてしまう
100年計画を覚悟した壮大な理念
サイエンス式採用で理念を実践
人材育成は命がけの仕事
サイエンスで人間的成長を
「素直人」が集まる濃い関係
積極志向の「赤ボタン」を押しながら、上司について東京へ
感動が渦巻く「望年会」
建前だらけの「働き方改革」とは逆を行く
「スピード」こそがサイエンスの強み
経営者とは「決断」をする人間


第5章 感謝の出会いがあってこそ ― 青山恭明の直球人生

人に喜んでもらうことばかりを考えていた僧侶の父親
運命の出会いは高校生のとき
2年間で200万円つくる約束を果たして結婚へ
アメリカ留学で受けたカルチャーショックで「水」に注目
次女を襲った急性白血病に自分の弱さを思い知らされる
震災被災者の言葉で自分が果たすべき役割に気づく
毎晩、寝る前に仏壇に手を合わせ
経営者にとっての伴侶
苦闘のなかで手を差し伸べてくれた最大の恩人
8月7日は「恩人の日」
サイエンスのCMは「実証広告」
生きる力をユーザーに与える
1年がかりのサプライズ、号泣の還暦パーティ


第6章 サイエンスが描くファインバブルと地球の未来

いきなりの万博出展宣言
10歳若返るパビリオンに「ミラバス」「ミラブルplus」が登場
2人のキーパーソンとの出会いが「ほら」を「現実」に近づけた
新製品開発と海外戦略
ライフデザインホームを組み込みホールディングス体制へ
100年計画と後継者問題
サイエンスが社会に存在する意義とは
ファインバブル技術が地球の未来を救う


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2020/03/10

『「梅の花」のおもてなし』 前書きと目次

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「梅の花」のおもてなし
~感動を生む「梅の花」の秘密とは~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-363-4
初版発行:2012年4月11日 初版発行




はじめに

近年、世界中で日本食ブームが巻き起こっている。海外の日本食レストランの数はいまや二万五〇〇〇店以上と推定されており、「寿司」などの高級店だけでなく、居酒屋のような大衆的な店も増え、ブームに拍車をかけている。なかには、日本人以外の手による、正当な日本食とはほど遠い「日本食もどき」の店もあるという。

それほどまでに日本食がもてはやされるようになった背景として、世界的な健康志向の高まりがあげられるだろう。米を中心に魚や大豆など、多彩な食材を用いる日本食は栄養バランスにすぐれ、新鮮な素材の持ち味をそのまま生かした調理法が多く、肉中心の料理に比べカロリーも低い。そうした日本食のヘルシーさに、欧米人をはじめ、これまで脂肪やカロリーをとりすぎていた人たちが注目するようになったのだ。

しかもヘルシーなだけでなく、日本食は料理の種類も豊富で、それぞれにおいしく、器や盛りつけなど、見た目も美しい。昨今、日本のポップカルチャーに端を発し、日本のさまざまな文化が「クールジャパン(かっこいい日本)」として人気を呼んでいるが、食文化もその一つである。料理そのものだけでなく、盛りつけなどを含む和のしつらい、さらにはもてなしの精神や作法なども含めた文化として、国際的に高く評価されているのだ。

しかし、東日本大震災にともなう福島第一原発の事故は、日本の食文化にも少なからず影響をおよぼし、日本食を目あてに訪れる海外からの観光客が減少。日本食への安心・安全・信頼が揺らいでいることも否めない。

そんななか、「日本食文化をユネスコ世界無形遺産に」という動きがにわかに高まり、平成二十五(二〇一三)年十一月の登録をめざし、目下、農林水産省を中心に、平成二十四年三月の申請に向けた準備が進められている。世界無形遺産への登録により、日本食の安全性やおいしさを内外にアピールするとともに、古来からの年中行事や人生儀礼とも結びついた伝統ある日本の食文化を、次世代に継承していこうというわけだ。

おいしい料理を味わうと人は誰でも幸せな気分に浸れる。特に日本では、季節の移ろいが感じられる、心地よい空間でそれが味わえれば、なおさらだろう。日常的な外食ではなく、レジャーとして外食にそうした癒しを求める人も少なくないようだ。

日本生産性本部余暇創研の『レジャー白書二〇一一』によると、平成二十二年の日本人の余暇活動として、外食はドライブ、国内観光旅行に次いで第三位。平成二十年までは長い間、外食が首位の座を占めていたが、不況や低価格化のあおりを受けて第三位に後退している。とはいえ、やはり身近なレジャーとして根強い人気があることに変わりない。

とりわけ女性の場合、ふだんは家庭で料理をつくる立場のことが多く、たまには外食でおいしい料理に舌鼓を打ち、お客として心配りが行き届いたもてなしを受け、心豊かな時間をすごしたいと思っている人は多いのではないだろうか。ただ、その場合もおいしいものは食べたいけれど、太りたくはないというのがおおかたの女性の本音だろう。

そんな女性のニーズを先取りし、健康と癒しをキーワードにした湯葉と豆腐の店「梅の花」を、全国六八カ所に展開しているのが、本書で紹介する株式会社梅の花(本社:福岡県久留米市、代表取締役社長:梅野重俊氏)である。

福岡・久留米に「梅の花」一号店がオープンしたのは、女性の社会進出が進み女性の時代といわれた昭和六十一(一九八六)年のことだ。家庭の主婦も遊びや趣味など、自分のために費やす時間やお金を持てる時代になっていた。

そこで「梅の花」では、ターゲットを女性に絞り、「女性がおこづかいで月に一度、ちょっと贅沢ができる店」をコンセプトに、女性にはなじみの薄かった料亭のような雰囲気を提供することにしたのである。

当時、地元でのランチの相場が五〇〇円という時代に、コース料理は二三〇〇円を超える価格設定だったにもかかわらず、連日、あっという間に予約で埋まるほどの盛況ぶりだった。

お客からお客へと「梅の花」の評判は口コミで広がり、その後、九州はもとより、関西、北陸、関東、東北、北海道と、全国進出を果たしている。

自家製の湯葉と豆腐は、大豆や水といった素材から製法までとことんこだわり、妥協を許さないおいしさを追求。そのほかの素材も、最高のものが厳選され、極力無添加の材料を使用している。

また、当初から全国展開を視野に入れていた同社では、昭和六十二年には早くもセントラルキッチンを設置している。店舗ごとの味のブレをなくすため、各店舗には職人は置かず、メインの料理はここで一括して手づくりし、その日の夜に全国の店舗へ出荷される。これにより、店舗の厨房では最終的な仕上げと、盛りつけを行うだけですむというわけだ。そして、熱い料理は熱く、冷たい料理は冷たいうちに、最適なタイミングで提供する。

「『梅の花』では料理がおいしいのはあたり前のこととして、むしろその場ですごす癒しの時間そのものを心ゆくまで味わっていただきたいのです」

こう語るのは、同社代表取締役社長・梅野重俊氏だ。

そのために季節感を大切にした空間の演出、器や盛りつけ、箸、ランチョンマット、明かり、香り、サービスまで、お客に心から満足してもらえるよう、あらゆるところにおもてなしの心配りを徹底させている。

「お客さまに喜ばれることをしてさしあげなさい」

これが従業員に対する梅野氏の口ぐせである。そして、お客の喜びを自分の喜びと感じられるようになることが大切なのだという。そのためにも、「従業員がまず幸せにならなければいけない」と考える梅野氏は、社員だけでなく、パートやアルバイトまで含め、すべての従業員と積極的に交流をはかり、常に感謝の気持ちを伝えることを忘れない。

その根底にあるのが同社の企業理念である「人に感謝、物に感謝」という心のありようだ。実は、梅野氏はこの言葉に出合うまでに数々の失敗を重ね、大きな挫折も味わっている。

同社の創業は、「梅の花」一号店よりさらにさかのぼること十年前。昭和五十一年に梅野氏が二十五歳で夫人の久美恵氏(専務取締役)と福岡・久留米に開業したかに料理専門店「かにしげ」が原点である。一三坪にも満たない小さな店だったが、当時はかに料理の専門店はまだめずらしかったこともあり、店は大いに繁盛し、二年間で二〇〇〇万円を貯めて、二階建ての大型店の出店にこぎつけた。さらに、それと並行して居酒屋やポテト料理専門店、焼肉店などにも手を広げていった。

「もともとじっとしていられない性格なのです(笑)」という梅野氏は、現状にあき足らず、その後もジンギスカン、ふぐ料理、スペアリブの店など、次々と新しい業態の店舗をオープンさせていく。ところが、これらがことごとく失敗、八方ふさがりの状況にまで追い込まれたのである。

若くして成功を手にしたばかりに、梅野氏は「すっかり天狗になっていたのかもしれない」と当時を振り返る。店をつくればお客は来てくれるものと思っていたが、急激に拡大しようとしても人材の確保が追いつかず、せっかく採用しても定着しない。お客も、思っていたようには来てくれない。

「当時は自分のことしか考えず、悪いのはすべて人のせい。こんな身勝手な経営者に従業員がついてくるわけもないし、お客さまが来ないのも当然です。若気の至りというか、そのころはそんな単純なことにも気づかなかったのです」

いったん歯車が狂い出すと、すべてが悪い方向に作用する。自暴自棄になりかけていたとき、転機になったのが訪れた寺の壁に貼られていた「人に感謝、物に感謝」という言葉だったのである。

この言葉を目にした途端、目の前がパッと開け、これこそ自分にいちばん足りなかったものであり、これまでの己の傲慢さに気づかされたのだという。

誰しも失敗のなかから学ぶことはある。数々の失敗を乗り越えてきたからこそ、今日の「梅の花」の成功があるのはいうまでもない。当時、もう後はないという瀬戸際に立たされた梅野氏はすっかり心を入れ替え、「厳しい冬を乗り越えて最初に咲く花が梅」ということと、「梅野に花をもたせてほしい」との決意を込めて店名を「梅の花」と名づけたのである。

経営者の心が変わると、従業員も変わり、モチベーションの高さは見違えるようになり、お客もどんどん増えていった。

「人に感謝、物に感謝」

わずか八文字からなる言葉に救われた梅野氏は、以来、これを常に心の中心に据え、新しいおもてなしのスタイルを創造しつづけてきた。

その際、「お客さまに喜んでいただける」「満足していただける」ためなら、必ずしも和食だけにとらわれない。湯葉と豆腐の店として、日本料理の世界にこれまでにない新しいスタイルを提唱してきた同社では、ほかにはないもの、オンリーワンをめざし、常に進化しつづけているのである。

たとえば、「チャイナ梅の花」として中華料理分野でも「梅の花」ならではの新しいスタイルを提案。業態もレストランに限らず、寿司・おむすび・おこわなどのテイクアウト店「古市庵」をM&Aで取得したほか、通販事業「梅あそび」にも乗り出した。

本書は、湯葉と豆腐の店「梅の花」をはじめとする梅の花の各事業を紹介するとともに、幾多の失敗や挫折を乗り越えて今日の成功をつかんだ創業社長・梅野重俊氏の理念と哲学に迫るものである。これは、外食産業やサービス産業に携わる人にとってはもちろん、一般の読者の方々にとっても、「梅の花」の食へのこだわりやおもてなし、感謝の心から学び取ることは多いはずと考えたいからである。

本書をご一読いただき、一人でも多くの方々が日本の食文化のあり方を改めて考え直すきっかけになれば、これに勝る幸せはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十四年二月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 からだに健康を、心に感動を提供する「梅の花」

からだにやさしい伝統の食材、湯葉と豆腐に着目
おいしい料理を提供するための素材と製法へのこだわり
想像を超えるおいしさと感動を
均一の味を可能にしたセントラルキッチン
清潔で快適な環境の電化厨房&ドライシステム
熱いものは熱く、冷たいものは冷たいうちに
季節を愛でる料亭の雰囲気を演出
究極の感動を与えるのは真心のおもてなし
気づきと感性がお客の満足度につながる
お客が抱く「自分のことをわかってくれる」安心感
クレームも貴重な意見として受け止める
一人でも多く「梅の花」のファンをつくるために


第2章 度重なる挫折から学んだ「人に感謝、物に感謝」 ――創業社長・梅野重俊の歩み――

【その1 「梅の花」開店までの道のり】
 朝食づくりが日課だった少年時代
 将来は自分で商売をはじめたくて商業高校へ進学
 辛酸をなめた下積み時代
 七年間で二〇カ所ほどを渡り歩き修業を重ねる
 二十五歳で念願の独立を果たす
  早く大きな店にしたい!
 本格的かに料理専門店へとステップアップ
 「かにしげ」のチェーン展開をめざし県外へ
 新業態の店づくりに次々と手を染める
 自分に非はなく、悪いのはすべて人のせい
 暗闇の中で見えてきた一条の光
【その2 「梅の花」の全国展開へ】
 女性客の心をつかんだ「梅の花」
 従業員に対し自らの行動をもって範を示す
 オフィスビルのなかに佐賀店をオープン
 「梅の花」成長の原動力となったセントラルキッチン
 新工場建設にともない、出店を加速化
 全国各地に広がりを見せる「梅の花」


第3章 食文化を中心にオンリーワン企業をめざす

「梅の花」の出店は都心型から郊外型へ
地域に密着した店づくり
一年先を見越しながらのメニュー開発
株式店頭登録から東証二部上場へ
「食の安全」への全社的取り組み
中華料理を「梅の花」スタイルで
「花小梅」は外食事業の第二、第三の柱になるか!?
古市庵をM&Aで取得し中食事業を拡大
百貨店依存型から脱却し「古市庵」ブランドを構築
オンリーワンをめざし常に新しい業態を模索


第4章 梅野イズムの真髄は「人」を幸せにすること

従業員の幸せがお客の幸せにつながる
人の成長なくして企業の成長はない
社長は社員一人ひとりの親代わり
「梅の花」で働くことに誇りを持つ
店舗の支配人はそれぞれが経営者
社員のやる気に誠心誠意応える
接客のレベルアップを目的にコンテスト開催
料理の段取りとチームワークを競う調理コンテスト
がんばった人が幸せになれるように
トップダウンをやめて権限の委譲を
梅野イズムの浸透が成長のカギ


第5章 百年企業として咲きつづけるために

男性客をターゲットにしたテレビCMがヒット
酒のつまみや男の懐石膳も登場
中食としての提供を見据えた「餃子屋一番」
アメリカでの失敗を糧にアジア市場に挑戦
古市庵のほうがひと足先に海外進出か!?
焦らずじっくり人を育てていくことを優先する
周りのすべての人の幸せを願って咲きつづける


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2020/02/21

『オーレックの挑戦』 前書きと目次

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オーレックの挑戦
~“モノづくり精神”で切り開く農業機械革命~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-364-1
初版発行:2012年4月17日 初版発行




はじめに

日本の農業はいま、崖っぷちの状況にある。

農業従事者の高齢化や後継者難による休耕地の拡大。さらに、東日本大震災で被災した農地の復興計画はいまだ具体化せず、福島第一原発事故にともなう風評被害も深刻な問題だ。また、平成十九(二〇一一)年度の日本の食料自給率は、カロリーベースで四〇%にまで減少。これは、昭和三十五年度の七九%からほぼ半減した計算になる。ちなみに、世界では「三五%を下回ると国家として壊滅的な状態」という認識が一般的であり、これは有事のときに国家の安全が保てない恐れさえある。

こうした危機意識はここにきてようやく、政界、産業界、学界を中心に浸透し、食料自給率の向上策が議論されるようになった。加えて、農業は緑地造成の保存という環境保全の一面を有していることから、政府も農業・農地の持続的な発展と循環型社会の形成に向けて、農業政策の抜本的な改正に取り組む姿勢を見せ、その一環として市民農園などの普及を支援する方針も打ち出してはいる。

しかし、その一方で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に向けての事前協議が進められている。TPPでは加盟国間での輸出入は原則自由化が建前だから、今後、農産物への関税の撤廃、安全基準の緩和などが求められるのは必至で、海外から安い農産物が大量に輸入されるようになれば、国内の農業はこれまで以上に厳しい状況にさらされることになるのは間違いない。

こうした厳しい局面を迎えた日本の農業を農業機械メーカーの立場から支援しているのが、本書で紹介する株式会社オーレック(本社:福岡県八女郡広川町、代表取締役社長:今村健二氏)である。

同社は農業機械メーカーのなかでは「草刈機のトップシェアのメーカー」として知られているが、その製品構成は草刈機だけにとどまらず、管理機、耕運機、除雪機・運搬車にまでおよぶ。

創業は昭和二十三年、「戦後の食糧難を解決するためには、農作業の軽減をはかるべき」との思いから、創業者の今村隆起氏(故人)が徒手空拳、自宅脇の車庫を改造して、同社の前身である「大橋農機製作所」を立ち上げ、農業機械をつくったのがはじまりである。創業時の事業発展の契機になったのは動力モーターを利用した「水揚げポンプ」である。これが田植え前に行われる、用水路から田んぼへの水揚げ作業を画期的に改善した。さらに「養分をたくさん含んだクリーク(用水路)の泥土を、稲刈りを終えた田んぼに引き上げたいのだが」という農家の要望に応じて開発した「泥土揚げ機」が好評を博し、同社の農業機械メーカーとしての基盤を固めることになったのだ。

その後、隆起氏は手持ち式の草刈機しかなかった時代に、「もっと楽に草刈りができる機械はないか」という農家の要望に応え、業界初となるタイヤ装備の自走式草刈機を開発した。文字どおり自走式草刈機の草分けである。

「創業者の今村隆起は『世の中に役立つものを誰よりも先につくる』を信条とし、自走式草刈機を他社にさきがけて開発したのです」

こう語るのは隆起氏の長男であり、現在、オーレックの代表取締役社長を務める今村健二氏である。

さらに健二氏が入社したのを契機に、経営基盤のさらなる強化が進められた。

まず、健二氏の進言により昭和五十五年に埼玉県に営業所を開設した。当初、九州の小さな農業機械メーカーの製品に誰も見向きもしなかったが、粘り強い営業活動の末、商圏を関東に広げた。そして社名を「株式会社オーレック」に改めるとともに、工場の拡張、アメリカ・シアトルでの販売会社設立など経営の強化拡大策が推進され、「小型農業機械メーカーの雄」という地歩を確立していったのである。

本書は、オリジナリティと信頼性の訴求で草刈機市場でトップシェアを誇るオーレックの創業者・今村隆起氏の、日本の農業界に残した業績を振り返りつつ、その意志を受け継ぎ、オーレックの事業を世界規模へと拡充した今村健二氏の独自の経営戦略を紹介するとともに、その根幹にある経営理念や人生哲学を解き明かすものである。

現在、農業機械業界に身を置く人のみならず、日本の農業と食料、さらには環境問題などに関心を寄せる多くの一般読者にとっても貴重な指針となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十四年二月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 日本の「食」と「農」は危機状態!

日本は「農業国」か「工業国」か
食料自給率は先進国中最低の日本
輸入の七割を五つの国・地域に依存する
戦後の工業重視政策で農業は脆弱化
農家に迫る深刻な問題――高齢化・後継者難の波
農業と食料供給体制を見直す潮時
国は農業経営近代化と合理化支援
農業機械市場に見られる新しい波
足元にやるべきことがまだある


第2章 「草刈機」トップメーカーへの道のり

実体は大手メーカーのOEM製造者
用途別に種類がある草刈機
「農具」「農機具」「農業機械」の定義
関東進出で飛躍への契機をつかむ
地を這うように探る現場の情報
徒手空拳、新天地に拠点を構える
止血剤を飲みながら悪戦苦闘する日々
クレームを糧にする
無理に売らなくとも売れる製品
顧客こそがトップセールスマン


第3章 「超顧客志向」で独創的な製品を開発

品格のある農業機械製品とは
連綿と受け継がれる創業の精神
経営の核心を表現する「OREC」
「業界初」をつくることが存在証明
主要な部品の内製化で自立する
開発担当者一人が一製品を担当
バーチャル設計とリアル設計の決定的違い
ハイテク活用と人的な情報交換
マーケットインとプロダトアウト
売上高ではなく貢献高


第4章 小型農業機械分野のさきがけとして
 ――創業者・今村隆起の挑戦人生――

不撓不屈、決してぶれない思考
進取・先攻の気性に富んだ創始者
農作業の軽減化・省力化に注力
極意と日本一のモノづくり志向
先行投資で日本一、先を行く企業
DNAとして伝えられた困難に臨む勇気と決断力
節約しろ、使うときはドンと使え
食品売り場で食文化を諭された話
田舎娘は全国に通用しない
よい家庭環境こそが会社の基盤


第5章 継続のなかに革新を織り込む経営哲学
 ――一を一〇〇にする今村健二の思考法――

研究開発基地のテクノセンター
経営者に不可欠な人材の育成法
じっと十年、我慢の成果
一の力を百人力に変える
人財育成も兼ねたオーレック祭
人との融和で活性化する組織
一人ひとりが考える判断の基準
農業は健康産業であった
健康食品「黒の薩摩青汁」開発経緯
西日本と東日本、そして世界へ


第6章 受け継ぐモノづくり精神で世界へ

世界に飛翔するオーレック魂
難問山積の時代、突破口を探す
海外進出にともなう産業空洞化論に疑問
世界企業になるための四つの道筋
小型農業機械領域を進化・深化させる
伝統とノウハウを生かす新事業
健康食品で探る新機軸の方向性
実現に向け同時進行中の六事業
アジア、オーストラリア、南米の環太平洋州
世界人として世界企業への邁進


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2020/02/06

『信頼への挑戦』 前書きと目次

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信頼への挑戦
~千代田セレモニーグループのあくなき情熱~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-365-8
初版発行:2012年4月29日 初版発行




はじめに

「男性七十九・六四歳、女性八十六・三九歳」

これは日本人の平均寿命(平成二十二〈二〇一〇〉年)で、女性は二十六年連続で世界第一位、男性は香港、フランス、スイスに次ぐ第四位である。第二次世界大戦前には、男女とも五十歳を下回っていたことを考えれば、なんと長命になったことか。

たしかに長寿にはなった。しかし、だからといって無限に生きられるわけではない。人間は、寿命が尽きれば死ぬ運命にある。たとえ若くしても、病気、事故、そして犯罪などに巻き込まれて生命を落とす人は少なくない。死は、いつも生の隣にあるのだ。

それを如実に見せつけられたのが、平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災である。地震と津波は、さっきまで生きていた多くの人たちの生命を一瞬にして奪い去った。それは、生の限界と死の必然、すなわち生あるものは必ず死ぬという冷徹な事実を改めて知らしめることになった。

実際、東日本大震災を契機に日本人の死生観、さらには死者を見送る葬式に対する考え方も変化してきた。震災をきっかけに、葬式は単なるセレモニーではなく、故人と残された人たちとの絆を見つめ直す場であり、祈りと鎮魂の場であることを改めて気づかされた人も少なくないはずだ。

本書で取り上げる千代田セレモニーグループ代表・大石和雄氏は、「大災害の発生を契機に日本人がむかしから大事にしている人と人の絆を見直す気運が高まっています」と指摘する。

その根拠として、被災地ではいまも行方の知れない身内を探索し、倒壊した家から先祖の位牌を捜す人たちが大勢いることをあげる。

人と人との絆は、生者と生者だけのものではない。共に生き、人生に歴史を刻みながら故人となった死者とも絆が結ばれているということだ。

平成二十三年八月十八日のNHKの「ニュースウォッチ9」で、大石氏の言葉を裏づけるような映像が放送された。

被災地の一つである宮城県では、身元不明の多くの遺体が、正規の弔いを受けないままに仮埋葬された。その事実に心を動かされた女性写真家・広瀬美紀氏が、震災から間もない四月に現地を訪れて、仮埋葬の様子を撮影しようとしたのだ。

彼女は、昭和二十年三月の東京大空襲で身元不明のままに埋葬された人たちの墓などを撮影し、『わたしはここにいる』という写真集を発刊し、写真展を開いている人物である。だから、東日本大震災で仮埋葬された人々の墓を写真に記録し、その人たちの生きていた証を世間に知らせたかったのだろう。

大石氏は「葬式は人と人の永遠の別れに際して心の区切りをつけ、故人の冥福を祈ると同時に、残された人たちの悲しみを癒す大切な行事です」と葬儀の意義と必要性を説く。すなわち、葬式は、死者と生者の関係に根ざす厳粛な儀式であり、やむにやまれぬ気持ちが葬式をあげる動機になっているということだ。だから、「葬式で大切なのは故人に対する深い愛情なのです」という。

だが大石氏は、従来の葬儀における葬儀業者と宗教者の考え方や振る舞いに問題があったことも認識している。だから、葬儀のあり方が議論されることは必然であり、生者と死者の永遠の別れを演出する葬式にも、時代の要請が反映されるのは当然ととらえている。

「現代日本人の葬式に対する要求は十人十色。多様化、個性化、簡素化が進むのは、時代のしからしむるところです。ですから、葬儀の主催者も葬儀業者も従来の形式、規模、施行方法にこだわる必要はありません。葬家が納得し、満足する葬式をあげるように最大限の努力をすればいいのです」と明言する。

千代田セレモニーは、この大石氏の考え方にもとづき、「葬家が納得し、満足する葬式の施行」を経営理念に掲げている。

同社は、創業時から一貫して、「故人のため、そして故人の身内のための個性豊かな葬儀を実現し、遺族や会葬者に感動をもたらす」ことを追求してきた。それが同社の企業テーマ「心のサービス」である。

また、大石氏が自身の経営施策においてもっとも重視している点は、「安心・安全の互助会システム」の堅持である。それは、近年、世間で話題を呼んだ『葬式は、要らない』(島田裕巳著/幻冬舎刊)という書物で指摘されている葬儀業者や宗教者に対する不信を払拭するものにほかならない。

同社が運営する「互助会」の正式名称は「冠婚葬祭互助会」である。会員が毎月一定額を積み立て、それを葬儀や結婚式の必要が生じたときに利用するという仕組みである。それは、江戸時代から戦後まで続いた「頼母子講」を起源とする「相互の助け合いの精神」を基盤にするもので、特徴は「少ない掛け金で大きな安心が得られる」ことである。

だから、互助会を運営する会社に経営の破綻は許されない。実際、大石氏は「互助会運営企業の破綻は、会員に対する重大な裏切り行為である」と明言している。

その互助会システムで「安心・安全」を確立するために同社は、① 経営基盤の確立、② 人的・物的サービスの向上、③ よいものをより安価に提供する努力、の三項目を経営指針として掲げている。

三項目の経営指針を掲げた裏には大石氏の経験がある。大石氏が入社したばかりのころの、同社を含めた互助会企業や葬儀業者の仕事は、旧態依然としたものだった。

葬家のなかには、式の施行後に感謝の言葉を述べる人もいたが、少なからぬ人たちが不満の念を抱き、実際に苦情の言葉を口にする人たちもいたのである。葬儀現場で、そうした事態を目のあたりにした大石氏は、「いつかきっと心のサービスを実現する」と心に誓ったのである。

大石氏がめざしたのは、「自分が真っ先に入会したい互助会システム」の構築であった。それを実現するために先にあげた三項目の経営指針を策定するとともに、厚生労働省が認定する葬祭ディレクターをそろえ、葬祭ホールや施設を整備、充実させ、二十四時間三六五日、いつでも電話で受け付ける体制を整えた。

同社は、葬祭ビジネスの強化、拡大に力を注ぐだけではなく、地域密着という社会的な使命を果たすことにも尽力している。

「葬祭業は地元産業」というのが大石氏の持論である。互助会会員は、同社の営業所や葬祭ホールがある地域で暮らす人たちである。いずれも同じ地域、町会に所属する「隣組」なのだ。この近隣に住む者同士の関係を重視し、長い間日本人が失っていた「人と人との絆」の再生をはかり、家族の絆と地域連帯意識の再生を達成するのが千代田セレモニーグループの究極の目的である。

本書は、冠婚葬祭互助会システムの普及により、新しい時代が求める葬祭儀式を施行しながら、人と人との絆の再生に取り組む千代田セレモニーグループの事業活動を紹介するとともに、同グループ代表・大石和雄氏の経営理念、葬祭思想を解説するものである。はからずも、東日本大震災は、年齢や病気の有無にかかわらず、死は誰にとっても身近なものであることを知らしめることとなった。それだけに、これは現在、冠婚葬祭業界に身を置く人だけではなく、自分自身、あるいは家族の葬祭儀式のあり方に思いをめぐらす多くの一般読者にとっても貴重な示唆を与えるものとなるはずだ。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十四年二月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 いま、お葬式が変だ!

人生の節目で実施される冠婚葬祭
葬式論議に火をつけた書籍『葬式は、要らない』
葬式の通俗化に対する批判が主旨
葬式の知識と経験がない消費者たち
人と人との絆を中心にして葬式を考える
変貌する葬式のかたちと内容
「感動の葬式」の実現


第2章 千代田セレモニーグループ・大石和雄の情熱の軌跡

葬儀とは……
感動こそ「心の葬儀」の根幹
「いつかはきっと心の葬儀を」と心に誓う
なかなか成果を出しきれない日々
釣り仲間に誘われて冠婚葬祭会社に入社
会員なくして、なんの互助会ぞ
会員不評の改善を
顧客本位の考え方で葬祭部の業務を改革
脱脂綿を敷き詰める新しいかたちの納棺を実施
コンピュータ化で業務の効率化を
隔月集金の体制を取り、集金の効率化をはかる
労働組合対策の責任を担う
さらなる業務改革をめざして
築地本願寺での社葬の挙行
新たなる船出に向かって


第3章 千代田セレモニーの挑戦

「城北冠婚葬祭互助会」として発足
地域密着の活動で加入者を増やす
首都圏最大規模の冠婚葬祭グループ・千代田セレモニー
「心のサービス」で他社との差別化をはかる
「安心・安全」の互助会システム
時代を読みよりよいものを
旗艦店としてグループを牽引するセレス高田馬場
会員救済と業界の信用保持を目的に互助会再建に乗り出す
ゆかりの地・山梨での再建


第4章 互助会のあり方を問う

伝統的な美風「助け合いの精神」である互助会
「互助会加入者役務保証機構」を設立
儀式の施行と設備の新調などに使用される掛け金
葬祭ディレクターが儀式の万端を取り仕切る
昭和二十三年に横須賀市ではじめて誕生した互助会
経営規模が多様な互助会企業と葬儀業者
異業種からの参入相次ぐ葬儀市場
「安全・安心」「迅速・便利」の千代田セレモニー
頼りになる「安心プラン」と「やすらぎコース」
いざというときにあわてないために
緊急時における連絡と対応の仕方
満足と感動を与える


第5章 時代とともに変化する葬式事情

六万年も前から続いている葬儀
世間をにぎわす「葬式不要論」
変わりはじめた日本の葬式事情
すでに変化している葬式の形式
一挙に通夜と告別式を実施する「ワンデーセレモニー」
自分らしく死ぬ準備をした歴史上の人物
死と向き合い乗り越える
変化しつづける葬儀


第6章 いま「心のサービス」の時代を迎えて

個性化、多様化する市場に柔軟に対応
互助会の真価が発揮できる時代が到来
千代田セレモニーがめざす新しいかたちの葬式
後継者の育成が最後の仕事
在宅介護事業という新たなる分野へ
「とにかくやってみろ」


座談会 冠婚葬祭業界の未来のカギを握る「心のサービス」の継承

生き残りのカギは「心のサービス」
ぶれることのない大石の組織のあり方論
信頼を貫き通す力
受け継がれる「心のサービス」


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2020/01/29

『「タイムズ」が切り開くクルマと社会の新たな未来』 前書きと目次

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「タイムズ」が切り開くクルマと社会の新たな未来
~パーク24グループの飽くなき挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-462-4
初版発行:2020年1月29日 初版発行




はじめに

クルマをめぐる環境が大きく変わりつつある。

「われわれは、たんに自動車をつくるのではなく、モビリティを提供するのだ」

と、ダイムラーのツェッチェ会長(当時)が株主総会で宣言したのは、2015年のことだ。この宣言は、情報通信技術の進化にともない、自動車メーカーは「自動車の販売台数を増やす」というビジネスモデルから「自動車による移動(モビリティ)を提供する」というビジネスモデルへと自らの事業領域を再考する必要性があると訴えたものとして、世界中の自動車業界に大きなインパクトを与えた。

クルマ社会を取り巻く環境変化を踏まえ、いち早くモビリティソリューション事業へと移行する欧米を急追し、日本でも「MaaS」(マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティをシームレスにつなぐ新たな移動の概念)や「CASE」(コネクティッド化、自動運転、シェアリング、電動化)への取り組みが繰り広げられつつある。世界産業の根幹のひとつである自動車産業は、「所有」から「移動サービス」へとパラダイムを変えようとしているのだ。

そうしたなか、快適でストレスのない移動を実現するための先駆的なサービスを次々と提供している企業がある。それが本書で紹介する、パーク24株式会社(本社:東京都品川区)を中心とするパーク24グループだ。「タイムズ」ブランドの駐車場事業を基軸に発展を遂げ、カーシェアリングサービスへの参入をきっかけにモビリティ事業の拡充にも注力するパーク24グループは、他の追随を許さない圧倒的な強さで業界トップを独走している。

カーシェアリングというサービスが多様性のある社会を支える交通手段としてあたりまえのように使われるようになれば、人々のライフスタイルにも変化が生じてくるだろう。グループの中心であるパーク24株式会社およびタイムズ24株式会社の代表取締役社長を務める西川光一氏は、そのときの到来を見据え、

「カーシェアリングを、鉄道、バス、タクシーに次ぐ第4の交通インフラにする」
「鉄道が大動脈なら、カーシェアリングは毛細血管である」

と宣言し、展開している各サービスのシームレス化の実現を着々と図っている。

パーク24グループは、世界でトップクラスの駐車場運営件数を誇ると同時に、カーシェアリングサービスにおいても100万人以上の会員を有する、名実ともに国内ナンバーワンの企業である。基幹となる「タイムズクラブ」の会員数は約800万人で、これは日本における自動車保有台数の約1割に相当する数だ。

パーク24の歴史は、1971年に西川氏の父親である故・西川清氏が東京の西五反田で「駐車禁止」の看板の製造販売を行ったことから始まった。

並外れたエネルギーと発想力の持ち主であった西川清氏は、駐車機器の販売で企業としての力をつけたのち、1991年に日本初の「24時間無人時間貸駐車場による駐車場ビジネス」という未開のビジネスモデルを築いた。その後も「駐車場はサービス業」という信念のもとに次々と清氏から発せられた構想は、当時は荒唐無稽とも思われたが、西川光一氏の代になり、カーシェアリングサービスを筆頭に、多くが現実のものとなっている。

「先代(清氏)には、『0』を『1』にする力、『無』から『有』を生み出す力がありました。私の役割は、その『1』を『10』にする、あるいは『10』を『100』にすることだと思っています」

と語る西川氏が、先代社長の西川清氏から受け継ぎ、会社のイズムとして大切にしているのは、「誰もやらないことを先駆けて行う」というチャレンジ精神である。

「常に『次なる挑戦』がないと、企業はパワーを失います。パワーのない普通の会社になってしまっては、おもしろくもなんともありません」

と語る西川氏は、2004年にパーク24の代表取締役社長に就任すると、「『1』を『10』にし、『100』にする」という自らの使命感と、先代から受け継いだチャレンジ精神とを最大限に発揮して、海外進出、モビリティサービスの開拓などを展開し、事業領域を拡大してきた。

すべての事業を自前で行う体制により、迅速な開発スピード、顧客の要望への的確な対応、そして挑戦への気概を社風とするパーク24グループは、いまも進化を続けている。

次なるステージは、「人(会員)」「クルマ」「街(目的地)」「駐車場」の4つのネットワークの拡大とシームレス化の推進だ。

レンタカーとカーシェアリングを融合した新しいモビリティサービス「タイムズカー」の構築や、移動の目的地をネットワーク化するツールとしてのキャッシュレス決済サービス「Times PAY」の普及促進といった、従来のサービスの垣根を超えたサービスの提供は、誰もがいつでもどこにでも快適に移動できる社会の実現に、大きな役割を果たすことになるだろう。

それまで千代田区有楽町にあった本社を、2019年5月に創業の地・品川区西五反田に移転したと同時にCI(コーポレート・アイデンティティ)とBI(ブランド・アイデンティティ)をリニューアルしたパーク24グループが掲げる新たなグループ理念「時代に応える、時代を先取る快適さを実現する。」には、チャレンジ精神と、情熱をもち最後まで成し遂げることへの、強い決意が込められている。

本書では、駐車場を軸としたビジネスのパイオニアであり、業界トップを走り続けるパーク24グループの今日までの歩みを振り返るとともに、より豊かな社会を実現すべく「快適さ」をキーワードに挑戦を続ける同グループのさまざまな取り組みについて紹介する。

モビリティサービスの拡充は、交通渋滞の緩和や温室効果ガスの削減、ひいては持続可能な社会の実現へとつながるものであり、その分野を牽引するパーク24グループの取り組みや考え方は、クルマを利用する、しないにかかわらず、現代社会に生きるすべての人々にとって貴重な指標となるだろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


2019年12月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 いま、創業の地から新たなるステージへ

創業の地・西五反田に本社を移転
創業の地で次なるステージへ
新CI、BIに込めたもの
新しいグループロゴが打ち出すモビリティ事業拡大への挑戦
勝利の法則を踏まえ、新たなレースに挑む
「あたりまえ」のなかに隠された不便さにビジネスチャンスがある


第2章 駐車場ビジネスをサービス業にした「タイムズパーキング」

需給バランスの悪さは伸びしろの多さを示す
日本における駐車場の変遷
バブル経済崩壊が追い風となって
足で稼ぎ、地元の人と密着して駐車場をつくる
公共性、社会性の高い「パートナーサービス」
パーク24グループの根幹インフラ「TONIC」
オンラインシステムの衝撃
オンラインシステムが生んだ新たなサービス
最新のテクノロジーと泥臭さを融合
海外駐車場のグループ化で世界ナンバーワンの駐車場事業をめざす
提案から工事、管理まで一貫体制


第3章 時代をリードする「タイムズ」のモビリティ事業

新しいブランドコンセプトが意味するもの
カーシェアリングサービスへの参入
わかりやすい利用方法と料金体系
カーシェアリングのメリットは法人にも
「タイムズカーシェア」はITの塊
安全運転へのしくみづくりで利用者に快適さを
「レール&カーシェア」という新たな移動手段
「タイムズパーキング」のあるところに「タイムズカーシェア」あり
ゲーム感覚で競える「エコドライブ選手権」
第4の交通インフラをめざして
カーシェアリングを地域振興の起爆剤に


第4章 「人」「クルマ」「街」「駐車場」の4つの資源をネットワーク化

4つの資源が掲げる方向性
カーシェアリングとレンタカーのよいところを融合
「目的地」をネットワーク化する
「たのしい街」はネットワーク化の先駆例
「Times PAY」のメリットとは
街に根づく個人事業者に歓迎される「Times PAY」
街全体を「タイムズパーキング」の「パートナーサービス」に


第5章 グループの総合力で時代に先駆ける「快適さ」を追求

「第7回 技術経営・イノベーション賞」において「内閣総理大臣賞」受賞
パーク24グループの編成
自前主義の一気通貫サービス体制
グループの一体感を高める新人事制度
「知的創造の場」としての新オフィス
東京オリンピックで金メダル獲得をめざす「パーク24柔道部」
社会貢献はパーク24グループのDNAのひとつ


第6章 稀代の経営者・西川清の「無から有を生み出す」発想と信念

100kgを超す巨体から発せられる圧倒的なエネルギー
資本金は妻の持参金の100万円
最初の事業は「駐車禁止」の看板づくり
病院に狙いを定めて「パークロック」を拡販
貧乏から、グアムへ家族旅行をする家に
50歳を前に起業家人生の勝負をかけた挑戦
知識がないからこそ、がむしゃらにできた
長男・光一の入社と店頭公開
「無」から「有」を生み出すのが本当の起業家
清の病、光一の社長就任
次なるステップへの躍進の時期


第7章 「100年に1度の大変革」の先駆けとして

カーシェアリングにEVを本格導入
ワンウェイ型カーシェアリングへの挑戦
「ETC2.0」データの活用で交通を円滑化
日本版MaaSトライアルの動きが本格化
「カーシェアリング官民共創実証事業」で地方創生推進モデルに
100年に1度の大変革の時代
パーク24グループは挑戦し続ける


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2020/01/24

『「日本リファイン」の挑戦』前書きと目次

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「日本リファイン」の挑戦
~世界に挑む溶剤リサイクルのトップカンパニー~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-367-2
初版発行:2012年6月3日 初版発行




はじめに

近年、世界各地で頻発している異常気象。その多くは、地球温暖化との因果関係が指摘されている。また、地下資源はあと七十年弱しか持たないといわれており、資源の保全と環境負荷の低減は、全世界が共通して掲げる課題なのだ。この二つの課題を同時に解決する有効な方法として考えられるのが、資源のリサイクルである。

これまで日本の化学産業は、資源小国というハンディを克服し、切磋琢磨することで磨かれてきた。この過程で獲得した環境技術の多くは、世界的にみても高水準のものとなっている。今後、日本の企業が世界で存在感を示すためには、環境技術において、さらなる技術の進歩は欠かせないテーマといえる。この点において、重要なカギを握るものの一つに、溶剤のリサイクルがある。

われわれの周辺では、さまざまな場面で溶剤が使われている。それは塗料や印刷インキ、接着剤、医薬品、液晶や半導体の製造工程、ファインケミカル分野、リチウムイオン電池の製造工程など多岐にわたり、現在国内で消費される溶剤の量は年間約二三〇万トンにもおよぶ。問題なのは、これらの溶剤の生産から使用、廃棄までの間に、その質量の数倍~一〇倍もの二酸化炭素が排出されるにもかかわらず、リサイクル率はわずか九・四%にすぎないということだ。

しかしながら、京都議定書における日本の報告書のなかには、次のような事実が紛れ込んでいる。

――使用済み溶剤に関しては、独立した項目として取り上げられておらず、大気に放散したり、燃やして、多量の二酸化炭素が排出されているにもかかわらず、ほとんどカウントされていない。

――EU(欧州連合)では、溶剤の使用による二酸化炭素排出量はカウントされているが、日本の場合、地球温暖化問題からもれている。

この結果、使用済み溶剤は、リサイクルするより、廃棄物として燃焼するほうがよい、というまったく間違った方向性が推奨されている。

「非常に滑稽な話です。これで、環境先進国などと、どうしていえるのでしょうか」と語るのは、溶剤リサイクルのパイオニアとして、国内のみならず、海外からも注目を集めている日本リファイン株式会社(本社:岐阜県安八郡輪之内町)の名誉会長・川瀬泰淳氏と代表取締役社長・川瀬泰人氏である。

「数字を見れば、依然として大量の溶剤が使用されているにもかかわらず、回収もされず、ましてやリサイクルもされず、年間一〇〇万トンが大気中に排出され、リサイクル率はわずか九・四%。いまどきとんでもなく低い数字です。このリサイクル率を少しでも改善し、環境保全・資源循環の一助になろうというのが、われわれの溶剤リサイクルという事業なのです」

溶剤のリサイクルには大きく二つの技術が必要になる。

排気あるいは排水などに混ざった溶剤を分離・回収する技術と、回収した溶剤を精製する技術だ。その両方のオリジナル技術を持つ同社では、これらの技術を顧客ニーズや条件に応じて、設計・装置販売と同社工場内での精製リサイクルとを組み合わせて提案している。

「わが社が販売するガス回収装置を使用した場合、溶剤成分のほぼ全量がロスなく回収されます。さらに、回収された溶剤は、当社の工場において品質のよい再生品として精製され、新品の半額以下で提供できているのです」と、川瀬氏は自社の技術に自信を見せる。

もともと、自動車、家電メーカー向けに塗装機を販売するセールスエンジニアだった川瀬氏は、塗装現場で大量に廃棄されている石油系溶剤を見て、「もったいない」という意識を強く持つようになり、そのリサイクルに着目。その後、廃シンナーの蒸留・精製を目的として「豊田化学工業」の設立に参画する。業務は、トヨタ自動車の生産ラインから排出された廃シンナーのリサイクルが中心で、業績は順調に推移した。しかし、さらに広い分野の資源リサイクルを手がけるために、川瀬氏は独立を決意。昭和四十一(一九六六)年、日本リファインの前身である「大垣蒸溜工業株式会社」を設立した。

当時の日本は、モノを生産することだけが注目される時代だった。そうした環境下、いち早くリサイクルに注目した川瀬氏の先見の明には卓越した才気を感じさせる。一方で、川瀬氏は有機溶剤リサイクルの認知度を上げ、さらなる普及をはかるため、平成六年に日本溶剤リサイクル工業会を発足。現在に至るまで、会長を務めている。

平成十五年から同社の社長に就任している泰人氏は、入社して間もなく、名古屋工業大学応用化学科に研究生として通った。新たな分離プロセスを開発するための技術計算法を学び、同社に当時やっと企業で使用されはじめたパソコンを導入、これを機に同社の技術開発力を強化し、その成長に貢献した。

親子タッグで躍進を続ける日本リファインが、いま力を入れているのが、リチウムイオン電池や液晶といった先端分野だ。特に有望なのは、今後、確実な普及が見込まれる電気自動車に搭載されるリチウムイオン電池の電極製造に欠かせない溶剤「N-メチルピロリドン(NMP)」の回収・再生事業で、すでに同社では岐阜県にある輪之内工場にリチウムイオン電池向けNMP専用のクリーン充設備を導入、積極的な販売を開始した。また、海外展開にも意欲的で、平成十二年には台湾、平成十五年には中国の蘇州に、それぞれ現地法人を設立。今般、蘇州工場の大幅な増設を完成させるとともに、ヨーロッパ、アメリカへの進出も視野に入れている。

日本リファインは、自社のリサイクル業務をリファインと定義づけ、「環境保全と資源循環」という、世界が直面する課題に、すぐれた溶剤リサイクル技術によって貢献してきた。それは日本だけでなく、世界規模でとらえなければならない大きな課題に、どのように道筋をつけていけばいいのかを示唆しているといえるだろう。

本書では、もったいないという思いから創業し、半世紀にわたりリサイクルを環境問題、資源問題のソリューションとしてとらえ活動してきた日本リファインの事業内容を紹介するとともに、川瀬泰淳氏、泰人氏の親子二代に通じる経営理念、ビジネス哲学を検証する。

これは石油関連業界、リサイクル業界のみならず、地球の将来を考えるすべての読者にとって、貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は省略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十四年三月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 環境保全と資源循環が世界共通のテーマ ――破壊と収奪に急制動!!――

宝の山の「都市鉱山」とは何か
日本がリードしていくべき課題だ
全世界が経済成長をめざした時代
人類のおごりが地球環境破壊の要因
世界共通語「MOTTAINAI」の先駆
ポスト成長というステージで
この先は足るを知るべき時代
資源小国・日本が培う環境技術


第2章 溶剤リサイクルの先駆者「日本リファイン」 ――逆境のなかで描いた夢の結実――

溶剤リサイクルとは
「もったいない」から起業した
溶剤リサイクル事業の先駆者
既存の溶剤業界から猛烈な攻撃
リサイクル事業で地球を救済!!
理論を実践に落とし込んだ背景
化学工学界の権威者に学ぶ理論
化学工学的な視点から得た助言
分離・回収と精製技術の両軸足
日本の環境改善技術で世界牽引


第3章 地球環境と資源を守る溶剤リサイクルとは ――溶剤の回収と再利用は時代の要請――

精製リサイクル事業の業容検証
エルファイン/濃縮乾燥装置で資源リサイクルおよび廃棄物の減量化に貢献
ソルスター/不揮発成分を含む使用済み溶剤・排水などの再資源化と減量化に寄与
ソルピコ/低ランニングコストを実現する高度な技術力を駆使した排水処理
エコトラップ/リチウムイオン電池製造工程の排ガスからNMP溶剤を回収
溶剤回収と再利用は時代の要請
溶剤のリサイクルをリードする
事故を教訓に安全な技術を磨く
海外展開の足がかり台湾へ進出
環境保護対策で中国行政が支援


第4章 リサイクルからアップサイクルへの転換 ――パラダイムシフトが起きている――

二十世紀科学を精査・精算するとき
総合的な解決策の提起と実行
ネイチャー・テクノロジーとは
産業革命で決別した自然へ回帰
地下資源文明から地上資源文明
いまリサイクルからリファインへ
環境ビジネスを成立させる手法
動く日本溶剤リサイクル工業会
パラダイムシフトを生かすには
アップサイクルへの階段を上る


第5章 創業者・川瀬泰淳の経営理念とビジネス哲学 ――はじまりはもったいないから――

台湾に生まれ戦後日本で生きる
医学を断念し、工学の道へ進む
溶剤再生ビジネスで独立を画策
豊田化学工業設立に参画
独力で大垣蒸溜工業の立ち上げ
あのころはなんでもやったもんだ
関東へ進出、組織一元化をはかる
次世代への継承
親子二代にわたる器づくり


第6章 日本リファインが切り開く溶剤リサイクルの未来 ――自然観の涵養と海外構想――

日本リファインが求める人材力
いま、求められる人材とは?
できないのできる変換
オンリーワンの強みを持つ
自然界から学ぶ観察力、洞察力
今後を切り開く人の心のあり方
求められ拡大する海外進出構想
屋久杉は寡黙ゆえに語っている
なんのための事業かを模索
意識改革する人が資源だ!!


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