*流通・サービス

2020/03/10

『「梅の花」のおもてなし』 前書きと目次

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「梅の花」のおもてなし
~感動を生む「梅の花」の秘密とは~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-363-4
初版発行:2012年4月11日 初版発行




はじめに

近年、世界中で日本食ブームが巻き起こっている。海外の日本食レストランの数はいまや二万五〇〇〇店以上と推定されており、「寿司」などの高級店だけでなく、居酒屋のような大衆的な店も増え、ブームに拍車をかけている。なかには、日本人以外の手による、正当な日本食とはほど遠い「日本食もどき」の店もあるという。

それほどまでに日本食がもてはやされるようになった背景として、世界的な健康志向の高まりがあげられるだろう。米を中心に魚や大豆など、多彩な食材を用いる日本食は栄養バランスにすぐれ、新鮮な素材の持ち味をそのまま生かした調理法が多く、肉中心の料理に比べカロリーも低い。そうした日本食のヘルシーさに、欧米人をはじめ、これまで脂肪やカロリーをとりすぎていた人たちが注目するようになったのだ。

しかもヘルシーなだけでなく、日本食は料理の種類も豊富で、それぞれにおいしく、器や盛りつけなど、見た目も美しい。昨今、日本のポップカルチャーに端を発し、日本のさまざまな文化が「クールジャパン(かっこいい日本)」として人気を呼んでいるが、食文化もその一つである。料理そのものだけでなく、盛りつけなどを含む和のしつらい、さらにはもてなしの精神や作法なども含めた文化として、国際的に高く評価されているのだ。

しかし、東日本大震災にともなう福島第一原発の事故は、日本の食文化にも少なからず影響をおよぼし、日本食を目あてに訪れる海外からの観光客が減少。日本食への安心・安全・信頼が揺らいでいることも否めない。

そんななか、「日本食文化をユネスコ世界無形遺産に」という動きがにわかに高まり、平成二十五(二〇一三)年十一月の登録をめざし、目下、農林水産省を中心に、平成二十四年三月の申請に向けた準備が進められている。世界無形遺産への登録により、日本食の安全性やおいしさを内外にアピールするとともに、古来からの年中行事や人生儀礼とも結びついた伝統ある日本の食文化を、次世代に継承していこうというわけだ。

おいしい料理を味わうと人は誰でも幸せな気分に浸れる。特に日本では、季節の移ろいが感じられる、心地よい空間でそれが味わえれば、なおさらだろう。日常的な外食ではなく、レジャーとして外食にそうした癒しを求める人も少なくないようだ。

日本生産性本部余暇創研の『レジャー白書二〇一一』によると、平成二十二年の日本人の余暇活動として、外食はドライブ、国内観光旅行に次いで第三位。平成二十年までは長い間、外食が首位の座を占めていたが、不況や低価格化のあおりを受けて第三位に後退している。とはいえ、やはり身近なレジャーとして根強い人気があることに変わりない。

とりわけ女性の場合、ふだんは家庭で料理をつくる立場のことが多く、たまには外食でおいしい料理に舌鼓を打ち、お客として心配りが行き届いたもてなしを受け、心豊かな時間をすごしたいと思っている人は多いのではないだろうか。ただ、その場合もおいしいものは食べたいけれど、太りたくはないというのがおおかたの女性の本音だろう。

そんな女性のニーズを先取りし、健康と癒しをキーワードにした湯葉と豆腐の店「梅の花」を、全国六八カ所に展開しているのが、本書で紹介する株式会社梅の花(本社:福岡県久留米市、代表取締役社長:梅野重俊氏)である。

福岡・久留米に「梅の花」一号店がオープンしたのは、女性の社会進出が進み女性の時代といわれた昭和六十一(一九八六)年のことだ。家庭の主婦も遊びや趣味など、自分のために費やす時間やお金を持てる時代になっていた。

そこで「梅の花」では、ターゲットを女性に絞り、「女性がおこづかいで月に一度、ちょっと贅沢ができる店」をコンセプトに、女性にはなじみの薄かった料亭のような雰囲気を提供することにしたのである。

当時、地元でのランチの相場が五〇〇円という時代に、コース料理は二三〇〇円を超える価格設定だったにもかかわらず、連日、あっという間に予約で埋まるほどの盛況ぶりだった。

お客からお客へと「梅の花」の評判は口コミで広がり、その後、九州はもとより、関西、北陸、関東、東北、北海道と、全国進出を果たしている。

自家製の湯葉と豆腐は、大豆や水といった素材から製法までとことんこだわり、妥協を許さないおいしさを追求。そのほかの素材も、最高のものが厳選され、極力無添加の材料を使用している。

また、当初から全国展開を視野に入れていた同社では、昭和六十二年には早くもセントラルキッチンを設置している。店舗ごとの味のブレをなくすため、各店舗には職人は置かず、メインの料理はここで一括して手づくりし、その日の夜に全国の店舗へ出荷される。これにより、店舗の厨房では最終的な仕上げと、盛りつけを行うだけですむというわけだ。そして、熱い料理は熱く、冷たい料理は冷たいうちに、最適なタイミングで提供する。

「『梅の花』では料理がおいしいのはあたり前のこととして、むしろその場ですごす癒しの時間そのものを心ゆくまで味わっていただきたいのです」

こう語るのは、同社代表取締役社長・梅野重俊氏だ。

そのために季節感を大切にした空間の演出、器や盛りつけ、箸、ランチョンマット、明かり、香り、サービスまで、お客に心から満足してもらえるよう、あらゆるところにおもてなしの心配りを徹底させている。

「お客さまに喜ばれることをしてさしあげなさい」

これが従業員に対する梅野氏の口ぐせである。そして、お客の喜びを自分の喜びと感じられるようになることが大切なのだという。そのためにも、「従業員がまず幸せにならなければいけない」と考える梅野氏は、社員だけでなく、パートやアルバイトまで含め、すべての従業員と積極的に交流をはかり、常に感謝の気持ちを伝えることを忘れない。

その根底にあるのが同社の企業理念である「人に感謝、物に感謝」という心のありようだ。実は、梅野氏はこの言葉に出合うまでに数々の失敗を重ね、大きな挫折も味わっている。

同社の創業は、「梅の花」一号店よりさらにさかのぼること十年前。昭和五十一年に梅野氏が二十五歳で夫人の久美恵氏(専務取締役)と福岡・久留米に開業したかに料理専門店「かにしげ」が原点である。一三坪にも満たない小さな店だったが、当時はかに料理の専門店はまだめずらしかったこともあり、店は大いに繁盛し、二年間で二〇〇〇万円を貯めて、二階建ての大型店の出店にこぎつけた。さらに、それと並行して居酒屋やポテト料理専門店、焼肉店などにも手を広げていった。

「もともとじっとしていられない性格なのです(笑)」という梅野氏は、現状にあき足らず、その後もジンギスカン、ふぐ料理、スペアリブの店など、次々と新しい業態の店舗をオープンさせていく。ところが、これらがことごとく失敗、八方ふさがりの状況にまで追い込まれたのである。

若くして成功を手にしたばかりに、梅野氏は「すっかり天狗になっていたのかもしれない」と当時を振り返る。店をつくればお客は来てくれるものと思っていたが、急激に拡大しようとしても人材の確保が追いつかず、せっかく採用しても定着しない。お客も、思っていたようには来てくれない。

「当時は自分のことしか考えず、悪いのはすべて人のせい。こんな身勝手な経営者に従業員がついてくるわけもないし、お客さまが来ないのも当然です。若気の至りというか、そのころはそんな単純なことにも気づかなかったのです」

いったん歯車が狂い出すと、すべてが悪い方向に作用する。自暴自棄になりかけていたとき、転機になったのが訪れた寺の壁に貼られていた「人に感謝、物に感謝」という言葉だったのである。

この言葉を目にした途端、目の前がパッと開け、これこそ自分にいちばん足りなかったものであり、これまでの己の傲慢さに気づかされたのだという。

誰しも失敗のなかから学ぶことはある。数々の失敗を乗り越えてきたからこそ、今日の「梅の花」の成功があるのはいうまでもない。当時、もう後はないという瀬戸際に立たされた梅野氏はすっかり心を入れ替え、「厳しい冬を乗り越えて最初に咲く花が梅」ということと、「梅野に花をもたせてほしい」との決意を込めて店名を「梅の花」と名づけたのである。

経営者の心が変わると、従業員も変わり、モチベーションの高さは見違えるようになり、お客もどんどん増えていった。

「人に感謝、物に感謝」

わずか八文字からなる言葉に救われた梅野氏は、以来、これを常に心の中心に据え、新しいおもてなしのスタイルを創造しつづけてきた。

その際、「お客さまに喜んでいただける」「満足していただける」ためなら、必ずしも和食だけにとらわれない。湯葉と豆腐の店として、日本料理の世界にこれまでにない新しいスタイルを提唱してきた同社では、ほかにはないもの、オンリーワンをめざし、常に進化しつづけているのである。

たとえば、「チャイナ梅の花」として中華料理分野でも「梅の花」ならではの新しいスタイルを提案。業態もレストランに限らず、寿司・おむすび・おこわなどのテイクアウト店「古市庵」をM&Aで取得したほか、通販事業「梅あそび」にも乗り出した。

本書は、湯葉と豆腐の店「梅の花」をはじめとする梅の花の各事業を紹介するとともに、幾多の失敗や挫折を乗り越えて今日の成功をつかんだ創業社長・梅野重俊氏の理念と哲学に迫るものである。これは、外食産業やサービス産業に携わる人にとってはもちろん、一般の読者の方々にとっても、「梅の花」の食へのこだわりやおもてなし、感謝の心から学び取ることは多いはずと考えたいからである。

本書をご一読いただき、一人でも多くの方々が日本の食文化のあり方を改めて考え直すきっかけになれば、これに勝る幸せはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


平成二十四年二月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 からだに健康を、心に感動を提供する「梅の花」

からだにやさしい伝統の食材、湯葉と豆腐に着目
おいしい料理を提供するための素材と製法へのこだわり
想像を超えるおいしさと感動を
均一の味を可能にしたセントラルキッチン
清潔で快適な環境の電化厨房&ドライシステム
熱いものは熱く、冷たいものは冷たいうちに
季節を愛でる料亭の雰囲気を演出
究極の感動を与えるのは真心のおもてなし
気づきと感性がお客の満足度につながる
お客が抱く「自分のことをわかってくれる」安心感
クレームも貴重な意見として受け止める
一人でも多く「梅の花」のファンをつくるために


第2章 度重なる挫折から学んだ「人に感謝、物に感謝」 ――創業社長・梅野重俊の歩み――

【その1 「梅の花」開店までの道のり】
 朝食づくりが日課だった少年時代
 将来は自分で商売をはじめたくて商業高校へ進学
 辛酸をなめた下積み時代
 七年間で二〇カ所ほどを渡り歩き修業を重ねる
 二十五歳で念願の独立を果たす
  早く大きな店にしたい!
 本格的かに料理専門店へとステップアップ
 「かにしげ」のチェーン展開をめざし県外へ
 新業態の店づくりに次々と手を染める
 自分に非はなく、悪いのはすべて人のせい
 暗闇の中で見えてきた一条の光
【その2 「梅の花」の全国展開へ】
 女性客の心をつかんだ「梅の花」
 従業員に対し自らの行動をもって範を示す
 オフィスビルのなかに佐賀店をオープン
 「梅の花」成長の原動力となったセントラルキッチン
 新工場建設にともない、出店を加速化
 全国各地に広がりを見せる「梅の花」


第3章 食文化を中心にオンリーワン企業をめざす

「梅の花」の出店は都心型から郊外型へ
地域に密着した店づくり
一年先を見越しながらのメニュー開発
株式店頭登録から東証二部上場へ
「食の安全」への全社的取り組み
中華料理を「梅の花」スタイルで
「花小梅」は外食事業の第二、第三の柱になるか!?
古市庵をM&Aで取得し中食事業を拡大
百貨店依存型から脱却し「古市庵」ブランドを構築
オンリーワンをめざし常に新しい業態を模索


第4章 梅野イズムの真髄は「人」を幸せにすること

従業員の幸せがお客の幸せにつながる
人の成長なくして企業の成長はない
社長は社員一人ひとりの親代わり
「梅の花」で働くことに誇りを持つ
店舗の支配人はそれぞれが経営者
社員のやる気に誠心誠意応える
接客のレベルアップを目的にコンテスト開催
料理の段取りとチームワークを競う調理コンテスト
がんばった人が幸せになれるように
トップダウンをやめて権限の委譲を
梅野イズムの浸透が成長のカギ


第5章 百年企業として咲きつづけるために

男性客をターゲットにしたテレビCMがヒット
酒のつまみや男の懐石膳も登場
中食としての提供を見据えた「餃子屋一番」
アメリカでの失敗を糧にアジア市場に挑戦
古市庵のほうがひと足先に海外進出か!?
焦らずじっくり人を育てていくことを優先する
周りのすべての人の幸せを願って咲きつづける


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2020/01/29

『「タイムズ」が切り開くクルマと社会の新たな未来』 前書きと目次

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「タイムズ」が切り開くクルマと社会の新たな未来
~パーク24グループの飽くなき挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-462-4
初版発行:2020年1月29日 初版発行




はじめに

クルマをめぐる環境が大きく変わりつつある。

「われわれは、たんに自動車をつくるのではなく、モビリティを提供するのだ」

と、ダイムラーのツェッチェ会長(当時)が株主総会で宣言したのは、2015年のことだ。この宣言は、情報通信技術の進化にともない、自動車メーカーは「自動車の販売台数を増やす」というビジネスモデルから「自動車による移動(モビリティ)を提供する」というビジネスモデルへと自らの事業領域を再考する必要性があると訴えたものとして、世界中の自動車業界に大きなインパクトを与えた。

クルマ社会を取り巻く環境変化を踏まえ、いち早くモビリティソリューション事業へと移行する欧米を急追し、日本でも「MaaS」(マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティをシームレスにつなぐ新たな移動の概念)や「CASE」(コネクティッド化、自動運転、シェアリング、電動化)への取り組みが繰り広げられつつある。世界産業の根幹のひとつである自動車産業は、「所有」から「移動サービス」へとパラダイムを変えようとしているのだ。

そうしたなか、快適でストレスのない移動を実現するための先駆的なサービスを次々と提供している企業がある。それが本書で紹介する、パーク24株式会社(本社:東京都品川区)を中心とするパーク24グループだ。「タイムズ」ブランドの駐車場事業を基軸に発展を遂げ、カーシェアリングサービスへの参入をきっかけにモビリティ事業の拡充にも注力するパーク24グループは、他の追随を許さない圧倒的な強さで業界トップを独走している。

カーシェアリングというサービスが多様性のある社会を支える交通手段としてあたりまえのように使われるようになれば、人々のライフスタイルにも変化が生じてくるだろう。グループの中心であるパーク24株式会社およびタイムズ24株式会社の代表取締役社長を務める西川光一氏は、そのときの到来を見据え、

「カーシェアリングを、鉄道、バス、タクシーに次ぐ第4の交通インフラにする」
「鉄道が大動脈なら、カーシェアリングは毛細血管である」

と宣言し、展開している各サービスのシームレス化の実現を着々と図っている。

パーク24グループは、世界でトップクラスの駐車場運営件数を誇ると同時に、カーシェアリングサービスにおいても100万人以上の会員を有する、名実ともに国内ナンバーワンの企業である。基幹となる「タイムズクラブ」の会員数は約800万人で、これは日本における自動車保有台数の約1割に相当する数だ。

パーク24の歴史は、1971年に西川氏の父親である故・西川清氏が東京の西五反田で「駐車禁止」の看板の製造販売を行ったことから始まった。

並外れたエネルギーと発想力の持ち主であった西川清氏は、駐車機器の販売で企業としての力をつけたのち、1991年に日本初の「24時間無人時間貸駐車場による駐車場ビジネス」という未開のビジネスモデルを築いた。その後も「駐車場はサービス業」という信念のもとに次々と清氏から発せられた構想は、当時は荒唐無稽とも思われたが、西川光一氏の代になり、カーシェアリングサービスを筆頭に、多くが現実のものとなっている。

「先代(清氏)には、『0』を『1』にする力、『無』から『有』を生み出す力がありました。私の役割は、その『1』を『10』にする、あるいは『10』を『100』にすることだと思っています」

と語る西川氏が、先代社長の西川清氏から受け継ぎ、会社のイズムとして大切にしているのは、「誰もやらないことを先駆けて行う」というチャレンジ精神である。

「常に『次なる挑戦』がないと、企業はパワーを失います。パワーのない普通の会社になってしまっては、おもしろくもなんともありません」

と語る西川氏は、2004年にパーク24の代表取締役社長に就任すると、「『1』を『10』にし、『100』にする」という自らの使命感と、先代から受け継いだチャレンジ精神とを最大限に発揮して、海外進出、モビリティサービスの開拓などを展開し、事業領域を拡大してきた。

すべての事業を自前で行う体制により、迅速な開発スピード、顧客の要望への的確な対応、そして挑戦への気概を社風とするパーク24グループは、いまも進化を続けている。

次なるステージは、「人(会員)」「クルマ」「街(目的地)」「駐車場」の4つのネットワークの拡大とシームレス化の推進だ。

レンタカーとカーシェアリングを融合した新しいモビリティサービス「タイムズカー」の構築や、移動の目的地をネットワーク化するツールとしてのキャッシュレス決済サービス「Times PAY」の普及促進といった、従来のサービスの垣根を超えたサービスの提供は、誰もがいつでもどこにでも快適に移動できる社会の実現に、大きな役割を果たすことになるだろう。

それまで千代田区有楽町にあった本社を、2019年5月に創業の地・品川区西五反田に移転したと同時にCI(コーポレート・アイデンティティ)とBI(ブランド・アイデンティティ)をリニューアルしたパーク24グループが掲げる新たなグループ理念「時代に応える、時代を先取る快適さを実現する。」には、チャレンジ精神と、情熱をもち最後まで成し遂げることへの、強い決意が込められている。

本書では、駐車場を軸としたビジネスのパイオニアであり、業界トップを走り続けるパーク24グループの今日までの歩みを振り返るとともに、より豊かな社会を実現すべく「快適さ」をキーワードに挑戦を続ける同グループのさまざまな取り組みについて紹介する。

モビリティサービスの拡充は、交通渋滞の緩和や温室効果ガスの削減、ひいては持続可能な社会の実現へとつながるものであり、その分野を牽引するパーク24グループの取り組みや考え方は、クルマを利用する、しないにかかわらず、現代社会に生きるすべての人々にとって貴重な指標となるだろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


2019年12月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 いま、創業の地から新たなるステージへ

創業の地・西五反田に本社を移転
創業の地で次なるステージへ
新CI、BIに込めたもの
新しいグループロゴが打ち出すモビリティ事業拡大への挑戦
勝利の法則を踏まえ、新たなレースに挑む
「あたりまえ」のなかに隠された不便さにビジネスチャンスがある


第2章 駐車場ビジネスをサービス業にした「タイムズパーキング」

需給バランスの悪さは伸びしろの多さを示す
日本における駐車場の変遷
バブル経済崩壊が追い風となって
足で稼ぎ、地元の人と密着して駐車場をつくる
公共性、社会性の高い「パートナーサービス」
パーク24グループの根幹インフラ「TONIC」
オンラインシステムの衝撃
オンラインシステムが生んだ新たなサービス
最新のテクノロジーと泥臭さを融合
海外駐車場のグループ化で世界ナンバーワンの駐車場事業をめざす
提案から工事、管理まで一貫体制


第3章 時代をリードする「タイムズ」のモビリティ事業

新しいブランドコンセプトが意味するもの
カーシェアリングサービスへの参入
わかりやすい利用方法と料金体系
カーシェアリングのメリットは法人にも
「タイムズカーシェア」はITの塊
安全運転へのしくみづくりで利用者に快適さを
「レール&カーシェア」という新たな移動手段
「タイムズパーキング」のあるところに「タイムズカーシェア」あり
ゲーム感覚で競える「エコドライブ選手権」
第4の交通インフラをめざして
カーシェアリングを地域振興の起爆剤に


第4章 「人」「クルマ」「街」「駐車場」の4つの資源をネットワーク化

4つの資源が掲げる方向性
カーシェアリングとレンタカーのよいところを融合
「目的地」をネットワーク化する
「たのしい街」はネットワーク化の先駆例
「Times PAY」のメリットとは
街に根づく個人事業者に歓迎される「Times PAY」
街全体を「タイムズパーキング」の「パートナーサービス」に


第5章 グループの総合力で時代に先駆ける「快適さ」を追求

「第7回 技術経営・イノベーション賞」において「内閣総理大臣賞」受賞
パーク24グループの編成
自前主義の一気通貫サービス体制
グループの一体感を高める新人事制度
「知的創造の場」としての新オフィス
東京オリンピックで金メダル獲得をめざす「パーク24柔道部」
社会貢献はパーク24グループのDNAのひとつ


第6章 稀代の経営者・西川清の「無から有を生み出す」発想と信念

100kgを超す巨体から発せられる圧倒的なエネルギー
資本金は妻の持参金の100万円
最初の事業は「駐車禁止」の看板づくり
病院に狙いを定めて「パークロック」を拡販
貧乏から、グアムへ家族旅行をする家に
50歳を前に起業家人生の勝負をかけた挑戦
知識がないからこそ、がむしゃらにできた
長男・光一の入社と店頭公開
「無」から「有」を生み出すのが本当の起業家
清の病、光一の社長就任
次なるステップへの躍進の時期


第7章 「100年に1度の大変革」の先駆けとして

カーシェアリングにEVを本格導入
ワンウェイ型カーシェアリングへの挑戦
「ETC2.0」データの活用で交通を円滑化
日本版MaaSトライアルの動きが本格化
「カーシェアリング官民共創実証事業」で地方創生推進モデルに
100年に1度の大変革の時代
パーク24グループは挑戦し続ける


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2019/07/03

『ACNグループの挑戦』 前書きと目次

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ACNグループの挑戦
~総合ソリューションコンサルティング事業元年~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-457-0
初版発行:2019年6月15日




はじめに

2018年6月29日、「働き方改革関連法案(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案)」が参議院で可決、成立した。これは、「働き方改革の総合的かつ継続的な推進」「長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方の実現等」「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」の3つを柱とし、その実現のために、労働施策総合推進法(旧・雇用対策法)、労働基準法、労働時間等設定改善法、労働安全衛生法、じん肺法、パートタイム・有期雇用労働法(旧・パートタイム労働法)、労働契約法、労働者派遣法の、8つの労働関係法の改正を行うための法律だ。

各改正法は2019年4月から順次施行され、時間外労働の上限規制や、年5日の年次有給休暇の取得などが義務づけられただけでなく、違反した企業には罰金などが科せられることもある。もとから少ない労働時間・労働日数で十分な業績をあげてきた企業であれば問題はないだろうが、そうでない企業が今後も業績を維持し、さらに伸ばしていくためには、これまで以上に仕事を知的に、かつ効率よく行うことが求められるようになるはずだ。つまり、よりいっそうの生産性の向上が必要になるわけだ。

生産性をより向上させるには、労働環境の改善が不可欠である。そのための手法のひとつとして近年、多くの企業が注目し、実践に取り組んでいるのが、オフィス環境の整備だ。

働き方を一新し、開発力を強化するためには、オフィスを「知識創造プロセスを実行する場」として構築することが必要であるとして、オフィス環境を改善してきた先進的な企業の実例が数多く公開され、その考え方が一般にも浸透しつつある。そうした企業の例を参考に、ペーパーレス、フリーアドレス、サードプレイスオフィスといった、ひと昔前のオフィスのイメージとは大きく異なるしくみや制度を導入している企業も最近では少なくない。

このような「新しいオフィス環境」を可能にしているのが、ICT(情報通信技術)の進化である。

固定電話や机上のパソコンから解放され、ネットワークを利用して、いつでもどこでもビジネスが行える環境を手に入れた現代人にとって、真に快適で便利、かつ創造性を存分に発揮できるオフィス空間とは、どのようなものだろうか。

オフィスとは、企業活動を行ううえで不可欠な経営資源であり、人が創意工夫を凝らしてビジネスを生み出し遂行するための基盤となる場であり、時間あるいは目的などを共有した人と人とが交わる場所でもある、多面性を持った空間だ。そうしたさまざまな側面を持った空間を、いかに活用するか。

ICTによる環境変化は、組織のあり方や、人が働く意味、さらにはライフスタイルにまで影響を及ぼすだろう。しかも、かつてのような、ただひたすら生産性の向上のみを追求してきた時代から、いまでは「働き方」が問われる時代となってきた。そうした時代における「オフィス」とはどうあるべきかを、企業を率いる経営者はもとより、社会全体で真剣に考えていく必要があるのではないか。

「新しい働き方や新しい発想が実現できるかは、新しい空間の活用ができるかにかかっていると思います。どのような空間で個性を発揮してもらうか、その構想がなければ、働き方改革は進んでいかないでしょう」

こう語るのは、一貫して総合ソリューション事業を手がけてきた株式会社ACN(本社:大阪市中央区)の代表取締役社長・藤岡義久氏だ。

ACNは、分譲オフィスソリューションというオフィス用不動産の新しいしくみを提唱する株式会社ACN不動産や、関西を中心に「ソフトバンクショップ」20店舗(2019年4月現在)を展開する株式会社ACNモバイルなどとともに、ACNグループを形成し、「オフィスをレベルアップする会社」をスローガンに全国に活躍の場を広げている企業だ。全国約2万社の顧客に対し、ACNグループ各社が連携して、さまざまな課題をワンストップで解決するサービスを提供している。

ACNグループが手がける総合ソリューション(問題解決)の範囲は、複合機、パソコン、モバイル端末など一般的なIT機器の保守、メンテナンス、導入や運用のサポートといった範疇にとどまらず、業務用エアコンによる電気代の削減や空調環境の改善、セキュリティシステムによる防犯対策、さらには相続税対策や資産運用のための不動産事業にまで及ぶというから驚かされる。

1996年に創業したACNは、コピー機や複合機のリース販売から始まり、顧客が成長発展するプロセスに寄り添いながら、顧客とともに成長を遂げてきた。藤岡氏は「顧客満足度を高めること」を最も大事にしており、その過程でいくつもの画期的なサービスを生み出してきた。代表的な商材である、カウンター料金を廃止したコピー機や複合機は、コピー代金の大幅な経費削減につながると、顧客にたいへん喜ばれているという。

IT機器、ネットワーク、セキュリティシステムなど、オフィス環境のインフラ構築において、提案から施工、メンテナンス、アフターフォローまでをグループ内で一気通貫で対応する体制を整えていることも、顧客からの圧倒的な支持につながっている。とりわけアフターフォロー体制は、どこよりも厚く、丁寧だと、高い評価を得ている。アフターフォローに特化したACNのサービススタッフは、顧客の悩みや相談事に対して、あらゆる手段を駆使して解決にあたり、顧客との末永い信頼関係を培っている。そうした日々の努力の結果、ACNは東阪エリアのオフィスソリューション利用経験者に向けたウェブ調査(調査機関:マイボイスコム)の顧客満足度調査で3年連続第1位の栄誉を獲得した。

一方、不動産ソリューション事業においては、オフィスビルをフロアごとに分譲する、分譲オフィスソリューションを展開している。都心の優良なオフィスビルを入手し、ワンフロアを企業経営者に分譲する、あるいは、入居を希望する企業にテナントとして貸し出し、テナント付きで投資家向けに販売するケースもある。いずれの場合も、利便性の高い都心の優良な立地にオフィスを持てることから、企業経営者からはもちろん、投資家からも高い満足度と好評を得ているという。

「時代は激しく変わっていきます。働く人たちが思う存分、能力を発揮できるオフィスのかたちを考えることは時代の必然です。テーマは無限に広がっていきます。私は、働く環境の改善というテーマを追い続けることが、地方を変え、街を変え、社会全体を変えることにまで発展していくと信じて、これまでやってきました」

藤岡氏がこう語るように、ACNでは「総合ソリューション事業を通じ、新しい価値の創生と、社会の進展に寄与し、進歩発展を目指します。」を経営理念として掲げている。

働き方改革関連法が施行されたいま、オフィス環境の改善や改革は、多くの企業が高い関心を寄せる、社会的なテーマのひとつと言える。それだけに、藤岡氏の考えやACNのさまざまな取り組みは、その一つひとつが貴重な事例となり、多くのヒントや示唆を与えてくれることだろう。

本書は、オフィスの総合ソリューションを牽引するACNグループの今日までの歩みをたどると同時に、創業者・藤岡義久氏の歩みと理念に迫るものである。そこから、人々の働き方や意識改革、地方創生、街づくりなど、さまざまな分野から日本の将来の道筋を考えるうえでの良質な素材を、一人でも多くの人にみつけていただければ、著者としてこれほどうれしいことはない。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2019年4月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 働き方改革と多様化するオフィス

オフィスの作業効率は日本の経済にも影響を及ぼす
オフィスのあり方と働き方の変化
働き方改革関連法が目的とするもの
1980年代から始まったオフィス改革への取り組み
オフィスのあり方を変える原動力となった「組織的知識創造理論」
「12の知識創造行動」とは
ICTの進歩が生んだフリーアドレス
コミュニケーション活性化のための工夫
働くことの意義を問いなおすオフィス改革
地球環境の保善につながるオフィス環境
インフラを整えることこそがオフィス改革の第一歩


第2章 オフィスソリューションをリードするACNグループ

スローガンは「オフィスをレベルアップする会社」
オフィス空間内にあるすべてのことをワンストップで
顧客企業とともに理想のオフィス空間をつくりあげる
オフィスにある機器すべてをひとつの領域にまとめる
必要コストの常識を変えた「スーパーアクティブプラン」
ネットワークのトータルなサポートを提供する「アクティブサポート」
「リモート支援パッケージ」でパソコンを遠隔操作
業務用エアコンをトータルにサポートする「あんしん保証Ecoプラン」
攻めの防犯を実現する「アクティブセキュリティ」
顧客満足度を最大限に高めるサービススタッフの力
3年連続で顧客満足度第1位の栄冠を獲得
営業スタッフとサービススタッフの連携
中小企業の活性化にICTは不可欠
コンシューマへの基地として展開するモバイル事業
広がりをみせる女性専用カプセルホテル事業


第3章 分譲オフィスソリューションが生む新しい空間価値

オフィス用不動産で独自のビジネスモデルを構築
空間を所有することは空間を創造すること
分譲オフィスソリューションのメリットとデメリット
物件へのこだわり
分譲オフィスソリューションのサポート体制
家賃13%アップ、オーナーのリピート率8割の実績
相続税対策としても効果大
都心部の地価はオリンピック以降も下がらない
不動産との融合で生まれる新たな空間価値


第4章 ACN創業者・藤岡義久の闘いと信念

高校生のときから創業を志す
いきなりトップの成績をあげ、21歳の若さで係長に
部下の声に応えて独立を決意
懲戒解雇で会社を追われる
試練をはねかえして急成長
コピー機のカウンター制廃止を実現
大きな会社も動かすことに
売ったあとにこそ、顧客とよい関係を
本社を「ツイン21 MIDタワー」へ移転
拡大と成長の軌跡
リーマンショックを乗り越えて
3・11以降の着実な進展
チーム制に込められた人生哲学


第5章 総合ソリューションコンサルティングをめざすACNが切り開く未来

オフィスは投資である
顧客満足追求のための理念と基本精神
インパクトのあるテレビCMで知名度アップ
新電力「ACN Energy」をスタート
体系的な研修制度と全社員の資格取得
多彩な資格取得にチャレンジするACNの社員たち
公明正大な実力主義
必要なら上場も
ネットワーク環境の整備こそが地方創生の鍵
オフィスが変われば地方が変わる
時代がACNを後押ししている
総合ソリューションコンサルティング業界をつくることを使命に

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2019/01/24

『「再エネ農業」で所得倍増!』 前書きと目次

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「再エネ農業」で所得倍増!
~電気と野菜を同時につくるソーラーファーム(R)


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-450-1
初版発行:2019年1月23日




はじめに


 はじめに

農業のことを語ろうとすると、最近では明るさよりも、困難な現状のほうがどうしても浮かびあがってくる。農業従事者の高齢化や後継者不足が深刻化し、衰退傾向は隠しようもない。食料自給率も38%と低いままである(2017年度、カロリーベース概算値。農林水産省「平成29年度 食料自給率・食料自給力指標について」)

そんななかでも、数年前から若者のあいだに、新たな動きが芽生えつつあることを感じる。先日も、若者の意識の変化を感じさせる内容の新聞記事を見た。果樹農家を営む祖父が高齢のため廃業を決意したときに、大学を卒業した孫が後継者として名乗りをあげたというエピソードである。

その農家は、高齢のため畑仕事が厳しくなってきていた。しかし息子は公務員をしており、後を継ぐ状況にはまったくない。そのため「自分の代で農業は終わり」と決意し、畑の梨の木を伐採しようとチェーンソーを持ち出した。そのときに、就職活動中だった孫が「自分が継ぐ」と申し出たという。

これは7年前の出来事で、いまは90歳を超えた祖父が、30代になった孫の監督役として、元気に孫と一緒に栽培に精を出しており、そんなふたりを公務員の息子(孫の父親)も側面から応援しているそうだ。

小さな記事ではあったが、「農業を守る」といった使命感などではなく、「モノづくりが好きだから」という普通の気持ちで農業に向きあう若者が出てきたことに、私はひさしぶりに爽やかなものを感じた。

未来を開くのは、やはり若者たちである。政府は数年前から矢継ぎ早にこれまでのタブーを破るような農業政策を打ち出しているが、それらも、農業を魅力のあるものにすることで若者の参入を促すことを目的としている。

自立した農業、消費者と直接つながる農業、社会の変革に貢献する農業―、そうした環境が整えられたなら、若者たちも農業に目を向けていくのではないか。そんな「新しい農業を創造するためのプロジェクト」が、官民をあげてさまざまな手法で行われ始めている。

そのなかでも群を抜いた実績を残しているのが、群馬県前橋市に拠点をおいて活動しているファームドゥ・グループである。同グループは、農産物の流通を手がけるファームドゥ株式会社、太陽光発電と農業を組み合わせた新しいビジネスモデルを提案するファームランド株式会社、農業に従事する若手人材の育成を目的とする農地所有適格法人 有限会社ファームクラブで形成されている。

グループ代表の岩井雅之氏は、農家の三男に生まれ、生産者の生の声をくみとりながら徹底した農家視点で独自のしくみを創出した。活動の根底にあるのは、「農家の所得を上げること」「農業を儲かる産業に転換させること」という果敢なベンチャー精神である。

「若者にとって魅力がある農業とは、儲かる農業であるということ。ビジネスとして成り立つこと」

と明快な方向性を打ち出し、「農業には夢があり、おもしろい」とアピールする様子には、いささかの迷いもない。その夢を実現させるために独自のしくみを構築し、農家の収入向上のために力を注ぎ続けてきた。

しくみのひとつは、生産者と消費者を直接結びつける、独自の流通システムである。ファームドゥでは、地元の群馬県を中心に、埼玉県、千葉県などで農産物と特産加工品の直売所「食の駅」を12店舗運営し、東京都内や横浜市をはじめとする都市部では小型の農産物直売所「地産マルシェ」を19店舗展開している(2018年11月現在)。産地で収穫された農産物は、ファームドゥが構築した物流システムにより、収穫後24時間以内にこれらの店舗の店頭に並ぶ。

これらの店舗では、販売される農産物の価格は生産者自身がつけており、どの店舗にどれくらいの農産物を出荷するかも生産者自身が決めている。また、規格外となった農産物も売ることができ、余った野菜は加工して販売することも可能だ。この直売方式により、農家の所得は従来の2倍にもできる。

もうひとつのしくみは、壮大な実験とも言える、太陽光発電事業と農業を合体させた「ソーラーファーム(R)」である。農地に太陽光パネルを設置し、その太陽光パネルの下で農産物を栽培することで、農家は農産物の販売収益に加えて売電による収益も得られ、ここでも所得は2倍となる。

つまり、農業の6次産業化と太陽光発電により、農家や地域の収入を4倍にすることができるのだ。

詳しくは本文に譲るが、この「半農半電」のシステムで特許を取得した岩井氏は、「ソーラーファーム(R)」のビジネスには「エネルギー」「農」「環境」という3つの重要なキーワードが含まれていることの意義を何度も語った。二酸化炭素の削減にも効果があり、地球環境とも密接に関連する「ソーラーファーム(R)」が、農業における画期的なビジネスモデルとして世界に普及することも、けっして遠い夢ではないだろう。この「ソーラーファーム(R)」は現在、国内で42カ所(2018年11月現在)が稼働しているほか、国外にも進出し、モンゴルでも稼働中だ。

1994年の創業からわずか25年たらずでここまでの発展を成し遂げた岩井氏の足跡は、当然、波乱に満ちている。誰もやらないことをやることこそが人生の醍醐味であるとして、わざわざ険しい道を選んで進んできた。「失敗を恐れるな、そこから大事なことを学べばいい」との心意気で、何度も挫折を味わいながらも、そのたびに前より大きくなって再生する岩井氏に、私は事業者としての非凡な才能と実力を感じた。

しかし、私が岩井氏に最も信頼感を覚えたのは、狭い農地で丹精込めて農産物を栽培し続け、農協の規格からもはずれてしまうような山間の中小零細農家に向ける、配慮に満ちた温かな眼差しにである。岩井氏が生み出した「革命的」とすら呼ばれるさまざまなしくみも、そうした中小零細農家を助けたいという思いが、そもそもの発端になっている。農業を営む人への敬意と共感が時代を動かすビジネスモデルをつくりあげ、それが多くの人を巻き込んで、ファームドゥ・グループは着実に成長を続けているのだ。

精緻に組み立てられたしくみの中身や岩井氏のパーソナリティに関しては本文に詳述したので、ぜひ読んでいただきたい。そこからは、官にはできないことに挑む民間企業のあり方など、さまざまなヒントが得られるはずだ。また、農業に関わる人はもちろん、農業をめざす若者、そして多くの一般読者にとっても、本書は貴重な指南の書となるだろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


2018年12月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 日本の農業をめぐる課題と対策

農地面積、農従者人口、農家戸数、やせ細る農業
工業化が農業沈滞を招き、高学歴化が後継者をなくす
耕作放棄地がもたらすクライシス
農業を成長産業へと先導するビジネスモデルを創出
6次産業化はブームに終わるのか
次世代技術を駆使する「スマート農業」
企業の参入が農業のあり方を変えた
「攻めの農業」で180度の転換をした政府
兼業で賄う儲からない農業、農協への斬り込みが始まった
次々と国が打ち出す強化策
徹底した現場主義で農業生産者の意識を変えていく


第2章 日本の農業を変えるソーラーファーム事業

太陽光発電と農業を組み合わせた「ソーラーファーム」とは
「夢の農業王国・中里農場」に広がる「ソーラーファーム」
FIT制度から広がった太陽光発電事業
原子力発電所の事故をきっかけに太陽光発電事業に
一時転用許可によってやっと開けた営農型太陽光発電
「ソーラーファーム」でどれだけ収益をあげることができるか
「半農半電」の利益を農家だけでなく地域に広く還流
優良事例として農林水産省も紹介する「ソーラーファーム」
農業の新しいかたちを提示する「ハウス養液型ソーラーファーム」
多様なつながりを育む協同体「中里農場」
一時転用許可延長の背景にあったファームドゥの役割
あらゆる農家に適応する「ソーラーファーム」のしくみ


第3章 海外へ夢を広げるファームドゥ・グループ

モンゴルの大地に広がる「ソーラーファーム」
新鮮な野菜を望んでいたウランバートルの人々
モンゴル農業の厳しさと二酸化炭素ビジネスの存在を知る
二酸化炭素削減が国際的なビジネスを生む
モンゴルでフル活動している「ソーラーファーム」
「北極星勲章」を授章


第4章 生産者と消費者をダイレクトに結ぶファームドゥの流通革命

新鮮な朝どれの野菜が満載
店舗スタッフは生産者と消費者の架け橋
価格を自分で決めるシステムが自立の意識を促す
約4000人の登録生産者は大半が中小零細農家
画期的で緻密な物流システムを構築
農協に依存しない体質に
農協は農業のために投資すべき
よいものをつくれば報われるファームドゥの産直販売システム


第5章 常に農家とともに歩んだ岩井雅之の人生哲学

農に根ざしたビジネスモデルを次々と開発
「遠いところ」に憧れた農家の三男坊
海底油田掘削の映像を見て海洋学部へ
農業資材専門店との出合いが人生を決めた
無収入の身になり行商へ
開店したとたんに問屋とメーカーの抵抗にあう
農家のデパートに千客万来
やむにやまれぬ事情で始めたファームクラブ
頼まれるままに始まった農産物の直売
農業資材専門店の危機
大企業の農業参入は失敗の連続だった
「食の駅」オープンで売上前年比220%を達成
第1号店から完成形だった「食の駅」
6次産業の強化でトータルな農業支援ビジネスを
電力事業に参入するも、いきなり挫折を味わう


第6章 日本から世界へ発信する「新しい農業のカタチ」

夢に向かって新しいこと
オランダで生産性の高さと国家的なしくみの巧みさを学ぶ
モンゴルに続き、中国とベトナムへの進出計画
期待の新事業、養魚事業
儲かる農業は新たな広がりを見せていく
「新世代太陽光発電」を開発中
パートナーとして夢と役割をシェアし共存共栄をめざす
若者に夢を
夢に挑戦、多彩なアイデアを生み出す活力
100年先、200年先の農業のために
人生哲学を込めた語録


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2018/09/05

『毎日が産直!「わくわく広場」が変える食の風景』 前書きと目次

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毎日が産直!
「わくわく広場」が変える食の風景
~つくる喜び、たべる楽しさが出会う場所~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-446-4
初版発行:2018年10月1日




はじめに

いま、日本の農業は、さまざまな課題を抱えている。農林水産省によると、農業従事者の数は2017年7月時点で約182万人であり(農林水産省「農林水産基本データ集 農業就業人口及び基幹的農業従事者数」)、前年よりも約6%減少している。1990年には480万人を超えていたことを考えると、その激減ぶりには驚かされる。

また、1990年には33.1%だった農業就業人口における65歳以上の割合は、2017年には66.7%となっている。この数値からは、農業従事者の高齢化が著しいことが読み取れる。農業従事者の高齢化にともない耕作放棄地も急増しており、後継者不足はもはや待ったなしの深刻な問題となっている。こうした問題の解決を先送りし、ただ手をこまぬいているようでは、日本の農業が衰退の一途をたどるのは間違いない。

問題の背景にあるのは、離農者の増加に対して、新規就農者が一向に増加しない現実だ。2015年からの3年間で農業就業人口は約28万人も減少しているのに対し、新規就農者数は18万3000人程度でしかない。

実際、「農業では儲からない」「大手企業の農業参入で、小さな農家は立ち行かなくなってしまう」といった声も多く聞かれる。このままTPP(環太平洋パートナーシップ協定。当初のTPPからアメリカが脱退したことにより、現在は「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」が正式な名称となっている)が本格始動し、外国産の安価な農産物が流入するようになれば、日本の農業がさらなる打撃を受けるのではないかとの懸念もある。

だが、一方では明るい材料もある。それは、地元で採れる農産物の価値を見直す動きが、近年になって顕著になってきたことである。日本人の健康志向やエコロジーに対する関心が年々高まるにつれて、安心・安全で良質な食材に対するニーズも増加し、国内産、さらには地元の農産物の地産地消を求める消費者が増えてきているのだ。そうした声に応えるように「産地直送」を売りにした農産物を扱うマーケットも登場し、人気を博すようになってきている。

「産地直送(産直)」は、実は農家にとってもメリットが大きい。従来の流通を介した販売方法と比べて中間マージンがかからない分、農家の収入が増え、生活の安定につながるからだ。また、消費者の声が農家に直接届くことにより、農業を行うことへの新たな喜びや大きなやりがいが生まれるという、金銭には換算できない効果も出ている。その結果、農業に従事したいという若年層も現れ始めている。

こうした事象を鑑みるに、これからの日本の農業を活性化させる鍵は、農産物流通の変革にあると言っても過言ではないだろう。

本書で紹介する株式会社タカヨシ(本社:千葉県千葉市、代表取締役社長:髙品政明氏)は、画期的な直販システムで農産物の地産地消に取り組み、急成長を遂げた会社である。私は、タカヨシが展開している農産物直売所「わくわく広場」こそが、停滞する日本の農業の現状を打破する可能性を秘めた、流通改革の担い手であると考えている。

タカヨシが直売所ビジネスに参入したのは2000年のことだが、現在では関東を中心に中部、近畿、中国、四国、九州地方にまでエリアを広げ、店舗数は108店舗、年間売上高は140億円(2017年度)にのぼるまでに成長した。「わくわく広場」はショッピングモール内に売り場を設けるケースが多く、野菜や果物のほかに肉や産直加工品、タカヨシでは「和シュラン」と称している調味料類、さらにはパンや惣菜なども扱っている。

産直を売りにした直売所といえば「道の駅」を思い浮かべる人が多いかもしれない。たしかに1990年代に登場して以来、「道の駅」は、長距離ドライブをする人々が24時間いつでも自由に使用できる休憩施設としての機能に加え、その地域の農産物の直売所としての役割も果たしてきた。こうした地産地消型の直売店は「道の駅」のほかにも存在するが、いずれも生産現場の近くに設けられていることが多いのが特徴だ。

それに対し「わくわく広場」は、街に住む消費者が購入しやすいように、生活圏内で地元の農産物を直売している。つまり、これまでは農家の軒先や畑の片隅、あるいはJA(農業共同組合)の販売所や「道の駅」など、生産者の近くにまで足を運ばなければ買えなかった農産物を、ふだんの買い物で利用しているショッピングモールで買えるようにしたというのが「わくわく広場」の最大の特徴であり、強みでもあるのだ。

「家から近い、あるいは、よく利用するショッピングモール内にあれば、お客様は一般的な直売所よりも足繁く通ってくれるようになります。実際、顧客はリピーターが中心で、モールでの買い物のついでに気軽に利用してくださいます」

と、タカヨシ代表取締役社長の髙品政明氏は語る。

「わくわく広場」を利用することで、消費者にとっては「新鮮な産直野菜がぐんと身近になる」というベネフィットが得られる一方、生産者サイドにとっても同店に商品を提供することで得られるメリットは大きい。

ちなみに、「わくわく広場」のシステムは少し変わっている。自分でつくった農産物を「わくわく広場」で売りたい生産者は、タカヨシと商品取引契約を結ぶのではなく、「わくわく広場」の各店舗ごとに委託販売の登録をするのだ。そして、生産者自身が農産物を「わくわく広場」の売り場に直接持ち込み、自分で商品を陳列する。販売価格の設定も自分で行う。「わくわく広場」の営業時間内であれば、生産者はいつでも自由に農産物を運び込むことができる。

そのうえ、売上のノルマを課せられることもない。タカヨシに対しては、売上の20%台の手数料を支払うことにはなるが、従来の流通コストに比べると、かなり安くすむ。そのため、生産者が手にする利幅は当然、従来の流通を通すよりも大きくなり、その分、消費者も新鮮な食材を安く手に入れられるようになる。

店舗への納品に訪れた生産者と消費者が店頭で言葉を交わし、直接コミュニケーションをとる光景も、「わくわく広場」ではよく見られる。こうしたコミュニケーションを通じて消費者は、野菜のおいしい食べ方や上手な保存方法などを生産者から聞くこともできる。生産者も、自分が丹精込めてつくった農産物を実際に口にした消費者からの率直な感想を聞くことができ、消費者がいま、どんな商品を求めているのかをリサーチすることもできる。髙品氏が「私たちは、生産者と顧客をつなぐプラットフォーマーとして、オンリーワンのビジネス展開をしている」と胸を張るのも当然だろう。

「わくわく広場」では、地元でその日の朝に採れた旬の食材を販売することにこだわるため、天候不順時には、売り場に商品が揃わないこともままある。しかし髙品氏は「それも自然なこと」と言い、品不足を恐れずに、あくまでも地元の産直野菜にこだわる。

「わくわく広場」のもうひとつの目玉と言えるのが、タカヨシが自社で厳選した調味料類の品揃えである。どのスーパーマーケットでも購入できるようなナショナルブランドは避け、地方の中小メーカーならではの特色のある商品をチョイスしており、その数は1000種類以上に及ぶ。

「わくわく広場」の生みの親である髙品氏は、自動車のセールスマンを経て、1970年に髙芳商事を設立し、事務機器の販売や、ガソリンスタンド、カーショップの経営などを行っていた。1979年には社名をタカヨシに変更し、ホームセンターの出店を開始するなど、順調に事業を拡大していったが、大手企業が参入してくると業績がしだいに悪化した。その打開策として2000年に始めたのが、ホームセンター内に設けた農産物直売コーナー「農家の八百屋さん」だった。

このアイデアは大当たりとなり、評判を呼んだ。そこで2001年から、農産物の直売事業に本格的に参入した。当初は路面店での展開が中心だったが、2009年にショッピングモール内に出店したことをきっかけに、急成長を遂げた。

「時代の変化に対応し、まず行動すること」がモットーであるという髙品氏のチャレンジは、さらに続く。すでに都市部への出店やフランチャイズ展開にも着手しており、「今後も時流を的確にとらえた方法で、1000店舗を展開する100年企業をめざす」と語る。

本書は、農産物直売市場に新風を巻き起こしたタカヨシの今日までの歩みをたどるとともに、創業社長・髙品政明氏の経営理念と人生哲学に迫るものである。「食」は、生きとし生けるすべての人にとって欠くことのできないものであり、最も身近で興味深いテーマでもある。それだけに本書は、日本の食を担う農業や食品事業に従事する人のみならず、すべての読者にとって貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。


2018年8月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 流通改革から始まる日本の農業再生

日本の農家を悩ます高齢化と後継者不足
TPP始動で心配される日本の農業への影響
変わりゆく農業① ICT化で広がる新たな可能性
変わりゆく農業② 大手企業の農業参入
健康志向が求める「安心・安全」な食材
地産地消で注目される産直野菜と地元直売所
農業の活性化は流通の変革から


第2章 つくる人とたべる人をつなぐ「わくわく広場」

農産物直売所「わくわく広場」とは
「生活圏に位置する直売所」が強み
生産者の顔が見えることで生まれる「品質への安心感」
産直野菜と「和シュラン」によるオンリーワンの業態を確立
地元農家・生産者の手づくりジャムや惣菜類も好評
欠品は「地元の旬の野菜」の証


第3章 生産者・消費者・販売所の「三方よし」のビジネスモデル

納品から陳列、価格設定まで、すべてを生産者に一任
ノルマのない登録制システム
生産者システムで売上情報をリアルタイムで提供
「ローテク」を駆使した物流センター
パンに豆腐、弁当も。地域の商店に新たな収益場所を提供
いかに在庫のリスクを回避するか
「わくわく広場」のリピーターになる人とは
「売れる店づくり」で生産者やメーカーを支える


第4章 「わくわく広場」のパートナーたち

生産者やメーカーの喜びの声
長男の就農を機に「わくわく広場」一本で行くと決め、売上急増
全国各地の「わくわく広場」で自慢の野菜を販売
丹精込めたオーガニック野菜をきちんと評価してくれました
地元で人気のアップルパイが全国へ
こちらのペースで出荷できる自由度の高さがうれしい
こだわりの味噌から手軽な即席味噌汁まで揃っています
取り扱い商品数も増え、売上も急増
スーパーマーケットでは売れなかったこだわりのオリジナル羊羹が大ヒット
こちらの状況に合わせて柔軟性のある取引をしてくれる安心感
「わくわく広場」での販売を通じて深蒸し掛川茶の認知度を高めたい
「わくわく広場」での販売で毎月の売上が10%アップ


第5章 創業社長・髙品政明の半生と経営理念

自動車セールスマンから一転、髙芳商事設立へ
ホームセンターと書店を150店舗展開
本格的に「わくわく広場」をスタート
他社の追随を許さない新たなビジネスモデル
直売所ビジネス参入直後の苦労の数々
路面店展開からショッピングモールへの出店へ
人材教育で商品を見る目と管理能力を養う
的確で素早い経営判断と人を巻き込む力


第6章 「わくわく広場」がつくる、安心と笑顔が広がる世界

めざすは1000店舗、100年企業
フランチャイズ展開の本格化も視野に
オーガニック野菜日本一をめざして
新たな食の提案「わくわくキッチン」
「わくわくキッチン」がもたらすさまざまなメリット
野菜の提供で社会福祉にも貢献
タカヨシの未来を担う次世代のリーダー
日本の農業の未来を支えるための、タカヨシの飽くなき挑戦


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2018/05/17

『バス旅女子が選ぶ 日本でいちばんバス会社らしくないバス会社』 前書きと目次

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バス旅女子が選ぶ
日本でいちばんバス会社らしくないバス会社
~安心、快適、きれいになるバス旅の秘密~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-443-3
初版発行:2018年5月28日




はじめに

「インバウンド」という言葉がメディアに頻繁に登場するようになり始めたのは、数年前からだ。本来は「外から中に入ってくる」という意味だが、近年は、訪日外国人旅行、あるいは訪日外国人旅行者という意味で用いられることが多い。

日本政府は観光を21世紀における重要な政策の柱として位置づけており、2003年の小泉純一郎内閣のときにビジット・ジャパン(訪日旅行促進)事業をスタートさせている。当時はまだ訪日外国人旅行者数は年間500万人ほどにすぎず、これを年間1000万人にするという目標が掲げられた。国を挙げた訪日旅行誘致の取り組みにより、2007年には訪日外国人旅行者数が800万人を超え、その後はリーマンショックや東日本大震災による一時的な落ち込みはあったものの、2013年に初めて目標の1000万人を突破した。

このころから「インバウンド」という言葉が盛んに使われるようになり、観光業や宿泊業など、訪日外国人旅行者を対象としたビジネスが勢いを増してきた。それを受けてさらに政府は、観光立国の実現に向け、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに訪日外国人旅行者数を年間2000万人にするという目標を掲げた。

ところが、免税制度の改定や、東南アジア諸国向けのビザの緩和、円安などが追い風となり、訪日外国人旅行者数は2017年に早くも約2869万人に達し、年間2000万人という目標を達成。そこで政府は新たに、2020年までに4000万人、2030年までに6000万人にすると、目標数値を引き上げた。

そうした状況下でバス業界は、中国人の爆買いツアーなどのインバウンド需要に支えられて貸切バスが好調だった。しかし、ここにきて、貸切バスによるインバウンドツアーに陰りが見え始めてきている。日本を訪れる外国人旅行者の旅行のしかたが、リピーターが増えるにつれ、ツアーではなくFIT(海外個人自由旅行)へとシフトしたことが大きな要因として考えられる。

代わって今後、外国人旅行者向けの需要が期待されるのが、LCC(格安航空会社)などと連携させた高速バスの分野だ。

高速バスは、多くは深夜もしくは早朝の発着で、新幹線や飛行機に比べて格段に安い料金で利用できるとあって、就職活動中の学生をはじめ若い世代を中心に人気が高く、いまでは格安の国内長距離移動手段として、日本人のあいだではすっかり定着した感がある。しかし、新幹線などに比べると、外国人旅行者のあいだでの認知度は、それほど高いとは言えないだろう。

ひと口に「高速バス」と言っても、以前は、大手電鉄系バス会社を中心とした高速乗合バスと、旅行業者が貸切バス事業者に運行を委託し、旅行業法に基づく募集型企画旅行のかたちで提供される高速ツアーバスの、2種類に分かれていた。後発の高速ツアーバスは、格安な料金設定で高速乗合バスとの差別化を図ろうとし、高速バス業界では熾烈な顧客獲得競争が繰り広げられた。

そんななかで2012年4月に、関越自動車道で高速ツアーバスの事故が発生。乗客7名が死亡し、乗客乗員39名が重軽傷を負う大惨事となった。

高速ツアーバスの運行が急増するなかで事故が起きたことを重く見た国土交通省は、安全性の確保などを目的に、高速乗合バスと高速ツアーバスを一本化した、新高速乗合バスのしくみをつくることにした。

こうして2013年7月末までに、高速ツアーバスは新高速乗合バスへと移行されたのだが、その再編された新高速乗合バス業界のなかで、独立系事業者として確固たる地歩を築いているのが、本書で紹介する株式会社平成エンタープライズ(本社:埼玉県富士見市、代表取締役:田倉貴弥氏)である。

平成エンタープライズの創業は、1992年に遡る。代表取締役の田倉貴弥氏が自ら購入した中古バス1台を元手に、台湾や香港から日本に来る観光客を空港や観光地に送迎することからスタートした。まさに日本におけるインバウンド・ツーリズムの先駆けと言っていいだろう。

「私がバス事業を始めた25年前には、外国人旅行者数は、まだ300万人を多少上まわる程度で、インバウンドという言葉を使う人はほとんどいませんでした。それがいまでは3000万人にも達しようという勢いですが、これほどまでにインバウンド需要が大きく伸びてきたのは、インターネットの普及が大きな要因でしょう」

と、田倉氏は創業当時を振り返りながら述べる。

インバウンド対象の貸切バス事業からスタートした平成エンタープライズは、2007年には東京~大阪間の高速バス「VIPライナー」の運行を開始し、高速バス事業に本格的に参入している。

バス事業者と旅行事業者の双方の免許を取得している平成エンタープライズは、いち早く自社の直販サイトを起ち上げ、集客から運行まで一括して自社で行うことで、めざましい成長を遂げてきた。

さらに、貸切観光バスや高速バス事業だけにとどまらず、2001年からは市町村が運営する路線バスや特別支援学校の送迎バスなどの、公共バス事業にも参入。幅広いバス事業を手がけるばかりか、旅行業との接点を活かした独自性の高い事業も展開している。

「私たちは、バス会社という枠を超え、お客様が必要とするさまざまな要望に応じて多種多様なサービスを提供できる、身近な存在をめざしています」

と、田倉氏は語る。

田倉氏は、社員の誰もが認めるアイデアマンで、これまでも顧客の視線に立って「こんなサービスがあったらいいな」と思うサービスを次々と生み出してきた。「周囲に男性客がいると安心して眠れない」という女性客の声に応えて、高速バスに女性専用車両を導入したのも、平成エンタープライズが初めてだ。

また、2010年7月には、東京の新宿駅のそばに、女性にとってうれしいパウダールーム完備の待合室「VIPラウンジ」を開設している。「VIPラウンジ」はその後、京都、大阪、東京、名古屋、なんばの各駅のそばにも開設しているが、パウダールームに高級コスメ200種類を揃えるなど、サービスの中身はいちだんと進化しているようだ。

実は私は、旧態依然としたバス業界に風穴を開けるべく斬新なアイデアを次々と打ち出し「バス業界の革命児」とも称されていた田倉氏の、そのビジネス哲学に迫ろうと、『バス会社社長の脱常識論』(IN通信社)を2010年12月に上梓している。当時も田倉氏の、常識にとらわれない柔軟な発想や、思いついたら即実行に移す決断力と行動力には、目を見張るものがあった。

「なにかおもしろいものはないかと、日々考えています」

と語る田倉氏は、何事に対しても興味と関心が強く、対象を分析し洞察する能力に長けている。田倉氏が生み出すさまざまなアイデアの根底にあるのは、「いかに利用者に喜んでもらえるか」であり、常に顧客の要望を満たすことを考えている。とりわけ「女性客を喜ばせたい」という気持ちが強いように見受けられる。

夜行高速バスの利用者というと、かつては男性客のイメージが強かったが、平成エンタープライズが運行する「VIPライナー」の場合、快適な眠りを追求した車内環境や、乗る前と降りたあとにまで配慮した「VIPラウンジ」のサービスなどにより、女性客から高い支持を集めている。「VIPライナー」の年間利用者数は約50万人にのぼるが、そのうち7割が女性で占められるという。

前著を上梓してから7年のあいだには、東日本大震災があり、新高速乗合バスへの移行もあり、高速バス事業を取り巻く環境は大きく変化したが、平成エンタープライズは、田倉氏が次々に打ち出す独自のアイデアと旺盛なチャレンジ精神で、順調に事業を拡大してきた。女性専用車両など、当時の高速バス業界では「脱常識」だと思われた先駆的な試みも、いつのまにか他社が追随し、いまでは常識となってしまった感がある。

田倉氏はいまも、常に他社の一歩も二歩も先を行き、うしろを振り返ることなく、先頭を走り続ける存在であることに変わりはない。

平成エンタープライズは、この7年のあいだに、バス保有台数、売上ともに、およそ2倍に増え、いまではグループ全体で450台のバスを保有し(2018年3月時点)、年商79億円を売り上げるまでに成長している(2017年3月期)

特筆すべきは、取締役副社長の葛紅氏を筆頭に、女性の管理職が多いことだ。平成エンタープライズには、女性が持てる能力を存分に発揮できる環境が整っていると見ていいだろう。

事業領域も幅広く、高速バス、路線バス、特定バス、日帰りバスツアーなどのバス事業にとどまらず、宿泊事業、ラウンジ事業、ネイルサロンやストレッチ&ボディケア専門店の運営や、8言語対応の総合観光ポータルサイトの運営など旅行系IT事業にも力を注ぎ、いまや「バス会社」のイメージを完全に超えている。

「高速バスや観光バス関連では日本一多くのサービスを提供できる会社にしたいのです。『あそこは、バス会社なのに、おもしろいことをやってるね。いったいどういう会社なんだろう』とお客様に興味を持ってもらい、バスという垣根を超えた新たな関係をお客様と築いていければと思っています」

と、田倉氏は抱負を語る。

目下、平成エンタープライズが重点的に力を注いでいるのが、インバウンドへの積極対応と、自社主催の日帰りバスツアーの拡充である。

日本を訪れる外国人旅行者は今後もさらに増え続け、年間6000万人時代の到来も、そう遠いことではないかもしれない。

ただ、外国からの旅行者は、高級ホテルに泊まるような富裕層ばかりとは限らない。むしろ、これから増えるのはバックパッカーのような、価値ある旅をリーズナブルに楽しみたいという人たちではないかと田倉氏は見ており、そうしたニーズに応えるべく、高速バスでの移動や宿泊、着地型旅行商品などをパッケージ化して、海外の人たちに積極的に提案していきたいと考えている。

また、外国人旅行者を対象としたエンタテインメント系のビジネスも、視野に入れているようだ。

本書は、今後ますますインバウンド需要が期待される高速バス業界にあって、独自性に富むサービスを打ち出し、バス会社の枠を超えた幅広い事業展開で快進撃を続ける平成エンタープライズの、強さの秘密を検証するとともに、創業社長である田倉貴弥氏のビジネス哲学に肉薄するものである。

わが国が観光立国をめざすうえで大切なことはなにか。バス事業の関係者のみならず、観光業や宿泊業など、さまざまなサービス分野に携わる人にとって、常に顧客目線のサービスを追求する田倉氏および平成エンタープライズの姿勢から学び取れることは多いはずだ。サービスを提供する側と、そのサービスを利用する側の双方にとって、本当に価値のあるサービスとはなにかを考えるうえで、本書がなんらかの指針となれば幸いである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2018年4月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 インバウンドの増加で需要増が期待される高速バス

高速バス新時代の幕開け
規制緩和で貸切バス事業者が高速バス事業に参入
高速乗合バスと高速ツアーバスの一本化
既存の停留所の発着枠を新規事業者に配分
新制度のもとで新高速乗合バスの人気は定着
付加価値の高いサービスを提供できるかが鍵
インバウンド需要は貸切バスから高速バスへ


第2章 バス業界の常識を変える平成エンタープライズ

バス事業を軸に関連分野へ事業を多角化
快適な眠りを追求する高速バス「VIPライナー」
タイプで選べる「VIPライナー」の豊富なラインナップ
サイト内の人気者「ネコ社長」がチャットボットにも
大好評だった「ワンコインシート」キャンペーンを復活
乗車前と乗車後まで考えたサービス「VIPラウンジ」
アナログとデジタルを融合させたサービス
路線バス、送迎バスや「あそびバス」で地域社会に貢献
バス事業者としての交通安全への取り組み
バス会社の枠を超えた顧客目線のサービスを


第3章 「あったらいいな」をかたちにした多彩なサービス

一般の利用客にも開放された「VIPラウンジ」
多目的ラウンジとしてサービスをグレードアップ
「VIPラウンジ」にネイルサロン「ルピナス」も併設
就職活動中の学生を応援
「手ぶら観光」が好評の手荷物一時預かりサービス
利用者の心をつかむには、きめ細かい対応が必要
格安の簡易宿泊施設「ホステルわさび」を展開
バス事業と宿泊事業の相乗効果を高める


第4章 バス会社ならではのオリジナルツアーを企画・販売

アイデアで勝負する日帰りバスツアー
お笑い芸人をスペシャル添乗員に起用
訪日外国人のFIT化に対応して海外営業を強化
海外営業で夜行高速バスの利点をアピール
インバウンド向け着地型日帰りバスツアーに注力
格安な旅をパッケージとして提案できる強み


第5章 「ネコ社長」田倉貴弥の経営理念と人生哲学

「人を喜ばせたい」という熱い想いで事業を展開
いくつもの事業を営む父親の姿を間近に見て育つ
大好きなクルマの運転を仕事に
中古バス1台を元手にバス事業を起ち上げる
公共バス入札の価格破壊で注目を浴びる
不祥事をなくさないかぎり会社に明日はない
人の命を預かる仕事の重みを常に意識
福利厚生の一環として起ち上げた介護&ストレッチ事業
ブルキナファソに学校設立資金を提供
楽しくて人が集まる会社が大きくなる会社


第6章 バス会社の枠を超え、世界を舞台に総合観光企業へ

インバウンドの増加を踏まえた数々の新企画
ハワイ、バンコク、台湾に現地法人を設立
比較されないマーケットを創出
東京の上野にインバウンド向けのリアル店舗を出店
名古屋にインターネットカフェをオープン
個人旅行者を対象とした便利なサービスが続々登場
バス会社として公共バス事業の拡大にも意欲
バス業界に特化したドライバー求人サイト「ドラプロ」
株式上場も視野に新たなステージへ


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2018/04/19

『クルマを「きれい」にする美学【KeePer】』 前書きと目次

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クルマを「きれい」にする美学【KeePer】
~日本人特有の国民性が生んだ高性能カーコーティング~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-441-9
初版発行:2018年4月18日




はじめに


「自動車産業は20世紀の産業中の産業であり、19世紀初頭におけるランカシャーの綿紡工場に相当する」

これは、経営学者であるピーター・F・ドラッカーが1946年に著した書籍『企業とは何か』の中の一文(抄訳)であるが、21世紀となったいまも、自動車産業が世界経済に大きな影響を与えているという事実は変わっていない。1769年に初めて蒸気で走る自動車がフランスで登場して以来、クルマは進化を続け、自動車産業の裾野も広がり続けている。

一般社団法人 日本自動車工業会の推計によれば、わが国の自動車関連就業人口は約534万人で、これは日本の全就業人口の8.3%にあたる。また、自動車の製造品出荷額は53兆3101億円(2014年)で、全製造業の製造品出荷額等に占める割合は17.5%、輸出額は15兆1200億円(2016年)で、わが国の主要商品の輸出額のうちの21・6%を占めている。

こうしたデータを見れば、日本においても自動車産業は基幹産業であると言っても過言ではない。

クルマは、「文明の利器」であると同時に「文化の尺度」でもある。

戦後復興を終え経済成長が始まった昭和30年代の日本では、自家用車は庶民の憧れであった。やがて、週末のドライブや休日の自動車旅行は「近代的な生活の象徴」としてとらえられるようになり、一般家庭の自動車保有台数は、年を追って増え始めた。

1970年代になると、自動車は「一家に1台」があたりまえとなり、特に都市近郊や地方の農村部では「クルマがなくては生活できない」という状態になった。それは日本における「クルマ社会」の現出であり、「クルマ文化」の定着でもあった。

さらに1974年から1978年にかけて巻き起こった、いわゆる「スーパーカーブーム」は、大きな社会現象となった。小学生らが「スーパーカー消しゴム」を夢中になって集めたり、スーパーカーの展示会などではカメラを抱えたファンが長蛇の列をつくったりした。

その後、スーパーカーブームはいったん沈静化するが、1980年代後半になると、バブル経済の恩恵を受けた層が、ポルシェやフェラーリといった億を超える超高価格帯のクルマにこぞって手を出すようになり、第二のスーパーカーブームといった様相を呈するようになった。

しかし、どんな事象も時とともに移り変わる。これはクルマとて例外ではない。

バブル経済が崩壊するとともに、スーパーカーの人気はいっきに冷えこんだ。そして、いまでは「若者のクルマ離れ」が取り沙汰されるようになっている。トヨタ自動車が2010年にまとめた「『若者のクルマ離れ』について」でも、「エントリー世代(大学生)のクルマ意識の変化」として、「20代男性でクルマを趣味とする人は減り、お金をかけないものへと変化」「興味と所有欲もここ数年で大幅に低下」と指摘している。

このように、販売面では陰りが懸念される自動車市場ではあるが、変わらないものもある。それは「クルマ好きの人が持つ意識」である。

オークネット総合研究所がクルマの所有経験のあるユーザーを対象に実施した「クルマへの愛着に関する意識調査」では、20代の90%以上が自分のクルマに対して愛着を有し、そのうちの48%はクルマを「モノ」ではなく「家族」のような存在として、特別な感情を抱いていることがわかった。その愛着を感じるタイミングについては「運転しているとき」が34・4%と最も高く、次いで「洗車しているとき」が18.8%となっている。

このような感情は、「クルマを大切に扱い、長くつきあう」という意識に根ざしていると言えるだろう。

実際、日本人の「クルマを美しく保とう」とする姿勢は、国民性の表れだと言ってもいいだろう。こうした美意識は、世界でも類を見ない、一種独特な文化であると言えそうだ。だから、日本を訪れた外国人は、日本人の持つクルマのメンテナンスへの意識の高さに一様に驚くことになる。

フランス人男性と結婚した私の知人は、初めて伴侶を伴って日本に帰国した際に、渋滞する日本の道路を見た夫から、「日本では新車しか道路を走ってはいけないという法律でもあるの?」と聞かれたことがあるという。たしかに海外では、サビだらけのクルマや、へこみや傷の目立つクルマが走っていることも珍しくはない。そう考えれば、彼のような疑問を抱く外国人は、けっして少なくはないのだろう。

また、2017年10月には、中国のメディアが「日本のバスの運転手は、自身のクルマでもないのにタイヤのホイールまで雑巾できれいに磨きあげている」という記事を写真つきで掲載し、多くの中国人ネットユーザーから驚きの声が寄せられた。海外の人々からすると、汚れて当然のタイヤやホイールまでこまめに掃除する日本人の感覚は、驚嘆に値するようだ。

おそらく日本人は、世界的に見ても「クルマの美しさを保つこと」に熱心な国民なのだろう。だからこそ、ガソリンスタンドではサービスの一環としてスタッフが窓を拭いてくれるし、洗車機も世界中のどの国よりも発達している。

「私はいろいろな国で洗車機を見てきましたが、これほど精巧に動き、高いクオリティと付加価値をともなった仕上がりを実現できるのは、日本の洗車機だけですね」
こう語るのは、本書で紹介するKeePer技研株式会社(本社:愛知県大府市)の代表取締役社長である谷好通氏だ。

また、谷氏は「クルマを美しく保つためには、ごしごしと磨くのではなく、きちんとクリーンアップし、きれいにお化粧をすることが、なによりも大切です」とも語っている。

車体の美しさを保つ方法としては、最近では洗車とカーコーティングを併用する方法が最も一般的である。クルマに付いた埃や汚れを水で洗い落としたあと、ワックスやポリマーコーティング剤、あるいはガラスコーティング剤などで車体を保護して、美観を保つのだ。

しかし実は、この方法ではクルマの美しさを完璧に保つことは難しい。というのも、洗車には水が欠かせないが、水道水や井戸水にはカルシウムやマグネシウム、ナトリウムなどのミネラルが含まれているため、洗ったあとに鉱物のこびりつきが生じるおそれがあるからだ。さらに、コーティング剤として普及しているワックスの耐久性には限界があり、ポリマーは傷に弱いという難点もある。

こうした一般的な洗車とカーコーティングに付随する種々の問題を解決してくれるのが、KeePer技研の社名にもなっている「キーパーコーティング」という技術である。これは、洗車には水道水ではなく逆浸透膜でつくった純水を使用し、丁寧に手洗いを施したうえで「クリスタルキーパー」もしくは「ダイヤモンドキーパー」という独自のコーティング処理を行うというものだ。

この2種類のコーティング処理には、いずれも従来のガラスコーティング剤とは異なるケミカル製品を使っているため、経年車であっても塗装面を研磨することなく艶やかに仕上げることができる。

これらの技術について谷氏は、

「ドイツの大手化学メーカーと共同で開発した技術と、当社が独自に開発した技術が活かされています。これらの技術では、いくつも特許を取得しています」

と、胸を張る。

KeePer技研の設立は1993年。谷氏が当時経営していたガソリンスタンドで洗車とカーコーティングを担っていたスーパーポリマー事業部を分離し、洗車とカーコーティングの施工や、カーコーティングに使うケミカル製品や道具の販売、さらに施工技術の研修や伝承を目的に、KeePer技研の前身であるアイ・タック技研を起ち上げたのが発端である。

実は当初、谷氏は2軒目のガソリンスタンドを経営しようと考えていたのだが、ガソリン販売には総量規制があったため、やむをえず、2軒目のガソリンスタンドをつくる予定だった場所で洗車とカーコーティングの事業を始めたのだという。その「やむをえず」始めた事業が順調に業績を伸ばし、いまでは洗車&カーコーティングの専門店「キーパーLABO」として全国各地に展開するようになった。

KeePer技研の洗車&カーコーティング技術は顧客から高評価を得ており、リピート率もすこぶる高い。

「少しでも喜んでいただこうと工夫したことの多くがお客様に受け入れられ、それがリピーターの増加につながったのだと思います」

と、谷氏は言う。

KeePer技研の評判は、しだいにクルマ関連の業界に広く知れ渡るようになり、多くの注目を集めるようになった。そしてついには、大手石油元売会社が、傘下のガソリンスタンドに対して、KeePer技研の研修を受けることを推奨するまでになった。

そこで、KeePer技研では、同社が実施する研修を受け、カーコーティングの技術検定で1級の資格を取得した社員を擁するガソリンスタンドを、技術認定店「キーパープロショップ」とする事業を開始した。現在では、「キーパープロショップ」は5656店舗(2018年2月8日時点)にまで拡大している。

また、KeePer技研が運営する洗車&カーコーティングの専門店「キーパーLABO」は、フランチャイズ店を含めると全国に74店舗となっている(2018年1月末時点)。洗車&カーコーティング専門店として、ここまでの規模で事業展開しているところは、ほかにはない。

本書は、他に先駆けて画期的な洗車とカーコーティングの技術を開発し、日本の「クルマ文化」に新たな潮流をつくりだしている、KeePer技研の事業活動を紹介するとともに、創業社長・谷好通氏の経営理念と人生哲学に迫るものである。これは、クルマをこよなく愛する人々にとって、日本のクルマ文化を考えるうえでの貴重な指針の書となるであろう。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2018年3月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 きれい好きな国民性に根ざした日本のクルマ文化

日本経済を牽引してきた自動車産業
減少傾向にある自動車販売台数
「若者のクルマ離れ」は本当か
「家族」や「友人」のようにクルマに愛着を感じる日本人
きれい好きな国民性が洗車やカーコーティングにも反映
クルマの「きれい」は「安全」に直結している
海外ではおなじみの「洗車屋さん」が日本には存在しない理由
洗車とカーコーティングに特化したKeePer技研


第2章 日本の新しい洗車文化を創造するKeePer技研

KeePer技研が提唱する「新しい洗車文化」とは
KeePer技研の技術を正しく伝えていく営業部隊
顧客のリピート率は85%!「キーパーLABO」
カーコーティングと洗車用のケミカル製品の開発、製造、販売
カーコーティング技術認定店「キーパープロショップ」を展開
組織変更で東証一部上場後の気の緩みを一掃
SUPER GT最終戦にてシリーズチャンピオンを獲得


第3章 クルマの美しさを追求する「キーパーコーティング」の実力

顧客の期待を上まわる「きれい」を実現
売れ筋ナンバーワンの「クリスタルキーパー」
圧倒的な艶と存在感を出す「ダイヤモンドキーパー」
「キーパーコーティング」の原点である「ピュアキーパー」
美しさを保つメンテナンスの基本は「洗車」
プロのこだわりが詰まったオリジナルの洗車グッズ
顧客のクルマと作業する人を守る、その想いが特許に結実


第4章 技術の向上への飽くなき探究―全国各地で活躍するKeePer技研の技術者たち―

全国13カ所にトレーニングセンターを開設
ガソリンスタンド経営者がカーコーティングに着目する理由
コーティング技術の認定制度と「キーパープロショップ」
「キーパープロショップ」の技術レベルをいかにして維持するか
全国チャンピオンをめざして競う技術コンテスト
日々「キーパーコーティング」の技を磨く技術者たち
モチベーションの源は「ありがとう」という言葉


第5章 創業社長・谷好通の経営理念と人生哲学

労苦でしかなかった「晴れた日の洗車」
32歳で起業し、ガソリンスタンドを開設
2軒目として洗車とカーコーティングの専門店をオープン
「キーパーコーティング」の原型となる「Qシステム」の誕生
ドイツの化学メーカーと共同開発したコーティング剤
ビジネスの基本は「与えるが勝ち」
妻の不調が教えてくれた「大切なこと」
第1号店の開始時から続ける徹底した情報公開
谷好通の仕事のこだわり


第6章 KeePer技研が描く未来展望

「キーパーLABO」100店舗体制の達成に向けて
事業発展に不可欠な人材の採用に注力
画期的な新人研修と早期キャリアアップ
女性向けの新商品「艶パック」で新たな市場を切り開く
米中への進出、アプローチで思い知った洗車文化の違い
次世代に託す「キーパープロショップ」の海外展開
堅実経営の先に見えてきた大きな夢「キーパーLABO500店」
まだまだ伸びしろのある国内市場

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2018/03/09

『オーイズミグループの挑戦』 前書きと目次


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オーイズミグループの挑戦
~驚きと感動のホスピタリティ産業を追求~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-375-7
初版発行:2012年9月3日




 はじめに

 長引くデフレはいつの間にか完全に社会に浸透した観がある。国内外のさまざまな要因が重なり、景気の先行きには一向に明るい兆しが見えず、人々の節約志向もすっかり定着した。そうしたなかで生まれたのが、食事や娯楽などを家の中で完結させる「巣ごもり消費」と呼ばれるトレンドだ。その影響をもっとも受けているのが外食産業で、加えて食の安心・安全に対する懸念、中食ビジネスの成長、さらには弁当を自作する弁当男子ブームなど、逆風が吹いている。

 さらに追い打ちをかけたのが東日本大震災だ。震災直後の過度な自粛ムードはほどなくして落ち着いたものの、不要不急の消費は手控えるという傾向は依然として続いている。

 昨年来からの「節電キャンペーン」も、大量生産・大量消費が前提だった従来の生活を改めて見直すきっかけとなった。

 その結果、誰もが「自分にとって本当に必要なものは何か」を考えるようになり、「自分にとっての幸せ、心地よさ」に対しては相応の対価を支払うが、そうでないものに対しては、いかに低価格であろうと価値を見いださない傾向が鮮明になってきた。

 外食産業においては、その傾向はいっそう顕著だ。いまや外食産業は、こうした社会の変化を敏感に読み取り、消費者の多様化する価値観に対応していかなくては生き残れない時代に突入しているのだ。実際、若者の酒離れに対応するため、食事に比重を置く居酒屋、一人客(おひとりさま)や女性(女子会ブーム)に喜ばれるメニューやシステムを導入した店が業績を伸ばしている。

 デフレの環境下でも人は自分が本当にいいと思ったものやサービスにはお金を使う。そうした意味では、顧客一人ひとりの志向を先取りする真のホスピタリティが求められる時代がはじまっているといえる。

 そうしたなか、ひときわ個性的な魅力を放っているのが、本書で紹介する「オーイズミグループ」だ。同グループでは、「遊」「食」「動」「明」を事業テーマに掲げ、「遊」のアミューズメント事業を中心に展開している株式会社オーイズミ(本社:神奈川県厚木市、代表取締役社長:大泉政治氏)と、「食」を担う飲食事業を展開している株式会社オーイズミフーズ(本社:神奈川県厚木市、代表取締役社長:大泉賢治氏)などでグループを構成している。

 平成二十四年三月期のオーイズミグループ全体の売上高は約三三〇億円、経常利益は三五億六〇〇〇万円となる。その中核を担うオーイズミは、平成十六年に東証一部上場を果たし、その実績と技術は高く評価されている。一方、オーイズミフーズは、居酒屋「くいもの屋 わん」を中心に全国でおよそ一六〇店舗を展開している。

 「わん」は現在およそ一三〇店舗を展開し、その洗練された料理や内装、さらにはきめ細やかなおもてなしのサービスといったワンランク上の店づくりで、顧客から高い支持を集めている。

 同社は「かかわるすべての人々をHappyに」をモットーとしており、発展の原動力となったのが、高付加価値路線の店づくりによって生み出される高い収益性だ。世の中はデフレであっても、手が届く範囲内でなら少しだけリッチな気分を味わいたいという顧客は確実に存在する。そうした顧客のニーズを読んだ的確な時代感覚、そして、顧客の嗜好にマッチした店をつくりあげ運営するオペレーションの巧みさが成功をもたらしたといえる。

 出店スタイルも特徴的だ。同社では、本社を置く神奈川県を中心に、居酒屋の競合が比較的少ない中小ターミナルなど、これまで業界が注目してこなかったエリアへ積極的に出店。地域住民のニーズをとらえた地域密着型の店舗展開は、画一的な店舗運営でローコストオペレーションを実現する同業他社とは一線を画す。こうした出店戦略は、地代などのコスト削減効果も生んでいる。

 また、すぐれたサービスを提供するためには、優秀な人材が必要不可欠となる。顧客へのきめ細やかなサービスはマニュアルだけに頼っていてはできない。地域密着型の店舗も本部からの指示だけでは現実不可能だ。

 そこで同社では、人事評価制度の刷新、モチベーションアップのためさまざまな取り組み、労務環境の改善などを積極的に行うことで、自ら考え自立的に仕事に取り組んでいける考える集団燃える集団づくりに注力している。

 「景気の低迷が続き、東日本大震災以降、消費者の財布の紐も固くなり、外食産業を取り巻く環境は依然として厳しい状況が続いていますが、どんな状況においても、常に創造的な仕事を行い、仕事を通じて多くの人に愛される企業でありたいと願っています」

 こう語るのは、オーイズミ代表取締役社長・大泉政治氏である。

 大泉氏は父親から町工場を継ぎ、昭和四十三(一九六八)年に神奈川県秦野市で大泉製作所を設立。当時、大泉氏は二十五歳、仕事は大手電気メーカーの下請けとしてのプレス板金加工が中心だったが、第一次オイルショックにより、下請けとして生き残ることに限界を感じた大泉氏は、トレンドや他人のアイデアにとらわれない、逆転の発想で自社製品の開発に着手した。それが「硬貨計算機」だ。

 パチンコ店にとってはパチンコ台に大量に投入された硬貨を手作業で数えていた手間が省け、経営の効率化をはかることが可能となった。試行錯誤の末、硬貨計算機の開発に成功したのは昭和五十三年ころである。大泉氏が開発した硬貨計算機は発売直後から評判を呼び、日本電信電話公社(現・NTT)、日本国有鉄道(現・JR)、日本道路公団に次々と導入されていった。

 翌年には、その高い先見性と技術力が評価され、「全日本中小企業総合見本市」において内閣総理大臣賞を受賞。硬貨計算機のメーカーとして、世間に広く認知されることとなった。次いで「紙幣計算機」、「紙幣識別機用金庫」の開発に成功し、昭和五十七年には再び、内閣総理大臣賞を受賞している。

 「昭和五十七年に五〇〇円硬貨が誕生し、当社は大きく成長しました。なぜ私が硬貨計算機の開発を考えたのかといいますと、オイルショックが起きたとき、物価が上昇して一時的なインフレになりました。近い将来、デノミネーションあるいは五〇〇円玉が誕生するのではないかと直感したのです。自分の勘だけを頼りに実行に移すのには勇気がいります。内閣総理大臣賞を受賞したことが後々自信につながりました」

 続いて、大泉氏が着手したのは、製造業とはまったく結びつかない異業種の飲食業への参入だ。

 それまでの製造業とはまったく違う業種として最初に手がけたのはスーパーマーケットの経営である。

 「以前、日用品や食品を取り扱うミニスーパーの経営をしていました」

 ミニスーパーの経営は思いのほか順調に推移し、店舗数も拡大。このとき、大泉氏は消費者との直接取引である「BtoC」ビジネスの可能性に気づき、「BtoC」ビジネスの本格的な参入を決意する。ミニスーパーを運営する会社を基盤として、平成二年一月に居酒屋「うまいもの屋湘南いちば」を神奈川県厚木市に開店。さらに平成十二年一月に神奈川県伊勢原市に「くいもの屋 わん」を開店する。

 「最初は一年に二、三店舗のペースで開店させていました。当時、居酒屋業界は競争が激しく、戦略を考えるのに必死でした」

 大泉氏は、飲食業に参入した当初から、他者の真似はせず、独自の店舗運営に徹底的にこだわってきた。それが居酒屋「くいもの屋 わん」のワンランク上の顧客満足を提供する現在の店舗スタイルにつながっている。

 大泉氏の異業種へのチャレンジはまだ続き、その後、「動」の不動産業、「明」の介護予防分野への進出も果たしている。この二つの要素は、大泉氏の人生哲学である「楽しく仕事をして、楽しく遊び、おいしいものを食べて、素敵な家に住み、明るい暮らしをする」を実現させるためには不可欠だからだ。オーイズミグループの四つのテーマ「遊」「食」「動」「明」とは、大泉氏が追い求める人生でありチャレンジの歴史そのものを表している。

 本書は、究極のホスピタリティ産業を追求するオーイズミグループの飲食事業を中心に、グループ全体の事業概要を紹介しつつ、同グループを率いる大泉政治氏の経営理念、人生哲学に迫るものである。

 これは単に飲食事業に携わっている人のみならず、真の価値を求めるすべての一般読者にとっても貴重な指針の書となるであろう。長引く不況で社会全体に閉塞感が広がっている。チャレンジすることに対してあきらめてしまっている日本人の背中を押し、再び目標に向かって努力し、邁進することの偉大さを呼び起こすきっかけとなれば、これほどうれしいことはない。

 なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十四年七月   鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 多様化する顧客の価値観に対応せよ

長引くデフレがもたらした「巣ごもり消費」
逆風吹き荒れる外食産業
激化する外食サバイバル
激しい価格競争の渦に巻き込まれる
大打撃を与えた食の安全
ホスピタリティが求められる時代
外食産業に名乗りをあげるオーイズミ


第2章 かかわるすべての人に幸せを届ける

ナンバーワンをめざして――「くいもの屋 わん」誕生
オーイズミフーズに見る独自の経営路線
独自路線を築くもう一つの飲食事業の柱「オーイズミダイニング」
一品ずつ手づくり料理でおもてなし
答えは現場にある
中小ターミナルを中心にした出店戦略
かかわるすべての人にHappyを届ける


第3章 「遊」「食」「動」「明」をテーマに成長するオーイズミグループ

素晴らしい人生を送るための「遊」「食」「動」「明」
パチンコ業界の変遷
脱下請けで町工場から開発企業に
独創的なアイデアで内閣総理大臣賞を二度受賞
パチンコ業界に新規参入
パチスロ機の開発をスタート
堅実経営をめざす「不動産ビジネス」


第4章 一人ひとりが自ら考えて動ける集団に

オーイズミ流人材育成術
新機種を次々と考案する頭脳集団
仲間やお客の笑顔に支えられ
モチベーションを高める人材マネジメント
従業員の人生に寄りそう
感動するお店をめざして
従業員のチャレンジで業界に風穴をあける


第5章 広がりつづける挑戦の志

創業者・大泉政治の「不撓不屈」の精神
急成長を支えた「サシスセソ」戦略
強いリーダーシップをめざす
受け継がれる「挑戦」の志
グローバル化を視野に入れる


第6章 「遊」「食」「動」「明」の集大成へ

グループの集大成「介護事業」に進出
介護保険制度のあらまし
最新のスポーツ科学を取り入れた「早稲田アクティブ」
その人らしく明るくいきいきと暮らせるために
メガソーラー事業に参入
逆風が吹いても時代の潮流に乗る
チャレンジ精神を若い世代に


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2018/02/01

『日本の医療現場を考察する』 前書きと目次

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日本の医療現場を考察する
~「改革」のために、いま、何をすべきか~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-379-5
初版発行:2012年11月1日




 はじめに

「なんとなく具合が悪い。ちょっと医者に診てもらおうか」

体調が思うにまかせないと何げなくそう思う。そして、実際にごく気軽に、病院や診療所に出かけていく。だが、こんなふうに医療との距離感が近く、ハードルが低いのは、先進諸国でも日本くらいのものなのだ。

そのうえ、日本の医療技術は、ほぼすべての診療領域で世界の最先端を行く高水準にある。医師の多くは医療に純粋な情熱を抱いており、われわれは自分の体、いや、自分の人生を預けるのに躊躇は感じない。

こんなに医療に恵まれた国はないのだが、それを日々享受していると、われわれ国民は、しだいにあたり前のことに感じられ、この“ありがたさ”は「当然のもの」、そして、「この後もいつまでも持続するものだ」と思い込んでしまう。

ところが現在、日本の医療制度は極めて“重篤な状態”に陥っているのが実情なのだ。少子高齢化などからくる健康保険財政の悪化、そこに長引く景気低迷が襲いかかり、日本が誇ってきた国民皆保険制度は赤字が常態化。しかもさまざまな手を打っても赤字はふくらみつづけ、いまやにっちもさっちもいかなくなり、存続の危機に立つ健康保険組合も多い。

医療の質に対する評価が行われていないことから、結果的には患者満足に対し積極的な努力をしない病院のほうが経営はラクというおかしなことにもなっており、患者にとって必要な良心的な医療を行う病院ほど赤字になるという矛盾も抱えている。

赤字体制をなんとかしようと、小泉内閣以来、医療費の抑制政策が取られてきたが、医療現場はさらに苦境に追いやられてしまった。最近、医療給付金はわずかにアップされたが、焼け石に水同然で、医療機関の大多数は赤字。赤字が許されない民間病院では、医師を筆頭に看護師をはじめ、コメディカルスタッフの待遇を抑えざるを得ず、それでも彼らは医療への情熱から、厳しい勤務条件のなかで熱心に医療に取り組んでいる。だが、それもいつかは限界に達しよう。

弱り目にたたり目とでもういうべきか、そこに深刻な医師不足や看護師不足が重なっている。とりわけ地方の中堅病院では、医師不足から診療科の閉鎖に追い込まれたところも出てきているありさまだ。

「現場の医師は数時間から十数時間、立ちっぱなしで、神経を極限まで集中して手術を行い、それが終わるとほとんど休む間もなく次の手術に向かう。満足に休日も取れず、個人の時間はほとんどない。しかも、勤務医はそれほど高い報酬を得ているわけではない。そうした医師たちの自己犠牲のうえに成り立っているのが現在の日本の医療なのです」

こう語るのは、株式会社メディカ・ライン(本社:東京都文京区)の代表取締役社長・佐藤望氏だ。

メディカ・ラインは医療の現場に山積する諸問題を改善していこうという思いの下、医療機関をサポートするさまざまな事業を展開している企業である。

佐藤氏は以前、医療機器メーカーの社員として主に脳神経外科医に最先端の医療機器を紹介する仕事をしていたが、その仕事を通して医師たちのハードすぎる日々を間近でみつめることになった。医療の高度化にともない、医療機器のなかには相当高額なものも増えてきて、その購入やメンテナンスが医療機関の大きな負担になっていることにも気づく。たとえば、最近では多くの医療機関に配置されているMRI(核磁気共鳴画像装置)だが、その維持費だけで、数年後には新品が購入できてしまうほどの金額に達するという。

ところが、この高額な医療機器の選択や購入に関して、詳細な情報を持っているのは医師ではなく、もっぱら医療機器メーカー側なのだ。そのため、メーカー主導の導入が行われることが多く、その結果、必ずしも適正機種、適正価格で導入されるとは限らないことも目につく。はっきりいえば、必要以上に高度な機器を購入することになったり、適正な価格とはいえない価格で購入していることも少なくないのが実情なのだ。

こうした現実を見ているうちに、佐藤氏のなかにある決意が浮かんだ。「自分の知っている医療機器情報を、医療機関側に立って提供しよう。そうすることによって、苦しい医療機関の現状を少しでも改善することに貢献していきたい」

こうして創設したのがメディカ・ラインである。当初は主に、脳神経医療を中心とした最先端医療機器のコーディネートや医師の開業支援を行っていた。医療機関側に立って、それぞれの医療機関にもっとも適した機器をコンサルティングし、コーディネートするという業態は、医療機器流通業界では初めてで、医療機関を開業しようとする医師や運営する医師にとっては何よりもありがたい存在となっていった。

佐藤氏は医師にも負けない医療への熱い情熱と医師へのリスペクトを持っている。医療への純粋な気持ちは多くの医師にも受け入れられ、脳神経外科でいえば、日本を代表するトップ中のトップの医師たちと緊密な人間関係を築いている。

その豊富な人脈から、メディカ・ラインは開業支援、さらには病院経営のコンサルティングも行うようになり、現在では経営サポート、医師の紹介、薬局の経営などと業容を拡大していき、年商七五億円とコンサルティング企業としては堂々の規模に成長させている。

今回の取材を通じて痛感したのが、医師たちが佐藤氏をいかに信頼し、頼りにしているかということだった。日本を代表する高名な医師たちが、口々に「佐藤さんのおかげ」「メディカ・ラインに助けられている」と言葉を尽くして佐藤氏への、そしてメディカ・ラインへの感謝を表するのだ。

佐藤氏と話せば、多くの医師への尊敬の念が伝わってくる。医師と佐藤氏の間には、双方向の尊敬と信頼の関係が確立していることに気づく。その関係を築いてきたことを想像すると、佐藤氏の努力に、私は驚嘆するばかりである。

佐藤氏は、たとえば医療機器の販売一つをとっても、「古い慣行から脱却し、医師および患者視点の流通の透明化を実現させたい」と熱望している。そのためには、メディカ・ラインのスタッフは日本の医療制度や医療技術の進化などについてしっかりした知識と、常にいちばん新しい情報を身につけていなければならないと、医療に関する各種勉強会に積極的に参加させるなど、積極的な人材育成にも力を入れている。

佐藤氏がめざすのは、医療機器のコーディネートや経営改善のコンサルティング活動を展開することを通じて、医療機関をサポートすることにとどまらない。究極の目標は「日本の医療に貢献し、人の和と心で医療の世界を結ぶ架け橋になる」という壮大にして高遠なものなのだ。

その第一歩は確実に踏み出されており、近い将来、中国をはじめとするアジアの医療との連携を考え、すでに平成二十三(二〇一一)年に上海に国際貢献事業を目的とした会社を、脳神経外科医師らとともに立ち上げている。

本書は、日本の医療の現状についての理解を進めていただこうと、まず苦境に立つ医療の現実をさまざまな角度から検証し、次いで山積する課題の解決策について、佐藤氏や私が構想するいくつかの提案を述べていく。

解決策は、行政、医療機関、そして患者の三方向から、現実に即し、実行可能な具体策でなければならない。それほど、医療問題の改善は喫緊の課題なのだ。

読者もぜひ、自身の問題としてその解決の道をともに考え、自分にできることから実行に移していただきたいと強く願う。

また、医療の現場にあり、日々、現実と直対している医療機関の長にも話をうかがい、忌憚のない現場の声をコラムにまとめた。すぐれた医師が医療・病院経営に腐心される様子には頭が下がるが、同時に、現場の意識を改革すれば、医療経営はここまで改善できるという事実もわかり、希望が湧いてくる。

合わせてメディカ・ラインの取り組みについても紹介し、改めて、メディカ・ラインが取り組もうとしている医療改善への貢献もクローズアップしたいと思っている。

本書が、日本の医療の将来を考えるうえでの貴重な指針となることを願ってやまない。

なお、本文中の敬称は略させていただくことを、あらかじめお断りしておく。

平成二十四年九月   鶴蒔靖夫




 はじめに


第1章 存続の危機に立つ日本の国民皆保険制度

「ありがたい」健康保険制度
世界トップクラスの健康達成度
世界有数の健康保険制度
先進諸国の医療保険制度はどうなっているか
日本の健康保険は慢性的な赤字構造に
健康保険制度を追い詰める少子高齢化
無保険者
社会保障、税の一体改革は功を奏するか


第2章 知らなかったではすまない、日本の医療の現状

日本の実質的な医療費は先進国中最低水準
そのしわ寄せは医療機関に
深刻な医師不足が起こっている
外科医や小児科医、産科医の深刻な不足
医師の偏在を加速した新臨床研修制度
疲れ切っている勤務医
決して多くない勤務医の生涯年収
病院から医師がいなくなる
看護師も足りない
大病院の赤字経営と診療所の経営難
他業界への転出を考える医師たち


第3章 崩壊しつつある日本の医療を建て直すには

その1・医療機関・医師が取り組む改善策
 医療財政改善の決定打――医療機器コストの見直し
 医療機器導入の見直しで黒字化を達成したある病院
 医療機器導入、メンテナンスコストなどのサポートで経営に光明を
 医師でなくても医療に貢献できることはないか
 OECD平均の四倍近いCTスキャン、MRIの保有率
 医療機関側に立って、メーカーにいた強みを惜しみなく発揮
 開業時にすべてを新品でそろえる必要なし
 医師に代わって、開業準備を滞りなく進める
 経営不振は医療の質低下に直結する

《病院にも求められる経営感覚。その結果、よりよい医療を実現できる》
《現場発の改善が奏功、高い患者満足度を実現した》
《「いつでも誰でもなんでも」をモットーに》
《経営のことはおろかお金のことは考えたこともなく医療に没頭してきたが……》
《TQMの徹底でいまや国立医療機関は黒字転換》

その2・行政が取り組む改善策
 しっかりしろ! 日本の政治
 病診の棲み分けを行う
 かかりつけ医→大病院→在宅医療
 スムーズな医療連携を広げていく
 ジェネリック医薬品の使用を拡大する
 ジェネリック医薬品の使用拡大を阻む理由
 薬局、患者の意識は向上している
 診療報酬のシステムを見直す
 混合診療を認める
 医療補助スタッフを新たに設ける
 一患者一カルテ制度の積極的検討

《医療機関の情報開示・連携を積極的に》
《絶対的に不足している脳神経外科医の存在感を高め、積極的な養成を》

その3・患者の意識改革も必要だ
 医療制度崩壊の一因は患者にもある
 コンビニ診療を自粛する
 現代の社会環境もコンビニ受診の増大の一因
 患者も病院を使い分ける
 土日・祝日診療を行う診療所
 モンスターペイシェントの増加
 「賢い患者」になる
 増加の一途をたどる医療訴訟
 救急車はタクシー代わりか?
 QOD・死の質を高める

《国民皆保険に甘やかされてきた国民。医療機関にも責任。どちらも問題》


第4章 いま求められる医療の産業化

新成長戦略の目玉・医療産業
メディカルツーリズム
 医療のグローバル化とメディカルツーリズム
 メディカルツーリズム大国はタイ
 周回遅れの日本のメディカルツーリズム
 オンリーワン技術とホスピタリティを訴求する
病院をまるごと輸出する
 海外に日本の病院をつくるという構想
 一〇件近いプロジェクトが進行中
医療機器の海外競争力を強化する
 輸出の主役であってよい医療機器だが……
 世界的に高い成長性が予想される医療機器市場
 医療機器メーカーの世界地図
 許認可期間の短縮が急務
 海外競争力を高め、ひいては国内シェアを取り戻す
 中古医療機器の活用


第5章 医療の架け橋、佐藤望とメディカ・ライン

離島医療と医療への尊敬
医者じゃなくても、医療に貢献できる
脳神経外科と運命的な出会い
医療機器のプロフェッショナルをめざそう
レーザーメス開発を間近で見守る
世界三大医療機器メーカーの一つ、フィリップス社で腕を磨く
医療機器導入コンサルティングで医師をサポートする
メディカ・ラインの創設
「神の指先」医師の開業もサポート
大きな経費節減効果
医療領域で人と人とをつないでいく
医療への貢献に情熱を持つ後継スタッフを育成する
十年後には三〇〇億円企業へ


終 章 開けいく医療の未来

世界の医療貢献へと歩を踏み出す
日本のプレゼンスを復活させる
日本をいま一度、洗濯する
お互いの感謝の思いが日本の活力を再生する


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2017/12/25

『記録メディアに人生をかけた男』 前書きと目次

440_kirokumedia


記録メディアに人生をかけた男
~秋葉原で世界に挑む磁気研究所の挑戦~


著者:鶴蒔靖夫
定価:本体1800円+税
ISBN978-4-87218-440-2
初版発行:2017年12月30日




はじめに

電子メール、写真、映像、音楽、SNSへの書きこみ、それにさまざまなニュースや各種のリストなど、地球上には現在、どれくらいの量の情報(データ)が流通しているのだろうか。

世界最大のコンピュータネットワーク機器開発会社であるシスコシステムズの調査によると、地球上で1年間に流通するデジタルデータの量(トラフィック)は、2011年には3994億3196万GBだったという。それが2020年には、2兆4996億7097万GBに達すると予測されている。2015年から2020年にかけてのデータトラフィックの量は、年平均22%ずつ増加(5年間で約2.7倍)していくと予想され、特に携帯端末によるモバイルデータのトラフィックは年平均53%(5年間で約7.8倍)の成長が予想されている(総務省「平成29年版 情報通信白書」)。

この大量のデータを記録し保管するためのツールが、記録メディアと呼ばれるものである。いまでは行政、企業、個人にとって欠かせぬ必需品となっている記録メディアは、パンチカードから始まり、磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク、そしてフラッシュメモリと、コンピュータの進化および情報社会の拡大と歩調を合わせて、めまぐるしい変容を遂げてきた。その技術革新の推移は、より大量のデータを、より速く処理し、より長く安全に保管することを追い求めた人類の、叡智の結晶である。

この記録メディア一筋に、40年近くにわたってビジネスを続けている会社がある。それが東京の秋葉原に本社をおく、記録メディアの専門商社である株式会社磁気研究所だ。

創業者で代表取締役の齋藤邦之氏は、記録メディアに関しては生き字引のような人物だ。それもそのはずで、大学卒業後に就職した専門商社でたまたま記録メディアの仕事に就いたときから、これを一生の仕事にしようと決めて、脇目も振らずに続けてきたのだ。齋藤氏がこの仕事に関わり始めたのは、1970年代なかばの、8インチのフロッピーディスクがようやく日本に上陸する直前の時期のことである。

磁気研究所を設立して起業したのは1979年、齋藤氏が29歳のときだった。爾来38年間、記録メディアとともに奮戦し続け、さまざまな記録メディアの興亡を目のあたりにしてきたその足跡からは、パソコン市場の激動や、社会がIT化していく変遷などを見ることができる。

「記録メディア専門」という、他に類を見ないユニークな会社である磁気研究所の特徴をいくつか、ここで簡単に書き出してみよう。

◎あらゆる記録媒体を安く提供。他店では取り扱わなくなったレガシーメディア(古い規格の記録メディア)も豊富に販売。
◎データの復旧、変換、複製など、データに関するサービスを幅広く提供。
◎海外6カ所に拠点を持ち、国際的なフィールドで事業展開。
◎メーカーとして自社ブランドの販売にも取り組む。

その他の詳しいことについては本文で紹介する。

ところで、記録メディアとは、そもそもなんなのであろうか。私のこの、まったく初歩的な質問に対して齋藤氏は、

「いわば、コンピュータの頭の中がデータでいっぱいになったときに、あふれる分を別の入れ物に移しておくようなものです。このときに移したデータを記録し、保管しておく『入れ物』が、記録メディアという商品です」

と、本質的なことをわかりやすく教えてくれた。

現在、世界中からさまざまな情報が発信されているが、こうして発信された情報は、どこかで受信処理され、かつ記録として保管されることで、初めて「社会的生き物」になると齋藤氏は言う。

「記録メディアがあるからこそ、データは保管され、再現されるのです。ニッチで地味な商品ですが、情報化社会にはなくてはならない役割を果たしています」

と齋藤氏が語る、その地味な商品に、これまでにどれほどの熱意と技術が注ぎこまれて今日のかたちになったのかは、磁気研究所が運営している「MAG-LAB」(マグラボ)という店を一度でも覗けば実感できるだろう。新旧取り混ぜ、ありとあらゆる記録メディアが山積みになった光景からは、「記録すること」への根源的な欲求すら伝わってくる。

「記録メディアとは、化学、メカニック、科学、電子の集合体です。人間の叡智の結晶だと言っていいと思います」

と語る齋藤氏の話は、この小さなツールが日本の経済にどれだけ大きな影響を与え、今日の情報化社会を支えてきたかについて、その一端を知るうえで、おおいに役立つものとなるはずだ。

加えて、「齋藤邦之」という人物が、実に大きなスケールを持った傑物であることも、本書を通して多くの方にお伝えすることができれば幸いである。宮城県・気仙沼の貧しい家に生まれ、親の愛と持ち前の反骨心を土台に這いあがっていく齋藤氏の姿は、「原日本人」のイメージを彷彿とさせる。本文では、「努力必達」という言葉を胸に掲げて無一文から会社を起こし、やがて秋葉原の老舗になるまでのプロセスを十分に記したので、堪能してもらいたい。

「かっこいいことはひとつもない」と自分を語る泥臭い人物が、先端技術のシンボルでもある記録メディアと深い縁を持ったのも、情報化社会の妙味のひとつと言えるかもしれない。現在の目標は、年商100億円の達成と、業界世界一の実績をあげることであると齋藤氏は言う。

本書は、記録メディア流通のリーディングカンパニーである磁気研究所の事業内容を紹介するとともに、創業者である齋藤邦之氏の人生哲学と経営理念に迫るものである。現代社会はコンピュータなくしては成り立たなくなっているだけに、コンピュータ関連の仕事に携わっている人のみならず、現代に生きるすべての人々にとっても、非常に興味深いものとなるはずだ。また、齋藤氏の生き方を通して、ひとりでも多くの読者が、自ら「これ!」と決めた仕事に情熱を注ぐ意味を少しでもつかみ、自分のものとして感じてくださったなら、望外の喜びである。

なお、本文中の敬称は略させていただいたことを、あらかじめお断りしておく。

2017年11月  鶴蒔靖夫




はじめに


第1章 パラダイムシフトを起こすコンピュータ社会

計算機からライフラインを握る存在に
補助記憶装置=記録メディアの開発に多くの情熱が注ぎこまれた
世界で唯一の記録メディア専門商社
軍事用計算機から情報機器へ
日本のコンピュータ史
記憶装置の歴史と種類
フラッシュメモリの生みの親は日本人
記録に込められる人間の業と願い
記憶と記録は補完しあうことで時空を超える
記録メディアの最大の課題は寿命


第2章 記録メディアで社会に貢献する専門商社「磁気研究所」

日本最大の記録メディアの専門商社
磁気研究所の事業における3本の柱
グローバルな事業展開
市場に食いこむ自社ブランド「HIDISC」
海外のメーカーから最高のディストリビュータとして高い評価
レガシーメディアの需要
レガシーメディアがふたたび活躍する社会とは
リアル店舗の「MAG-LAB」とネット店舗の「フラッシュストア」
自社運営の物流センターで多様なニーズに対応
記録メディアサービス部門のユニークな活動
メイドインジャパンの象徴である太陽誘電の技術を継承


第3章 日本で初めてフロッピーディスクを売った男

規格外の人間性と経歴を持つ男
豊かな自然に囲まれた幸せな少年時代
貧乏な生活が自分の芯を鍛えてくれた
努力必達―生きる真髄を教えてくれた先生
母親の深い愛情に見送られて東京の大学へ
大学時代はほとんど労働者
記録メディアの部署に配属されたのは、いちばん出来が悪いから
最初からこれを一生の仕事にと
ダブリンで見た驚きのコーティング製造
復活する磁気テープ
師匠を求めて退社


第4章 「努力必達」で走りぬいた創業時

日本の記録メディアの元祖である津積譲二のもとで
仕事の厳しさも社会人としてのたしなみも教えられ
他人の金、他人の机、他人の電話で始めた自分の会社
配達はリヤカー、仕事着は白衣
努力必達で苦難を乗り越え
従業員との喧嘩も辞さず
会社の前の公園が商品の集積場に
3.5インチのフロッピーディスク製作秘話
吹き溜まりから聖地に、常に時代の先端を受け入れるのが秋葉原の魅力


第5章 世界の商人たちと渡りあう

飛びこみで台湾と中国の企業に営業
ドバイ進出を促したアラブ商人への憧れ
パキスタン人から教わった商売の原則
「金じゃない、一緒に仕事をする人間が欲しい」と言ったユダヤ人
イギリスでの取り引きでは3億円が回収不能に
出会った人とは親密になるよう努力する
1000万円単位で買ってくれたペルシャ商人の末裔
ストレートに、ダイレクトに
少年時代の憧れが現実に
旅もひとつの修行なり


第6章 磁気研究所が拓く未来

毎日の戦いのなかから生まれた企業理念
人を育てる、自分自身の問題点を洗い出す
営業という仕事とは
100億円企業になるまでは肩書きなし
いつも危機感を持ち、コツコツとやり続ける
切羽詰まったところで見つけるアイデアは窮余の一策となる
息子から見た齋藤
コンピュータ社会の闇の部分
運を自分でつくる才能
人との出会いも「努力必達」
かけがえのない事業パートナーとの出会い
社会貢献、途上国に学校建設


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